第4話 神戦は穿かなき者達の為に
出会った魔物(少女の姿)、『ゴブリンバット』のリンは肝心な物を身に着けない主義という、大それた存在であるのだった。
そして、巫女の姿をした我等が村雨アイもその同類である事が判明してしまったのである。
その世知辛い事実に考える事を放棄してしまったミナトをよそに、リンの戦いへの準備は滞りなく進んでいったのであった。
「アイ様、僕の方は準備はよろしいですよ?」
「それじゃあ、パンツ穿いて下さい」
「だが断る」
「ぇー……」
リンの物言いに対して最後の一抹の希望を籠めて放ったミナトの想いは、ここに見事に打ち砕かれてしまったようだ。
そんなミナトをよそに、アイはこれからここ一番の事をしなければならないのである。
そう、これからリンと戦わせる遣いの召喚である。
「それじゃあリン、今からお主が戦う相手を呼び出そうぞ♪」
「えー? アイ様が自らが僕と戦ってくれるんじゃないんですか?」
アイの言い分に、リンは思わず首を傾げる所であったのだ。
それは、彼女とてこの皇帝アイが如何に偉大な人物かは知りうる事であったからだ。そのような人と直接戦えないのは、肉体派であるリンには少々物足りない感じであるのだった。
そんなリンを諭すようにアイは説明を行う。
「お主のその心構えは立派じゃ、是非誇りにすべきじゃろう」
まずはリンのその精神的な意欲は評価しておくべきだろう。彼女のような心を持つものは自身の力をメキメキと上げていくものであるからだ。
そして、ここからは少しばかり現実的な話題へと向かっていく事となる。
「じゃが、わしは強いからな。わし自らが戦うとなれはお主には勝って我が皇国に迎え入れられるチャンスというものが無くなってしまうじゃろう?」
「アイ様……」
リンはそんなアイの主張に素直に聞き入るに至っていたのであった。
そこには不思議と訝りのような感情は沸かなかったのである。
普通の人がアイのように自分は強いから負ける事が無いなどと言えば、自惚れも大概にしろと周りから反感を招くだろう。
だが、この村雨アイからは決して自意識過剰な心は全く感じられはしなかったのだ。
──ただ自身の力を公正な視点で観て、それを口に出している事が彼女からは重々伝わってくるのであった。
そして、そのような強きな言を臆する事なく言えてしまう心の強さ。
それらの事から、リンは改めて目の前の皇帝の偉大さを知る事となったのだ。そして勿論、そのような人と自分が直接戦うなどという事は恐れ多い事この上ないのだと彼女は自身の野生で培われた感覚で感じ取る所であるのだった。
「さすがはアイ様です。僕が渡り合える所にはいないという事ですね」
「いや、相手を尊重するのは大切じゃが、自分を卑下するのは良くないぞ」
その事はアイは言っておきたい所であったのだ。『自分なんかが』という気持ちは自身の成長を妨げてしまうものであり、決して好ましいものではないからだ。
そうアイに諭されるように言われて、リンも納得する所であった。
「分かりました。確かに余りよろしくない事ですよね?」
「そういう事じゃ。心得ておくといいじゃろう」
素直な言葉を返すリンに対して、アイも気を良くするのであった。そして、そのやり取りを見ていたミナトもである。
(リンさんって、純粋な子なんですね……)
そう思いながらミナトはリンへの評価を改めるのであった。
そこまで思った彼は再びこの話題へと戻ってしまう。
(だから、パンツ穿いていてくれたらなお良かったんですけどね……。いや、これも純粋過ぎる故に自分のポリシーに正直過ぎるのでしょうか……?)
だが、彼はここで再び考えるのをやめるのであった。こんな事はいくら考えても道は開けないというものであろうから。
なので、ミナトは考えを変えて心機一転するのであった。要は気持ちの持ちようである。
「あの、リンさん。なけなしの言葉になりますけど、頑張って下さいね」
そう、ミナトはリンの出立ちをどうこう考えるのではなく、彼女自身の心を応援する事を選んだのであった。
(リンさんは悪くありませんから。悪いのはノーパンという概念そのものですから)
どうやら、やっぱりミナトの精神は疲れてしまっていたようである。
ミナトがそんな思考を迷走させているとも露知らず、彼からの声援の言葉に勇気づけられたリンの意欲は上々な所であるのだった。後は彼女は、敵が繰り出して来る存在を待つだけだろう。
「アイ様、それではお願いします」
「うむ、そうするとしよう」
今か今かと心待ちにするリンをいつまでも待たせてはいけないだろうとアイは思い至り、ここで『例の行動』を取るのであった。
そう、彼女は今しがた懐から『神霊機』を取り出すに至ったのである。
その際にも彼女は九歳の少女の姿かつ巫女装束な格好で懐をまさぐった訳であるから、リンの事に重ねてミナトは目のやり場というものに困窮するしかなかったのであった。憐れ男のサガである。
このようにミナトが女性には分からない心の葛藤をしている間にも、アイはリンの『対戦相手』構築の手筈を進めていったのだ。
「……後は、神を呼び寄せるだけじゃのう?」
そう思ったアイはここで考え込むのであった。
前回スライムワンに対しては犬という事で、犬神であるアヌビスを呼び寄せたのであるが、今回は如何にすべきであろうか?
今回は相手が小鬼──ゴブリンであるのだ。それに合わせるべきだろうかと一瞬逡巡するアイ。
(いや……それよりも)
だが、ここでアイはそれ以上の妙案を頭に浮かべたようであった。
それは、ここが森である事。そしてリンの出で立ちが野性味溢れる事。
それらの要素を吟味して、アイの心は決まったようであった。
その神の名をアイは口にする。
「そなたの出番じゃ、『アルテミス』よ!」
アイが口にしたのは、月、そして狩猟を司る女神の名前であった。
そう、森の中、そして相手が野生の存在であるならば、こちらは『狩り』に特化した神の力を借りるまでであろう。
即ち、これからこの森は『狩場』と化す……という事であった。
そして、いよいよアイの目の前に件の女神が顕現したのである。
その姿は、手に弓を持ち、余り着飾らない服を着た、正に狩人といった感じの女性であったのだ。
しかし、見事なブロンドの髪をロングヘアーにしたという存在であったから、断然目立った姿ではあったが。
「う~ん、同じ女性として、勝てる気がしませんね」
思わずそうリンは漏らすのであった。相手は余りにも女性としての魅力が洗練されすぎている事を、一介の小娘たる自身は思い知るしかなかったのである。
「何、お主は成長段階にあるから、いずれそう遠くない未来には立派なレディーになれるじゃろう♪」
そう言うアイであったが、彼女にリンは思う所があるのであった。
「お言葉ですがアイ様。その幼い女の子の姿で言われても、説得力ありませんよ……」
「いや、わしは実際はれっきとした成人男性なのじゃがのう……」
そうアイは呻るしかなかったのであった。こういう時、この姿は人生経験が豊富である事を感じさせないが故に人を納得させるのには向いていないのだと。
ともあれ、これからはリンと今呼び出した女神の力とを戦わせるだけであるのだ。なので、気を取り直してアイは最後の仕上げといく。
「まあ、それはそれじゃ。まだお主の戦う相手を拵える為の最後の仕上げは残っておるからのう?」
言うと、いよいよ彼女は自身が取り出した『神霊機』の中へと女神を取り込ませていったのであった。後は展開が早かった。
女神の力を取り込んだ機材はみるみる内にガチャガチャと音を立ててその姿を変型させていったのであった。その様はとても質量保存の法則を守っているとは思えない程の劇的な変化であるのだった。
「うへえ……。僕は科学とは無縁の暮らしをしていますけど『これはないなあ』っていうのは分かりますよ……」
リンもその非現実的な光景には思わず閉口してしまう所であったのだ。そんな彼女の反応も当然かと思いつつも、アイはこうのたまうのであった。
「まあ、気持ちは分かるが、そう言うでない。ほれ、もうすぐ完成じゃ♪」
そのアイの言葉通り、どうやらその自然の摂理に喧嘩を売る光景もじきに幕を閉じる事となったようである。
そして、その先にあったものがリンの目に飛び込んでくる事となったのである。
「これが……僕がこれから戦う相手ですか?」
思わず息を飲むリンであったが、それも無理からぬ事であろう。
何せ、その姿は無骨極まりないものであったからだ。
まず、元となったアルテミスと同様に、その手には弓系の武器が握られてはいたのであるが。
それは、弓は弓でも銃と一体となった武器である、所謂『ボウガン』と呼ばれる代物であり、アルテミスの時の優雅さとは一線を画すものとなっていたのだ。
そして何より、その体躯は女神の時の流麗さはなくなり、無機質で意思ではなくプログラムの命令により動くような機械そのものとなっていたのである。
それは、顔面に存在するアイセンサー部分が人間のような双眼ではなく、単眼となっている事からも判断する事が出来よう。
それらの様相から、そこにはとてもではないが女神の暖かみは皆無であり、冷たさしか感じられない所であるのであった。
その者の名前を、アイは口にする。
「どうじゃ、わしの『メカニカルハンター』の姿は?」
「…………」
そうアイに言われて、リンは無言で何か物思いに耽るかのような態度を見せていたのであった。
その様子をアイは見ながら、はてどうしたのかと聞く。
「リン。一体どうしたのじゃ?」
そうアイから出された助け舟に、リンは乗る事にしたようであった。
「う~ん、少しばかりですね。その姿ははっきり言って『怖い』かなって思う所です」
そうリンははっきりと言っておく事にしたのであった。これから自分が戦う相手をアイが用意したのだ。なので、その感想を言っておいても問題はないだろうと思っての事であった。
無論、だから戦わないという選択肢はリンにはなかったのであった。彼女とて野生の環境での鍛錬により鍛えられた身であるのだから、相手が何であれ、戦わずに済ませる事は考えてはいなかったのであった。
だが、どうやら相手はそんな些細な不満も聞き入れてくれる事となるようだった。
「そうか……。それは失礼したのう」
「いえ、ちょっと姿形が怖いと感じただけですから、アイ様はお気になさらずに」
何やら考え込み始めたアイに対して、リンは首を横に振りそう大げさに受け止めなくてもいいという旨を彼女に伝える所であった。
だが、ここでアイは対応を見せるのであった。
「それはリンの立派な感想じゃからな、捨て置く事など出来んじゃろう。という訳で、ちょっと待っとれ♪」
そう軽快にアイは言葉を返すと、おもむろに右手を今しがた権限させた、些か相手に不評だった無骨な狩人へと向けたのである。
するとどうであろうか? その狩人は誕生する時のようにみるみる内にその姿を造り替えていったのであった。
そして造り変えられたその姿は、ピンクが基調で、かつオモチャのロボットをそのまま大きくしたかのようなユーモラスなものとなっていたのであった。
極め付きだった恐怖を煽る集大成とも言えるモノアイも変化し、漫画のような白の眼球部分に黒の点の瞳という愛嬌のあるものへと生まれ変わっていたのである。
そんな子供に愛されるような風貌へと変革した、これから戦う相手を見ながら呆気に取られているリンに対してアイは言うのであった。
「どうじゃ、これなら戦いやすいじゃろう?」
「ほへぇ~……」
リンはアイの主張にも上の空な気持ちで生返事をしていたが、徐々に自身の脳が働きを取り戻していき、今しがた起こった現象が何を意味するのかを理解していったのである。
そして、それを理解したリンは思わず被りを振るのであった。
「こ、これはアイ様。僕はここまでして欲しいって言っていませんよ?」
そう、リンはアイが先程のモノアイメカを怖がっている事へと気を利かせてくれて対応してくれた事を理解し、そこまで自分はして欲しいとは言っていなかった事を言及するのであった。
だが、アイは極めて平静を装いながら、リンにこう返すのであった。
「いや、リン。この勝負はお主がベストを尽くせなければ意味がないのじゃ。だから、その見た目で相手の戦意を奪うような事があっては本末転倒というものという事じゃ」
「アイ様……」
そのアイの主張に、思わずリンは目頭が熱くなる心持ちとなるのであった。
ここまで戦う相手の事を考えてくれる人も珍しいのではないかと、そうリンは思う所であるのだった。
そして、野生育ちの彼女にも分かる所であるのだった。断じてこれがマインドコントロールを狙ったものではない事が。
マインドコントロールを行う者は自分より目下の者にはひたすら命令を下す一方で、身分の高い者達には驚くべき程の献身さを見せて尽力を尽くしてしまうのである。
その身分によって使い分けた対応のギャップにより高い地位にいて尽くされる側の者は『これ程親切な人はいない』とか『この人はみんなの事を考えてくれている』と思い込んでしまうのだ。
しかし、この皇帝アイという存在からはそのような狂気っぷりは感じられなかったのである。
そもそも人間の身でありながら、その他の種族、つまり『自分側』でない者である自分にここまで配慮をしてくれるという点からも本当の良心をリンは感じ取る事が出来たのだ。
なので、リンはアイに対してこの上ない信頼感を覚える所であったのだ。故に、彼女はこれから行う戦いに心置きなく挑む事が出来るというものであった。
「ありがとうございます、アイ様。これで気兼ねなく戦う事が出来るというものです」
「礼には及ばんぞ。相手がベストを尽くせるように配慮するのは、わしの役目というものじゃからのう?」
お礼の言葉を述べるリンに、アイも快く言葉を返すのであった。
こうして、いよいよリンのアイの遣いとの戦いが始まるのである。