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第十話 無自覚系錬金術師、エリクサーを売り込む

〜前回までのあらすじ〜

ヴァイネートの町にめったに訪れないはずの商人がやってきた。

無一文のデュマは、商人にエリクサーを売って金を得ようとするのだった。

「ユーディ! 急いで素材を店に置きに行こう!」


「ええっ? 急にどうしたんですか?」


「商人さんが来ているんだ! ポーションを買ってもらえるかもしれない!」


 腰のポーチを開けて中を確認する。残るエリクサーはあと2本だ。これを売って金に()えることができれば、しばらくの間は食べ物に困らなくなるはず!

 この商人さんこそが、俺が未来で生き残るための希望の光である。


 ゴーレムたちを引き連れ、急いで店へと直行する。入り口近くに素材を無造作に置かせると、俺は外に出て馬車が消えていった方角へと走った。


 井戸のある中央広場まで来たところで、宿屋の前に先程の馬車が止まっているのが見えた。馬車の近くには濃い緑色の外套を羽織った男性が一人いて、馬の手綱を引いて厩舎に入ろうとしていた。恐らく彼が商人だろう。


「ふう……もう! 急に走らないでくださいよ!」


 背後から切れた息を整えながら怒るユーディの声が聞こえてくる。悪いとは思うが、今は取引が何よりも重要なのだ。


「突然すみません。お疲れのところ失礼とは存じますが、商人の方と伺いました。実は、貴方様に是非お売りしたい品があるのです。どうか私に少しお時間をいただけませんか?」


 俺が話しかけると、商人は手綱を引く手を止めてこちらを振り向いた。

 商人の男性は今の俺と同年代に見えた。二十歳そこそこだろうか。背は俺と同じくらいで、薄金色の髪に綺麗な青い瞳、それらと上手く帳尻を合わせたかのような整った顔立ちをしている。なんとも女性受けが良さそうな爽やか好青年である。


 商人はこちらに向き直ると、にこりと微笑みながら口を開いた。


「ロイ・グレイスと申します。リーンブルク王国を中心に行商を営んでおります」


 ロイさんはいわゆる行商人というやつだ。自らは店を持たず、方々で得た品を売り歩く。あまり需要がなくて普通の店には置かれないような珍しい品を持っていたりして、俺もよく世話になっていたものだ。


「デュマ・アークスです。初めまして、グレイス殿」


「気軽にロイとお呼びください。私は一介の商人に過ぎませんから」


「では私もデュマで結構です。ロイさん」


 互いに握手を交わす。ロイさんはなかなか気さくな人物のようだ。


「……おや?」


 すると、急にロイさんの視線が俺の後ろへと移る。その先にいるのは当然ながらユーディである。

 ロイさんは無言でただユーディを見つめている。ユーディはどうしたものかと不思議そうに彼を見つめ返していた。


 これから商売の話をしようというのに、ロイさんは一体どうしたというのだろう……。


 そこで俺ははっとする。この展開は見たことがある。確か俺の師匠が隠し持っていた本にそんな話が書かれていた。一目見た男女が恋に落ちる――これは俗に言う一目惚れというやつではないだろうか。


 好機到来である。商売を上手く運ぶため客に接待をするのは常套手段だ。この状況を利用しない手はない!

 俺はロイさんに近づき、耳元で囁くように語りかけた。


「いやいやロイさんもお目が高い。もしや、こちらの娘をご所望で? よろしければこれから二人きりでしっぽりと……ぐはっ!」


 ユーディに蹴られて俺は地に伏した。とても痛い。


「うふふ、何だか不穏な会話が聞こえたんですけど、私の気のせいですよね?」


 ユーディは指の骨をバキボキ鳴らしている。目が笑ってない。


「断じてそのようなことはありませんでした」


「は、ははは……お二人は仲がよろしいのですね」


 ロイさんも笑っていた。若干顔を引きつらせながらだが。


「そういう意図はありませんので、どうぞご安心ください」


 どうやら俺の考えとは違ったらしい。


「失礼ですが、お名前を伺っても?」


「あ、えっと……ユーディットと申します」


 若干警戒した様子でユーディが話す。普段とはだいぶ違う。ロイさんがヴァイネートの外から来た人間だからだろうか。


「実は、以前どこかでユーディットさんによく似た雰囲気の女性を見かけた記憶があったものですから、つい見入ってしまいました」


「あ……そうだったんですか」


 ユーディがほっと息を吐く。落ち着きを取り戻したようだ。

 なるほど。つまりユーディが分裂して生まれてきたと仮定すると、この世界は実は未来ではなく異次元である可能性が


「へあっ!?」


 まだ何も言ってないのにいきなり蹴られた……。


「と、ところでロイさんはもしや貴族様で? 家名をお持ちでしたので」


 気になったので尋ねてみる。この世界では貴族以外の人間は家名を持たない。少なくとも俺の時代ではそうだった。

 ロイさんは貴族でも嫡男(ちゃくなん)ではなかったので世に出たとか、そういった人物かもしれない。


「私は没落した下級貴族の出身でして、この名前にもう価値はありません」


 ロイさんは肩をすくめながら言った。少し悪いことを聞いてしまったかもしれない。


「ですが、自らの素性を証明できるという利点はあります。そのお陰もあり、高貴な方々の屋敷に出入りすることもあります」


「なるほど。確かに商売には便利ですね」


 貴族の屋敷に呼ばれるなんて、しがない錬金術師の俺には一生縁のなさそうな話だ。


「デュマさんも家名をお持ちのようですが、よろしければ理由を教えていただいても?」


「これは私の師から受け継いだものです。私自身は名もない小さな村の出ですから」


「そうでしたか。しかし家名を譲るとは、よほど親しかったのですね」


「偏屈ではありましたが、良い師でした」


 俺のアークスという家名は工房の師匠から店と一緒に譲り受けたものであり、後付けだ。師匠もまた貴族の家の出身だった。錬金術の研究には関係ないのでいらないと言ったのだが、無理やり渡された。


 そもそも、俺にとって貴族は当時魔導学院への入学を阻まれた嫌な相手という印象しかない。

 ある日工房に現れたリオネス・ロンバルトとかいう自称学長もやたらと豪華な服を着ていたので多分貴族だったのだろう。『デュマ殿! 国王様からまた難題が!』とか言ってしょっちゅう仕事を妨害するので邪魔でしょうがなかった。


「家名があるって、貴族様は素敵ですよね」


 ユーディットはそう言って胸の前で手を組んでいる。白馬にまたがった王子様でも想像していそうな顔だ。


「そういうものかなぁ」


「そういうものなんです! 私も名乗ってみたいです」


 ユーディット・ド・ディストピアとか極めて凶悪な雰囲気が(かも)し出されていいんじゃないだろうか。


「ああ、話が逸れてしまって申し訳ない。商談ですね。どのような品になりますか?」


「おっとそうでした。品物はポーションになります」


「えっ! ポーションですか!?」


 こちらが予想していた以上にロイさんが驚いた。俺がポーチから瓶を取り出して見せると、彼はそれをとても興味深そうに眺めた。


「ポーションは以前私も取り扱ったことがあります。滅多に手に入らない貴重品ですから、需要はとてもあります。ちなみにレベルはいくつになりますか?」


「5です」


「5!?」


 ロイさんは大声を出してしばらく固まったが、やがてこほん、と一つ咳払いする。


「疑うわけではありませんが、確認させていただいても?」


「ええ。もちろんです」


 ロイさんは馬車の荷台に入ると、木箱の中から小さな長細い硝子製の管を取り出した。随分と古い物のようだ。中は透明な液体で満たされていて、一番下に青い光を放つ小さな石が沈んでいる。


霊薬深度計(エリキシル・メーター)ですね」


「ご存知でしたか。これを手に入れるのにかなり苦労しました」


 霊薬深度計は錬金術師たちが持つ一般的な器材の一つだ。

 これは錬金術師ならば必ず持っている道具で、ポーションに近づけることでその強さ、レベルを確認することができる。


 中に入っているのはポーションの性質に反発する石で、これがどの目盛りまで浮き上がったかによってポーションのレベルが判別できる。たとえば『3』の目盛りを超えて止まればそのポーションはレベル3となる。売る側も買う側も、両方で計測するので間違いは起こらないわけだ。


 ロイさんが霊薬深度計をポーションの瓶に近づけると、石はぐんぐんと上昇し──5の目盛りを超えた。


「うわぁ、本当に5だ……」


 ロイさんは口調が完全におかしくなってしまっていた。


「で、伝説のエリクサー……実在していたのか……これを一体どこで?」


「私が作りました」


「作った?」


「私、こう見えて錬金術師でして、叡智の神髄に至るにはまだまだ程遠くはありますがポーションについては多少の──」


「ちょ、ちょっと待ってください。自分で……とは、デュマさんがポーションを生成したということですか?」


「そうですが」


「そんな……」


 体を震わせながらそう呟いた後、しばらくの間唸っていたロイさんはやがて口を開き──


「大変申し訳ありませんが、こちらの品は私では買い取れません……」


 そして、予想外の言葉を発した。


「なっ!? どうしてですか!」


「エリクサーを買い取れるほどの資金が私にはないのです! 前例がないものですから、一体いくらになるのか見当もつきません……!」


 おいい! ちょっと待ってくれよ!

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