第九話 無自覚系錬金術師、色々ゲットする
~前回までのあらすじ~
町の倉庫を調べてみたところ、デュマは旧式の錬金釜と煉獄の石を発見した。
煉獄の石が実は危険な代物だと知った町長さんは、急に怯え始めたのだった。
「この宝石って本当にそんなにすごいんですか? 突然爆発でもしたら、危なくありません?」
「魔力を与えて魔術式を起動しなければ一切動作しないから安全だよ。せっかくだからユーディの家に飾ろう」
「それを飾るなんてとんでもない!!」
町長さんが叫ぶ。いかがなされたのだろうか。
「この石は錬金術師であるデュマ様が受け継ぐのが正当! 管理と言わず差し上げますので! さあ!」
「そうですか? そこまで言うのであれば……」
なかなか趣がある見た目だと思うのだが、無理強いして関係を悪化させたくないので受け取っておこう……。
「では、錬金釜と一緒に店に持ち帰りましょう」
「ええ。そうしてください」
仕方なく煉獄の石が入った箱を抱えると、町長さんはようやく穏やかな表情に戻った。
一旦倉庫の外に出て、地面に二つばかりゴーレムコアを投げる。たちまち土塊が二体のゴーレムへと変化した。
ゴーレムたちの背丈を倉庫に入るぐらいの大きさに調整し、釜を持ち上げさせる。あとは店まで運べばいいだけだ。
あ、そういえば店に置く家具が必要だった。
ついでに頼んでみようか。
「町長さん。いくらか家具が欲しいのですが、この町にいる職人さんに売ってもらうことはできますか?」
「家具ですか。一体どのようなものがご入用ですかな? なにぶん、錬金術師様のお仕事については疎いものでして」
取り急ぎ必要となるのは棚や作業台だ。
代金は……今すぐには用意できない。できれば後払いにして欲しいのだが……。
「一階にカウンターと棚、あとは大きめの作業台が欲しいです。二階は自室にするつもりなので、ベッドを置きたいです。手の込んだ物でなく、流通品で大丈夫です」
「なるほど。それならばすぐにご用意できるでしょう」
助かった。後はお金の交渉だ。
「それと、大変申し訳ないのですが……今は持ち合わせがないので、ポーションをどこかで換金してからの支払いにしていただけませんか?」
「ハハハ、そのくらい構いませんよ。既にエリクサーもいただいておりますから。家具については木工職人に話しておきましょう」
「本当ですか! ありがとうございます!」
理解力のある素晴らしい町長さんで助かった。過去の町なら『金のない奴はとっとと失せろ!』と罵声を浴びせられていたところである。ヴァイネートはまるで理想郷のようだ。
「では私はこれで。ユーディ、あまりデュマ様のお仕事の邪魔をせんようにな」
「むっ。私だって少しは役に立つんだからね」
ユーディがぷくりと頬を膨らませながら言うと、町長さんは頭の後ろをポリポリとかいた。
「そ、そうか。ともかく、くれぐれも気をつけるのだぞ」
家へと戻っていく町長さんを見送った後、俺はユーディと一緒に店に帰ることにした。
相変わらずがらんとした店内に入り、ゴーレムに命令して一階の隅に錬金釜を置かせる。
今になって気がついたが、直置きだと使いにくそうだ。
「台座か何か、あるいは石で囲ったほうが良さそうだな……」
「そうですね。うっかり倒しちゃったりしても困りますし。お父さんに話しておきましょうか?」
彼女の言うとおりだ。ここはお言葉に甘えさせてもらおうか。
「そうしてくれるかい? 何度もすまないね」
「いえいえ! こういうことなら任せてください!」
ユーディは腰に手を当て、おしとやかな胸を張って見せた。酒場で働く女性が魅力的に見えたのは、やはり販売戦略上の理由であったことに改めて気づかされる。
なんて卑劣なやり口なんだ。俺は店の商売が軌道に乗ったら胸の大きな看板娘を雇うことを決意したのだった。
「それにしても、この釜で錬金術ができるなんて何だか不思議ですね」
ユーディは床に置かれた錬金釜を様々な角度から観察している。
錬金術師である俺には特に目新しさは感じられないが、彼女にとっては違うのだろう。
長年錬金術に携わった者として、興味を持ってもらえると嬉しくなる。俺はこの釜について軽く説明することにした。
「この錬金釜には魔術式というものが埋め込まれているんだよ。材料を投入したら、後は魔力を与えて起動すれば時間の経過で道具が作成されるんだ」
魔術式と一口に言っても、純粋な魔術と錬金術では用途が異なる。
魔術師たちが扱う魔術式は、魔術を定型化して行使するためのものだ。魔術の威力は術者の能力に依存する。
対して、錬金術における魔術式というのは製作作業の自動化である。完成品の出来は素材の持つ力や品質により左右される。
通常の魔術は発動するまで魔力を送り込み続けなくてはならないが、錬金釜は空気中に漂う魔力を自動的に吸収して動力とする。凝った物を作るのでなければ、魔力を与えるのは起動時だけでいい。
「魔術式……ですか。この釜にはそんな仕組みがあるんですね」
「少し型は古いけど、まだまだ十分に使えるよ。品物を一から手作りするよりはるかに効率的だね」
「ふむふむ……」
ユーディが釜に上半身を入れるようにして中を覗き込む。
ひっくり返りそうなぐらいの体勢で中を見るので、ユーディのスカートがめくれ上がってしまっていた……。
「あっ、内側にも模様が入ってますね。何を表しているのかちっともわからないですけど」
「特に柄や刺繍は入っていないように見受けられますが」
「入ってますってば。ここのところとか……ん?」
返事をしたところでユーディが釜の中を見るのを止め、スカートを手で整えた。こちらを振り向いたその顔は真っ赤である。
「見えなかった」
「まだ何も言ってませんけど」
言うのが早すぎた。
重苦しい沈黙が流れる中、とりあえずユーディのことは置いておいて、俺はポーションを生成する準備に入ることにした。
器材が手に入ったとなれば、次なる作業は材料の調達である。
早速出かけようと思ったところで──ぐう、とお腹が鳴った。
「……ご飯、食べるなら用意しますけど」
『本当はイヤだけど、仕事だから……』みたいな口調で言わんでもらいたい。というか今のは俺のせいじゃないでしょ。理不尽すぎるわ。
しかし、腹が減っては何とやら。
昨日に引き続き三日目になるが、また飯をもらうか……。
でも、あまり面倒をかけると町長さんからの評価がますます下がってしまうようで気が引ける。
はっ……もしかしてこの町には『追放ポイント』のような概念が存在するのではないだろうか。これは飯をたかることでも加点され、満点に達すると追放される。
やたらとついてくるユーディにも納得がいく。彼女は町長の手先、つまりは監視役だったのだ。
恐ろしい町だ。ここは地上の暗黒郷だった……?
「き……今日のところは遠慮しておくよ。ポーションを飲んだから元気が有り余ってるし、それにこれ以上ポイントを増やしたくないんだ」
「ふーん。だったらいいですけど……え? ポイント?」
「まぁ、それはいいとして……私はこれからポーションの材料を取りに行ってくるよ」
「材料? それはどこで手に入るものなんですか?」
「ポーションの原料となる薬草類は、人が立ち入らないような場所に生えているんだ。それでレベル3までなら何とか生成できそうかな?」
しかし、そういった場所には大抵魔物がうろついていたりするので、元々戦闘向きではない職業である錬金術師は直接現地に行ったりはしない。
俺の暮らしていた時代では、冒険者が依頼を受けて採取を代行するという流れが一般的だった。
どうしても自力で採取する必要があったり、依頼を出すととんでもなく出費がかさんでしまう場合だけは自分で行っていたが。
「また町の外に出るんですか? 危ないから止めたほうが……」
ユーディが不安げな顔をしながら言う。
「この辺りはそんなに物騒なのかい?」
監視者から情報を引き出してみる。
「はい。ヴァイネートはリーンブルク王国の中でもずっと東にある辺境で、冒険者の方も滅多に訪れないんです。魔物も討伐されませんから、減ることもないですし……」
そういうことか。しかし具体的にどのくらい危険なのかよくわからないな。見かけたのは低級の魔物であるフォレストウルフだけだ。
住居も決まったことだし、そろそろこの時代の情勢についても把握しておくべきだろう。
万が一に備えて煉獄の石を腰のポーチに入れる。
この石には膨大な力が蓄積されているので、数回は再利用できる。凶悪な魔物が出たら起動させてから投げればいい。
そんなわけで早速出掛けたいのだが……ユーディを落ち着かせないことには町から出れなさそうだ。
「行くのは木を切りに行った辺りまでだよ。そんなに遠くないし、あそこなら安全だよ」
本当は森の奥まで行くつもりだが、余計に心配させるのも何なのでここは黙っておこう。
「それ本当ですか? 嘘じゃないんですよね?」
疑ってる感がすごい。
いやね、別にちょっと森に入るぐらい構わないじゃないか。どうしてそこまでして俺を外に出したくないんだよ。
「外の魔物は本当に恐ろしいんです。デュマさんまでお父さんみたいなことになったら……」
ああ、なるほど。
町長さんが怪我をして危ない状態になったからか。
「そんなに心配しなくとも大丈夫だよ。日々真理を探究する錬金術師の語る言葉はすべて真実……私が大丈夫といえば、それはもう安全間違いなしだよ」
適当にそれっぽい言葉を並べて、そそくさと店を出る。
こうして俺は、素材を得るため町の門に向かって歩き始めたのだった──
「ちょっと待った。どうしてユーディまで来るのかな?」
だったのだが、なぜかユーディがむくれた顔をしながらついてくる。
「森の奥まで行かないなら、私が一緒でも問題ないのではないですか」
「さすがにそれはちょっと」
「ダメなんですか?」
「いや外は危ないし」
「さっき大丈夫って言ってましたよね?」
「解釈の仕方によってはそうなる可能性もなきにしもあらずというか」
「結局どっちなんですか」
「物事には様々な側面がありまして……」
監視の目は予想以上に厳しかった。
「これはデュマ様、おはようございます」
どうしたものかと思案していたところで、ヴァイネートの門番であるハンスさんが話し掛けてきた。
「おはようございます。ハンスさん」
「外にお出かけで……ん? どうしてユーディットまで一緒なんだ?」
俺が知りたいよ。
「ハンスさん。これからポーションの材料になる薬草を摘みに『安全』な『すぐ近く』まで行ってきますから」
めちゃくちゃ強調してくる!
「そ、そうか……。デュマ様もご一緒なら安心だが」
やたらと強気な姿勢のユーディに、ハンスさんもたじたじである。度胸という言葉があるが、これは別に胸の大きさとは関連がなかった……?
こうなってはどうしようもないので、今回は森の奥まで行かずに街道付近で採集を行うことにした。
店を建てるために木の伐採を行った地点は町から目と鼻の先なので、ゴーレムを引き連れて歩いていく。目的地にはすぐに到着した。
ここなら安全だろうけども、果たしてこんな場所に薬草なんてあるわけが――
「ぬうっ!?」
目の前の光景に、思わず変な声が出た。
「どうかしました?」
「こ、これ……全部薬草じゃないか!」
「え? どれがです?」
首をかしげるユーディに、目の前の地面を指差して伝える。そこには一面薬草だらけの空間が広がっていた。
薬草だけではない。ポーションの原料として一緒に必要となる滋養に富んだマンドレイクまである。色艶を見るに、長年かけて魔力と栄養をたっぷりと含んだ一級品ばかりではないか!
「この草ですか? そこらじゅうに生えているので、てっきり雑草かと思ってましたけど」
ユーディにとっては見慣れた草らしい。
……いや、待てよ?
この時代はポーションの生産が何らかの理由で止まっているし、おまけにヴァイネートは外からめったに人が訪れない。可能性としてはあり得るのか。
「うん。まさかこんな所にあるなんて……じゃなかった。私の予想した通りだったよ。はっはっは。それじゃあ早速採集しようか」
ゴーレムで地面をえぐり一気に採集を開始する。あちこち探して歩く必要も無い。これだけあれば、樽単位でポーションを生成できるだろう。
ひょっとしたら、この時代は貴重な素材が大量に手つかずのまま放置されているのかもしれない。もしそうなら、これほど楽しい場所もない。好きなだけ研究ができるし、これ以上ない環境である。当初の思惑からは外れたが、未来は良いところだった。
「私も一緒に摘みますね!」
「ああ! 助かるよ!」
そうして小一時間ほど大量の素材を採取した俺たちは、ほくほく顔でヴァイネートへと帰還したのだった。
「おや?」
その帰り道、門の近くまで来たところで、ハンスさんが見慣れない幌馬車に向かって何事か会話をしているのが見えた。
鞭を打つ音が聞こえ、幌馬車はゆっくりと町の通りを進んでいく。
「おお、早いお戻りで。素材は集まりましたか?」
戻ってきた俺たちに気づいたハンスさんが駆け寄ってきた。
「お陰さまで上手くいきました。ところで、さっきの馬車は?」
「ああ、旅の商人さんが寄ってくださったんですよ」
「な、なんだって――!!」
商人だと!? もしかしたら早速商売ができるかもしれない!