第一話 無自覚系錬金術師、未来に転移する
俺、デュマ・アークスはしがない錬金術師だ。
錬金術師とはこの世界の理を探求、解明し、またその知識を活かして錬金術により様々な奇跡を起こす職業である。
飲めば傷や病がたちどころに癒えるポーションの生成などがその代表例と言えるだろう。
これもまた、大地に自生する様々な薬草に含まれる成分を研究することで生まれたのだった。
そんな錬金術に幼い頃より興味があった俺は、十五歳となり成人を迎えるとすぐに錬金術師になるため大きな町に向かった。
当時錬金術において最先端の技術を持つ魔導学院に入るためだ。
だが、すぐに俺は現実の厳しさを知ることになる。
何故ならば、学院には貴族か裕福な家の出の人間しか入学が許されていなかったからだ。
貧しい村の出身だった俺は当然一切取り合ってもらえず、軽く門前払いされた。
それでも夢を諦めきれなかった俺は、町にある錬金術師が営む工房に行って働かせて欲しいと何度も頭を下げ、ようやく見習いとして働かせてもらえるようになった。
それから俺は仕事中も、それ以外も、寝る間も惜しんでただひたすらに錬金術にのめり込んだ。工房の主人である師匠ですら呆れるほどだった。
やがて働き始めて数年が経つと、客から依頼された仕事のほとんどは俺がこなすようになっていた。
師匠よりも腕が良いだなんて冗談を言うお客も沢山いた。まだ若かった俺の事を応援してくれていたのだろう。
その後、師匠が引退することになり工房を譲り受けると、今まで以上にお客はどんどん増えていった。中にはわざわざ別の町からやってきて注文をする人すらいた。
さらには店の評判を聞きつけてか、昔憧れだった魔導学院の教授だという人までやってきて魔導具やポーションの作成を依頼してくるようになった。
その際、新しい魔導具や理論について意見を求められたので、研究していた内容や成果を全て話した。
しばらくすると、俺が話したものとそっくりの理論が学院から発表され、次々に新型の魔導具が出回り始めた。
さすがは最先端の魔導学院だ。
俺と同等……いや俺以上に錬金術を研究している人間が当たり前のように存在しているんだなと感じ、これは負けていられないと思い更に研究を続けた。
それから何度か同じような出来事があった後、学院の上層部を名乗る人物達が突然店に現れ、『是非とも我が学院の学長となっていただきたい』などとからかわれたりもした。やたらとしつこかった。
そんなある日のこと。
いつも通り工房で錬金術の研究をしていたところで、ふと妙案を思いついた。
「もしも未来に行くことができれば、今よりも各段に進んだ錬金術の知識を手に入れることができるんじゃないか?」
現代における錬金術の進歩はめざましい。
きっと数百年先の未来は今では考えられないような技術で溢れているに違いない。
そして何よりも、まだ誰も知り得ない未来の錬金術というものをこの目でいち早く見たかった。
こうして俺は未来に転移するための方法を模索し始めた。
まず最初の課題として、自らの寿命を延ばす方法を研究した。このままでは研究中に寿命が尽きてしまう可能性があったからだ。
そうして研究を始めてから十数年が経った頃、伝説の霊薬と呼ばれているエリクサーを生成する過程で若返りの薬を発見し、生成することに成功した。
これにより、俺は二十歳の肉体を維持することができるようになった。
その後、素材を揃えるため店の外に出ると、出会った町の人々が立ち止まって深々と頭を下げたり拝んだりしてくるようになった。恐らく人違いだと思うので何だか申し訳なくなった。
そしてさらに月日は流れ、百歳となった今日。
ついに未来に転移するために必要な素材の作成が終わったのだった。
「ついに出来たぞ!」
赤く輝くこぶし大の石を掲げつつ、年甲斐もなく叫んでしまった。
賢者の石。
それは錬金術師達が追い求める究極の触媒である。
この石は魔力を注ぐことで怖ろしい量のエネルギーを生み出すことができる。未来への転移を可能とするためには、どうしてもそれぐらい膨大なエネルギーが必要なのだ。
俺は早速賢者の石に魔力を与え、予定していた通り錬金術の術式を起動させる。
荷物などはあまり持たず、必要最低限のポーションと魔導具、そしていくらかの金貨を腰のポーチに入れた。
未来では錬金術が更に発展して魔物は残らず駆逐されているだろうし、食べ物に困らないような世界へと変わっているはずだからだ。
起動する術式は時間移動。
向かう先は今から三百年後の未来。
やがて賢者の石の輝きが増し、工房の中をまばゆい光が包んでいく。
「さあ行こう! 未来へ!」
俺は未来の世界を頭の中で描きながら、ゆっくりと目を閉じたのだった。