決意した日
私がこの城へ来てから1週間が経った。
どうやらここは魔王の城らしく、そもそも私のいた世界とは別の世界だという。魔法やら魔族やらファンタジーのものが存在する異世界らしい。
城での生活は今までとかけ離れたものがあり、例えば朝の食事。一番最初に出されたのはゲテモノかと思えるようなグロめの食べ物だった。食べたら死ぬんじゃないかと思ったが、これまた意外で普通に美味しかった。
他にも、城を徘徊するドラゴンや首なし騎士。時々、馬鹿みたいに大きい鬼みたいなのもいるのだが、最近は少し見慣れ始めた。
私は人間ながらも、魔王様から直々に住まわせてもらっているということで、私が魔族に話しかけると、コミカルに返事をしてくれた。元の世界に絶望していた私は?それだけで既にすごい幸せだったのだ。
そして1週間目の朝、私が目を覚ますとベッドのそばにアヴリアさんが立っていた。真剣な顔をしていて、少し焦りが見られるようだった。
「サツキ、魔王様から直接話があるそうです。付いてきてください」
「魔王様から…?」
それを聞いた私は少し不安になりながらも、すぐに支度を整えアヴリアと共に部屋を出た。
長い廊下を渡っているとあることに気づく。いつもならいるはずの首なし騎士やドラゴンがいないのだ。どこへ行ったのだろうと、疑問に思っているとすぐに玉座の目の前まで着いてしまった。
「では入りますよ」
私はコクリと頷いた。何があるかは分からないが、これだけは言えた。今はあるままに受け入れよう、と。
扉を開けると、中には城中の魔族が集められていて、中には見たことのない魔族までいた。アヴリアがゆっくりと扉を閉め、私を連れて中へ進んでいく。
玉座の前に立っていたのは、正真正銘の魔王様だ。
「やっと揃ったな。では話を始める」
玉座の間にいる魔族達はただ静かに、魔王様が話し始めるのを待っていた。一つの動きも見せず、ただ魔王様への忠誠に従って動いているのだ。
「人間共がついに動き出した。奴らは今回は過去最大規模の異世界召喚を行い、その召喚数は約1000と見ている」
今まで冷静沈着な表情だったアヴリアさんの眉が僅かに歪んだのを見た。他も同じで、魔物達も強張った雰囲気を出している。
魔王様は力強く、威厳を保ち話を続ける。
「召喚されたほとんどが若く、力強い魔力を秘めた者たちだ。中には勇者、賢者クラスの者が既に何名も確認出来ている。そして奴らはーー俺が召喚した人間と同じ場所に所属していた者らだという情報も入った」
「……え?」
辺りがざわつき、一気に視線がこちらへ集まった。目がない魔族もいるが、確実にこちらに意識を向けているのは分かった。
それよりも、今聞こえた魔王様の言葉の方が信じられなかった。同じ場所に所属していた者ら、つまりはレイナやユミ、それだけでなくあの学校の人たちは全員、この世界に連れて来こられているということになる。しかも、私の敵としてだ。
私はまた戻ってきた現実に恐怖を思い出し、体が震え始めたのを感じ取った。なぜ、いつまでも私を苦しめてくるのか、全くもって、理解できなかった。
そして呼吸がだんだん荒くなり始めーー
「しっかりしろ人間ーーいや、二宮サツキよ!」
「っ!」
恐怖に支配されていた私は、魔王様の怒声で我に帰った。彼は怒ってはいなかったが、その瞳は何か熱いものを感じさせるようだった。
そして魔王様は力強く威厳に満ちてこう言い放つ。
「人間と魔物、今まで相容れない存在だった。だが、貴様の存在で我らは心を通わすことが可能だと証明された。俺は無駄な争いは望まない。上手くいけば人間と共存する道を探ることも出来るはずだ!……我らとそれを実現するために共に戦ってはくれないか?」
魔王様はそう宣言した。出来るなら、人間と戦争などしたくない、と。さらには共存するために手を貸してほしいと、敵対すべきはずの人間にそう頼んだのだ。
ーー全く、魔王らしくない魔王ね。
少し呆れながら私はそう思いつつ、アヴリアさんの方に視線を向けた。アヴリアさんは、ニコっと笑って見せた。「心配しないで」と言いたかったのだろう。
私は魔王様の方に視線を転じ、魔王様に負けずと力強くこう返した。拳をグッと握り締め、その瞳は決意で満ちていた。
何があるかは分からない。人間が共存に応じてくれるかは分からない。でも、もう一度だけ信じたかったのだ。何かを『信じる』ということを。
「任せてください。きっと人間と魔族が共存する道を必ずや切り開いて見せましょう」
私がそう宣言すると、魔王様は不気味にニヤっと笑った。きっと悪巧みをしているわけでもなく、普通にそういう笑い方の人だったのだろう。
魔王様は玉座にゆっくりと腰かけると、指で魔法を詠唱し始める。そこから何やら紋章の様なものが浮かび上がり、それは形になった。
「これが貴様の魔王軍の紋章だ。これは魔王軍であることを意味するものだ、受け取れ」
魔王様から投げられた紋章を私はしっかり受け取り、それをじっくり見た。それは紫色に美しく輝く綺麗な紋章だった。
私は嬉しかった。初めて私に仲間が出来た気がしたからだ。
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ーー後に私は知ることになる。分かり合うという愚かと、現実という名が含む残酷さを。
ハルザードの丘の上に立ち、黒いローブを纏い人間の世界を見下げて私は憎悪に満ちた声でこう呟いた。
「必ず消し去ってやる」
次にその場所に意識を向ければ、もうそこには私はいなかった。