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43話 協力の願い

 


 まだ安静と医師に忠告されていても固く作られた意思は迷いもなく体を動かし、父がいる執務室の扉を叩いた。中からの声で入室したヒンメルが最初に見たのは、執務机に座る父と前に立つおじクイーン。手に持っていた書類を父に渡し、顔を顰めたクイーンの許へ。この顔は自分の登場を嫌がっているのではない、安静にしていないとならないのに出歩くなという顔だ。初めに言われたのが「医者の言う事は聞けよ」というお小言だった。



「おじ上に頼みがあって来ました。終わったらすぐに戻ります」

「頼み?」



 腰を折って頭を深く下げた。

 頭上から発せられる重い空気。

 この場に父がいて良かった。

 後から話を聞いて反対されても2度手間であるから。



「おじ上、ぼくをクルルの湖へ連れて行ってほしいんです」

「ヒンメル」



 厳しい父の声が飛ぶ。「待った」とクイーンが制し、顔を上げるように言われる。上げた先にいたクイーンは反対も賛成もない相貌で、理由を問うた。



「……ラフレーズに婚約破棄は待ってくれと頼みました」

「王家とベリーシュ伯爵家が書いた同意書があるんだが?」

「っ、まだ確定した訳ではない筈です」



 同意書が正式に受理されればヒンメルとラフレーズの婚約破棄は成立される。父リチャードが引き出しから1枚の書類を取り出した。

 王家とベリーシュ伯爵家の家紋が押された婚約破棄の同意書。クイーンが言った通り、リチャードとシトロンの字で署名は済まされていた。



「クルルの湖へ行って何をするんだ」

「ラフレーズに信用してもらう為に、クルルの湖に住むと言われる聖獣を見つける為です」



 清廉で神聖な湖や森にしか生息しない貴重な生き物は聖獣と呼ばれ、警戒心が強く滅多に人の前には現れない。仮に見つけたとしても、強大な力で跳ね返され近付けない。

 クルルの湖に住む聖獣はある性質を持つ。ラフレーズの信用を得るのに最適とは言える。特に、代々騎士団長を務めるベリーシュ伯爵家の令嬢である彼女になら。

 難しい面で考え込むクイーンと反対の声を上げるリチャード。反対されるのは十分承知の上。が、ヒンメルは引こうとは絶対にしなかった。



「王国からクルルの湖へ行くには、最速でも5日は掛かります。おじ上の魔術で」

「仮に連れて行ったとして、聖獣を見つけられる保証は何処にある?」

「どこにもありません。見つかるまで戻るつもりもありません」

「ヒンメル」



 子供の駄々として受け入れられるとも思っていない。だがラフレーズともう1度婚約関係に戻るには、ヒンメルには、これしかない。



「話を変えるか。聖獣を見つけて、ラフレーズに会ったとする。それでラフレーズが受け入れると思うか?」

「……思っていません。それでも、今の僕にはそれしかありません」



 恋人にしてくれと願ったメーラは既に元ファーヴァティ公爵トビアスと共にトビアスの実家に送られ、その後の行方は知れない。ヒンメルなりにけじめをつけるべく会いに行った時、迎えたメーロにトビアスとメーラの事情を聞かされた。マリン=コールドの件がなければ、メーラに近付くという発想は生まれなかった。親しい振りはしなかった。恋人にすらならなかった。メーラの調子を乗らせたのはヒンメルにも責任はある。

 マリン=コールドは精神異常と診断され、尋問はすでに終了されている。今は精神異常者が収監される牢にいる。支離滅裂な言葉しか叫ばないそうだ。

 また『魔女の支配』によってマリンに好意的に接していた高位貴族の令嬢令息達は正気になった。既に婚約が破綻している者や寸前の者がいたり、人間関係に大きな影響が出ている者もいる。彼等は皆何故マリンと親しくしていたかと問われると何も分からないと答えた。『魔女の支配』でそうであれと支配されていたのだ、浮かぶ訳がない。

 彼等の中には隣国の第3王子セシリオも含まれている。彼には婚約者はいないがマリンに敵意を示していた人達へかなり攻撃的に接していたと報告を受けた。

 隣国の王は『魔女の支配』の影響といえど、安易に近付いたセシリオには厳しい叱責を与えたとクイーンに聞かされた。



「お願いですおじ上っ」



 腕を組み難しい顔で黙るクイーン。ヒンメルには、もうクイーンの魔術に頼るしかなかった。

 馬車での移動となると行き帰りで約10日は必要で、更に聖獣を見つけるまでとなると王国に戻るのに何日間掛かるか不明。王太子であるヒンメルが理由もなく長期不在になるのは無理があり、暫く瞼を伏せていたクイーンが溜め息交じりに首を縦に振った。リチャードが何かを言おうとするが片目を閉じて見せたクイーンが黙らせた。

「6日だ」とクイーンに告げられた。



「聖獣を6日以内で見つけろ。それ以上はこっちも譲歩しない」

「! おじ上……」

「勝手に決められてもね……」とリチャードが不満げに口にしても、結局彼も折れた。


 執務机から立ったリチャードが前に立った。



「たとえ見つからなくても、必ず6日には戻るんだ」

「分かっています。その時はラフレーズを諦めます……」

「お前がやっているのは、ラフレーズからしても私からしても今更過ぎるぞ」

「今更過ぎるのは私自身も重々承知しています。それでもっ……」



 爪が食い込むほど拳を強く握り締め、眠っている時に見た夢の話をした。

 全て言い終えると呆れ果てながらも自分を心配する父がいて。少し後ろを見るとクイーンも似たような面持ちをしていた。



「お前のその諦めの悪さは王妃に似たのか」

「母上はどうしているのですか? 花祭り以来、部屋から出ていないと聞きます」

「ああ、王妃(あれ)はその内静養を理由に実家に送るつもりだ」

「え?」



 専属の侍女と一緒になってラフレーズを虐げてきた王妃は先日の件で心を折られ、一切外に出ようとしなくなった。騎士に下着を見られるという屈辱を味わわされたのが理由。たった1度の辱めで耐えられなかった母に言葉に表現し難い怒りがヒンメルに湧き上がった。が、自分も散々ラフレーズを傷付けてきた。その面においては母と同類、怒りを抱くのは違うのではと無理矢理抑えた。



「王妃はフレサ様に似たラフレーズを虐げる事でベリーシュ伯爵を奪われた鬱憤を晴らしていた。驚いたのは伯爵がこの件について一切知らなかったことだ」

「ラフレーズは何も言わなかったのですか?」

「ああ。ただでさえ、お前とも上手くいってないのに王妃とも関係が悪いとなれば、伯爵に心配を掛けるからと黙っていたそうだ」

「……」



 ヒンメル自身も相談を受けていない。言える関係じゃなかった。



「王妃が王太子の婚約者に嫌がらせをするなど前代未聞だ。個人の問題ではなく、王家と伯爵家の問題となる。ラフレーズには伯爵から注意をさせる。我慢強いのは美点でもあり、欠点でもある。

 ヒンメル。もしもお前が万が一、奇跡的にラフレーズと関係が修復出来として、あの子に我慢を強いるような事があれば、その時点でお前は信用されていないものと思え」

「はい……」



 話は終わりだ、と再び執務机に戻ったリチャードは書類整理に勤しむ。退室をしたヒンメルをクイーンが呼び止めた。



「明朝出発する。すぐに準備しておけ」

「ありがとうございます、おじ上」

「俺がするのは連れて行くだけだ。聖獣を探すのはお前自身でやれ」

「勿論です。聖獣探しにおじ上の力を借りよう等とは思っておりません」

「そうかよ」



 クイーンとも別れたヒンメルは部屋に戻ると早速準備を始めた。






読んでいただきありがとうございます。



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