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第二話 無自覚系錬金術師、想像と違って驚く

 賢者の石の反応が収まったことを確認し、ゆっくりと目を開ける。


「……あれ?」


 だが次の瞬間、目の前に広がる光景に唖然としてしまった。


 そこにあったのは、想像していた未来の町とは似ても似つかない、草木に飲み込まれ廃墟と化した多数の家屋が存在していただけだったからだ。


「おかしいな? 転移に失敗したのだろうか?」


 一瞬、賢者の石の暴走で辺り一帯が吹き飛んでしまったのかとも思ったが、そうなると無傷で生き残っているのは不自然だし、辺りに生い茂る草の説明がつかない。


 時間移動術式には座標の固定や、転移先で石の中に埋まったりしないように様々な保護手段を追加してある。そのため誤った地点に出現したということもなさそうだ。


 調査のため周囲にかろうじて残っているボロボロに風化した石の壁を確認してみると、材質や傷跡が工房の物と一致していた。


 ということは、やはりこの建物は俺の工房で、ここは三百年後の世界と見て間違いないだろう。


 そして導き出される可能性としては、この町は何らかの理由で放棄され無人となってしまったというようなものだろうか。


 まさか錬金術の最先端を行く魔導学院を有する町が未来では廃墟になっているなんて、全く想像できていなかった。


「……少し寂しい気もするが、いつまでもここにいるわけにはいかないな」


 長い間暮らしてきた町だったので、愛着もあった。

 どうして放棄されたのかは気になるが、それよりもまずはこの時代で人がいる場所に移動しなければならない。


 未来に来たばかりの今の俺には食べ物も寝る場所もないので、この場に長く留まることができないからだ。


 がっかりしながら、かつての町の面影をかろうじて残している石畳の道を進み始める。


 辺りはどこもかしこもツタに巻かれ崩れそうになっている建物ばかりだ。


 そんな風景を眺めながら半刻ほど歩き続けると、やがて町の中心にある噴水広場に到着した。


 かつては美しい水が絶えず流れていたこの広場の噴水も、今では淀んで緑がかった水がわずかに溜まっているだけだ。


 水は汚れているためこのままでは飲むことはできない。綺麗にできれば話は別だが、そんな器材はここにはないのでどうしようもない。


 ここまで町の主要な設備に一切手入れがされていないということは、やはりもうこの町には誰も住んでいないということだろう。


「そうと分かればここにいてもしょうがないな……。とりあえず町の外に出てみるとしよう」


 広場の近くを一通り見回して誰もいないことを一応確認した後、俺はまた歩き始めた。


 結局、その後に見た家々も来た道と同じように草木に埋もれており、人が暮らしているような痕跡は一切発見できなかった。


(うーむ、それにしてもおかしい)


 この酷い有様の町の様子を見て、少し不思議に思うことがある。


 それは三百年経ったはずなのに、町の構造自体はほとんど変わっていないということだ。


 建物は所々建て替えられた形跡はあるものの、何かしら未来の技術で作られた施設であるとか、道具であるとかが全くないように見える。


 もしかしたら、俺が転移してすぐに何か得体のしれない病気でも流行って町ごと捨てなければならなくなったのかもしれない。


「っておいおい、冗談だろ……?」


 物思いに耽りながら歩き続け、町の入口まで来たところで愕然としてしまった。


 何故ならば、町の外は鬱蒼とした森になっていたからだ。


 これでは道がどこに続いているのかすらさっぱり分からない。道が分からないということは、これからどこに行けばいいのか分からないということだ。


「やれやれ、これは参ったな」


 このままではこれ以上先に進むことができない。


 まだ陽は十分に高いので、運が良ければ森を抜けて街道か人のどちらかを見つけることができるかしれないが、それははっきりいって運任せすぎる。


 闇雲に動き回るよりもこの廃墟と化した町を拠点して、食料と情報を集めたほうが利口かもしれない。


 廃墟の中を探せば錬金術用の器材や何かしらの魔導具具が残っている可能性もある。もしもそれらを手に入れることができれば、取れる手段も増えるだろう。


「さて、どうするかな」


 今ではすっかり背が低くなってしまった町の壁に腰掛けながら思い悩む。


『きゃああああっ!』


 そうして考え込んでいると、ふと何かが聞こえて来た。


「今のは人の悲鳴か?」


 確かに人間の女性のような悲鳴が森の中から聞こえた。

 もしかしたらあまりにも混乱していて幻聴が聞こえ出した可能性も十分にあるが、とりあえず急いで声のした方に走る。


 森の中を走った先には、大きな木の根元で座り込む一人の女性と、それを取り囲むようにして立ち塞がる四つ足の魔物がいた。数は全部で三匹。


 黒い毛に覆われた狼の姿、この魔物は俺の時代にもいたフォレストウルフという低級の魔物だ。


 フォレストウルフは強さ自体は大したことはないが、常に数匹の群れで行動する習性をもつ面倒な相手だ。


 また、とても鼻が利くため仮に視界の外に逃げたとしても匂いを辿られて追跡されてしまう。


『グルルル……』


 だが今は目の前の獲物に向けて唸ることに夢中らしく、こちらにはまだ気付いていないらしい。


 ならば丁度よいと考えた俺は、右手の中指にはめていた銀色の指輪に魔力を流し、フォレストウルフの足元の地面へと向ける。


『ヴォン!?』


 すると指輪に記録された術式が起動し、フォレストウルフ達の足元から突然草が伸び始め、硬いツタとなってその体を縛り上げた。


『キャイン! キャイン!』


 突然地面から現れたツタに絡められたまま空中に持ち上げられ、もがくことしかできなくなったフォレストウルフ達は情けない鳴き声を上げ始めた。


 俺の持つこの指輪は錬金術の術式をいくつか記憶しておくことのできる魔導具で、魔力を注ぐことで好きに発動させることができる。


 今使った術式は対象の植物の成長を促進させるものだ。


 ただし、辺り一帯の土に含まれる栄養を一気に吸い上げ過ぎてしまうため、使い続けると土地が痩せていってしまう。そのため乱用はできない。


 フォレストウルフ達がもがいている間に、へたり込んでいる女の子に向かって手を差し出す。


「さあ、今のうちに逃げましょう」


「はっ、はい!」


 彼女は驚いた表情のまま固まっていたが、やがて大きな声で返事をすると俺の手を握り返して立ち上がった。


 そうして俺達は、森の中を二人で走ったのだった。

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