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自分を正しく知ることが大事

「なんだいあんた、余所行きの格好なんかして」

「今回は雪をテーマにした曲を作りに行くんだ」

 ヘータはプロ歌手になるのが夢だった。半年に一度開かれる地元の歌手オーディションに、毎回参加している。だが未だ受かっていない。それでも諦めないヘータは、来月に開かれる歌手オーディションに向けて、新曲づくりの旅に出た。

 ヘータの故郷には雪が降らない。だから今回は、村のみんなが生で見たことのない「雪」をテーマにした歌を作るのだという。

 ヘータは雪の国、サイスに到着した。

「へー、これが『雪』か。生で見るのは初めてだ」

 雪がしんしんと降る中、ヘータは感じたことをメモに書き留めていく。

「冷たい、ふわふわ、美しい、儚い……」

 まずは自分が触れてみることが大事。そう考えるヘータは、メモ帳に感じたことを書いていく。しばらく歩くと、図書館に着いた。

「どうせなら、雪について詳しくなろう。雪の研究本なんか置いてるかなぁ」

 ヘータは図書館に入り、雪の本を片っ端から読み漁っていった。使えそうな知識や感じたことをメモ帳に書いていく。あっという間に五時間が経過した。

 夜になったので、宿に行くヘータ。普通なら温泉に入ってご飯を食べて寝るところ、ヘータは外で雪遊びを始めた。

「やっぱり昼間見た雪とは違うな。夜こうして一人で遊んでいると、色々と気づくこともある」

 雪だるまやかまくらなどを作り、感じたことを即座にメモしていく。

 ふいにヘータは垣根の外を見た。何やら会話しているらしい。近づいて耳を澄ますと、どうやらカップルの別れ話らしい。男がフラれ、女は去っていく。男は雪の降る空を見上げ、涙を流していた。上空からゆっくり落ちてくる雪を掌で受け止め、小さく呟いた。

「つめたいな……」

 それを見てヘータは、雪と男女の儚さは……、などと口ずさむ。歌詞を思いついたようだ。

 しばらくして寒くなったヘータは部屋に戻った。ちょうど宿の女将が晩御飯を持ってきたところだった。

「どうぞ」

 座卓に並べられたのは、鍋料理だった。それを食べながら、ヘータはメモを埋めていく。冷えた体はすぐに暖かくなった。

 食後は露天風呂に入った。雪が降っている中で熱い湯に入るのは最高らしい、とヘータは聞いていたので、試してみた。ヘータは温泉でも雪のことを考えている。部屋に戻り床に就く前にも、感じたことをメモ帳に書いていく。

 翌日、ヘータは故郷へ戻った。実家に着くとヘータの母が、いつもの調子でヘータに話しかけた。

「おかえり。あんた、どこ行ってたの? そんな余所行きの格好して」

「出かけてくるっていったろ」

「ああ、そうだったね。で、どうだった? いい曲作れそうかい?」

「バッチリよ。旅先では雪のことしか考えてなかったからね。しばらく部屋にこもって歌詞と曲を作るよ」

 時が過ぎ、歌手オーディションの前日。

「よっしゃー! できたー!」歌が完成したようだ。

 だが心配そうな顔でヘータの母はいった。「明日じゃなかったの? オーディション」

「うん、そう。だから、今から歌の練習もしていくよ!」自信満々の顔でヘータは答えた。

 ヘータの母はため息をついた。

「歌が下手だから受かってないのに……。気づいてないのかしら、この子は」


 歌手オーディションの日がやってきた。ヘータの順番が回ってきた。

「それでは聞いてください。『雪』」

 曲が始まった。前奏のギターの音色と配られた歌詞の紙を見て、審査員は内心思った。プロになれる逸材だ、と。それほど、前奏と歌詞に心を奪われたのだ。

 前奏が終わりヘータは歌いだす。だが、試験官のキラキラした目がどんどん腐っていく。あまりの下手くそさに耳を塞ぐほどだ。

「ちょっとストップ! え、君、もしかしてふざけてる?」審査員が歌を中断し、ヘータにきいた。

「いえ、真剣にやっています!」ヘータが即答する。

 決してふざけているのではない。単に度を越した音痴なだけである。本人に自覚はない。ヘータ自身は、むしろ歌は完璧で、歌詞とメロディーのせいで合格できていないと思っていた。

「君、不合格。歌手にはなれないよ」

「えっ……」

 膝から崩れ落ち、愕然とするヘータ。今までの審査員にも不合格といわれ続けてきたが、「歌手になれない」といわれたのは初めてだった。

「なんでですか!? こんなにいい歌詞とメロディーを作ってきたのに!」

「たしかに歌詞とメロディ―は素晴らしい。雪の儚さや美しさがじつに上手く表現されている。でも君、音痴なんだよ。歌が壊滅的に下手なんだよ」

 ヘータは絶望した。だが審査員は新たな道をヘータに示してくれた。

「歌は下手だが、この歌詞とメロディーには光るものがある。君には作詞・作曲家になる才能がある」




 数年後、作詞・作曲家としてプロになったヘータは、インタビューでこう答えた。

「努力は報われないこともあるが、無駄になることは絶対にない。その経験はいずれ必ず役に立つ」


おわり

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