第四話 無自覚系錬金術師、町長さんを助ける
ヴァイネートの門まで来ると、槍を持った髭面の男が早足で近付いてきた。
彼は簡素な麻でできた服を着ているだけなので、あまり強そうには見えない。
「ユーディット! 一体どこに行っていたんだ? 急にいなくなるから心配していたんだぞ」
「ごめんなさいハンスさん。どうしてもお父さんを治すためのポーションが必要だったから……」
「なにッ!? まさか森にある遺跡に行ったのか!? あそこは魔物がうろついているから入ってはいけないと言っただろう! だがとにかく無事で良かった」
ユーディットさんにハンスと呼ばれた彼は、彼女を叱りながらもほっとしたようだ。そして、隣に立っている俺の事を見つめた。
「ユーディット、こちらの方は?」
「こちらはデュマ様です。私が森で魔物に襲われていたところを助けていただきました」
「なんと! これは失礼致しました!」
ハンスさんはすぐに俺に頭を下げてきた。
「私はヴァイネートの門番でハンスと申します。この度は町の者を救っていただき、本当に大変ありがとうございました」
「いえいえ、ユーディットさんが無事で何よりでした。私はデュマと申します。どうかよろしくお願いします、ハンスさん」
挨拶を終えたところで、ユーディットさんがはっとした表情でそわそわし始めた。
「お父さんのところに行かないと! デュマ様、お願いします!」
「そうですね、早く行きましょう」
早足で歩くユーディットさんについて行く。
やがてこのヴァイネートの町の中では最も大きいと思われる木で出来た質素な造りの家の前までやってくると、彼女は扉を開けた。
家の中にはベッドで寝ている四十代ぐらいに見える男性と、それを囲んで様子を見ている四、五人の男女がいた。寝ているのが恐らくユーディットさんの父親だろう。
「お父さんっ!」
「ユーディット! 姿が見えないから皆で心配していたんだ」
町の人々は彼女の姿を見て安堵したようだ。どうやら皆から愛されているらしい。
「ユーディットさん、お父さんを診させてもらっても?」
「はい! どうかお願いします。お父さんをお救いください!」
すぐにユーディットさんの父親の様子を見てみる。今は眠っているようだが、顔は青白く生気がない。
彼の体の上に掛けられている毛布をずらすと、左肩から胸にかけて血で汚れた包帯が巻かれていた。衛生管理も十分とは言えないようだ。
しかし、これなら手持ちのポーションで治癒するだろう。
ポーチからポーション瓶を取り出し、栓を開けて中身をゆっくりと飲ませる。
そうしてしばらくすると、顔に血色が戻り始めた。
やがて彼は目を覚まし、何事も無かったかのように上体を起こした。
「お、おお……私は一体……」
「お父さん! 目が覚めたのね!」
不思議そうにしている町長さんに、ユーディットさんが勢いよく抱きついた。
「おお、ユーディ。どうやら心配をかけたようだな。しかし、これは一体どういうことだ? 傷がすっかり治っているばかりか、足腰の痛みまで消えて体中から気力が溢れてくるようだ!」
町長が肩の包帯を外してみると、そこには傷一つない健康な皮膚があった。どうやら手持ちのポーションで全快できたみたいだ。
「こちらにいらっしゃるデュマ様が、ポーションを分けてくださったのです」
「なんとポーションを! それは本当に何とお礼を申し上げてよいのやら」
町長さんはベッドから出て、俺に頭を下げてきた。
「道に迷っていたところをユーディットさんに助けていただいたので、そのお礼です。どうか気にしないでください」
「しかしポーションといえば貴重品。そのような物を私などに使っていただき感謝の言葉もございません」
「いやいや、ごく普通のレベル4ポーションですので気になさらずに」
本当は俺が飲ませたのはいわゆるエリクサーというポーションだが変に気を遣わせたくないのでそう答える。
すると何故か町長さんを筆頭に辺りの人々がいきなり驚愕した表情でざわめき始めた。
「レ、レベル4ですと!」
しまった。レベル4でもだめだったか……。
「じゃあやっぱり3で」
「じゃあって何ですか!?」
ポーションは【霊薬深度】と呼ばれる特殊な数値によって分類される。
この数値はポーションとしての効能の強さを示しており、長くて言い辛いので世間では単にレベルという言い方をしていた。
レベルは効能が高いものほど数値が上がり、ほぼ効果がない粗悪品や失敗作をレベル0、そして最大となるレベル5のポーションをエリクサーと呼ぶ。
レベル4のポーションは強力な呪いなどを除いてほぼすべての傷や病を癒すが、生成にはそこそこ珍しい材料を使用する。
また生成自体も難しいと言われていたが、そんなに手に入らないという代物でもなかった。
そしてレベル5のポーション――エリクサーに至っては現在の錬金術では生成不可能だと魔導学院が論文を発表している。
という話なのだが、普通に生成できていた。
きっと市場に出回るレベル4ポーションは凄いレベル4とかだったんじゃないだろうか。
エリクサーについても実物を見たことがないので、レベル5ではあるのだがエリクサーもどきかもしれない。
「そ、そんな貴重なものを私のために使っていただいたなど!! どうお返しをすればよいものやら!」
「デュマ様! 本当にありがとうございます!」
そこまで感謝されるようなことじゃないので、なんだかとても申し訳なくなってきた。
「いえ、どうか気にしないでください。特に何か対価をいただくつもりはありませんから」
「本当にありがとうございます。私はこのヴァイネートの町長をしているラングと申します。何かお力になれることがあればいつでもお申し付けください。とはいえ、この町は見ての通り何もない寂れたところなので、お気に召すものがあるかどうか……」
「では、しばらく町の中を自由に出歩く許可をいただけませんでしょうか。この辺りの土地には疎いものでして、見て回りたいと思っております」
金品をもらうつもりはないので、ヴァイネートの町を見て回る許可をもらうことにした。
この時代に関する情報を少しでも集めたいと思ったからだ。
「そうですか。でしたらどうぞ自由にご覧下さい。必要でしたら、娘のユーディットを案内にお付けしましょう」
「ありがとうございます。助かります」
「はいっ、それでは私がご案内致しますね!」
ユーディットさんは今までにないほどの明るい笑顔で、扉を開けて外に出ていく。
町長が回復したことで不安が解消されたからだろう。それにしても良かった。
町長さんの家から出た俺は、そのままユーディットさんに連れられて町の中を歩く。
「ごめんなさい、デュマ様。この町には旅人が面白いと感じるような物は特にないと思うのですが……」
「いえ、見ているだけで様々な発見がありますし、私は十分楽しいですから」
歩きながら、ヴァイネートの町に建っている家々を眺める。
この町の建物はほとんどが木を加工して作られただけの簡素な家ばかりだ。
そのほとんどが建ってからかなりの年月が経過しているためか、あちこちに板を継ぎ足して補修しながらなんとか暮らしているように見えた。
地面も踏み固められているだけで土が剥き出しの状態だ。
俺の元いた時代では、町と言えば石畳で舗装された道と、白い壁の家が建ち並ぶような場所の事を指していた。それらと対比してしまうとヴァイネートを町と呼ぶのは少々厳しいんじゃないだろうか。
「あの、そういえばデュマ様はどのようなお仕事をされている方なのですか?」
デュマ様なんて呼ばれ方をするのは何だか寒気がしてくるので、まずはそれをやめてもらうことにしたい。
「こうして出会えたのも何かの縁ですから、堅苦しい話し方はお互いやめにしませんか? 私は偉くもないただの旅人ですので、デュマで結構です」
「そんな、恩人に対してそのような呼び方は……」
「その代わり、私もユーディさんとお呼びします。いや、呼びたいけれどダメかな?」
俺がそう言うと、何故かユーディットさんの顔がみるみるうちに赤くなっていく。
「は、はい。ではこれからはデュマさんと呼びます……。私の事はどうか、そのままユーディと呼んでください……」
「そ、そうかい? ありがとうユーディ」
ユーディはそれだけ告げると急にしおらしくなってしまった。既に百歳を過ぎた俺にはよく分からないが、きっと多感な年頃なのだろう。