第三話 無自覚系錬金術師、村娘さんと出会う
「……ふぅ」
だいぶ森を走ったところで少女が立ち止まり、息を整えながらこちらに振り向く。
「あのっ! 先程は危ないところを助けていただき、ありがとうございました!」
少女はそう言って深々と頭を下げてきた。
「いえいえ、怪我はありませんか?」
「はい、大丈夫です!」
彼女は走ったせいで乱れた衣服を整えながら俺に返事をする。
この見知らぬ少女は外見からして歳は十五、六といったところだろうか。
腰まである栗色の長い髪、前掛け付きで丈が膝下ほどまであるスカート、そして頑丈そうな革のブーツ……その姿は典型的な村娘の恰好である。
ということは、彼女はこの近くの村に住んでいる村人だろう。
町や大都市で暮らしている者であれば、もう少しお洒落に気を使っているはずだろうし、そもそも魔物が出るような場所を何の用意もせずに一人で出歩くなどありえないからだ。
そんな俺の視線に気付いたのか、少女は改めてこちらへと向き直る。
「私はユーディットと申します。ヴァイネートの住人です」
この少女はユーディットさんというらしい。
ヴァイネートというのは恐らく村の名前だろう。だがこの近くにはそんな名前の村はなかったはずなので、多分この時代で新しく作られた村なのだろう。
こちらも自己紹介をすることにする。
「私はデュマ・アークスと申します。今から三百年前の世界より転移してきました」
「え……ぷっ」
俺がそう告げると、ユーディットさんはぽかんと口を開け、そして突然くすくすと笑い始めた。
「あははは。すいません、いきなりそんな冗談を言われるとは思わなかったのでつい」
ユーディットさんは口とお腹を押さえながら笑いを堪えようとしている。
こちらは真面目に言ったつもりだったのだが、冗談で済ませられてしまったらしい。もしかして時間移動の技術はまだ一般的ではないのだろうか?
だとしたら、このままだとユーディットさんに変人だと思われてしまう可能性もあるのでこちらも冗談ということで通すことにしよう。
「はは、本当は旅をしていて偶然ここに流れ着いたのですが、森の中で迷っていたところです。ユーディットさんに会えて幸運でした」
「まあ、それは大変でしたね。ここから一番近い町はヴァイネートです。このままもうしばらく歩けば森を抜けますので、そうしたらすぐに見えてきますよ。何もないところですが、よろしければ是非お立ち寄りください」
「ありがとうございます。できればユーディットさんに案内してもらいたいのですが、ダメでしょうか?」
俺が尋ねると、途端に彼女の表情が曇り始める。
「助けていただいて申し訳ないのですが、私にはどうしてもこの先に行かなければならない用事があるのです」
「用事ですか? でも、この辺りには魔物がいるでしょう? 何の準備も無しにこの先に向かうのは危ないですよ」
「実は……どうしてもすぐにポーションが必要なのです」
「え? ポーションですか?」
ユーディットさんの言うポーションとは、あの俺がいつも生成しているポーションのことだろうか?
それにしてはあんな魔物のいる森の中に行く理由がよく分からない。
村であってもポーション程度なら行商人が売っているため常備しているだろうし、どうしてもすぐに必要なら別の町や大都市に行けばいい。
「はい、お父さんが……ヴァイネートの町長がひどい怪我をしてしまい、それを治すためにどうしても今すぐにポーションが必要なのです」
「ええと、それでどうしてこの森に?」
「この森の先に、昔作られたポーションがまだ残っているかもしれないという話を冒険者の方から聞いたことがあったのです。それで探しに行く途中でした」
確かにポーションは保存状態が良ければ長い時を経ても使えるものではあるが、いくらなんでも労力に見合わな過ぎる。
もしかしたらヴァイネートはものすごく貧乏でポーションすら買えないところなのかもしれない。
だったら、ここはお互いに助け合うべきだろう。
「ポーションでしたらいくつか持ち合わせがありますので、道を教えていただいたお礼にユーディットさんに差し上げましょう。それでいかがですか?」
俺は腰のポーチからポーションの入った瓶を取り出して、彼女の前に差し出す。
「え……ポーションを……?」
ところが、それを見たユーディットさんは何故か口を開けたまま固まってしまった。
「あれ? どうかされましたか?」
「そ、そんな!! 本当にこれがポーションなのですか!?」
ユーディットさんはいきなり大声を出して、驚いた表情で俺を見つめた。
おかしいな、何か変な事をしてしまっただろうか?
「え、ええ……まあどこにでもある普通のポーションですけど……」
「ほ、本当に……! お願いします! どうかこれを私にお譲りください! お金はありませんが、私はどうなっても構いません!」
え? 急に何を言い出すのだろう……。
「いやいや、先程も言いましたがこれは差し上げますよ。 ……ああ、追加でもう一つ。ここは危険なので一緒にヴァイネートまで帰ると約束してください」
「そんな……本当によろしいのですか?」
「もちろんです。それにこのポーションで効果があるか、まだ分かりませんからね」
このポーションは至って普通のもので、最悪の場合は効かないこともある。その場合は別のポーションを生成する必要があるだろう。
「ありがとうございます! デュマ様!」
彼女は深々とお辞儀をしてきた。それにしてもデュマ様なんて大層な呼び方だ。前の時代でも町の人から人違いっぽい感じでそう呼ばれた時もあったなと思い出す。
「とりあえずここは危ないので、ヴァイネートに向かいましょうか」
「はい! 私が道案内をしますので、ついてきてください!」
彼女は今までの表情から一転して笑顔になり、森の中を進み始めた。俺も彼女に続いて歩き始める。
そうして一時間ほど森の中を歩くと、ついに木々がなくなり土を固めて作られた道が目の前に現れた。その先には、木の柵で囲われた家々が見える。
「あれが私の住んでいるヴァイネートの町です!」
彼女が指差しながら話すが、俺の頭には疑問しか湧いてこなかった。
それはどう見ても町ではなくて村だったからだ。
次の話は明日投稿予定です。