プロローグ
人間とは愚かな生き物だ。
自分を守るためなら平気で人を蹴り落とし、這いつくばって自分の立ち位置を守ろうとする。そこに正義など存在せず、あるのはただ残酷な世界だけ。
私は何があろうと決して他人を蹴り落としたり蔑んだりはしなかった。そう、立ち位置を蹴り落とされても私は笑顔で振る舞った。なぜなら憎しみを憎しみで返してはいけないからだ。
だが、それが間違いだった。
私はいつも一人。昔は友達もいたが、私の学校での立ち位置が怪しくなれば、自然に私から離れていった。
最近では私のありもしない悪い噂が広まるようになっていた。嫌われ者のターゲットは私で決まったようだ。
「サツキさ〜ん。今日もぼっち?」
そう言ってきたのは、昔は仲が良かったクラスメイトのレイナだ。私が嫌われてると知るなり、急に私のことを蔑むようになった。
もちろん言い返したかったが、言い返すことはなかった。ただ、私は苦笑いを見せてこう返した。
「あはは、今日も一人みたい」
そう言って私はササっとその場を離れようとしたが、タイミングが悪かった。逃げるためにクラスの扉を開けると、目の前にはいじめの元凶である佐藤ユミがいたのだ。
ユミは目の前にいる私のことを蛇のような眼光で睨み、そして私にこう言う。
「どいてくれない?お前のような邪魔者は私の前からさっさと消えなさいよ」
そう言って私を押し除け、クラスに入っていった。もちろんクラス全員から冷たい視線が刺さる。
誰に向けられたものか、決まっている。ユミではなく私に向けてだ。すなわち、邪魔者はどこかへ消えろ、と。
私は「あはは…」と作り笑いを見せ、今にも涙が出そうな目を我慢させ、その場から離れた。
廊下に出ても、ほかのクラスからも「うわサツキだ、目合わせない方がいいよ」とか、「こっち見るなよ」という小声が聞こえて胸が苦しくなった。
私は走って屋上まで行って、そのまま飛び降りようかと思った。だが手すりに手をかけた瞬間、恐怖で死ぬことすら拒んでしまう。
「ああ、死ぬ勇気があれば…」
私はそう呟いた。
私の家族は皆、一流の学校に進学していて成績も優秀だった。なのに私は成績もそこまで高くない高校にしか進学できず、家族からは「出来損ない」のレッテルを貼られていた。
学校でも自信が持てず、何を言われようとも笑って返し、生きる希望を持てずただいじめの恐怖に耐える日々。
絶望の淵に立たされている私は、ふとこんなことを思った。
ーー私のような者が生きてていいのだろうか
それは冗談ではなく、本気でそう思った。このまま死のうと手すりに足をかける。きっとこの時の私は楽になりたかったのだろう。
だが、運命というのはいつでも不思議なものだった。
「もういい、時間がない!あいつでいいから連れていくぞ!」
そう聞こえたのは後ろからではない。横も前も進めば待っているのは死だ。そんな場所に人がいるはずがない。
ーーではどこからか
答えは簡単だった。上を向けば2匹の見たこともないような生物が私の周りを飛び交っていた。紫色で人型をしていて、ツノが2本生えている謎の生物だ。
私は死ぬ前に幻覚を見ているのか、それとも正気を失ったのか、何がどうなっているのか分からず、ただそれをジッと見ていた。
……ォォォォオオオオオ!!
しばらくそれを見ているなり、今度は学校全体が白く光り出すのが見えた。屋上なので、学校の敷地内全体が白く光るのが良く見えた。
やはり死ぬ前に正気でも失ったのかと思うと気が楽になり、私はそのまま屋上からスッと飛び降りた。
「おい!あの人間自殺する気か!」
飛び降りる直前、紫色の謎の生物が何かを叫んでいるのを聞いた気がしたが、今の私には関係ないことだ。
ただ楽に死を迎えられればいい。まだこの頃はそう思っていた。
復讐と憎しみの甘味さ。自分を解き放つことがこれほど素晴らしいものだったということをこの時の私はまだ知らない。
そして唯一、人間に敵対する人族となる私がどのような物語を繰り広げるのか。それはまだ先のお話。