第7話 新しい価値観
リンというこの『ザファイブ地方』での旅限定であるが、新しいお供が加わり、アイ一行にはより一層『華』というものが備わっていたのであった。
そんな中でリンは二人へとこう話をしていた。
「いやあ、僕はアイ様やミナト様程の人達と旅を出来て幸せですねぇ~♪」
そう言ってはにかむリンの姿は、好奇心旺盛な年頃の少女そのものであるのであった。
そんなリンを見ながらミナトは思う。──これでパンツを穿いていてくれたら、どれだけ女性として素敵な方であろうかと。
(でも……っ!)
ミナトはこうとも考えるのであった。もし彼女が『見せて』しまえば、自分に好きなだけお触りの機会を与えてくれるという取り決めを行ったのだから。
そして、その取り決めをリンが破らないだろうという直感もミナトにはある所なのであった。あれだけ戦士として洗練された戦いっぷりを披露した者、即ち堅実な人物が約束の一つも守らないという事は考えられないという事なのだ。
見えなければ問題ない、そして見えてしまったら自分に幸運が転がり込んでくる。どう転んでもミナトには損はない所なのだ。
そして、やはり彼にはわざとリンが見えてしまうような状態に陥れるという発想は無かったのである。それが『微塵も』なので、如何に彼が良くも悪くも正直な人物像であるかが伺い知る事が出来るだろう。
そんな一行が今歩いているのは、森を抜けた一本道なのであった。
つまり、その見晴らしは良く、森のような視界を遮るような要素も皆無なのだ。
故に、リンのその人間の観点から見れば思い切った出で立ちもより鮮明に披露されている事となっていたのだ。
彼女の服は毛皮で出来たノースリーブのワンショルダーの上着と、かなり短い腰巻き状のスカート『のみ』であるのであった。
その『のみ』は伊達ではなく、靴や靴下の類いの無い裸足であるが上に、ブラジャーやパンツすらも無く、その毛皮が直に素肌に身に付けられていると言えば、如何に彼女が破廉恥な格好であるかが分かるだろう。
それでいて、彼女はゴブリンらしく赤い三角帽子を被っていたのであった。裸同然の出で立ちなのに帽子はきっちりと装備する辺り、彼女のポリシーというものを伺う事が出来そうである。
そんな、格好そのものが危ない橋渡りであるリンは、そのような事を意に介さずに快活にアイやミナトと話をして憩いの時を満喫しているようであった。
そして、ミナトは今ではそんな彼女の姿を密かに目の保養として堪能している真っ只中なのであった。
いくら恥じらっていても何も出ない。それならば、いっその事味わってしまおうという結論に至ったのである。つまり、彼は男として腹を括ったという事なのだ。
そんな密かに『自分との勝負に勝った』ミナトであったが、大体アイには察せられている所であるも、それを悟られないようにリンとの会話に違和感なく参加している所であった。
「ところでリンさん、あなたのご両親はどうしていますか?」
「お父さんとお母さんですね……?」
そう言ってリンは暫し考え込んで、別に二人に言ってもいい事だろうと踏んで打ち明ける事にしたのである。
「ゴブリンバットというのは一般的なゴブリンのように群れは作らない性質なんですよね」
その言葉の後にリンは説明していった。ゴブリンバットは我が子にその肉体を洗練させる為に、子供の頃に最低限の生きる術を与えた後にはそれを森の中へと置いて行き、一人で生き抜いていけるようにするのである。
そうして、彼等はリンのような強靱な戦闘をこなせる肉体を遺伝させていく事に成功したのであった。
それを聞きながら、ミナトは少々複雑な心持ちとなっていたようである。
「ミナトさん?」
「あ、ごめんなさい。ちょっとリンさんの種族の事に思わず考え込んでしまいまして」
そう言うと、ミナトはその詳細を説明していく。
「魔物にはそれぞれ独自の生態系はあるのは分かりますし、それに口を出すのは御法度だって事も分かりますけどね……」
「ミナトさん……?」
リンに首を傾げられてしまうミナトであったが、どうしてもこの先は言っておきたかったのである。
「こういう事を言うのは何だとは思いますけどね。ちょっと『寂しい』な、って感じたのですよ」
「そうですか?」
そう言われたリンはそのように返しておく事しか出来なかったのであった。
何故なら、彼女にはミナトがそう感じる気持ちを理解する事が出来なかったからである。──何故なら、それがゴブリンバットとして当然の事だと今まで思って生きてきたからなのだ。
今まで疑問に思わなかった事に疑問を持つ。それはかなり困難を要求される事であろう。
その事を言ってから気付いたミナトは、ここで弁明するように言い加える。
「あ、変な事言ってごめんなさい。これは僕が感じた事だから、特に気にする事はないですよ?」
「ミナトさん……」
リンはミナトの言葉をしみじみと受け止める次第であったのである。例え自分が平気でも、他の者が疑問に思うという事は当然起こりうるという事なのであるから。
その事を噛み締めながら、リンはこうミナトに言葉を返すのであった。
「ありがとう、ミナトさん。あなたのお陰で少し考えさせられる事となりました」
そう言ってリンはにっこりとミナトに微笑みを向けて見せたのである。
しかし、ここでリンは思う所があってミナトにこうも言う。
「でも、ミナトさんも『魔物』ですよね? それなのに、人間みたいな事を言ったのですよね?」
「あ……」
そうリンに言われて、ミナトははっと思う所であるのだった。
──そう、彼の今発言した視点は、紛れもなく人間からのものであったのだから。その事を認識しながらミナトはこうリンに返す。
「これは、父さんの下でベストロット皇国皇子という『人間としての立場』を享受してきたからだと思いますね。つまり、育った環境ってのがその者にとって一番影響が強いって事なのでしょう」
「成る程……」
その事にはリンも納得する所であるのだった。自分もゴブリンバットの種族としての生き方を普通にこなしていたからこそ、特に疑問もなく過ごしてきたのだから。
自分を取り巻く環境が自分を形成していく。その事に気付いたリンはこう言うのであった。
「それじゃあ、僕は今後アイ様の指示の下にベストロット皇国と関わっていくのですから、僕にとって新しい生き方が学べるかも知れないって事ですよね?」
「そういう事じゃのう♪」
その事を悟ったリンに対し、アイは彼女がこれからまた新しい成長をする切っ掛けを掴んだという事を感じ取って、今後が楽しみだと未来に胸高鳴る想いとなるのであった。
その二人のやり取りを聞いていたミナトは、ここでこんな事を言う。
「と、いう事でリンさん。あなたにもパンツのある生活になってくれる事を期待していますよ♪」
「それだけはダメです。ノーパンは僕のポリシーですからね♪」
「リンさんってば……」
いつの間にかこのような破廉恥な話題でも、ミナトはリンと軽口を叩き合う事が出来る程に打ち解けあったという事が示されているようであった。
そして、リンに新たな価値観が生まれた道中は暫し続いて行くのであった。
そのようにしながら、一向は次なる目的地へと辿り着いていたのである。
「ここは……?」
「うむ、これこそ冒険の醍醐味というものじゃろう?」