第十三話 無自覚系錬金術師、お金をゲットする
外がすっかり明るくなった頃、ついに錬金釜の点滅が止まった。
レベル2ポーションの生成が完了したのだ。
釜の中は透き通った水色へと変化した液体で満たされている。霊薬深度計は持っていないので効果についてはロイさんに見てもらうしかないが、失敗した場合は色が極端に薄かったり茶色いままとなるので成功はしているはずだ。
煮沸したポーション瓶を再利用してポーションを注ぎ込む。蓋をして完成だ。
「よし間に合ったぞ! これでようやく金が手に入る!」
未来で初めて生成したレベル2ポーション……これでやっと20万シェルが手に入るのだ。
思わず笑みがこぼれる。この危険な町では飯1食分で10万シェルを要求される可能性も捨て切れないが、仮にそうだとしても二食は食べられるだろう。
こうしてはいられない。早速宿屋に行ってロイさんに買い取ってもらおう!
俺は意気揚々とロイさんの泊っている宿屋へと向かった。
町の中央広場までやってくると、ちらほらと人の姿が目に入った。井戸の近くでは奥様方が集まって井戸端会議をしている。
そこから少し離れた宿屋の前に、ロイさんは立っていた。厩舎から出されている馬車はいつでも出発できそうな状態だ。ロイさんは特に何かをしている様子でもなく、ただ辺りを見回していた。
「おはようございます。ロイさん」
「これはデュマさん。おはようございます」
こちらに気付いたロイさんは、微笑みながら会釈をする。
「お待たせして申し訳ありません。約束通り、ポーションを完成させました。どうぞお納めください」
「えっ!? 本当にできたのですか!?」
「?? 本当にできましたが」
何をそんなに驚いているのだろう? 人の言葉にいちいちとてつもない反応を示すのが未来での作法の一種なのかもしれない。
「そ、そうですか。では本当にレベル2かどうか確認させてもらいましょう」
ロイさんは懐から小さい透明な管──霊薬深度計を取り出すと、ポーション瓶に近づけた。
管の中の石が『2』の目盛りを超えれば、このポーションがレベル2相当であることが証明される。『2』よりも下で止まったり、『3』を超えてしまってもいけない。どちらもロイさんの提示している条件から外れてしまうからだ。
ロイさんの持つ深度計を見てみると、下の方に沈んでいた石がゆっくりと浮上を始め──そして、『2』の目盛りを超えたところで止まった。
「どうですか? 私のポーションは」
俺が聞くと、ロイさんはくわっと目を見開いて硬直していた。
「し、信じられない……!」
信じられないって何。
品質が思ったよりも良くなかったとかだろうか。しかし、霊薬深度計はきちんとレベル2を示しているし、どこにも問題は……ん?
いや、よく考えろデュマ・アークス!
ここは未来。俺の時代の常識など、あてになるはずもないではないか!
たとえばこうだ。『この時代ではレベル2と謙遜しつつレベル3を差し出すのが紳士のたしなみ』みたいな斬新な価値観が存在しているとすればどうなるだろう。これならば日頃のロイさんの反応にも納得がいく。
だがその場合、ロイさんが求めていたのはレベル3のポーションということになる……。
「そ、そんな……」
背筋に悪寒が走る。そんな裏まで読めていなかった俺のミスだ……。
ここで「これは買い取れませんね」などと言われれば俺は終わりだ! 多少売値が低くなっても構わない! とにかく売るしかない!
商売を円滑に進める際にもっとも重要なもの、それは誠意を示すことである。
では、どのようにして誠意を示すのか?
俺はその方法を知っている。
それは遥か東国に古来より伝わりし謝罪の儀──
「このたびは本当に申し訳ございませんでした! 私としたことが、このような低品質のポーションを作ってしまい……!」
そう、土下座である。
「え!? きゅ、急に何!?」
地面に額をこすりつけながら詫びる俺に、ロイさんは驚いたようだった。
奥様方が「やだ、なにあれ……」とか「酷すぎる」と囁いているのが耳に入る。
「ちょ、ちょっと! 恥ずかしいからやめてくださいっ!」
「いえ! この私にどうかけじめを付けさせてくださいッ!」
こうでもしてポーションを買い取ってもらえるようお願いするしか俺の生きる道はないのだ。
恥などとうに捨てた百歳の老人を舐めてもらっては困る。人生経験が違うのだよ。
「ここでロイさんにポーションを買い取っていただかないと、私は飢え死にしてしまうのです!」
「何でもいいからはやく立ち上がって!」
顔を赤くして恥ずかしそうにしているロイさんは急に女性のような可愛らしい声を出した。
そこまで言われては仕方ないので俺は立ち上がった。
「フッ……私の強い意志は伝わりましたかな?」
「いやというほど伝わったので二度としないで下さい」
「はい」
ロイさんは大きく溜め息を吐くと、懐から革袋を取り出してこちらに差し出してきた。
「それでは、お約束の報酬20万シェルをお支払いしましょう」
「ありがとうございます!!」
ポーション瓶と交換で皮袋を受け取ると、結構な重さを感じた。どうやら土下座の効果は凄まじかったようだ。この技術は未来でも役に立つことが証明された。
ついに俺は、未来のお金を手に入れることに成功したのだった。
「それにしても、よくこの短時間で十分な品質のポーションを作ることができましたね。正直不思議でなりません」
あれ!? 品質は問題なかったの!?
まあいいか。
「ハハハ、実はそう簡単でもなかったですよ。私はこの町に来たばかりでして、錬金釜も倉庫に置いてあったものを昨日使えるようにして何とかポーションを作ったくらいですから」
「……は?」
そう説明すると、ロイさんはなぜか唖然とした表情になった。
「それは、見知らぬ錬金術師の器材をたった一日で利用できるようしたということですか?」
「おや? ずいぶんとお詳しいですね。そのとおりです」
ロイさんは自分を行商人だと言っていたので、そこまで錬金術の仕組みを知っていたのは正直予想外だった。
「ええ? 他人の組み上げた錬金術の術式を書き換えたのですか?」
「まあそうですね。簡単だったので書き換えはすぐに終わりましたよ」
「ありえない! 他人の術式を即座に改竄するなんて不可能ですよ!」
ロイさんは全身を震わせている。またこの異常な反応だ。本当に礼儀正しい人なんだなと思う。
「いやいや、この程度なら誰でもできますよ。私など錬金術師の中でも最底辺に位置する未熟者、赤子のようなものですぞ」
我ながら上手く返せたのではないだろうか。これで俺も未来人の仲間入りだ。
「はぁ……もういいです」
なぜかロイさんから諦めの境地みたいなものを感じた。
俺は何かおかしなことを言っただろうか?
「では、私はこれで失礼します」
ロイさんが告げると、二人の鎧を着た男たちがどこからともなく現れて馬車に乗り込んだ。雇われの護衛だろう。
「貴方とはまたお会いすることになるでしょう。それでは」
ロイさんは御者台に座って手綱を握ると、颯爽と馬車を走らせて町の門を出て行った。
どことなく不思議な雰囲気の人だったな。
最後の言葉の意味はよくわからなかったが、社交辞令的なものだろう。
手渡された革袋を開く。中にはたくさんの金貨が入っていた。
「さて、朝飯でも食うか」
当面の問題が解決した俺は、軽い足取りで酒場へと向かったのだった。
ところで何かを忘れているような気がするが、なんだっけ?