序章第1話 その者は皇帝
物語の舞台は私達が住むこの地球とは別の、銀河の彼方にある惑星『パロディアス』。
そして、話はその星のとある一つの皇国から始まる事になるのです。
その皇国の名は『ベストロット』。そしてその国の皇帝はとても民衆思いで皆からとても慕われており、皆幸せに過ごしていたのでした。
しかし、たった一つ、だが捨て置く事の出来ない最大の問題がこの国には存在していたのです。それは……。
◇ ◇ ◇
「あ゛~~~~っ!! 何で我がベストロット皇国はこうも『貧乏』なのじゃああああ~~~~!!」
そう、物語の中心となるこの皇国は、貧乏な国なのでした。
しかし、幸い民衆は辛い思いは余りしていなかったのである。それは、この声の主である皇帝が民には苦労を掛けさせまいとすべからく気を回して不自由の無い暮らしが出来るように最善の計らいをしていたのだから。
だが、それが少々極端であるのだった。余りにも民衆を優遇するに当たり、皇国自体の予算を収入が少ないのにほぼ散財してしまうという結果になってしまっていたのである。
それは、余りにも民衆を大切にしてしまうこの皇帝の人柄の良さであり、自業自得でもあったのだが。
それはともかく、今しがた発せられたこの声は、鈴の鳴るような可憐なものだったりするのである。
それを聞くと、色々おかしい事が分かるだろう。まず、古典的な古風な口調である事に加え、『皇帝』ともなる者がそのような声色が出るという事が非現実的というものであろう。
だが、これらは今しがた起こった紛れもない『現実』なのである。
そう、この皇国の皇帝の名は『アイ・ベストロット』。外見が九歳の少女であるが、立派な『皇帝』なのであった。
外見は、見事な赤髪をツインテールにしており、瞳の色は鮮やかな緑色となっており、それが切れ長となっている為、可憐でありつつどこか凜々しさも兼ね備えていたのである。
この説明から、やはりこの皇帝は色々おかしい存在である事が分かるだろう。その理由は後々語るが、取り敢えずこの皇帝の人格は見た目通りのものではない事は察しておいておきたい所である。
そんな今しがた玉座で一人騒ぎ立てた異質な少女に向かって、傍らにいた一人の少年は彼女に向かってこう言うのであった。
「まあまあ、そう嘆かずに。それはあなたが民の皆を何よりも大切にしている事の裏返しですよ。『父さん』♪」
「おお、済まぬのう、ミナト」
そのような『少女』に向けて言うようなものでない単語を口にした少年と、それを全く否定せずに返す少女。その事からこの場には異様な雰囲気が確立されていると言えるだろう。
そして、その『ミナト』と呼ばれた少年は何者かという話題へ向けるべきであろう。
その少年のフルネームは『村雨ミナト』といい、立場はアイの養子に当たるのである。
その為、アイは本当の性がベストロットでありながら、血の繋がりがなくとも我が子であるミナトに合わせて『村雨アイ』をフルネームとして名乗っているのであった。
次には、そのミナトの容姿について触れなければならないだろう。
彼は性別が男性でありながらその見た目は水色の髪のあどけない少女のようであるのだった。それに加えて彼の今の服装は丈を太ももが見える程に短くしてある浴衣であるが為に、その可憐さはより引き立てられており──。
「それにしてもミナト、今日も見事な『男の娘』っぷりじゃな♪」
──アイの言う通り、その形容の一言へと結びつくのであった。
──そう、それは誰が言ったのか分からないが、男性でありながらその見た目は可愛らしい少女のようにしか見えない、男性の目も女性の目も保養させてくれるポテンシャルを持った者を『おとこのこ』と呼ぶのであった。正式な日本語ではないが、この言葉を耳にする人も少なくはないだろう。
だが、その当事者たるミナトは納得いかなかったようであり、
「父さん! その呼び方はやめて下さいって言っているでしょう!」
どうやらお気に召していないようであった。だが、男の娘は少女と間違われるのを嫌がっているのが重要なポイントとなってしまう事に彼は気付いていないようだ。
そして、大方察せられる事かも知れないが、この『萌え』の権化のミニスカ丈の浴衣を彼に着せているのは、他ならぬアイなのであった。
「いいではないか、今日も似合っておるぞ♪」
「──僕にとっては褒め言葉にはなっていませんからね!?」
その事だけはミナトははっきりさせておきたかったのであった。自分はあくまで男らしくありたいのだから。
そして、彼は言いたい事が他にもあるのだった。
「父さんも『父さん』なんですから。今の姿はそうですけど、元々男性である事を忘れてはいけませんからね!」
そう、このベストロット皇国皇帝・村雨アイは元はれっきとした男性なのだった。だが、見ての通り今ではこのような愛くるしい九歳の少女にしか見えない姿となっているのだ。
そんな曰く付きの姿を取りながらアイは、悪びれもせずにこうのたまうのであった。
「それは重々承知じゃ。じゃが、このおなごの姿も色々と利点があって捨てたものじゃないのじゃよ。ほれ、こんな感じで緋袴も堂々と穿けるのじゃからな♪」
そう言いながらアイはその身に纏った緋色の袴を玉座に座った状態で手でヒラヒラとさせておどけてみせるのであった。
そう、彼は女性の肉体であるが故に、当然のようにスカート状の衣服を身に付けられる事に利点を見出しているのであった。
世の男性なら『スカートを穿いてみたい』という願望を持った人も少なくはないだろう。だが、特殊な事でもない限り男性がそのような事を出来るように世の中は出来てはいないのである。
だが、女性の肉体を持ったアイはそれを堂々と出来るのであった。精神が男性であるアイはその事を喜ばない手は無かったのだ。
ちなみに、上半身の小袖に当たる白い和服は、その言葉の意味が変わってしまうものとなっていたのであった。その詳細は、袖が切り取られたノースリーブ状態なのだ。
そう、これもアイの趣味であった。男性であるならば筋骨隆々のようにたくましい体付きでもない限りどうにも袖のない服は余り着るのは気がそびれるものであろう。
だが、これも袖無しにより映える女性の肉体を持ったアイならば気軽にこなせるというものであるのだった。これも彼女の趣味の賜物なのだ。
そして、巫女装束をただ袖無しにしてしまってはどこか心細いものを感じてしまう所に、これまた彼女のこだわりがつぎ込まれていたのであった。
まず、腕が丸出しでは心許ないという事で手首には赤いリストバンドを装着しており、更に袖無しの小袖(?)の上には黒いマントが備え付けられていたのであった。マントの下はノースリーブだとそそるだろうという考えが、彼女を駆り立てているのであった。
加えて、西洋のマントという和に洋が混じったちぐはぐなものであるのだった。
だが、これらの妙ちくりんな服装でいながら威風堂々とした雰囲気を醸し出しているのは彼女の秘めたる懐の広さが助長しているのであった。その辺りは伊達に皇帝という役職ではないという事だろう。
このように彼女の出で立ちに触れてきたが、ここでそもそもの話題をミナトは指摘するのであった。
「いえ、そもそも父さん。巫女装束ってのは女性が男装する為の代物ですよ。それを……スカートが穿きたいって願望から着るのってどうなんですか?」
これでは本末転倒もいい所だと、ミナトは頭を抱えるしかないのだった。
それに対してアイは反論する所であった。
「良いではないか。わしは元々『星の陰陽師』だったのじゃぞ。だから、おなごの姿となった今は『星の巫女』として振る舞うのは至極当然というものじゃろう」
そう、元々アイは皇帝であると同時に神事に仕える陰陽師という役職でもあったのである。つまり、女性の体となった今ではそれを継続する為に『巫女』となるのはごく真っ当な流れというものであるのだった。断じて彼女の趣味『だけ』ではないのである。
「それは否定しませんよ」
そして、ミナトもそのアイの主張には同意する所であるのだった。何故なら、ミナトはアイの神事を執り行う際の実力はすべからく把握しているからであった。
加えて、それがミナトが少々ふざけた性格であるアイを尊敬する一因でもある所なのだ。
ともあれ、今はアイが巫女としてどうかという話題に持っていく所ではないのであった。その事を思い出してアイは話を元に戻す。
「そうじゃ、こう脱線している場合ではない。そもそもの話は我が皇国が貧乏である事をどうにかせねばという事なのじゃったわ」
そう言ってアイは一人頷くのであった。
そう彼女が考える所であるのは、決して自己犠牲による物事の解決というのは成し得ないというものからくる理論なのだった。
それは、誰かの力となるには、まず自分の事を大切にしなければならないというのが彼女の持論なのだ。
幾ら自分よりも他人を大切にすると豪語しようとも、自分をないがしろにしていたのでは、ここぞという時に人の力にはなれなくなるからである。
故に、今の自分は自身の財産を削って民に貢献しているというアイの理想からは遠のいている危なげな状態であるのであった。
その今の現状をそのままでよしとする心はアイには無かったのであった。ふざけた言動をしようとも、彼女の根本にあるのは真面目な性格であるからである。
その結論に至ったアイは、暫し考え込んだ後にこう言うのであった。
「そうじゃ」
「父さん?」
我が父が突然何を言い出すのかと思ったミナトは、思わず彼女に聞き返す。
「……そうじゃ、収入を得るのに必要なのは、『人材確保』じゃな♪」
そう意味ありげな一言を放ったアイは、そうと決まればと一人にんまりとあどけない少女の姿にあるまじき粘着質な笑みを浮かべていたのだった。