第八話 無自覚系錬金術師、昔の器材と武器を手に入れる
間違えて即死魔術のほうに投稿していました。ごめんなさい。
店の外に出て、空から降り注ぐ陽の光を全身に浴びる。本日のヴァイネートは晴天だった。
店が出来てすぐの日がこんなにも気持ちよく晴れていると、幸先の良いスタートを切れたかのようでこれから上手くやっていけそうな気がしてくる。もっとも開店はまだ少し先の事になりそうだが。
ポーション瓶の栓を開け、腰に手を当てながら一気に飲み干す。
「効いた!」
これで寝ないで動けるぞ。百歳の割にはまだまだいける。俺の身体。
徹夜で集中して作業したことにより眠気と疲労が溜まっていたが、レベル5ポーションの回復効果によってみるみるうちに体中に元気がみなぎってくる。なお、時間を置かずの連続服用はポーション依存症となる恐れがあるので大変危険だ。
昔からこんな感じで気分が高揚すると作業の手が止まらなくなる。悪い癖だと師匠からも怒られたな。
「ポーションの残りはあと2つか……」
ポーチに入った残りのポーション瓶の数を確認する。
リーンブルク王国においてポーションは大変貴重らしい。だが今はポーションの生産拠点を確保することが最優先なので、出し惜しみせずに使うべきだ。
ポーションをよく使う職業、特に冒険者達の中には、高レベルのポーションを買ったはいいが勿体なく感じて大事に取っておいてしまう者が大勢いるのだとか。これは冒険者達の間では何とか症候群と呼ばれているらしいが、正確な名称は忘れた。
それはともかく、ポーションについてはこれから店でどんどん生成していけばいい。そのためにも次にすべきことは、生成のための器材を準備することだ。それ以外にも便利な魔導具などが沢山あるのだが、それらは後回しにしよう。町長さんと交わした約束通り、毎月ヴァイネートにお金を支払わないといけないしな。支払いが滞って町を追い出されたら俺は餓死する。
「デュマさん、おはようございま……ってもうお家が建ってる!!」
丁度現れたユーディが挨拶の途中で大層驚いていた。別にそんなに吃驚するほどのものではないと思うのだが。
「おはようユーディ。器材がまだ揃っていないから外見のみだけどね」
「いえ、それでも私からすれば十分すごいと思いますけど……上がってみてもいいですか?」
「ああ。別に構わないよ。と言ってもまだ中には何もないけどね」
「ありがとうございます。じゃあお邪魔しますね」
俺が了承すると、ユーディは早速扉を開けて店の中へと入っていった。一階の中をひとしきり見回して、それからバタバタと慌ただしく二階に上がっていく。
ううむ、ちょっと階段を急にし過ぎただろうか……。
「うおっ! 知らぬ間に家が建ってる!」
「あれは錬金術師のデュマ様の店らしいぞ」
ユーディだけではなく、ヴァイネートの人々も遠巻きに新しく出来た家を眺めながら何やら感心している様子だった。
「一日で建ったとは思えないほど綺麗に出来ていてすごいです! これからどんなお店になるのか、楽しみですね!」
戻ってきたユーディは何だか分からないがちょっと興奮気味だった。俺と違い、若いからちょっとしたことにも興味深々で感動するのだろう。若さとは何と素晴らしいものなのか。
とりあえず話はこれくらいにして、当初の目的を果たすべく行動を開始する。
「それじゃあ、これから森に入って使えそうなものを探してくるよ」
俺が言うと、ユーディは急に顔をしかめた。ちょっと不安げというか、嫌そうな感じだ。
「えっ、また森に? それに器材というと……もしかしてあの古い町の廃墟に行かれるのですか?」
「ああ。まだいくらか使えそうなものが残っているんじゃないかと思ってね」
元々俺が暮らしていた町はこの時代ではすっかり廃墟と化しているが、探索に行けば何かしら見つけられる可能性はある。錬金術師の店はウチ以外にもあったはずだし。
錬金術と言っても無から有は生み出せない。器材を一から作るにもそれなりの材料が必要になってくるし、そもそもヴァイネートの町で全てを調達するのは難しそうだ。手に入りそうな素材は麦とか井戸水とか、あとは獣の素材ぐらいだろうか?
そんなわけで、拾ってくる方が早いと判断した。もし手に入らなかったら、その時はまた考えることにしよう。
「デュマ様、お待ちください」
町から出ようとしたところで、一人の男性が声を掛けてきた。店を眺めていた人々の一人だ。
「おはようございます。どうかされましたか?」
「ええ、実は町の倉庫に錬金術に関連すると思しき品がいくつかあるのです。もしかしたらその中にお役に立つものがあるかもしれません」
「おお、それは本当ですか。町の所有物ですか?」
「はい。我々よりずっと昔に廃墟を少し探索した住人が遺した品々なのですが。使い方もさっぱり分からないので、長らく放置していました。たまに税が払えない時などに商人に少しずつ見せて売り払ってしまったのですが……。町長に話を通せば持って行っても問題ないと思いますよ」
「あっ、そうですね。お父さんには私から話しておきますから、デュマさんも無理に森に入らなくても大丈夫ですよ!」
男の話にユーディもしきりに頷いている。
「そんなにあの森は危険なのかい?」
「そんなの決まってますよ! 魔物がそこら中にいて、中には家ぐらい大きいのもいるという話ですから」
「へえ……」
俺は魔術師ではないので攻撃術式は得意ではないし、使っている指輪に記憶されている術式も魔物退治用じゃないんだよな。今更だが、こんなことなら爆発物の一つでも持ってくれば良かった。
まあ、今の話が本当ならわざわざ外まで探索に行く手間が省けるだろう。使えるものがあるかは見てみないと正直分からないが、期待できそうだ。
「ありがとうございます。それじゃあ、早速町長さんに話をしてみます」
「ええ、そうしていただければ。これからもどうかよろしくお願いします」
それだけ告げると男性は去って行った。ヴァイネートの住人は良い人ばかりだ。昔みたいに賢者様とか言ってくる人もいないし。これは俺も仕事で恩返しをすべきだな、なんて思う。
「それじゃあ、町長さんのところに行ってくるよ」
「私も一緒に行きますね。その方が話が早いでしょうから」
「それもそうだね。ならお願いするよ」
そんなわけで、俺はユーディと一緒に町長さんの家まで行くことにした。
井戸のある広場を通って町長さんの家の前までやって来ると、彼は丁度他の住人達と会話をしていたところだった。
話は今まさに終わったらしく、住人達は離れていった。町長さんは俺達がやってきたことに気付いたようで、こちらに向かって小さくお辞儀をして見せた。
「おはようございます、デュマ様。何でも一晩で店を建てたとか聞きましたよ。いやはや、錬金術師の方は本当に凄いですな」
「町長さん、おはようございます。いやいや、まだ外見だけですよ。中身なんてスカスカですから」
「だとしてもとんでもないですよ。本当にデュマ様のような優れた錬金術師様が我々の町に居てくださって良いものなのかどうか……」
え、まだそれ言ってくるのか。町長さんはやはり俺の事を信用していないんだ……。だが店も建てたし、餓死したくないからもう意地でも離れないぞ。
「いやいやいやいやいや。もう何もかも充実していて完璧です。ここ以外に住む人生なんて考えられません。ずっと居させてください」
詰め寄りながら説得を試みると、町長さんは「は、はあ。そこまで仰るなら構わないのですが」と言って引き下がった。
「お父さん。デュマ様に倉庫の品を使ってもらおうと思うんだけど、いいよね?」
俺達の話に割り込むようにユーディが尋ねると、町長さんは「おお、そうだそうだ」とポンと手を叩いた。
「確かに倉庫には錬金術の品がありましたな。我々では用途が分からないものばかりなので、デュマ様に使っていただけるならむしろありがたいことですよ」
町長さんは快く快諾してくれた。これで倉庫の中を調べても文句は言われないだろう。
「ありがとうございます。では早速確認しに行っても?」
「ええ、構いませんよ。私も一緒に参りましょう」
早速三人で倉庫へと向かう。
ヴァイネートの家々から少し離れた場所には、窓もない小さな蔵がぽつんと立っていた。町長さんが両開きの扉を開けると、中から埃が舞い上がった。ユーディがけほけほと咳をする。普段は人の出入りがないようだ。
倉庫の中には耕具など様々なものが所狭しと置かれている。
「長らく掃除もしてないので、汚くて申し訳ない。かつて収集された品は、奥の方に置いてあります」
「いえ、このぐらいどうってことありません。早速拝見いたします」
奥の棚に並べられた品々を見てみることにする。
しかし、置いてあるのはフラスコなどが大半で、それも割れていたりと使用できない状態だった。残念ながら、この中には使えるものはなさそうだ。
「どうですかな? ご期待に沿えるものがあるとよいのですが」
「うーむ……そうですね……おっ?」
どう答えようか悩んでいたところで、ふと床に無造作に置かれた大きな黒い釜が目に入った。表裏に複雑な紋様が刻まれているその釜は俺の上半身ほどの深さで、幅も体二つ分ぐらいある。
これは錬金釜という名前の随分と昔の錬金術器材だ。紋様は錬金術用の魔術式であり、釜に材料を投入して魔力を注ぐことで様々な品を作り出すことができる。
もちろん、ポーションの生成も可能だ。ただし最新の器材と比べると完成品の精度が低いため、レベル5ポーションの生産は厳しい。良くてレベル4の中品質程度までだろうか。
「町長さん、必要な器材が見つかりました。この釜です」
「え? この釜がですか? 私にはただの骨董品にしか見えませんが……」
「これは錬金釜と言いまして、中に適切な素材を入れればポーションを生成することができます。店に設置できればと思うのですが」
俺が説明すると、町長さんはひどく驚いた様子で目を見開いて錬金釜を見た。
「なんと! まさか他の品ではなく、これが錬金術師様の道具だったとは……。どうぞ、デュマ様のお好きにしてください」
「ありがとうございます! では早速ゴーレムに運ばせて……」
とその時だった。釜のすぐ横に、見た事のある小さくて黒い箱が置いてあるのを見つけた。それを手に取り、蓋を開く。
「おお! これは『煉獄の石』じゃないか!」
箱の中に収められた長細い石を見て、思わず大きな声を出してしまった。
「わあ、橙色の綺麗な石ですね。これって、価値のあるものなんですか?」
ユーディが俺の横から箱を覗き込んで言った。
「ああ。これは俺が作った……じゃなかった! ええと、故郷の国で同じものが作られていたので知っていたんだよ」
俺が以前作った魔導具がヴァイネートの倉庫にあったなどと言い出せば、昨日みたいに変な奴だと思われかねない。話をややこしくしたくないし、何よりこれ以上町長さんの心証が悪くなれば餓死が近付く。ここは知らないフリをしておこう。
「おお、デュマ様の国にもある品なのですか。一体どのように使うのですか?」
「これは魔導具の一種です。外見はただの宝石ですが、中に素材の力を解放する術式が刻んであるんです」
箱から取り出した煉獄の石に魔力をほんの少し送り込むと、中心部がほんのりと発光する。
石の中に刻まれている術式は多重構造になっていて、威力を調節できるようになっている。この鉱石は結構貴重で、加えて術式の記録に慎重な作業が必要となる。学院にも話はしたけど、結局量産化はされなかったようだ。
「へええ……力を解放するとどうなるんですか?」
「威力最大で使えば、この辺り一帯が丸ごと消し炭になるかな」
「ははは、またご冗談を」
「あはは。まあ、あくまで最大出力で使った場合の話ですし、実際には事前に準備が必要となりますから──」
「……大変申し訳ないですが、その石はデュマ様に管理していただくということでよろしいですかな?」
町長さんは血の気が失せた顔でそう言ったのだった。