第七話 無自覚系錬金術師、お店を建てる
それからしばらくして町長さんは意識を取り戻し、俺がヴァイネートで暮らすことを許可してくれた。
また、その後に町の住人達を集めて説明をしてくれた。
ヴァイネートの人々はこれでポーションが手に入ると喜んでくれたようで、反対されるようなことはなかった。ユーディによれば、俺が町長さんを助けた功績が大きかったらしい。
そんなわけで、晴れてヴァイネートの住民となった俺は早速自分の住むべき場所となる土地の下見をすることにしたのだった。
「ところでデュマ様には何かご希望の場所などございますかな?」
三人で町の中を歩きながら、町長さんとこれからの事について会話する。
「私としては土地を貸していただけるのであればどこでも構いません。むしろ、ヴァイネートに住む方々の邪魔にならない場所がいいかと思います。たとえばあそこなんてどうでしょうか?」
俺は目の前にある、広々とした何もない土地を指差した。
あまりにも町の中心から離れすぎているため、道が途切れてしまっている。あるのは乾いた土だけだ。
「え! あそこには見ての通り何もございませんが……。しかも町の外れですので門からも遠く、いくらなんでも商売には向かないでしょう」
不特定多数の人間を相手に商売をする場合、立地は重要だ。人々の目に留まる位置に無ければ存在すら知られることなく終わってしまう。町長さんの言う通りである。
だが、もしここで俺が欲張って変な事を言ってしまえば、いきなり話をなかったことにされてしまう可能性も十分にあり得る。
それは絶対に困る。何せ俺の生活がかかっているのだからな……。
あとは特別扱いされるのも嫌だ。いつかの魔導学院の上層部みたいな集団が訪れてきたら困るし。
そんなわけで、俺はなんとか土地をここで決定させようとした。
「いやいや、本当にここが気に入りまして。それに色々と作業音も出ますから」
「いやいやいや」
「いやいやいやいや」
譲らない町長さんを相手に何とか戦う。
「ふむ、ユーディはどう思う? この場所は商売には向かないと思うのだが……」
町長から話を振られたユーディは、腕組みしながら考え始めた。
「うーん……私はやっぱりデュマさんが気に入った場所がいいと思います。錬金術師さんの商売って、どういうものなのかよく分からないですし」
ユーディの素直な気持ちを込めた言葉に、町長は頷いた。
「言われてみればそうかもしれんな。では、デュマ様さえよろしければどうぞこちらの土地をご自由にお使いください」
ユーディの一言で町長も思い直してくれたようだ。
「ありがとうございます。それでは早速ですが、私はこれから工房を建て始めます」
「お待ちください。いくら何でも、家を建てるには職人を雇わなければなりませんでしょう?」
早速作業に入ろうとしたところで、町長さんに呼び止められた。
「いえ、全て私がやるつもりですのでご安心ください。厳密には私ではなく、ゴーレムですが」
俺はポーチから持ってきていた青い球体状の魔導具をいくつか取り出して地面に投げる。そして魔力を少しだけ送り、起動させた。
するとたちまち魔道具の辺りの地面が流体のように動き始め、寄り集まっていく。
それはやがて、俺の二倍はあろうかという大きさで、ずんぐりした胴長の体に手足が付いた巨体となった。
「こ、これは!?」
「すっ、すごい! 土で人形ができた!」
「私が魔導具で作り出したゴーレムです。こんな姿ではありますが、暴走したりする危険はありません。工房の建築は彼らを使って行いますのでご安心ください」
先程地面に投げたのは『ゴーレムコア』という魔導具だ。これを使えば土さえあれば魔術師などでなくとも即座に簡単なゴーレムを生み出すことができる。
ゴーレムは簡単な命令しか実行できず、細かい力の制御は難しい。そのため、使い方については錬金術師の腕の見せ所となる。
このゴーレム達を使い木材を運び、加工して一気に工房を建てるのだ。
「では、私はこのまま森で木材を調達してきます」
「え、ええ。お気をつけて……」
そのままゴーレム達を引き連れて門から町を出ていく。
町の人達も何事かと遠くで見つめていた。
「デ、デュマ様、どこかにお出かけで?」
門番をしていたであろうハンスさんが驚いた表情でゴーレム達を見つめながら問いかけてきた。
「はい、何度か往復することになるとは思いますが、すぐそこの森の木をいくらか伐採してきます」
「お、おお……分かりました。向こうの森の辺りにはフォレストウルフが出ますので、お気をつけください」
ハンスさんや他の住人達の反応を見るに、ゴーレムを見た事が無いような感じだ。
ゴーレムコアは錬金術師達が重い荷物を短い距離で運搬する際によく利用していたのだが、今は使われなくなって久しいようだ。
あまり長距離を移動しながらの使い方は想定していなかったのだが、今は他に良い運搬手段があるわけでもない。
こんなことならもっと色々と準備をしておくべきだったな……。
ヴァイネートのすぐそばにある森の入口まで来たところで、ゴーレムを使って太い木の幹を殴りつけて倒す。手に入った木は、工房の建設場所まで運ばせる。
それを十数回ほど行わせ、十分な木を確保することができた。
原木は十分に堅いので建材としての強度は問題ないだろう。
次に、手に入った木を加工していく。
ゴーレム達の姿は自由に変えられるので、手を斧や鋸の形に切り替えて原木を製材していく。
それと並行しながら、更に右手の指輪を地面へとかざし、術式を起動する。
指輪に記録された術式は、水や石を操作するものだ。
これらは基本的には魔術師が使う魔術ではあるのだが、錬金術師は作成した魔導具にこうして術式として記録し使用する。なお、魔導具の放つ術式の効果はその素材や出来に依存する。
指輪を使って地盤を固め、石を取り除いて基礎を造った。
次に木材を使い、家を建て始める。
ある時はゴーレムを小さくし、またある時はゴーレムを大きくし、組み上げていく。
こうして作業をひたすらに続け丸一日が経過した時、ようやく新しい工房が完成したのだった。
「よし、こんなものだろうか」
外は既に朝日が眩しい。次の日までぶっ通しでずっと熱中して作業をしていたものだったので、時間の感覚を忘れてしまった。ユーディはしばらくその光景を隣で見ていたが、途中で寝そうになっていたので家に帰した。
そうして完成したのは、住宅兼工房の小さな木造二階建てである。
よくある三角屋根の家だが、窓ガラスなどは準備している暇がなかったので使用していない。単純にいくつかの四角い穴を壁に開けているだけだ。
ヴァイネートではこのような形の素朴な木造の建物が多いため、この店だけが雰囲気的に浮かないようにそれに合わせて作っている。
もしもこの町が今後更に発展した時には、それに合わせて工房も改良していくことにしよう。
早速扉を開けて中に入ると、製材したての木が使われた床と壁に出迎えられた。
当然だが、まだ家具や錬金術用の器材は何も置かれていない。
少なくとも素材やポーションを置くための棚や机、カウンターは用意しなければいけないだろう。
ゴーレムでは凝ったものを作ることはできないので、今の時点では町長さんに協力してもらう必要があるかもしれない。
階段を上り二階へと上がる。
壁に開けた穴からは太陽の光が差し込んでいる。二階は自分の居住場所として利用する予定なのでベッドや机、本棚などを配置する予定だ。
再び一階へと戻る。
とりあえず生活するための住処ができて安心した。
「よし、じゃあ次は仕事をするための器材を調達すべきだな!」
新しく作ってもいいが、それには手間がかかる。
であれば既にあるものを利用したほうが遥かに楽だ。
器材のある場所の目星は大体付いているので、探しに行くことにしよう。