マッチポンプで恩人となり、魔王となったが平和に暮らしたい
気が付いたら異世界に居た。
勿論、最初から異世界だと分かったわけではない。
例え知らない場所に居たとしても「異世界だ!」なんて言っている人が居たらそれはアニメの見過ぎか、小説の読みすぎだろう。
私は真っ当にまずは自らの記憶が失われていることを疑った。
え? なんで真っ当な選択肢がそれかって?
普通に衝撃的すぎることがあると記憶を失うことがあるって知ってるからだよ。
うん、他人に言われてもどうしても思い出せない記憶喪失を体験したことがあるからね、まずはそれを疑ったんだ。
だけど、すぐにそれは違うと分かった。
同時に異世界に居るのではないかと思ったのだ。
理由は単純。
男になっていたからだ。
うん、流石に性別を忘れることは有り得ない。
いや、この場合は勘違いと言う方が適切か。
そして日本の、いや、地球の技術で性別が変わることが有り得ないことも知っている。
性転換手術は確かにあるけど、こうまでして完璧に男性にさせることは出来ないことも。
つまり、私は異世界に転生したと考える方が自然だと思ったわけだ。
それを裏付ける為に定番のあれをしてみた。
「ステータス」「ステータスオープン」「メニュー」「オープン」「鑑定」「スキル」etc...
うん、言われなくても分かっている。
これらをただただ呟いている私は物凄く痛い人だっただろう。
でもそのお陰で異世界だと断定が出来た。
何故なら
「保有技能一覧表示」
そう言いきった瞬間、目の前に透過ウィンドウのような画面が浮かび上がった。
***
なし
***
どうよ。
こんな現象、異世界でもないと起こらないだろう。
SFの世界なのかどうかはまだ分からないけど、地球の技術力では有り得ない現象だ。
つまり、ここは異世界と言うことなのだ!
証明終了。
え?
技能を持っていないのかって?
むしろ産まれたばかりで持っている方が不自然じゃないかな。
ん?
いやいや、異世界転生したのならチートがあるだろうって?
うん、それはあった。
「保有特殊技能一覧表示」
***
判別眼
***
どうよ。
って言っても、これだけじゃ分かんないか。
これは簡単に言えば、食べられるものか否か、毒があるか否か等々、望んだ判別が視えるというものだ。
どうだ、チートだろう。
地味だって?
いやいや、森の中に放り出されてご覧。
食べられるものかそうでないか分かるって、かなりチートだから。
後もう一つ、判別眼で色々周囲を調べて分かったけど、私がいた小屋もかなりチートだった。
別に家電が付いているとかそういうものではない。
むしろ小屋の中自体はあまり充実しているとは言い難い。
だが、ここで小屋の外に出てみよう。
まず一つ、小屋の裏に井戸があった。
そしてこの井戸から汲める水は飲める。
そう、水の心配をしなくていいのだ!
これだけでも凄いだろう。
だが更に凄いのは、小屋の周りに畑や果樹園があったことだ。
これだけで食べていけるかは分からないが、大助かりすることは確実だろう。
あ、判別眼必要ないじゃんとか思った?
いやいや、このライチっぽいものとか地球の感覚で食べたら大惨事よ?
何せこれ胡椒の塊みたいなものなんだから。
え? 判別眼で何で胡椒の塊かどうか分かるのかって?
言いたいことは分かる。
鑑定でもないのに、味が視ただけで分かるわけはないってことだろう?
だが、甘味か苦味か等々の判定は判別眼で可能だ。
そう指定した上で判別眼で視れば良いだけだからな。
つまり、何事も使い方によってただの石ころにも宝石にもなるのさ。
私はそこまで頭が良いわけではないけど、馬鹿でもない。
だから、判別眼はチートだと言える。
そのチートを活かせる環境になっているこの小屋はやはりチートなのだ。
一番のチートは、小屋の周りを取り囲むように結界が張ってあったところだ。
これにより害意のあるものが中に入ることができない、つまりここは安全地帯だということが判明した。
物凄くホッとした。
何せ流石に判別眼では戦えないからね。
チートにも欠点はあるのだ。
因みに小屋の中には必要そうなナイフだとか塩だとか細々としたものもあった。
なんというか、至れり尽くせりという感じだ。
そして寝場所と水と食料が確保できることが分かったところで、当然の疑問が湧いた。
私は何故ここに連れてこられたのだろう、というものだ。
ここまであからさまに用意されているのだ。
絶対に誰かが私をここに連れてきたとしか思えない。
勿論この場合の誰かとは超常的存在のことで、そこいらの隣人のことではない。
何せ異世界に連れてきた上で、男の身体を創ったかこの男の体に私の意識を埋め込んだのだから。
ま、考えても分からないんだけどね。
まずは生活できるようになることが第一だろう。
それから私は、やったこともない畑仕事や今時田舎でもこんな原始的なことをしないだろうというような生活に慣れることに必死だった。
火種を作るだけでも大仕事だったし、夏の間に冷蔵庫を使わずに食べ物を腐らせない方法なんて言う簡単なことすら私は知らなかった。
教えてくれる人もおらず、ネット環境のような調べる方法もない私は本当に生活が出来ずに死ぬかと思った。
物資がある上に環境が整っているのに、生活が出来ずに死ぬって本当に洒落にならない。
それでどうにかなったのは本当に判別眼様々だった。
時を同じくして判別眼で存在することが分かった魔力をどうにか扱えるようにしようと試行錯誤した。
小屋には一冊の本すらない状態で、手探りでどうやって勉強したかって?
決まっている。
何はなくとも、目の前にはその魔力で作られた結界と言う実物があるのだ。
参考にするのは当然だろう。
だから判別眼で結界の魔力を見まくった。
魔力の流れを把握した私はある時から、結界に魔力を流すようになった。
魔力の扱いを練習すると同時に魔法だか魔術だかの感覚を掴む為だ。
そうしていると、ふとした時に気付いてしまった。
魔力を沢山注ぎ込めば結界の範囲が広がるということに。
それからは今まで以上に熱心に魔力を注ぎ込んだ。
勿論、目に見えて広がるというわけではない。
ただ数㎝くらいは広がっているのだ。
それだけでも嬉しかった。
そして、目の前が真っ白になるくらい注ぎ込むと、最大魔力値が上がるのが分かった。
いや、最大使用魔力値と言うべきだろうか。
この世界の魔法は自らが持つ魔力を使ってはいるのだが、人間に魔力生成器官があるのではなく、魔力変換器官があるという方が正しいのだ。
つまり、自然界にある魔力を自分に取り込み、自分が扱える魔力にして、魔法を行使するという感じだ。
よって、この魔力変換器官の魔力取込量が増えるというか、魔力変換効率が上がるというのが適切だ。
まあ、いっぱい魔力が使えるようになるってことが分かれば良し。
そうしてどんどん結界の範囲を広げながら、結界や魔法について学んでいった。
勿論、生活を良くしていくことも忘れてはいない。
そんな風に過ごしていたある日、結界に反応があったのだ。
この世界に来てから5年経っていた。
勿論今までも結界に反応がなかったわけではないが、これまでは魔物だったのだ。
今回はあからさまに人型だった。
恐る恐る向こうからは見えないように覗くと、思わず感動してしまった。
居るかもしれないとは思っていたのだ。
何せ魔法なんてある世界だ。
ファンタジーには異種族は付き物な上に、ここは森だ。
だから会うならこの種族ではなかろうかとは思っていたのだ。
でも本当に居るなんて感動しかない。
なんて言っている場合ではない。
不審な様子で結界の前で警戒しているエルフであろう数人をどうするべきか考える。
ここで敵対するより友好的な関係を築く方が良い。
だが、友好を結ぶ必要があるかと言われると少々考え物だ。
何せ、私は5年間、この結界の中から一歩も外に出ないくらいには結界内で満足している。
わざわざ外に出て危険に身を晒す必要性を感じない。
だけど、ここでエルフが帰ってしまい、もし向こうが一方的に敵対すると決めて攻めて来られた場合、この結界が破れないと言えるだろうか。
そこまでこの結界を過信していいものか不明だ。
ならばやはり敵対意思がないことくらいは告げるべきだろう。
狩りの恰好をしていることを見るに、恐らく向こうの狩りの範囲に被ってしまったのだろうから。
しかし、ここで問題が発生する。
何かって?
分かりきったことだ。
そう。私はこの5年間、人と話したことがないのだ!
ぼっちがどうとかそういう話ではない。
もっと根本的な問題で、この世界の人と言葉が通じるのか否かが分からないということだ。
ここで出て行って言葉が通じなければ、逆効果も有り得る。
だが、考えていても仕方がない。
近寄って言葉が分かるかだけでも判別しようにも、気配を消せる自信がないのだ。
向こうは狩りのエキスパートなわけだし、結界の中でぬくぬく過ごしてきた私が誤魔化せる道理がない。
むしろ、こそこそしては敵対行動と取られる可能性が高い。
……
………………
……………………………………うん。
どう考えても一択しかない。
覚悟を決め、深呼吸をしてから普通に姿を現す。
向こうはすぐに気付いたようで警戒態勢になった。
気にしないようにしながら歩き、警戒が強くなったところで足を止めた。
ちょっと、うん、それなりに遠いけど仕方ない。
「こんにちは」
まずは言葉が通じるかどうかだ。
エルフ達は目線を交わし、一人が武器から手を放し、一歩前に出た。
「こんにちは」
よしっ!
最悪な状況は回避された!
言葉が通じれば、後はどうとでもなるはずだ!
いや、落ち着け。
ここで誤ってはいけない。
「ここは私の家なのですが、何か御用でしたでしょうか」
「それは申し訳ない。見慣れぬものがあったので、つい足を止めてしまっただけだ。君はここに住んでいるということかね?」
おっと、タメ口か。
これは私が人間という他種族だから?
それとも、年齢によるものかな?
あんまり排他的な種族じゃないといいな。
「はい。もしかして貴方方の集落と近いのでしょうか」
「いや、今回は遠出をしただけだ」
「では狩場を遮っているわけではないのですね?」
「ああ、問題ない。だが、人間がここに住むとは……危険ではないのか?」
ん?
もしかして心配してくれている?
それとも人間も森に入り込んできたらどうしよう的な感じ?
まあ、ここは素直に答えておこう。
「その結界、私に害意のあるものは中に入れないんです」
本当にこれがなければ私はとっくに死んでいた。
物理的にも精神的にも魔法勉強的にも大変お世話になっている。
と感謝している私とは反対にエルフ達が何故か反応した。
「害意のあるとはどこまでだ?」「魔物を追い払うことは出来るか?」「人間などの他人種は対象になるか?」「害意を受ける側の対象は変えられるか?」「対象は複数でも良いか?」「別の場所にも結界を張ることは出来るのか?」「張るのに必要なものはあるか?」
などなど、何故か口々に質問を浴びせてきたのだ。
え、何この変わりよう。
唖然とした。
だが、結界にこれだけ強い興味を示すということは、恐らくそういうことなのだろう。
「先程、遠出をしたとおっしゃっていましたね。結界を必要としていることと何か関係があるのでしょうか。よろしければ、お話頂けませんか。もしかしたらお力になれるかもしれません」
「!! す、すまない。つい興奮してしまった。……是非、聞いて欲しい」
そうして、語られた内容は結構な大事だった。
まず、彼らはエルフで間違いないとのこと。
そしてエルフとは世界樹と共に在る者らしい。
だから特別な種族なんだと言うこと自体はまだ良いが、これが他種族を下に見ているとなれば付き合いを考え直したいと思った。
だが、一応誠実な応答をしてくれている以上、致命的なまでに排他的ということはなさそうだ。
結界を張れる人を欲しているらしい為の接待でなければ、だが。
次にこの世界には世界樹と呼ばれる樹は複数あるらしい。
但し、本体は1本だけで、後は世界樹の枝から育った分体のようなものとのこと。
では何故分体を植えるかと言うと、そもそも世界樹とは何かという話になる。
世界樹はそもそも普通の木ではない。
大きさ云々ではなく、意思のある生物とも言えるし、世界の調整器官のようなものとも言えるとのこと。
つまり、世界に必要不可欠なもの、世界のヒトカケラ、世界の一部分。
言い方は何でもいいが、世界を構成する上で欠けてはならないものであることは確からしい。
では、世界樹が何を担っているのかと言うと、魔力の正常化を行っているとのこと。
呪われた魔力などの良くない魔力を浄化し、
一地域に魔力が溜まり、淀んでしまわないよう他所に移し、
魔力の地脈を活性化もしくは抑制化して上手く世界中に行き渡らせる。
そういうようなことをしているらしい。
そしてエルフには巫女的な人がおり、世界樹の意思を受け取っている。
巫女からエルフ達に世界樹の意思が告げられると、世界樹の意思に従い、エルフは動く。
つまり、エルフは世界樹の従僕ということだ。
本人達はそう思わず、世界樹から認められた凄い種族と言う認識のようだが。
まあ、対価として守護して貰っているわけだから、そう勘違いするのも分からなくはない。
さて、何故分体を植えるかという話に戻ると、分体を植える際はまず巫女経由でここに植えるようにというお達しが来るらしい。
その場所は魔力の地脈に干渉しやすい場所で、本体は植えられた分体を通して地脈の調整作業を行う。
やろうと思えば本体は世界中の地脈に干渉できるらしいが、遠い場所は神経を使う為に分体を経由するらしい。
まあ、やれるからとごり押しするより効率化を図る方が良いのだから、むしろ真っ当な手順だろう。
そして分体を放置するわけにはいかないので、エルフ達はその周りに集落を作り、暮らしているらしい。
先程も言ったが、エルフは世界樹に対価として守護して貰っている。
その守護の範囲である集落から出なければ、エルフに害意ある存在は近付けない。
この家の結界と同じような感じだ。
そうして上手く行っていたそうだ。
5年前までは。
5年前、突如として世界のあらゆるところの魔力の地脈が変動したらしい。
原因は不明。
兎に角、原因追求よりも対処をしなければいけない。
即ち、現在の分体を処分し、新たな場所に分体を植える必要が出た。
これが世界中でだ。
つまり、世界中のエルフが集落毎引っ越しをすることになったのだ。
そのこと自体は問題ではない。
元々、突如として魔力の地脈が変動することはあるので、引っ越し自体のノウハウは持っているからだ。
だが、世界中でこのエルフの大移動が行われていることが人間に知られてしまった。
ここでエルフと人間の関係を述べておこう。
エルフと人間はこの世界においてかなり険悪な敵対関係にあるらしい。
何故なら人間から見たらエルフは魔力の地脈を独占している存在だからだ。
世界樹による守護もあるが、魔力の地脈に干渉しやすい地帯に居るということは自然界に多分に魔力があるということ。
そう、この世界の魔法は自らの魔力ではなく、自然界の魔力を変換して使うのだから、人間側が不公平だと考えるのは分からなくもない。
その上、人間はエルフの美貌に欲情し、世界樹の守護から外れたエルフを奴隷にしようと虎視眈々と狙っている。
自然を破壊することも含めて、エルフと人間が仲良くなれることはないと言っていいだろう。
そう、つまりエルフの大移動は人間側からはエルフ奴隷大量取得の機会と捉えられたのだ。
問題は分体は植えてすぐに大きくなるわけではないということ。
そしてきちんと育たなければ守護の力も弱いままだ。
つまり、今現在エルフは魔力の地脈から外れた位置にある分体の元で集落を作っていると同時に、魔力の地脈上に分体を植え、大きくなる為の世話をしている状態ということだ。
どちらも人間が押し寄せてきたら守護の力が保てないとのこと。
今は魔力の地脈から外れた方は5年前までの守護の力の残り香で保たせている状態で、新たに植えた方は幼いが為に殆ど守護の力を発揮できていないのだから。
よって、世界樹が守護の結界を張れる者が居ると巫女に伝え、一番近くの集落に居たエルフの精鋭達が探しに来たとのこと。
エルフの存亡だけでなく、世界の魔力の暴走にも繋がりかねないこの状況、是非手助けして欲しいと言われた。
因みに見るからに人間の私に敵対行動を取らなかったのは、この結界が守護の力と似ていることが分かったからだそうだ。
まさか結界を張れる者が人間だとも思っていなかったそうだが、世界樹からの使命を果たす方が重要とのこと。
しかも今、世界樹はこれまで分体を使ってやっていた仕事を本体から直接しているため、かなり負担が掛かっていて、守護をどうこうするところまで手が回せないらしい。
つまり、私に掛かっているということだ。
私は結界を広げてきただけで、私自身がこの結界を張ったわけではない。
しかし、私だって5年間何もしなかったわけではないのだ。
この結界に頼った生活をしている以上、この結界がいつなくなってしまっても良いように一から作れる訓練はしてきた。
実際、作れることは確認している。
だから、この依頼を受けることに何の問題もないが、結界を作れる人がいないとは思わなかった。
通りで『結界』が特殊技能の方に表示されるわけだ。
それにしても、5年前。
5年前かぁ……。
………………ねぇ、私をこの世界に連れてきた人。
これ、私が原因だったりしないよね。
嫌だよ?
自分が世界の滅亡の原因とか。
そこまでいかなくても確実に大混乱を起こした大罪人だよね。
さて、実際は分からないし私のせいではないが、物凄く身に覚えがあるので、ここで見捨てることは出来ない。
むしろ是非手伝わせて下さいと言いたいくらいだ。
なんかもう、居た堪れないから。
しかし、世界中を廻って結界を張っていくなんて手間のかかることをしていたら取りこぼすところが出てくるだろうし、世界樹が守護に手を回せるようになる方が早いだろう。
どうするのかと言えば、同意して貰えるなら、分体2本を植えさせてほしいとのこと。
そして分体1本を強引に成長させ、本体まで私を転移させる力を捻りだし、転移させる。
詳細は良く分からないが、世界樹というものにはそれだけの力があり、その力を利用した方法だそうな。
そうして本体を通じて、各地の分体――魔力の地脈が通じていない方も植えたばかりの幼い方も含めて全て――に対して、結界を送ることを行って欲しいらしい。
本体と分体は繋がっている為、各地の巫女に意思を伝えるのと同じくらいの感覚で送るくらいは出来るようにすると世界樹が言っていたとのこと。
ただ結界の維持ももしかしたら担ってもらう必要があるかもしれないとも。
これはやってみなければ分からないらしいが、本体があるところは魔力が豊富にあるようなので恐らくそんなに手間にはならないだろう。
問題は帰りだ。
もう1本の分体は普通に植えて、普通に育てる。
そうすることで行きと同じように分体の場所まで転移出来るようになるらしい。
但し、それなりに分体が育たなければいけない。
その間は、エルフが分体と私の小屋というか土地を管理してくれるらしい。
このこと自体は問題はない。
問題は長寿種のエルフがそれなりの期間と言う時点で数年ではなく数十年を覚悟するべきだと思われることだ。
木が育つにはそれくらい掛かるだろうしね。
でも、どうであれ、私はこの依頼を断れない。
私の精神状態的に。
だから、行くしかないのだろう。
そう決めてからは早かった。
エルフを結界内に招き入れ、土地の中の説明をし、畑を枯らしたり、井戸が使えなくなる以外のことは改築や建造、飲み食い、自由にして良いと告げた。
また、人の入れ替えも好きにして良いと告げておく。
流石に家族と何十年も離したままは私の精神的に良くないから。
そうして分体を植え、私は本体のあるところに転移した。
世界樹の本体は本当に凄いとしか言いようがなかった。
大きさもそうだが、判別眼で見る光景は更に凄くて、魔力の渦に潰されそうだった。
転移した直後は人間と言うことで一瞬場が固まったが、世界樹が私を認めてくれたらしく、何か言われることはなかった。
すぐに直接世界樹に触れることで世界樹と対話が出来るようにしてくれ、世界樹や巫女、神官達と話し合い、緊急性の高いところから順に結界を張っていった。
集落全てを取り囲む程に大きくすることはすぐにはできないので、早くても1日に1つ最低限の大きさに出来れば良い方ではあった。
しかし、緊急性の高いところが一旦終わった時点でゆとりのあるスケジュールになり、大分楽になった。
その頃にはエルフからの信頼も勝ち得ていたので、色々と一人暮らしに必要なノウハウを教えて貰うことが出来た。
結界の対価を払うと言われたが、もうこれだけで十分な対価だと言える。
やっぱり独自に試行錯誤するにも限界はあるのだから。
それ以外にも色々と世界のこととか常識とか教えて貰え、本当に有難かった。
そうやってエルフの集落に馴染んでいると適齢期だと言うこともあり、エルフのお嫁さんを貰うことになった。
元女性の感覚で仲良くしていたことで本人含め皆に勘違いされてしまったらしい。
私自身は体に引っ張られているのだろう。あっさりと男なんだと思えたので問題ない。
でも人間なのに良いのかと言ったのだが、エルフの恩人に嫁げるのだからむしろ誇らしいと言ってくれた。
恩人と言う部分は凄く否定したいが、向こうからしたら私が死ぬまでのお遊びみたいなものなんだろうから気にしないことにした。
因みに世界樹は私が異世界から来たことを知っていた。
正確には私が世界樹に触れたことでこの世界の人でないことが分かったらしい。
そしてやっぱり私がこの世界に来たことが恐らく直接的な原因だろうと言われた。
でも、私が来なければいけなかった理由も予想ではあったけど教えてくれた。
どうもこの世界は緩やかに滅亡に向かっていたらしい。
寿命のようなものでどうしようもないと世界樹は考えていたようだが、世界はそれを嘆いたのだろう。
私を連れてくることで、無理やり世界を活性化させたのではないかとのこと。
実際、かなり魔力も活性化しており、暴れないように調整するのに手間取っているそうだ。
ただの魔力の地脈の一斉変動くらいなら、まだ手に負えた。
だが、ゆるやかに魔力も大人しくなっていたことに慣れていた反動で、今の暴れん坊のような魔力の制御が上手く出来ていないらしい。
その内、手の掛かる子程可愛いと思えるだろうけど、今は少し勘弁してほしい気持ちが大きいと嘆く様子は孫に振り回されるお爺ちゃんのように見えて笑ってしまった。
まあ、世界樹も世界と話せるわけではないらしいし、世界にそんなことが出来るかも知らないらしいが、大体は合っているのではないだろうか。
5年経ち、ようやく全集落にこれまでの守護の範囲と同等かそれ以上の結界を張れて、後は維持だけの状態にすることが出来た。
後は世界樹が手を回せるようになるまで維持だけしながら、嫁さんとゆっくり暮らすかと思っていた。
しかし、魔力の地脈が変動したことで起こる弊害がエルフだけに留まるわけがなかった。
「ドワーフ、ですか?」
「はい。是非にご助力頂きたいと要請が来ております」
話を聞くと、まずエルフとドワーフは同じ妖精族と言われる種族で仲が良いらしい。
特に地脈に関する使命を負っている仲間という意識もあり、かなり濃ゆい交流をしているとのこと。
ファンタジーの定番が崩れた気がしないでもない。
念の為によくある環境を破壊する的なことはどうなのだろうと思って聞いたら、むしろドワーフも環境を保全する側らしい。
当然人間とも険悪な関係とのこと。
因みにエルフ程ではないが、ドワーフも特殊性癖の方々には人気らしい。
そして5年、ここに居て見なかったのは、ドワーフ側も魔力の地脈が変動したことによる余波があったから。
勿論、魔力の地脈が変動してから10年経っているのだ。
ある程度落ち着いていることは事実。
元々、ドワーフは火山を管理しているらしい。
エルフが森を保全しているのに対して、ドワーフは山を保全していると言っても良い。
いや、エルフが地上でドワーフが地下と言った方が正しいだろうか。
そしてエルフが世界樹の従僕であるように、ドワーフは世界山の従僕であるらしい。
世界山は余計な噴火をしてしまわないように抑制したり、溶岩の温度が下がりすぎたりしないように世界中の溶岩を上手く循環させているらしい。
魔力の地脈云々の方が納得できたが、実際かなり大事なことらしく、これを上手くしないと土地が死ぬらしい。
土地が死ぬということは星が死ぬということだ。
つまり、生物が住めない惑星になる。
うん、大事だ。
訳が分からないとか思ってごめん。
ファンタジーで定番だから何も不思議に思ってなかったけど、“世界樹”という言葉が今更分かった。
“世界山”も“世界樹”も世界に欠かせない世界を構成する一部だから“世界”と名が付いているのだと。
分かっていたけど、世界と名が付くものたちが管理しているからこそ、世界は保たれている。
もしこの世界に神様が居ても立場がないだろうなと思うくらいには重要だ。
だけど、私が何でヘルプ要請されるのだろうか。
続きを聞くと、こういうことだった。
10年前、魔力の地脈が殆ど変動したことで、溶岩の流れる道と変な風に交差してしまったらしい。
魔力の地脈による影響は元々あったし、変動による影響を受けることもあった。
ただ、あまりにも多くの場所で起こったが故に、世界山の管理容量を超えそうになった。
元々、必要な火山には管理に必要な媒介を設置させ、周囲にドワーフが住むというエルフと同じことをしていたらしい。
当然、エルフ同様、守護の力で守ることを対価にだ。
但し、元々ドワーフは良質な鉱脈を独占し、良質な武器を作れることで人間に目をつけられてはいるが、エルフの方が優先順位は高い。
よって、守護の力が弱まっていてもどうにかなっていた。
だけど、エルフの大量奴隷獲得が殆ど成果を上げられなかったことで、腹いせのように他の種族に目が向いた。
世界山の管理対象は溶岩と言う物理的なものなので、10年経った今も成果は順調と言えない。
むしろ世界樹が魔力の地脈の制御を完全に行えるようになって初めて、対処療法から根本解決に乗り出せるそうな。
よって、守護の部分を私に頼みたいというのが依頼の内容だ。
いやー、人間って屑過ぎないだろうか。
まあ、魔力や鉱石を独占されているのは確かに同情するが、友好という道もあったはずだ。
自業自得としか思えないね。
ということで、次は世界山に転移することになりました。
因みに今回の転移は世界樹の巫女10人掛かりによる魔法行使。
今大変な世界樹に手間を掛けさせるわけにはいきません! だそうな。
あ、勿論嫁さんも一緒についてきてくれることになりました。
そしてドワーフの元にやってまいりました。
この世界のドワーフは例に漏れず低身長でがっしりとした体形だった。
但し、髭が豊富かと言えば、そんなことはなかった。
むしろ一部の特殊性癖の方々が喜ぶ理由が理解できるくらいにはロリショタだった。
がっしりはしているけれども。
まあ、鍛冶でも採掘でも髭は邪魔だろうし、現実なんてそんなものだろう。
そして世界山。
これは麓から眺めたわけではないが、大きい富士山というイメージだった。
さて、ここでしたことはエルフのところでしたことと同じだ。
ひたすらに媒介を通して、結界を張り、その結界の範囲を徐々に広げていくというものだ。
因みに媒介は宝石のような輝きを放つ鉱石だった。
何の鉱石かはドワーフ達も知らないらしい。
ただ、これを植えると、周囲が良質な鉱脈となるそうな。
掘り終えたところも土を埋めて固めれば数十年後には鉱石が採れるようになるという無限ループが出来るらしい。
そして採れた鉱石を鍛冶で武器や食器などの色んなものに加工して、繋がりのあるところと交易している。
勿論、人間は対象外だ。
面白いと言うか、異世界らしいと思ったのが、鍛冶を溶岩で行っていること。
正確に言うと、溶岩の熱を上手く使って鍛冶をしている。
制御は魔法で行っているみたいで、それが出来て一人前という考え方だそうな。
ただ、溶岩を使えるようにしている部分はかなりの秘密らしい。
溶岩で溶けないものがあるというだけで、聞きたいとは思えない。
むしろあれだけの熱を持った溶岩を利用しようと思ったドワーフのご先祖様は気が狂ってると思う。
でも、採掘や鍛冶には興味があったので、合間合間に体験させてもらった。
あの小屋に戻ったら鍛冶場を作ってもいいかもしれない。
ま、どうみても普通の窯での鍛冶とやり方が違うから教わったことは活かせないだろうけどね。
だって確か鍛冶って型を粘土で作って溶かした鉄を流し込むとか、インゴットを熱して柔らかくしたものを槌で叩いて成形するとかだよね。
いや、詳しくは知らないけどさ。
でもここではあっさり溶かせることでか、丸っきり手順が違う。
剣を例に挙げると、中心となる芯を作ったら、溶かした金属に漬ける。
芯の周りに付いた金属の液体の形を整え、余計な液体を取り除いてから冷やす。
一回り大きくなった芯をまた別の溶かした金属に漬ける。
という多分に鉱石を採れる環境と簡単に金属を溶かせる環境があるからこその手順なのだ。
但し、全部が全部その方法でもなかったので、参考にできるものもあると思う。
流石に採掘が出来る場所はないけど。
そんなこんなで約3年、ドワーフの元で過ごした。
エルフよりも分裂はしていなかったのだが、一つ一つの集落が大きく、疲れた。
何せドワーフの住処は山なんだから。
因みにドワーフの嫁も増えたけど、ハーレムとかロリコンとか言わないで下さい。
これでもかなり抵抗したんだ。
でも、嫁にして貰えなくてもメイドとして付いていくと言われてからは「一生独り身にさせるつもり?」というドワーフ達からの無言の圧力が四六時中襲い掛かってきたのだ。
最終的に屈したとは言え、私よく頑張ったと思う。
勿論、本人が嫌がっていることを無理矢理恩返しするだなんて、ただの押し付けだ! と言いたかった。
言いたかったけど、今の混乱の元の原因は私なのだ。
マッチポンプで恩人となっている以上、あまり強く言えなかったのだ。
どうであれ、ドワーフからの依頼は完了。
ようやく家に帰れると思ったけど、またも依頼が発生。
今度はドラゴンからの依頼でした。
ドラゴンのような強者がなんじゃらほいと思ったら、強者故の依頼だった。
尚、ドラゴンも妖精族に位置するらしい。
だけど、生物の頂点として、様々な生物に畏れられながらも敬われている。
結果として、かなりの種族が現在ドラゴンの元で保護されているらしい。
ドラゴンもドラゴンで上空の管理をしているらしい。
具体的に言うと、宇宙に必要なエネルギーが漏れてしまわないようにすると同時に不要なものは追い出しているようだ。
つまりなるべく星全体のエネルギー総量が減らないようにしているということだろう。
それでも不要なものを出している以上、減って行って寿命云々という話になったのだろうが。
ドラゴンは何かの従僕というわけではなく、ドラゴンはドラゴン自身が管理をしているそうな。
この辺りがエルフ達とは違った。
でもだからこそ、生物の頂点と見做されているのだろう。
で、私の仕事はというと、守護の結界張れるなら張ってやってというものだった。
多種多様な種族がドラゴンの元に集まっているのも良くないし、故郷を追われている状況をどうにかできるのならしたいそうな。
エルフやドワーフ達は間接的に管理業務を行っている関係上、こちらの方が優先順位は低かったらしく、終わるのを待っての依頼だった。
つまり、単なる弱者救済なので、急ぎの依頼ではないとのこと。
因みにドラゴンは守護の力を与えられないのかと思ったが、ドラゴンの本当の住まいは空にある上に、保護されている種族と直接的な関係はない為、そういう対象ではないんだそうだ。
ということで、私の出番らしい。
ドラゴンにお迎えに来てもらって、初めて守護結界の外に出た。
かと思いきや、ドラゴン自体にある程度守護は掛かっているらしく、遠く離れなければ守護結界内に居ることになるらしい。
残念ながら守護結界の外に出るのはまたの機会となりそうだ。ああ、残念だ。ホントザンネン。
それにしても直接管理業務を行っているとは言え、ドラゴン無敵過ぎないだろうか。
普通にやろうと思えば、人間滅ぼされるよね?
しかし、ドラゴンが言うにはドラゴンは世界側なので世界に住まうものは子のようなもの。
人間も世界に住まう生物なことに変わりはないから、世界にとって害悪にならない限り手を出すわけがないということらしい。
ただ人間はドラゴンの庇護下に入ろうとはせず、どちらかというと敵対してくるから羽虫程度にはうざく思っているところはあるらしい。
私も人間なんだけどなと呟くと「お前はもう半分世界側だ」と笑われた。
確かに否定出来ないくらい関わっているけど、単に要請に応えてきただけなのにと苦笑した。
ドラゴンが幾つか持っている地上の拠点の一つに付くと、様々な種族が所狭しに避難生活を送っていた。
これは確かに元のところに帰した方が安心だ。
ということで環境が合わなくて苦労している種族から順に結界を張ることになった。
銀狼族とか灰熊族とかの地上が主な活動場所の種族なら全然問題なかった。
金鷲族とか白梟族とかの空中が主な活動場所の種族もまあどうにかなった。
黒兎族とか赤土竜族とかの地下が主な活動場所の種族も結構頑張ってどうにかならなくもなかった。
問題は深海族とか熱帯海族とかの水中が主な活動場所である種族。
これが物凄く困った。
特に海底が主な生息場所だなんて、人間は来れないんだから結界なんていらないのでは? と思ったら、魔力が活性化したことによって生物が活発になっており、外敵の脅威があるのだそうな。
私が原因だとは言え、世界に文句言ってくれ! と叫びたくなった。
結果的にこのままだとどうしようもないので、魔法を本格的に学ぶことになった。
これまでも習ってはいたが、今のままでは足りなかったためだ。
学ぶべき魔法は2つ。
1つは水中で活動できるようにする水中呼吸魔法。
もう1つは戻るのにも便利な転移魔法だ。
転移魔法は、水中で最悪の事態が起きた場合の保険でもある。
よって、この2つが出来るようになるまで、一時期結界作りは停滞した。
それでも解決策があるだけマシだと言って貰えた。
そうこうしているうちに子供が産まれたり、お嫁さんが増えたりしたけど、もう心を無にすることにした。
いや、勿論ハーレムなんて要らないと言ったよ?
でもね、お嫁さん要らないとか一人で良いとか言うと殺し合いが始まるの。始まったの。
嫁にするって言わないと止まらなかったの。獣人怖い。
だから心を無にして平等に愛することにしたの。
こっちの世界に呼ばれたのはまだ良い。
でもどうして男にされたのかと時々黄昏てしまうのは仕方ないだろう。
女で逆ハーレム作らされていたら、比較にできないくらい最悪だっただろうけれど。
というか、ハーレム主人公とか大嫌いだったのに、男が女を養うという価値観の世界では仕方ないことだったんだなと反省した。
だって、誰も止めてくれないどころか、善意で嫁を増やそうとしてくるのだ。
そして善意というものは何より強い力だと心より思う。
無垢な子供に素面で傷付ける言葉を吐ける人でなければ対抗出来ない究極の奥義だ。
最初にエルフのお嫁さん貰う話になった時に断固として断っていたらこんなことにならなかったのかな。
いや、エルフのお嫁さんだけだった時は幸せだったんだ。
子供も可愛いし、今更考えても仕方ないか。
因みにドラゴンの長に会った後、始まりの小屋に住まいは戻った。
エルフだけではなくドワーフも居て、粗末な小屋が大豪邸に大改築されていたのでむしろ感謝した。
そして基本はここで暮らしながら、結界を張る際に出張に行く形にした。
だからこそ、子供を作ることが出来たのだが、子供が出来にくいエルフのお嫁さんが一番に妊娠した時は本当に嬉しかった。
そして出来ればエルフのお嫁さんと子供の3人で慎ましく暮らしたかった。
なんて言ったら、怖いことになるだろうから、お口にチャック。
まあ、先程言った通り、なんやかんや思いながらも子供達は皆可愛かったのでOK。
ただ私が死んだら各種族の元で暮らして欲しいので、ある程度の年齢になった頃に母親と共に各種族の集落に移って貰うことにした。
お嫁さん達は渋っていたけど、会いに行くことを約束すると子供が可愛いのだろう。最終的には頷いてくれた。
ただ一人、エルフのお嫁さんだけは私が死んでから戻っても問題ないと言うことで残ってくれることになった。
それだけ寿命に差があるし、一人は寂しいので有難く受けておいた。
その頃にはドラゴンに保護されている人達も皆、故郷に戻れていたので、ようやく私は穏やかな日常を手に入れることが出来た。
出来ればこのまま一生慎ましく生きていきたい。
しかし、そんな平和が長く続くはずがなかったのだ。
そう、平和と言うものは脆く儚いから愛おしいのだ。
何が起きたかって?
事の起こりは結界という安全圏が出来たこと。
これにより、人間以外の種族――以降は亜人種と呼称しよう――から人間に捕まっている同族を取り返そうと言う声が出てきたのだ。
人間も思った以上に奴隷化出来なかった上に今では殆ど手が出せなくなった現状に怒りを抱えていた。
そこで亜人種が調査を始めたことで、人間側の怒りに火が付いた。
そして最悪なことに異世界から勇者を連れてくるという失われたはずの魔法を発動させ、成功してしまったらしい。
結果、またも魔力の地脈が大変動した。
つまり、役割を持った種族は身動き出来なくなったのだ。
勿論、すぐに人間側は攻め入ってきたわけではない。
だが、亜人種側は勇者召喚が行われたことを察知して、強力な力を持ったドラゴン等が動けないのに今動くべきではない派と勇者が成長する前に事を終わらせるべきだ派で抗争が起きた。
結果、私が亜人種のリーダーとなるよう要請された。
恩人の言うことなら聞くだろうと判断されたのだ。
もうそれなりの年齢になっていた上に、どう考えても戦争になる。
いや、戦争にならなくても全く争いが起こらないと言うのは有り得ないだろう。
結界内に籠りまくった私に出来るとは思えない。
自慢じゃないが守護の力もしくは結界から出たことは一度もないのだ!
そもそも人間側のことをよく知らないのにどう指揮しろと言うのだろう。
あ。
もしかして私が人間だから勘違いされたのだろうか。
いや、どうであれ恩人となっている私が言えば纏まるだろうことは理解できる。
図らずしも、私は亜人種のほぼ全てと交流した実績があるし、恩があると思われているのだから。
亜人種が暴走しない為には私が旗柱となる必要があることは分かる。
言い訳なんてしたところで、事実は変わらないし、事態は待ってもくれない。
と、言うことで。
私は亜人種を束ねることになりました。
わー、ぱちぱちぱち。
じゃねぇよ!!
と一人ツッコミをしながら現実逃避をするくらいは許して欲しい。
だって、人間側の旗柱が勇者なら、亜人種側の旗柱は魔王って言うんじゃないのかな……。
いやいや、そんなフラグは立てるべきじゃない。
さて、気を取り直して、やるべきことを考えよう。
取り敢えず、エルフはまた引っ越しが確定している。
そして今回は新たに植えた方だけでいいとは言え、また結界を張る必要がある。
これは私の仕事だけど、以前とは比べ物にならないくらい魔力使用量は増えているからそう手間取らないだろう。
次に世界樹が魔力の地脈の制御が出来るようになるまで手が離せない。
同じく世界山やドラゴン等もだろう。
まあ、海が戦場になることはないとは思うからリヴァイアサンには管理業務に没頭してくれていいと伝えておこう。
だが、ドラゴンには少し手伝ってもらいたいな。
転移魔法では行ったことのない場所に行けないのだから。
それと一度私の結界がどれくらい保つかは実験してみるべきだろう。
それによって、どれくらい攻撃に使えるかが決まる。
いや、戦争すると決まったわけではない。
落ち着け、私。
こういう時はどうなるのが理想的かというところから考えよう。
まず、亜人種側は亜人種の奴隷が解放され、かつ二度と人間が亜人種を奴隷にしないという誓約を得られること。
人間側は亜人種の奴隷……ではなく、資源を得られること。
うーん、無理じゃないかな、これ。
そもそもそれらが出来たところで禍根は残るだろう。
資源が得られたからと言って、人間の亜人種への差別がなくなるとは思えない。
亜人種も奴隷が返ってきたからと言って、人間への憎しみがなくなるとは思えない。
それでもやれることから一歩ずつやるしかないだろう。
だから、まずは隠密活動できる種族を募った。
勇者の動向と周辺の意図を知り、戦争の兆しを掴む為に。
または亜人種の奴隷の噂を拾い、円滑に取り戻す為の情報を得る為に。
これらは完全に隠れられるか、もしくは変装すれば人間の町に紛れられるかがポイントだったので、初めから選択肢はそう多くなかった。
地下に道を作り、そこからも情報を得る活動をしてくれる種族も募ったので、幅広く情報は集められると思いたい。
更にこれらの種族を各地へ送迎出来る種族を募った。
足が速く、他人を乗せられるという制約があったので、こちらもそう悩むことはなかった。
同時に、万が一の為の用心棒も募った。
緊急で撤退しなければならない際に必要となるかもしれない為だ。
一部武力行使を訴える人達も居たけど、情報を制する者は世界を制するのだと何度も言うことで大人しくさせた。
獣人は直情的かつ暴力的な種族が多いけど、そういう種族ほど持久性が低いのは、面倒ではあるけど扱いやすいので助かっている。
そうして情報を集めまくった。
情報が集まってくると、だんだんと人間側の事情も分かってきた。
そもそもこの世界の人間はそこまで多くない。
いや、勿論人間とそれ以外の種族と分けた場合に半分くらいは人間になる程度には多い。
半分という数字を多いと見るか、少ないと見るか。
私は少ないと見る。
だって、人間という生き物は弱いのだ。
数の力を利用することでしか勝てない。
つまり、現状人間は負け一直線だ。
それを覆す可能性があるのは勇者という存在のみ。
だから探る為に苦労するかと思いきや、勇者は簡単に見つかった。
人間側は一部の資源が亜人種側に握られている関係上なのか、文明があまり発達しておらず、文明的な生活を送っている人間が極端に少ない。
つまり、文明的なところを探すだけで良かったので、本当にあっさり見つかった。
因みに文明的と言っても、中世というにも烏滸がましいレベルだ。
ファンタジーが中世ヨーロッパ風であるという決まりもないのだから、こういうことも有り得る。
もしかすると単に中世に対する理想が高すぎただけかもしれないが。
せめて清潔な生活をして欲しい。
それにしても、この文明レベルで良く勇者など召喚出来たものだ。
と思ったが、よく考えれば世界が寿命で死にかけるくらいにはこの世界の歴史は長いはずだ。
この文明レベルはおかしいと思ってドラゴンに聞いてみると、文明は何度も滅びていることが分かった。
それでも文明ももっと色々残っていていいはずなのに、殆どない。
勇者召喚の魔法陣みたいなものは他にもないのだろうか。
いや、それだけ徹底的に前回滅びたのかもしれない。
もしや世界が死にそうになったのは、それが原因でもあるのではないだろうか。
しかし、これを見るにもしかしなくても、戦わずして勝てるかもしれない。
つまり勇者の引き抜きだ。
だってこっちの方が贅沢出来る。
その為にも勇者がどんな人か知るべきだ。
「もう一度言ってくれるかな」
「はい。勇者を神輿に乗せ、人間共は『魔王打倒』と熱狂的に叫んでおりました。勇者も『絶対に正しき世に直すので、皆協力してくれ!』と高らかに叫んでおりました」
おう……フラグ回収早かったな……。
私やっぱり魔王になってるよ。
いやいやいや、ファンタジーなら魔王vs勇者が基本だろみたいなお約束要らないから!
誰だよ、魔王とか言い出したの!
私強くないからね!?
違う、戦い前提にしたらダメだ。
雰囲気に飲まれるな!
「そもそもそんな大々的にやるなんて、こっちに気付かれていいってことか。勇者はそんなに強いのか?」
「いえ、地脈がこれだけ乱れたのです。こちらが気付いていないはずがないのだから、こちら云々よりも人間共を鼓舞して、勇者の下に団結させるのが狙いのようです」
「なるほど」
ついでにマウントでも取りたかったのかな?
「勇者の性格は?」
「それはまだ不明です」
「分かった。引き続き、よろしく頼む」
「お任せ下さい」
さて、戦い前提に動くのはダメだけど、戦いがないこと前提に動くのもダメだろう。
つまり、戦いになった際に皆を守れるようにしておかないといけない。
問題は、こちら側の者の住処は世界中に点在していること。
そして特にエルフとドワーフの住処だけは何が何でも明け渡すわけにはいかないこと。
結果的に資源の独占になっているのは悪いけど、人間が管理できるものではないのだから諦めてもらうしかない。
これはもう世界法則なのだから。
勿論、人間側にも何かしら餌を与えないと、人間を滅ぼすか世界が消滅するかの二択しかないみたいなことになってしまうだろう。
人間の欲深さはよく知っている。
だから、妥協点を見つけておかないといけない。
一番は共有出来るようにすること。
管理者は変えられないが、管理下の居住区に住むことは出来るはずだ。
ただお互いの悪感情から見るに、これは実現不可能だろう。
そもそも同じ世界側である亜人種側も種族毎に住居は異なる。
異種族が一緒に住むという発想は受け入れられないだろう。
だから一番いい落としどころは亜人種側がやっているように物々交換などで協力関係を結ぶこと。
隣人になれば良いだけなのだ。
だが、恐らくこれも不可能だろう。
一番目指したい結末ではあるが、人間側からすればとてもじゃないけど受け入れられないと言われるはずだ。
何せ人間視点からしたら、独占している資源を寄越すことは出来ないが他の亜人種達と同じように取引には応じてやろうという亜人種側の上から目線にしか見えないだろうから。
何故なら人間は根本的に亜人種側を下に見ているからだ。
だから自分達と同等だと言わんばかりの提案を一考することなく却下するだろう。
本当に人間は愚かだ。
でも、だからこそ読みやすい。
そう。初めから分かっていた。
勇者をこちらに引き入れようと、引き入れることが出来まいと結果は同じ。
人間を亜人種側の下に置く。
つまり、人間を屈服させる。
これしかない。
分かっている。
そんなことをしても、いつか人間は立ち上がると。
そしてまた負の連鎖が始まると。
それでも、それしかない。
別に私は亜人種が人間より優れているなんて思ってはいない。
亜人種にだって悪人はいる。
それでも、亜人種は一定のルールを外れることはない。
上が居ることをきちんと理解している。
理解していない奴は潰される。
それだけで十分だ。
問題は、どうやって屈服させるかだ。
一つは勇者を引き抜くこと。
これにより、勇み足を止めることが出来る。
だが、逆に勇者にも裏切られたと団結することも有り得る。
追い詰められた者達の行動力を馬鹿にしてはいけないのだ。
それでも一般人は勇者が敵側に渡ったことで不安に思うだろう。
それだけでも意味はある。
二つ目は情報操作。
こんな世でも情報を制することは大事だ。
だから、亜人種側に資源が豊富にあることを始めとして、圧倒的戦力があることを流布する。
戦う前から結果が見えている戦争と上層部は分かっていると、下の人間を肉壁にするつもりなのだと真実を混ぜた噂を流すのだ。
そして戦争を忌避させ、出来れば反乱など起きて欲しい。
人間同士で戦うことになれば、こちらに来ることもないだろうから。
万が一、反乱が成功すれば儲けものだ。
現時点ではこれくらいしか出来ない。
何故なら、私達は直接宣戦布告を受けていないからだ。
魔王というのが私だと言う証拠は何もないのに、こちらから戦争を始めることは出来ない。
そもそも戦争を出来るだけ避けるように私は動いているのだ。
だが、他にも出来ることはある。
一つは戦争準備だ。
但し、目に見える形で圧倒的な技術力の差などを見せるつもりはない。
そんなことをしては人間に団結する理由を与えることになるからだ。
だからひたすらドワーフに武器を作ってもらっている。
そして兵士志願の者達に戦術を学んでもらう。
ついでに血気盛んな者達の血を鎮める為に、そして平和になった時の為に色んな武闘大会を開き、意識を逸らしている。
現状では戦争の為の訓練など銘打っている為、人間に特攻する者達は出ていない。
これも大事な戦争準備……ということにしている。
実際はただ計画を邪魔させない為のものだから、いつまで保つか戦々恐々としている。
二つ目は圧倒的文化力を魅せる為の生産だ。
これは力こそ全てみたいな脳筋でない種族に主にお願いしている。
亜人種の文化レベルを根本的に上げることを目的としているので、戦争が起きようと起きまいと今後とも続けて欲しい。
三つ目は防衛能力を高めること。
私の結界の能力向上は必須だが、結界だけに頼る方法はダメだ。
何しろ私はただの人間。寿命がある。
勿論結界と言うものは術者が死んだから消えるということはないが、何らかの理由で魔力が尽きたら消えてしまうのだ。
エルフとドワーフは世界樹や世界山がどうにかしてくれるだろうが、その他の種族はまた元に戻ってしまう。それではダメだ。
防衛と言っても様々な方法があるが、簡単に出来るものの代表はやはり物理的な壁を作ることだろう。これは力が有り余っている種族にして貰う。
次に最終的に重要なのは命なので、最終的な逃げ道として地下通路を作ってもらう。当然これは地下を掘ることが得意な種族に行って貰った。
更に防衛で大事なのは情報だ。よって、空を飛べる種族による情報網を整えて貰った。これは防衛以外にも役立つ革新的な体制だと自負している。
本当は結界を張れる魔道具的なものを作りたかったが、特殊技能が道具で出来るようなら特殊技能とは言わないだろうと期待しないことにした。
これらだけでも世界中に散らばっている亜人種への対応というものは本当に大変なのだ。各種族の住処に作業員を派遣するだけで一大仕事になるくらいだ。
ならばどう解決したかというと、“諦めが肝心”作戦にしたのだ。
諦めたらダメだろ! と思うかもしれない。
しかし、無理なものは無理なのだ。
だから地域毎に区切り、防衛する場所を定めたのだ。分かりやすく言うと防衛拠点という名の避難所を作ったのだ。
攻撃を受けた際に引き籠り、迎撃出来るようにした。
勿論反発はあった。だが、そこはごり押しした。亜人種の上が居ることを理解している性質を利用させて貰ったのだ。
リーダーとしてその対応は如何なものかと思うかもしれない。しかし、この世界にはこの世界の価値観がある上に、万が一にも世界法則を理解していない人間側が勝つ要素を作りたくなかったのだ。
私はこの世界の人間ではなかった。今も人間側にはいない。でもこの世界に生きる者としての自覚は既に持っている。
ここは現実なのだ。だからこそ、私は亜人種側……いや、世界側に立つ。
「たたた、大変ですっ!」
「何だ?」
ある日、部下が飛び込んできた。
「ゆゆ、勇者が一人で乗り込んできましたっ!」
まさかの事態が起きた。
しかし、ある意味好都合だ。何せ勇者は真っ当に正義心を持った馬鹿が付く程に真っ直ぐな青年なのだ。
但し、人間側に都合の良いことばかり聞かされ、その正義は今歪んでいるのが実情だ。これを正せるかどうかは私次第というわけだ。
「……よし、一対一で会おう」
大勢に反対されたが、なんとか勇者との場を設けることに成功した。
「君が勇者だね。初めまして。君達が魔王と呼んでいる者だよ」
そうして対談の場で、私は堂々と待っていた。
そして現れた勇者に対して先制した。
勇者は流石に人間だと思っていなかったのか、驚きを見せる。それだけで先手が取れたことを確信した。
「お前が魔王? 嘘を言うなっ! お前は人間じゃないか!」
「ああ、人間だよ。それがどうしたんだい? 君だって人間なのに勇者と呼ばれているじゃないか」
「当たり前だ! 俺はこの世界に勇者として呼ばれたんだ! 魔王を倒す為にな!」
素晴らしい。素晴らしい程に墓穴を掘ってくれる。
子供特有の視界の狭さは、子供時代を経ているからこそ、よく理解している。
「なら私を倒すかい? それで君は晴れて人殺しだ」
そう。私を殺せば人殺しになる。
異世界で勇者と呼ばれて高揚している人は、この罪を突き付けられて、それでも夢気分のままで居られるかな?
「違うっ! 俺は魔王を倒しに来たんだ! 人殺しをしに来たわけじゃないっ! 魔王を出せっ! お前に用はない!」
「だから君達の言う魔王は私だ。そして言葉は正しく使うと良い。魔王を倒しに来たではなく、殺しに来たと言うべきだ。言葉を変えたくらいで君が犯そうとしている罪の重さは変わらない」
「違う違う違うっ! 俺は正義の為に魔王を……っ」
呑まれた。
こんな簡単な言葉遊びに呑まれるような正義心など端から持つべきではない。私が崩さなくても、いつか絶対に崩れていた。
そして壊れるだけだ。
「一つ聞きたい。君の目的はなんだ? 私を殺すことか?」
「違うっ! 魔王が平和を乱しているから、それを正すことだ!」
「おかしいな。君は私を殺す為に勇者召喚されたと先程言っていたぞ」
そう。ここが一番重要なポイントだ。
「私が君達の言う魔王になったのは、人間が勇者を召喚したからだと言うのに」
人間側が魔王打倒を叫んでいると聞いた時から、違和感があった。
そして隠密活動している人達から報告を受けている。勇者は、いや、人間は情報を捻じ曲げられて伝えられていると。
「は?」
「だから、勇者が召喚されたから、私は魔王になることを望まれたのだ。その時点では存在しなかった魔王を打倒する為に勇者を召喚するなど矛盾も良いところだ。そもそも今の時点でも魔王は存在しないがな。私はただ亜人種のリーダーというだけで魔王を名乗ったことは一度もない」
勿論、勇者は簡単にこちらの言うことを聞いてはくれなかった。
だけど、信じないと言いながらも武力を振るうことなく、対話を続けようとしてくれた。
後は簡単だった。何せ事実を告げれば良いだけなのだから。
そうして、勇者は私達側に付いてくれた。
だが、勇者と私の方針は相容れなかった。
勇者は人間を出来る限り救いたがった。
私は人間を信用出来なかった。
結果的に、勇者は人間の支配者側がダメなことを理解していながらも、人間に見切りを付けている私のやり方は容認できないと人間社会に戻っていった。
勿論、馬鹿が付く程真っ直ぐなので、人間の支配者側と腹芸をしながら社会的地位を手に入れるという手を取ることはせず、真っ向からの対抗を選んだ。
つまり、腹案としてあった反乱を勇者が起こしてくれることになったのだ。
当然手を出さないで欲しいというお願いは喜んで聞いてあげた。
表面上は対価として亜人種の奴隷解放を手伝って欲しいと言い、対等な取引を行った。
腹黒いって?
いやいや、正義を成したい勇者に奴隷解放なんていう最高の機会を与えたんだ。
これはWin-Winの関係というものだよ。
……うん、少し大人は汚いなと思わなくもないよ?
あまりに真っ直ぐな子供の眼差しに、汚れたなって黄昏たりしたよ。
でもさ、正義を貫く為に人が死ぬ機会を作る勇者より、結果的に人が死なないように立ちまわっている私の方が正しくない?
正しくなくとも、勇者のように開き直って戦争を起こす気にはなれないな。
勇者の反乱がどうなったか、結局亜人種の奴隷解放は成せたのか、結果が出るのはまだまだ先のことだ。しかし魔王騒動は終わったと思っていいだろう。
だからどうか、もう平和に暮らさせてくれ。