第十二話 無自覚系錬金術師、レベル2ポーションを作る(2)
「それじゃあ、釜を洗いに行ってくるよ……」
「私も手伝いますね!」
毎度のごとくゴーレムを使って中央広場の井戸まで釜を移動させ、とにかく洗う。
錬金釜を洗い終えて店に戻る頃には、日が沈みかけていた。
もっと時間がかかるかと思っていたが、ユーディがてきぱきと釜を洗ってくれたおかげでだいぶ時間を短縮できた。本人いわく、『お掃除なら任せてくださいっ!』とのことだった。なぜか本能的に恐怖を感じた。
そんなわけで、店にはぴかぴかになった錬金釜が置かれている。ここからは錬金術師である俺の本領発揮だ。
ユーディには今日はもう遅いので帰るように言った。本人は手伝う気みたいだったが、娘が夜に男の家に行ったなどと町長さんが知れば即追放だ。ここは玄人向けの町だ。初心者にはおすすめできない。
おっと。今はそんなことを考えている場合じゃなかった。もうじき真っ暗になってしまうのですぐにポーションを作らないと。
「よし! 始めるとするか」
俺はレベル2ポーションの生成に着手することにした。
材料となるのは薬草であるラーマ草、マンドレイクの根、さっき汲んできた井戸水だ。
品質を上げるための下準備は省略する。今回の生成で一番恐ろしいのが完成したポーションがレベル3以上になってしまった場合だ。そうなるとロイさんに買い取ってもらえなくなる。品質を上げすぎてはいけないという少し変わった状況だ。
桶に汲んでおいた水をざばーっと錬金釜に注ぐ。次に土を落としておいた薬草とマンドレイクの根を投入する。成分抽出などの工程は細かく術式として記してあるので、俺自身の作業としてはこれだけである。生成術式を起動したらあとは待つだけでいい。
上手く釜が動いてくれれば、数時間で小さな樽1つ分のレベル2ポーションが完成するだろう。長期間放置されていたので壊れてないといいんだけど。
「では術式を……うっ!?」
術式を起動しようとしたところで、お腹が盛大に鳴った。とてつもなく腹が減っている。
だがここで止まるわけにはいかない。20万シェルまであとわずかなんだ……!
その時だった。外からコンコン、と入口の扉をノックする音が聞こえたかと思うと、少しだけ開いた隙間からユーディが顔をのぞかせた。
「デュマさん。いますかー?」
幻覚が見え始めたのかと思ったがそうではないらしい。そこには確かにランタンの灯りに照らされたユーディの姿があった。
「ど、どうしたんだい? もう夜だよ?」
「明かりがないと困るかと思って、家からランタンを持ってきました! 入ってもいいですか?」
新手の押し込みが現れた。夜に中に入られるのはまずいだろう。
「いやそれはちょっと。ご近所に噂とかされると、恥ずかしいし……」
「噂って?」
「と、とにかく今日はもう遅いからランタンだけ受け取っておくよ。町長さんも心配するだろうから」
「大丈夫です! お父さんに話したら『デュマ様ならば問題ないだろう』って言ってましたから!」
なんか異様に信頼が厚くて怖いんだが。
「それと……お弁当も作ってきました!」
ユーディはもう片方の手にぶら下げていた四角いバスケットをこちらに見せた。
「中に入れてくれたら、食べてもいいですよ? お腹減ってますよね?」
いきなり脅迫か? しかし、確かに飯は食いたい……。
結局、俺は扉を開けて渋々彼女を招き入れた。
「もうポーションを作ってるんですか?」
「これから作るところだよ」
錬金釜に記した生成術式を起動すると、釜の模様が点滅を始めた。しばらくして湯気が立ち上り始める。今のところは順調なようだ。
「これでよし。あとは放っておけばポーションができているはずだ」
「あれ? これだけですか?」
「必要な作業は何もかも術式に記してあるからね」
「ふうん。そういうものなんですか」
ユーディはなんだかがっかりしたみたいだった。一体どんなものを想像していたんだ。
「はい、どうぞ」
ユーディがバスケットから取り出したパンを受け取る。まだ温かい。
「ありがとう」
手渡された丸型の黒パンにかぶりつく。焼いた獣肉と野菜が挟まれた物のようだ。これなら食器がなくても食べられる。空腹だったこともあってか、余計においしく感じた。
「うん、とてもおいしいよ」
「ならよかったです! まだありますから」
そうして、俺たちは飯を食いながら釜の様子をしばらく見守っていた。辺りはもう真っ暗で、窓から外を眺めれば夜空にはたくさんの星々が見えた。
釜の中は素材がすっかり溶けて茶色に変化している。これからだんだんと薄い水色になっていくはずだ。
「それにしても、ロイさんって素敵ですよね」
ただ待っているだけなので手持ち無沙汰になったのか、ユーディがそんなことを言い出す。
「ん、そうかい?」
「そうですよ! カッコイイし、まさに大人って感じで、しかも貴族ですよ? もう完璧じゃないですか」
ユーディが目を輝かせながら力説する。
確かにロイさんは年齢にしては落ち着いた雰囲気がある。加えてあれだけの容姿ならば商売にも役立つことだろう。
ははぁ、わかったぞ。さては、ユーディはロイさんに恋してしまったんだな。
さっきは違っていたが、今度ばかりは間違いない! 俺の直感がそう告げている!
そうとわかれば、ここは惚れ薬を作って上手いこと彼女の恋愛を成就させてやろうではないか。
俺には商人との繋がりができ、しかも監視も終わる。一石二鳥だ。自分の才能が怖い。
「フッフッフ……ならば私が手助けしよう」
「えっ? 何がですか?」
大丈夫だ、みなまで言うな。過去にそういう依頼をこなした実績もある。
「私にもとてもよくわかるよ。あれだけ魅力的な男性なら好きになってもおかしくはない。これはまさしく運命といえよう」
「男性って? それに好きになるって、誰が誰を?」
「ユーディがロイさんを」
「……はい?」
「何も心配することはない。このデュマ・アークス、僭越ながら二人の愛を完全なものに──」
「そんなわけないでしょ!」
え? 違うの? 最近直感さんの調子が悪いな……。
「デュマさん……なんだか私のこと避けてません?」
「いや、それはポイントがですね、増えそうなので……」
「また言った!? またポイントって言った!? それ一体何なんですか!」
つ、ついに雌雄を決する時が来たのか……!
「いや、あのですね。ヴァイネートにはこの町にふさわしくない者を追放する点数みたいなものがあって、ユーディットさんは日頃から私を監視してそれを見極めているのではないかとですね、思ったり思わなかったり……」
「なっ、なにそれっ!? そんなわけないじゃないですか! 一体どういう神経をしていればそんな発想に至るんですか!?」
今のユーディの発言には、この矛盾を突きつけてやるべきだろう!
「ユーディはこの町に来てからほぼずっと私のそばにいるじゃないか! それ以外に説明がつかないだろう? それとも、他に理由ってあるのかい?」
「~~~~!!」
ユーディは今にも爆発しそうなぐらいに顔を真っ赤にしている。エクスプロージョン・ポーションの真似だろうか。
「もっ……もういいです! 他にやることはありますか!?」
怒っててもそこは一応聞くんだ。
「い、いえ。特には」
「あっそう! じゃあ私帰りますから! さよなら!」
ユーディはどすどすと音を立てながら乱暴に店の入り口まで歩いていく。扉を開け、振り向きざまに「いーっ!」と変な顔をすると、勢いよく扉を閉めた。何だよ。「いーっ!」って。
急に静かになった店の中、床には彼女が置いていったランタンだけがひっそりと夜の闇を照らしていた。
「な、何だったんだ……」
結局、数多の謎が残ったのであった……。