序章第2話 慣らし運転
貧乏皇国ベストロットにて、その国家予算の枯渇っぷりを解消する手立てをその皇帝『村雨アイ』はどうやら思い付いたようであるのだった。
だが、彼女の養子たる村雨ミナトは突拍子もなく言ったアイに、ただただ首を傾げるだけであったのであるが無理もないだろう。
「父さん、どういう事ですか? 人材を確保するというのは?」
その解せない言い回しには、ミナトはその可憐な顔に疑問の表情を浮かべるしかなかったのであった。
そんなミナトに対して、アイは彼の親らしく正に親身になって説明を始めていったのである。
「読んで字の如く、じゃよ。我がベストロット皇国の財政を潤すには、優れた人材が必要なので、それをこれから集めようというのじゃ♪」
そう言ってアイは実ににこやかな笑みを浮かべながら、親指を上へと向けて立てて得意気にキメてみせたのであった。
しかし、ミナトは勿論そんなどこから来るのか分からない父の自信とは裏腹に、ますます解せない心持ちとなっていた。
「父さん、ベストロット皇国の財政の為に人材を集める……ここまでは分かりました。しかし、一体その人材とやらをどこから集めようって魂胆ですか?」
「……分からぬか、ミナト?」
「ええ、分かりません」
諭すように言うアイを尻目に、ミナトはあくまでハッキリとキッパリとそう言ってのけるのであった。まるで悪徳商法を正しく断るかのように。
そんなミナトの態度に、アイは「ぇ~……」というやるせない心持ちになりつつも、ここから自身の秘策をとっておきと言わんばかりにひけらかしていくのであった。
「いいかミナト……」
「はい、父さん……」
ここでいつになく真剣な表情と声色となったアイを目の当たりにしたミナトは、それにつられて彼も思わず固唾を飲んでしまいそうになる程、緊張の色が走っていた。
そんな聞く態度に相応しい振る舞いをする我が子に対して気を良くしたアイは、そのまま続けていった。
「ミナト、この我等が母星『パロディアス』には人間以外にも様々な『魔物』が生息している事はお主も知っているだろう?」
「ええ、勿論です」
そのアイの弁に対して、ミナトは否定する意味合いを全く感じなかったのであった。
そして、人間以外の知的生命体が存在するこの星が極めてイレギュラーである事もこの星の発達した科学力によって解明しているのである。
そう、この星には我々地球人には創作物以外では縁の無い『魔物』という人間以外の強い力を持った存在がごく普通に存在しているのであった。
加えて、この村雨ミナトという存在も、実は『その一員』なのであるが、今はその事の詳細については触れないで置こう。
では、この星にその『魔物』がいる事が皇国の財産枯渇をどう打破する事に繋がるというのであろうか? その事を今彼女は口にしようとしていた。
「それで父さん……もしかしてあなたの打開策というのは?」
「その通りじゃ! わしはこれから彼等『魔物』へとアプローチを向けてスカウトしていこうという寸法なのじゃよ♪」
そうさらりと結論を言ってのけたアイであった。
そんな彼女の弁には些か不安を感じる人も少なくはないのではなかろうか?
それも無理からぬ事であろう。何せ魔物という単語には人々に危害を加える闇の眷属というイメージが付きまとうからである。
だが、この物語では安心して欲しい所であるのだった。
それは、この星で言う魔物とは、単に普通の動物や生き物とは違った特性を持っているだけで、別に人間や世界そのものに危害を加えるのが生業な魔の存在ではないからである。
その事が、アイがこれから行おうとしている事が狂気の沙汰ではない事を裏付けているのであった。
なので、ミナトも至って普通に彼女に言葉を返す所なのであった。
「成る程、魔物の皆さんに目を付けるとは、正に目の付け所が違いますね。さすがは父さんです♪」
そう言ってミナトは基本的に真面目な性格である彼らしくなく茶目っ気を出して自分の父を称賛したのである。
「そうじゃろう、そうじゃろう♪」
そんな息子の返した言葉に、アイは気を良くして益々上機嫌となるのであった。
「しかし、父さん。魔物の皆さんのスカウトとなると、ちょっと本腰を入れないといけなくなりますよね?」
話はもう決まり、後は実行に移す際の問題へと目を向けるだけであるのだ。その事にミナトは踏み入った話題を振り掛けてくる。
無論、言いだしっぺのアイはその事は重々承知の上であるのだった。
「その辺りは問題ない。これからすぐにでも──」
そう言ってアイは一呼吸置き、そして締め括る。
「──『旅立ち』の準備の手筈を整えようぞ!」
そう、ここに皇国の皇帝とその息子の旅立ちが取り決められたのであった。
◇ ◇ ◇
ここに二人の旅立ちは決定事項となったのであるが、それには色々と下準備をしなければならないのだ。
その第一のすべき事に対して、アイは口にする。
「まず暫く出掛けるのじゃからな、城の留守を任せる者がいなくてはならんじゃろう」
「そうですね」
尤もな問題を言うアイに対して、ミナトは否定する意味もないので素直に同意する所であるのであった。
本来ならば城の留守を任せるならば、息子であるミナトが適任であるのだが、皇帝として高い実力を持つアイでしても一人旅は心許ないが為に彼が同伴する為、その選択肢は切り捨てられるのである。
では、一体どうすべきだというのだろうか? 普通にここは城の者に留守を任せる旨を伝えるというのだろうか。
普通に考えればそのような話の流れとなるだろう。だが、やはりとでも言うべきだろうか、この外見年齢九歳の少女の皇帝が最早『普通』などとは無縁の存在であり、彼女がこれから取る手段も普通とは掛け離れていたのであった。
その普通でない手段を、息子であるミナトはピタリと指摘して見せる。
「ここで『神霊機』の出番という事ですね、父さん?」
「その通りじゃ♪」
と、このように二人は当事者にしか分からないようなやり取りをして見せたのであった。
だが、これはユーザーに提供された『物語』であるので、彼女らはこちらにも分かるように事を行うというメタ的な展開を見せていくのだ。
「では頼むぞ、『ダイコクサマ』!」
そう言うや否やアイは懐から何か機械染みた物体を取り出し、それを掴むと彼女は何やら念じ始め……、
「『エクスペクト・パトローナム』!」
「違いますって父さん、守護霊ではないんですからね」
「冗談じゃ♪」
大人の事情で問題のありそうなボケをかますアイと、それに的確にツッコミを入れるミナトであった。
閑話休題。勿論アイは今からやる事を決して失念している訳ではなく、気付けば手筈はちゃんと整っていたのである。
彼女は今まで手にしていた機械へと自身の『霊力』を注ぎ込んでいたのであった。それが今しがた完了に至っていたのであった。
そして、霊力の籠められた機械へと降りるのは『神』の力だった。
その科学と神秘の融合という常軌を逸した展開の後には、それにより現れた効果が目に見えて現れていくのであった。
いよいよ、アイが起こした奇跡の後の光景が、ついに現れていく。
そこには、家を護る正に『大黒柱』とでもいうべき屈強な姿を、機械で構成された存在がそこにはいたのであった。
その者の名前をアイは口にする。
「では、これからわしらは暫く出掛ける事になるから、留守の方を頼むぞ。ダイコクサマ」
『ハッ、仰せのままに!』
アイに言われるままに、今しがた誕生した『神力』の機体は仰々しく言葉を彼女へと返すのであった。
そして、これこそが『星の巫女』たる村雨アイの力の真髄なのだ。
彼女は、神の力を自身が持つ機械へと流し込み、そこから極めて優秀な戦士を創り出すという芸当をこなす事が出来るのであった。
無論、それらの存在はただ戦うだけに留まらないのである。現に今誕生したこの『ダイコクサマ』も戦うだけに生み出されたのではないのだから。
そう、彼は主たるアイに言われた通り、主とその息子の留守を護る役割を与えられたのである。これは、ただ戦うだけでは出来ない事であろう。
このようにして、アイはものの見事に神の領域の者を生み出し、かつ自分達の留守を任せるに至ったという事であるのだった。
◇ ◇ ◇
こうしてアイとミナトの留守にする城の心配は無くなったのである。そうなれば、いよいよ彼女達は旅へと出発と決め込む事が出来るだろう。
だが、その前にアイはやっておきたい事があり、その事をミナトに対して切り出すのであった。
「のう、ミナト。旅の出発の前にちといいかの?」
「ええ、勿論です」
そうミナトは返した後に一呼吸置いて、そのまま続けていった。
「手合わせするという事ですよね、父さん♪」
「おお、話が早くて助かるぞ♪」
そう言い合うと二人は微笑み合うのであった。さすがは血の繋がりがなくとも親子故の以心伝心といった所であろうか?
そう、二人がこれから行おうとしている事は、互いに実力を発揮し合い、戦いへと身を投じるという事なのであった。
その事を互いに分かっている二人は、久しぶりの手合わせだという事や互いに力を発揮し合える事に心を躍らせる所であるのだった。
そうなれば、後は安い言葉など不要であろう。なので、二人は意気揚々と手合わせするのに適した、城の敷地内の演習場へと向かったのである。
そして、二人は開けた演習場の中で互いに向き合っていた。二人の間に走るほど良い緊張が、これから彼らの力をより引き出してくれる所であろう。
「ではミナト。準備は良いか?」
「こちらは万端ですよ。父さんの方はどうなんですか?」
「うむ、わしの方もバッチリじゃな。では、すぐにでも始める事に申し分はないという事じゃな♪」
「そういう事ですね♪」
そう言い合うと二人は共にその身からそれぞれ目に見えない霊気のようなものを醸し出し始めたのであった。その事を二人はその身で感じ取る所であった。
双方に抜かりはない。その事は互いに熟練の腕を持つ二人には重々分かる所であるのだった。
そして、二人ともそうやって牽制し合いつつ、どちらが先に出るべきか伺っているのであった。
暫くそうし合っていた二人であったが、どうやら先に動き出したのはミナトの方であるのであった。
「はああっ!!」
そう掛け声を上げながら父であるアイへとその足を踏み込んでいくミナトの両の手には、それぞれ立派な刀が握られていた。
そう、彼は剣士であるのだった。それも二刀流という比較的世にも珍しいタイプの……である。
その両の手に握られた二振りの刀を、踏み込みと共にミナトは実の父へと振り翳したのだ。
このままいけば鋭利に研ぎ澄まされた刀の前では外見年齢九歳の少女などいとも容易く切り刻まれてしまうだろう。
だが、この星『パロディアス』に置いてはそのような傷を負う事への心配はいらないのであった。なので、例え相手が幼い少女の姿であっても遠慮をする意味合いはまるでないのだ。
しかし、今はその事に触れるべきではなく、要はその村雨アイがそう易々と敵の攻撃を許しはしないという事が重要なのであった。
みるみる内に彼女に肉薄していく二対の凶刃。だが、それをアイは至って平然とした様子で見据えていたのである。
「相変わらず良い太刀筋じゃな♪ ミナトが鍛錬を怠っていない証拠じゃのう」
そう相手を褒め始めるアイであったが、ここでその続きを口にするのであった。
「じゃが、相手がわしだったのが惜しかったのう♪」
そう、敵の凶刃が目の前に迫っている今の状態でも、この村雨アイの優位は崩れはしないのであった。
それが口先ではない事を、彼女は今証明する事とするのだった。
「頼むぞ、『アメノウズメ』!」
そう彼女が言い切ると、彼の周りに先のダイコクサマと時と同じように神の気が流れ込んで来たのである。
そして次の瞬間、アイの腕と足に機械の装備が装着されていったのであった。
その際の音はガチャガチャと鳴って少々耳障りであったが、それはすぐに収まる事となるのであった。
その後には、機械のパーツを籠手と足甲のように備え付けたアイの姿があったのである。
その姿は(色々王道からは掛け離れてはいるが)巫女装束に身を包むアイには少々不釣り合いな無骨な見た目となっていたのであった。だが、それすらも一つの神秘性だと思わせる程にアイ自身と彼女が操る神にはそのような力すらあった。
即ち、今のアイの姿はどこか不安感を煽りつつも、それでいてずっと見ていたい魔力があるのだ。だが、その願いはどうやらアイは叶えてはくれそうには無かったのであった。
そう、彼女は絶賛息子のミナトから二振りの刀による強襲を受けそうになっている所なのだから。それを易々と行わせない為に、アイは神の力を行使したのである。
そして、その身に神の力が備わったアイは即座にその力の行使を行うのであった。
「えいっ!」
そう一声あげるとアイは、瞬時において咄嗟に巧みな身のこなしで以てミナトが振り翳してきた刀の攻撃を避けてみせたのであった。
その後、ミナトの振るう刀はものの見事に空を切ってしまうのであった。アイが避けた後の空間をブウンという空しい音を出して抜けたのだった。
そう、これがアイが行使した『アメノウズメ』の力によるものだったのである。
アメノウズメとは、日本最古の巫女にして、舞いの神なのである。故に、彼女の体捌きは芸術の域に達していたのであろう。
そんな芸術的な動きの出来る神の力をアイは今備え付けて、自身が使いこなしているという事であった。
そのアイの奮闘内容を脳内で反芻しながら、ミナトは思う所だった。──さすがは父さんだ、と。どれだけ自分が腕を上げても彼女とのその壁はそう易々とは狭まらないだろう、と。
だが、それでもミナトは簡単にその事実に屈する事はしなかったのであった。彼の闘志は一回攻撃をかわされた位では死なないという事なのである。
「今の攻撃は避けられましたけど、これならばどうですか?」
そう言うとミナトは両手に持った刀を意識しながら何やら念じ始めたのであった。
するとどうだろうか? その彼が握っている刀の刃に徐々に変化が見られ始めたのである。
そして、それは容易く目で判断出来る程の変化となったのであった。それは、両の刀の刀身に鮮やかに流れる水が纏わり付いていたのであった。
そう、これが村雨ミナトの奥の手である『水流双剣』であるのだ。
それが、いかなる秘儀であるかは、今から明らかになる所である。
「今度は先程のようにはいきませんよ、父さん!」
言うとミナトはその双剣を携えながら、再びアイへと肉薄して行ったのであった。
そして、再びその二振りの剣をアイ目掛けて振り翳す。
だが、これは断じて先程のような二番煎じとはならなかったのである。
それは、ミナトが振り翳した刀に纏わり付いた水が、まるで鞭のようにしなりながら刀の動きに追従していったのだから。
当然その水の動きは先程までの刀だけのものとは違うものとなり、新たなる動きとなってアイを襲っていったのであった。
そして、その水の鞭は遂にアイを捉えたのだ。
「ぬうっ!」
その水の攻撃を辛うじて機械の篭手にて防ぐアイであったが、その衝撃は確かに彼女へと届いたのだった。
だが、彼女に物理的な痛みや傷が生じる事はなかったのである。
そのからくりは、先述の通りこの星『パロディアス』の力によるものであるのであった。
その内容とは、この星の互いの了承により行われる決闘では特殊な力は生まれ、どのような攻撃をしても互いに物理的損傷が現れないというものなのだ。
これにより、どのような攻撃をしても互いに傷つけ合いや命の取り合いをする必要はなく、両者とも思う存分に戦う事が出来るという優れものという事である。
しかし、それでは傷つかないのであれば、幾らでも戦う事が出来、勝負が着かなくなるのではないかという疑問が浮かぶであろう。
だが、その点も心配はいらないのだ。物理的なダメージは発生しない代わりに、攻撃を受けた者の精神力は確実に削られる事となるのだから。
要は、一般的なRPGで言えば攻撃によりHPは減らされる事はないものの、代わりにMPが減っていき、MPが尽きたら戦えなくなるという仕様だと捉えてもらえればいいだろう。
故に、今こうしてアイはミナトの水の刃による攻撃を受けたにも関わらずに傷を負う事は無かったが、確実に精神力は削られてしまったという事であった。
そんな奮闘をしたミナトへと、アイは労いの言葉を投げ掛けるのであった。
「やりおるわミナト、ますます努力が実っておるようじゃのう。見事じゃぞ♪」
「ありがとうございます、父さん」
戦いの最中であろうとも、相手が敵となっている状態であろうとも、それが父からの労いの言葉である事には変わらないのだ。故にミナトは嬉しくなり、お礼の言葉を彼女へと返すのであった。
だが、やはりこれは真剣勝負なのだ。故にアイはその緩み掛けた空気を元の戦いのものへと戻すべく再度口を開くのであった。
「じゃが、それでわしを攻め続けられるとは思わない事じゃ」
そう言うとアイが纏う雰囲気が変わっていったのであった。それは、ミナト程の熟練した者ならすぐに感じ取れる事だった。
その状態から、アイは淡々と語っていった。
「では、次のステップへと移るとしようか」
そう言った後に彼女はとうとう次なる神の力を行使すべく行動に出るのであった。
「では頼むぞ、『イダテン』!」
その言葉の後にアイの足に纏われていた足甲の形状が変化していったのである。
その形は、より俊敏に動かしやすそうな、最低限の装備へと変貌したのだ。
「これにて準備は出来たぞ。ではミナト、どこからでも掛かってくるがよい!」
そうアイはにんまりとした笑みを浮かべながら息子へと向けたのであった。
明らかに挑発染みている態度である。だが、ミナトはそれでもそんな相手へと立ち向かっていかなければならない事には代わりはなかったのである。
なので、意を決してミナトは再度アイへと向かって行く姿勢を見せる。
「それでは行きますよ、父さん。またさっきのように水の刃の餌食にしてあげますよ♪」
そう軽口で返すミナトであったが、そのようにうまくいかないだろう事は彼にも分かる所であるのだった。だが、ここで退く訳にはいかないのだ。
そして、腹を括ったミナトはそのまま再び水の剣を携えながら敵の懐へと潜り込んでいくのであった。
その後は再度彼から水の刃が振り翳されたのである。またも鞭のようにしなりながらアイ目掛けて襲い掛かる。
しかし、予想通りの展開であるが、今度はアイは先程のようにはいかなかったのであった。
アイは、敵の攻撃を一瞬の内に見定めた後、すかさず行動に移したのである。
「はっ!」
そう掛け声をあげると彼女は……その場で自分の身長の十倍はあろうかという程の高さへと自らの足で跳躍を行ったのであった。
そのアイの対処に、予想していたとはいえ当然ミナトは驚く。
「っ!」
そして、アイはその跳躍したままの状態からミナトへと飛び蹴りを仕掛けたのである。ちなみにスカート状の袴からの蹴りであった為にその中にある幼いながらも艶めかしい生足が覗いたのであるが、それを見ている余裕はミナトにはなかった。
当然それだけでは九歳の少女のなけなしの攻撃となるだろう。だが、そこには速さを司るイダテンの力が備わっているが為に、その肉体を補って余りある威力が生み出されていたのであった。
つまり、ミナトにはその蹴りは十分な決定打となったという事である。
「ぐっ!」
衝撃を感じる事はなかったが、ダメージによる確かな精神力の減り具合をその瞬間にミナトは感じる所であったのだ。
そんな息子に対して、発破を掛けるようにアイは言う。
「これしきの事で怯んでいてはいかんぞ。まだわしの攻撃は終わってはおらんのじゃからな」
言うや否や、アイはその行動の続きを間髪入れずに行うのであった。彼女はそのまま宙で回転をすると、その勢いに乗せて再び蹴りを加えてきたのであった。
だが、そう同じ手を二度も喰うミナトでは無かったのだ。今度は彼は負けじと対処に乗り出してくる。
「今度は先程のようにはいきませんよ、父さん!」
言うとミナトは手に持った二振りの刀にもう一度念を籠めるのであった。すると、その形状が再び変化の兆しを見せた。
するとどうであろうか。彼の持つ得物は最早『刀』では無くなっていたのであった。
その変化した水の武器でミナトはもう一度攻撃を試みた。
「ぬぅ……それは……」
その機転にはアイも舌を巻く所であったのである。何故なら、それは先程までの避けやすいサイズの刀ではなく、『槍』の形態となっていたからだ。
つまり、ミナトが手に持った武器はそのリーチが大幅に飛躍したという事であるのだった。
戦闘というものは熟練の者のそれとなれば、常に紙一重の競り合いなのである。そんな張り詰めたやり取りの中で突如として武器の攻撃範囲を変えられては、さすがのアイとて翻弄される所であるのだ。
そして、ミナトから繰り出される水の槍による攻撃を、間一髪の所でアイはかわす。
(何とか……じゃのう……)
そうアイは思う所であった。今の状態ではこの回避はギリギリの所である事は彼女にはよく分かるのである。
しかし、アイとて得物の長さが突如として変わった事への対処はそう難しくない所であり、少し時間を掛ければすぐに馴染むであろう。
だが、同時に彼女には分かっているのであった。──その馴染むまでの時間を、ミナトは許す筈もなかろう、と。
そう瞬時に思い至ったアイは、ここでこう結論付けるのであった。
(こうなれば……勝負はすぐに着けないといけないのう……)
そう、彼女は次に出る時には決着へと向かわなければならないと判断したのである。
その為には、十分に相手たるミナトの隙を作らなければならないのだ。その為にアイはこの場は回避一辺倒となるのであった。
次々と繰り出されてくる避けづらい槍の一撃一撃を、アイはその跳躍力で巧みに後ろへ下がりながら避け続けていったのである。
だが、彼女はただ回避に身を置いている訳ではなかったのであった。確実に彼女は反撃、そして逆転の一手を決める為の隙を窺っていたのである。
そうしている間にもミナトは水の槍による攻撃を繰り返していた。その長いリーチで以てアイを翻弄し続けていた。
しかし、彼も感じる所であった。──このような付け焼刃の優位ではすぐに覆されてしまうだろう、と。
なので、彼もここで勝負を決める事を思い立ったのであった。そして、それを彼は実行に移すのであった。
そう思い至ったミナトは、両手に持った槍を振りかぶると、一気のその両方をアイ目掛けて突き立てたのであった。
そして、ここからがミナトが勝負に出る所であるのだった。彼は二振りの槍を突き立てつつ、そこに自身の霊力を籠めたのである。
その、次の瞬間であった。ミナトの持つ二振りの槍が重なり合って、一本の巨大なハルバード(斧と槍が一体になった武器)が形成されるに至っていたのであった。
無論、それはアイ目掛けて勢い良く振り翳される事となったのである。──言うまでもなく、ミナトの持てる力を総動員した渾身の一撃なのであった。
この事によりアイは窮地に追い詰められる。何とかその斧槍の一撃を跳躍によりかわすが、その後に巻き起こった衝撃に彼女は戦慄する事となった。
「ぬうう……っ」
避けながらも思わず呻いてしまうアイであった。無理もないだろう、今回はたまたま避ける事が出来たのだが、次もそううまくいくとは限らないからである。
だが、すぐにアイの表情には闘志が宿るのであった。何故なら今のミナトの攻撃は自分を窮地に追い込むと共に……自分に好機を与えてくれた要素に他ならなかったからである。
そして、彼女は心の中ですかさず思うのであった。
(今じゃな、今しかないわ!)
そう思えば善は急げなのであった。彼女はイダテンによる脚力で回避しつつ、次なる神の力を行使する。
すると、彼女の手からみるみるうちに真紅のように燃え上がる炎が灯っていったのであった。その力の名をアイは高らかに宣言する。
「今こそその灼熱の力を示したまえ、『カグツチ』!!」
その主の心意気に答えるかのように、瞬く間に彼女の手に灯った炎は激しく燃え盛ったのであった。
「!?」
ミナトも当然その猛攻に対処しようとする。だが、少々それは遅かったようだ。
それは、今となってはアイの手に灯った炎は巨大な球体となって彼女の頭上へと掲げられていたからである。
無論、こうなればミナトはこれからどうなるかというのは明白であった訳で。
「ミナト、よくやったのう、見事じゃった。じゃが、どうやらこれで終わりのようじゃの♪」
「そんなぁ……」
そう思わず情けない声を出してしまう戦士に対して、アイは無慈悲にその小型の太陽とも言えるような産物を、躊躇いなく彼へと叩き込んだ。
そして……その時城の一角には激しい爆ぜが生まれていたのであった。
◇ ◇ ◇
そして、勝負の着いた二人は城の見晴らしの良い休憩所にて、その疲れた体を休めながら話に華をさかせていたのである。
「う~ん、いい所までいけると思ったんですけどねぇ……やっぱりまだ僕は父さんには追い付かないですね……」
「いや、お前は着実に実力を上げている事は、今回戦ってみてわしには分かったぞ。じゃから、自信を持つ事じゃ」
「父さん……」
その父の労いの言葉にミナトは感激するのであった。その事が勝負には負けた彼の心にどれだけ救いとなる事であっただろうか。
ちなみに、物理的ダメージの発生しないパロディアスでの決闘だったが故に、両者とも服が破れるという有難い惨事には断じてなってはいなかったのであった。折角のノースリーブの巫女装束やらミニ丈の浴衣やらなのに、男性にとっては惜しい所であろう。
そんな人知れずに男性への裏切りをしつつも、二人は体を休めながらこれからの事を考えていたのであった。
「それじゃあ、ミナト。お主の実力も計れた事じゃし、これからの旅で頼りにしているぞ」
「はい、父さんの力になれる事、光栄に思います」
そう、暫しの休憩の後、これから二人は冒険の旅へと旅立つのである。