月光下のスキューバダイビング
ごきげんよう皆さん、良い月夜ですね。
そして新発見です。スキューバダイビングはヒーリングスポーツでした。
「(っか、かわいい…!)」
海の中は、私の貧相な想像を遥かに上回る幻想的な風景が広がっていた。
まさに神秘的な海の森。空気じゃなくて澄んだ海水で、空は水面で、森のように見えるのは海草や苔や珊瑚礁。ここが地球じゃない異世界だということを思い出した。岩なんかは古代遺跡に見える。
だけどそれ以上に、可愛い。
あぁこの語彙力のなさよ。
《およめさまー?》
《およめさまー?》
《およめさまが、きたよー》
ふよふよぽよぽよ、目と鼻の先にいる小さな生き物はなにかしら…ううん、なんでも良い、このぷっくりころんとしたぬいぐるみマスコットみたいなのに触りたい、頬ずりしたい…!
もう、なんで息が出来るのとか傷に海水沁みてないのとかどうでも良いわ…。なにここ天国。
《ここ、うみー》
《そらじゃ、ないー》
《およめさま、そらに、いかないでー》
水族館のお土産屋さんのぬいぐるみコーナーは神だと思うそこのあなた、同志です。
そう、それよ。そこによく売ってる、てのひらサイズのぬいぐるみマスコット。あれよあれ。イルカとか、カメとか、アザラシとか!目が合ったらお持ち帰りしたくなるあれは、絶対に魔法!
それが、すぐ目の前にあるのよ…?ほんとにちっちゃなイルカとかカメとかアザラシなの。声出たら絶対に変な声出したわ…。
ふよん、ぽよん、って顔にぶつかってくるんだけど、この子達はそんなに私を萌え死なせたいのかしら…。
《ぼくたち、あかちゃんー》
《かいじゅうの、たまごー》
だそうです皆さん。だから、おたまじゃくしみたいに透明な水泡の中にいるのね。
ところで、かいじゅう、って怪獣?この可愛い子達が怪獣になるのは…あら?可愛い怪獣しか想像出来ないわ。うん、ありね。
「怪獣じゃなくて海獣だ」
「(ナミルさん、ここ、なに…!?)」
「やっぱり気に入ったか」
昼間からしょっちゅう寝てると、真夜中に目が醒めるのね。それで起きて部屋の中をボーッと眺めてたら、ナミルさんが「気晴らしに行くか?」って。
離宮の敷地の端っこで待ってたのは、外の見回りの時に乗っているというユニコーンだった。水を浄化してくれる生き物って、いつか本で読んだことがあるけど、これも本当にいたのね。
で、乗せてもらったら、たてがみがフワッフワなのよ。バランス取れなくてうっかり顔から突っ込んだ時の至福って言ったらないわ…。
そのまま寝そうになったら、小さな翼がパタパタ動いて、起きて起きてってしてくるの。もう、この世界はどこまで可愛いのかしら…と思っていた時期もあったわね。可愛いに限界は、ない…!
月明かりに穏やかに揺れる海原まで出てくるなり、いきなりポーイと投げられたのはちょっとビックリしたけど、ザッブーンって沈んだ直後からそんなビックリどっか行ってしまった。
「好きに動いて良いぞ」
「(え?)」
「お前がこっちに行きたい、そっちに行きたい、と思えば動ける。そら、試しにイメージしてみろ、得意だろう?」
どういうこと?
《およめさまー》
《こっちで、あそぼー》
はい喜んで。
そう思ったら、海水がゆらりと動いた。私自身はどこも動かしていないし動いていないけど、行きたいと思った方向に身体がふわっと回転して、ゆらっと海水が運んでくれた。
「(わ、わぁ…!)」
「面白いだろう」
調子に乗って宙返りをイメージしたら、本当に出来た。
な、なにこれ、たのしい…!
無重力だから、どこも痛くないし、本当は自分で動いてるわけじゃないけど、動いてるみたいな錯覚にテンションが上がった。
《くすくす…お嫁さまったら、楽しそう》
《意外とお転婆なのかしら?》
《ねぇ、わたしたちとも、遊びましょ?》
妖精?精霊?わからないけど、こっちの子達はなんだかマリモみたい。マリモ。
イタズラするようにじゃれつかれてわかった。もこってしてる。もこって。ふわもこ。え、ズルい、もこもこしたい。
「おいお前ら、なに勝手に勘違いしてるんだ、ったく…ジャンヌ、ちっこいやつらばかりじゃなくて、こいつらにも構ってやれ」
え?と思って振り返ったら、イメージが少し間違ったのかしら?くるんと変な方向に宙返りして、どこかに着地した。
…。
…え、なにこれ、低反発ベッド?
「そいつは海竜だ」
神秘的な青い鱗は、まさかの低反発仕様でした。
どうやら、海竜さん?の頭の上。すごい、月下美人さんだ。海の王者って感じ…これは、あまり触ったら失礼かしら?なんかそこに、大きなフサフサのケモ耳があるのだけど…。
それにしても、鱗ってガチガチに固いものだと思っていたけど、もしかしたら弾力性がある方が強いのかしら。
《大きいものは、お好みではないかい》
「(へ?)」
《ごきげんよう、お嬢さん。この身体はアナタの手には収まらないが、可愛がってくれると嬉しいね》
その瞬間、私の心臓にとすっと何かがクリティカルヒットした。
だって、こんなにゴツい見た目なのに、耳を垂らして寂しそうに苦笑するとか…反則技にもほどがない!?
「(み、耳…)」
《うん?》
((お耳、触って良いですか)」
《あぁ、良いよ》
許可が降りれば怖いものはない。ふわっと浮いて耳元に着地して感触を堪能していると、くすぐったいよ、と笑ってくれた。水に濡れてるからか、ふわモフじゃなくて、さらモフだ。これはこれで離れ難いわ…。
大きいものはイヤ?とんでもない、水族館のぬいぐるみコーナーにある大きなぬいぐるみを、買い占めたいと何回思ったことか…!流石に海竜さんほど大きなものはなかったけど、両腕に収まりきらないのにぎゅーって抱きつくのは全乙女共通の、夢!
《およめさま、これ、あげるー》
《ぷれぜんとー》
《およめさま、きたときのために、みんなでつくったー》
あら、見苦しい身体が綺麗に隠れたわ。
着せてくれたのは、海の精霊が着ているようなイメージの衣装。こんなゾンビが着るのが申し訳ないほどね…自分では脱げないのだけど。いいのかしら?
「ジャンヌ、こっちに来い」
ナミルさんに呼ばれたので、後ろ髪を引かれつつふわっと移動する。みんなもついてくる。…っく、可愛すぎるわ。
「生まれるぞ」
何が?と思った瞬間、シャボン玉みたいにぷくぷくと珊瑚礁から泡が出てきて、ポンっと弾けた。そのうちのひとつをナミルさんが捕まえて、見せてくる。
「これがペルラの魔法石、真珠だ。原石の水晶の成分を、珊瑚礁や貝が取り込んで生み出す。だが、こいつはすぐに溶ける。水に溶けた成分が改めて海底の地中に蓄積されて、それを砂金みたいに採取して精製したものを人間が使ってるわけだな」
魔法石の生まれ方まで可愛いってどういうことなの…。
その通り、じぃっと見つめていると、ナミルさんの手のひらにあったのは飴玉みたいに海水に溶け込んでいった。周りを見ると、みんな一粒ずつ、持っている。
《わーい、いただきまーす》
「ま、こいつらはこれを直接食べるんだが」
《あら、久し振りに上等なお味》
《お嫁さまのお陰かしら》
ハムスターが両手に食べ物持ってる姿って萌えるよね。あれです皆さん。
ナミルさんの自慢の海は、とにかく可愛いに満ち溢れていた。
《お嫁さま、かわいそうね》
《聖女だから、ダイヤモンドを得るために、焼かれてしまったのね》
《でも、蛇王が助けたから、もう大丈夫ね》
時々シリアスな雰囲気がぽんと出てきますが、この物語は基本的にほのぼのです。