第十一話 無自覚系錬金術師、レベル2ポーションを作る(1)
俺は想像を絶する悲しみに包まれた。ポーションが売れないということは金が手に入らないということであり、金が手に入らないということは飯が食えないということだ。
「そんな……俺はもう飢え死にするしかないのか……」
「そんなに落ち込まなくても……ご飯だったら私の家で食べればいいじゃないですか」
「いやそれだとポイントが加算されてしまう」
「そのポイントって一体なんなんですかっ!?」
「うーん、しかしどうしましょうか……」
ロイさんは顎に手を当てながら困り果てた顔をしている。中性的な顔の美青年なので、そんな仕草もなかなか絵になる。上級貴族たちが目を掛けるのもわかる気がした。そんなロイさんをどこか不思議そうに眺めていたユーディが急に「あっ」と言った。「あっ」てなんだ。「あっ」て。何に気づいたのかすごく気になる。
「お力になれず申し訳ありません。普通のポーションであれば1本ならどうにか買い取れたのですが」
ロイさんが申し訳なさそうに頭を下げてきた。普通のポーションか……普通の……普通?
「ロイさん、その普通のポーションというのは?」
「おや、ご存知ありませんでしたか? レベル2までのポーションのことを世間ではそう呼んでいるのです。金貨1枚がリーンブルクの通貨1万シェルですから、レベル2だと相場は1本あたり30万シェル。レベル3なら100万シェルです」
「「ひゃくまん!?」」
見事に重なった俺とユーディの声が広場に響き渡った。
レベル3ポーションって、昔なら銀貨1枚が相場だぞ? それがたった1本で金貨100枚になると言うのか!? どうやらこの時代におけるポーションはとんでもなく高価なようだ。
「……ユーディ。ヴァイネートが納める毎月の税っていくらだったかな」
「ええと、金貨8枚だから8万シェルです」
仮に俺が相場通りの金額でレベル2ポーションを1本売ったとすると、ヴァイネートの税3ヶ月分になる。レベル3なら丸々1年分だ。それだけの金が手に入れば、しばらくの間は食うには困らないどころか一気に大金持ちになれるぞ。
ロイさんはさっきレベル2であれば買い取れると話していた。だったらこうだ。レベル5がダメならレベル2を用意すればいい。
「ロイさん。この町には何日ほど滞在される予定ですか」
「今日のところはこちらで宿を取り、明日の朝に西にある王都ベルノアに向けて出立する予定です」
なら明日の朝までに物を用意すればいいわけだ。
「もしも私が朝までにレベル2ポーションを用意できたら、20万シェルで買い取ってもらえませんか?」
レベル2ポーションの相場は30万シェルということなので、俺が20万シェルでポーションを売ればロイさんは10万シェルの利益を得ることになる。決して悪い取引ではないはずだ。
「その金額でしたらすぐに代金をお支払いできますが……品物はあるのですか?」
「今から生成します。明日の朝には間に合うでしょう」
「今から!? 王都の宮廷錬金術師たちでもレベル2ポーションを生成するのに1ヶ月はかかると聞いていますよ!」
ええ? レベル2のポーションを作るのに1ヵ月もかかるはずがないと思うんだけど。
「レベル2ならばすぐにできますので大丈夫です。どうぞお任せください! それではまた明日!」
「あっ! 待ってくださいってば!」
俺は全速力で店に戻った。中に入り、部屋の隅に置かれていた錬金釜の前に立つ。
「ふう、ふう……つ、疲れた……」
ユーディは荒く呼吸しながら店の床に座りこんでしまっている。またしても悪いとは思うがすべては金のためだ。すまぬ。
「ごめんよ。すぐに仕事に取り掛からないといけなかったから」
「はあ……もういいです。それよりどうするんですか? ロイさんは王都の錬金術師様でも作るのに1ヵ月かかるって言ってましたけど」
「それについては大丈夫だよ。この錬金釜があれば何とかなる」
「あ、早速この釜を使うんですね」
「そうだよ。まずはこの釜に記された術式の魔力走査から始めよう」
釜に向かって手をかざし、魔力を少しずつ送り込む。俺は魔術師ではないのでそれほど強い魔力を有しているわけではないが、釜を動かす程度なら十分だ。
「そうさ? ってなんですか?」
「前にも話したけど、この釜には道具を作り出すための錬金術の術式が組み込まれているんだ。使っていた本人は当然把握しているだろうけど、私はそうじゃないからね。だから、まずは何が作れるようになっているのか探る必要があるんだ」
ポーション生成の最初の工程として、まずはこの釜を使える状態にしなければならない。
「なるほど、それが走査なんですね」
「そうさ! なんちゃって。はっはっは」
「…………」
店の中の空気が急激に冷えた気がした。
自分で言ったことだけどとても後悔した。ようやく金が手に入るとわかって少々浮かれてしまったようだ。
ま、まあ引き続き作業をしよう……。
魔力を送り込み続けると、やがて錬金釜の表面の模様が緑色に発光し始めた。
「わぁ……釜が光ってます」
「これが錬金釜が起動した状態だね。どれどれ……」
錬金釜の中に記された術式へと意識を向けると、魔力を通じて頭の中に様々な情報──物品の名前やその材料、釜に与える命令が流れ込んできた。一部の錬金術師は他人に覗かれないよう術式に暗号化を施すのだが、この釜にはそういった保護はかかっていないようだ。
「このままだと目当てのものを探すのに時間がかかりすぎるな。中の術式を少し改竄しよう」
錬金釜の基礎部分の術式を一部書き換える。ややあって、空中にたくさんの青く光る文字が現れた。魔力で描かれたこの釜の詳細だ。
「あっ、今度は文字が出てきました」
「この釜に記された術式の一覧だよ。魔力を使って映し出しているんだ」
「とっても綺麗ですね」
ユーディが宙に浮かぶ文字を指でつんつんとつつく。触れられた文字がぐにゃりと歪んだ。
「ここから探していこう。えーと……パン、ホットケーキ、プリン……なんでこんなに食べ物が多いんだ……」
あとは女性用の衣服などもある。他にも色々あるが、調べるのはまた今度にしよう。
「ポーション、ポーション……あった。レベル2ポーションの術式だ」
「本当ですか! やりましたね!」
「うん。でもこのままだとロイさんの出立に間に合わないから、中身を書き換えよう」
急いでレベル2ポーションの生成術式を書き換える。森で手に入れた素材は高品質なため多少全体を簡略化しても問題は生じない。不要な部分を消し、作業工程を改良する。書き換えはすぐに終わった。
「これで大丈夫。術式は書き換えたよ」
「あれ? もう終わったんですか?」
「そんなに難しい術式じゃないからね。これぐらい錬金術師であれば誰でもできるよ。あとは素材を入れるだけ……なんだけど」
「けど?」
「先に井戸で釜を洗ってこよう……」
「……そうですね」
俺たちはすっかり汚れている釜を上から見つめ、ため息を吐いた。