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第六話 無自覚系錬金術師、町に住むことにする

 町長さん宅でベッドを借りた次の日の朝。


 用意してもらった朝食を三人で食べながら、昨日の夜に得た情報を思い返していた。


 現在俺がいる町であるヴァイネートは、リーンブルク王国の領内にあり、三百年前とはまったく別の貴族によって治められている。


 またポーションや魔導具は町では一切流通しておらず、遠くの王都まで行かなければ買えないし、非常に高価なので貴族や熟練の冒険者しか持っていないとのことだった。


(リーンブルクだけなのかもしれないが、ポーションの生成が上手くいかないとなると高値にもなるか……)


「あの、お口に合いませんでしたか?」


 ユーディが若干不安げな顔をしながら声を掛けてきた。

 考え事をしていたせいで手が止まっていたので、食欲がないと思わせてしまったようだ。


「ああ、ごめん。ちょっと考え事をしていたものだから。ユーディの食事はとても美味しいよ」


 ユーディが淹れてくれたハープティーを飲みながら答える。


 このハーブも乾燥させるとドライハーブという錬金術の素材になる。比較的様々な場所で自生しているので、ヴァイネートの近くで採れたものだろう。今すぐ天井から吊るしておきたいくらいだ。


 三百年経ったこの地では生態系などがあちこち変わっているかもしれないので、珍しい素材を見つけられるかもしれない。


 レベル4ポーションを生成するための素材を手に入れるのは難しいかもしれないが、レベル3ポーションはいくつか手元に用意しておきたい。だがそのためにはまず……


「あ、あの! 本当に大丈夫ですか?」


「ああっ、本当にすまない」


 気を抜くと錬金術の事ばかり考えてしまうのは悪い癖かもしれない。一旦忘れて、再び用意されている食事を食べる。


 今日の朝の献立は、山鳥の卵をかき混ぜながら焼いたものに、昨日の夕食と同じ黒パンを切って少し焼いたもの。あとは塩とオイルで味付けされたサラダに、ハーブティーだった。


 俺も裕福ではない村の出身だったので分かるが、貧しい場所ではとにかく調味料が少ない。

 味付けに使えるのは塩と油と香草ぐらいなものだ。


 だからどの料理もしょっぱくなりがちだった。


 町では普通、行商人を通じて様々な香辛料が流通するはずなのだが、ヴァイネートにはそれが無いのかもしれない。折角町長さんが目の前にいるので、良い機会だし尋ねてみよう。


「町長さん、少し伺ってもよろしいですか?」


「ええ、私で答えられることであれば何なりと」


「ヴァイネートには、行商人が訪れたりはしないのですか?」


「実は以前は来ておりましたが、何分最近は我々も税を納めるのに精いっぱいで、なかなか商品を買うこともできずでして」


 つまり、ヴァイネートは物を買えないため行商人達の巡回ルートから外れてしまったというわけか。

 だから家を補修するための材も揃えられずにいるのだろう。


「税はどのくらい高いのですか?」


「税の支払いは毎月、金貨十枚です。ヴァイネートは小さな町ですから、かなり大目に見てもらっております。この辺りで採れる作物と、狩りをして得た毛皮などを馴染みの行商人の方に渡して金を得ております」


 この時代における金貨の価値はまだよく分かっていないが、昔であれば町の毎月の税金が金貨十枚というのは破格だ。

 昨日この町を見て回ったお陰で大体把握できたことだが、それほどまでにヴァイネートは困窮しているようだ。


「もしかして町長さんが傷を負ったのは狩りの時に?」


「お恥ずかしながら、この間、町の者達と森で狩りをしていたところをフォレストウルフに襲われまして。これでも腕に自信はあったのですが」


 そう言って町長さんは苦笑した。


「しかし、デュマ様にいただいたポーションを飲んでからはまるで二十代の頃に戻ったように体が軽いのです。これならもう怪我などしようはずはありませんよ」


「だからってもう無茶しちゃだめだよ。お父さん」


 ユーディが頬を膨らませながら町長さんに言う。


「ああ、そうだったなユーディ。すまんすまん」


 当然だが、森に入ればフォレストウルフなどの魔物に襲われる可能性もある。このままポーションが手に入らないようであれば、同じようなことが起こるのは今後避けられないだろう。


「ところで、デュマ様は本日にはもう出発されるので? 旅をされていると伺っていましたが」


「え? そ、そうですね……」


 言葉を濁しながら、ハーブティーを飲んで落ち着く。


「あっ……。そうですよね。デュマさんは……」


 ユーディはひどく残念そうにそう呟くと、俯いてしまった。


「……」


 すっかりヴァイネートを去るのが前提みたいな話になってしまっているが、実は今、俺には直面している大きな問題がある。


 それは、このままでは飢えてしまうということだ……。


 想像していた未来と違った以上、何とかして生活していかなければならないが、勝手を知らないこの世界では何が起こるかさっぱり予測がつかない。


 そして、錬金術を使って稼ぐための方法はただ一つ。商売をすることである。


 言い出すなら今しかない。

 俺は意を決し、町長さんにお願いをしてみることにする。


「町長さん、私から一つお願いがあります。難しいかもしれませんので、無理な場合は正直にそう言っていただけると助かります」


「おお、何かあるのであれば、できうる限りお応えいたしましょう」


「この町の土地を、家一軒分お借りしたいのです」


「土地ですか? それでしたらかなり余っておりますが、一体どうされるおつもりで?」


「私はこのヴァイネートに自分の工房を建て、定住したいと思っています」


 そう告げると、町長さんとユーディは驚いた表情で顔を見合わせた。


「な、なんと! それは願ってもないことです! ……ですが、町長の私が言うのも何ですがヴァイネートは何もないところです。とても錬金術師様が住むようなところでは……」


 ……予想通り断られそうな雰囲気だ。


 まあそんな反応になるもの当たり前だよな。

 どこから来たのか分からない正体不明の自称錬金術師の男に土地を与えて町に住まわせるなんて、普通は嫌に決まっている。


 だが、ここで引き下がるわけにはいかない。


「いや、私はヴァイネートはとても住みやすい良い町だと思っておりますッ! 是非ともここで暮らしたいのです! それに、私からも毎月お渡しできるものがありますッ!!」


「お、おお。ええと……」


 意気込んで話す俺に、町長は言葉を詰まらせている。

 ここで畳みかけるように、こちらからもヴァイネートへの利益について提言する。


「工房でポーションの生成ができるようになったら、いつでも使えるように樽でいくつかお渡ししましょう。更に、店の売り上げの半分を毎月の税として納めることをお約束いたします。そして……」


 息を吐く暇も与えず更に言葉を続け、ポーチからポーション瓶を取り出す。


「これは手付金の代わりとしては少なくて申し訳ないですが、私が生成したレベル5相当のポーションです。少なくともレベル4としての効能は保証します」


「レベル5ッ!? そ、それは伝説上にしか存在しないと言われているエリクサーなのでは……」


「本物のエリクサーをこの目で見た事がないので何とも言えませんが、計測ではレベル5でした。これを売ってお金に換えてもらえればと思いますッ!」


 俺は立ち上がり、最後に頭を深く下げる。


「どうかお願いします! 私をこのヴァイネートの町に住まわせください!」


 そうしてどのくらいの時間が経っただろうか。町長さんは未だ返事をくれない。


「あ、あの……」


 ユーディの声を聞いて、前に向き直る。


「お父さん、白目をむいちゃってますけど……」


「え?」


 町長さんは椅子に座ったまま気絶していた。

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