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まさかの和菓子

今食べるなら、皆さんはどの和菓子が良いですか?

 悪役令嬢演じるなんてバカなことして、火あぶりになりかけて、半死状態で敵国?に連れてこられて、一体何日経ったのかしら…。


 だってね、私がやってることっていったら、人間ダメになるベッドのお母さんグリフォンに寝そべりながら、シエルのヒーリングボイス聞いてアイマスクして貰って、モフ可愛いきなこにしっとり侍られながらお水飲んだり果物食べたり、モフ格好良いしぐれにちょっと怒られながら甲斐甲斐しくお世話されて、朝晩の強制エステフルコースを受けてるだけ。あぁ、自分で言ってて自分のグータラぶりに凹むわ…。


 こんな感じだから、時間感覚なんてありませんが何か?


 ナミルさんは、敵国の王子様、っていうポジションだけど、シリアスな空気なんてないし…むしろ、私達のこと面白そうに眺めて、時々爆笑してるもの。笑いのツボ豊かだなぁ、って思ってたら、別に何もないのに何故か爆笑してしまったりして、案外お茶目な人なのかもしれない。


「みやこさま、おかげんは、いかがですか…?」

「(うん、気持ち良いよ)」

「よぅございましたわ…」


 ごめんね、こんなバッサバサの焼け焦げた髪なんかブラッシングさせて。

 こんなチリチリのボサボサ髪の毛、いくら梳かしたって綺麗になんかならないのに、丁寧に丁寧に梳かしてくれる。なんて出来た子なの…。本当、ウチの子が可愛すぎて辛い。尊い。


「…っ、みやこさま、わたくし、もっともっと、誠心誠意込めて、お仕え致しますわ…」

「(へ?きなこ、いきなりどうしたの…?)」

「なんでもありませんわ…あぁもう、本当に、心臓に悪ぅございます……」


 え?心臓?きなこ、心臓悪いの?あれ、でも、ふわモフな尻尾がパフパフ揺れてる音するし…聞き間違えかな?そうよね。きなこが心臓病とかだったら私、泣くよ?だからきっと長生きしてね。あわよくば恋人と幸せになってるところとか見たいなぁ。


 きなこの毛並みは、きっと前世と同じように、触ったら気持ち良いんだろうなぁ。あ、今は獣人だから、触るなら髪の毛かケモ耳かな?っく、せめて片手だけでも動かせたら、ちょっと触らせてくれないか頼めるのに…!


「みやこさま…みやこさま、お手がよぅなりましたら、わたくしのことをまた、撫でて頂けますか…?わたくしは、みやこさまのお手が、一等好きでございます…」

「(え、ほんと?良いの?触って良い…?)」

「嬉しゅうございます…」

「(ありがとう…!)」


 そりゃ、嫌われてるなんて思ってなかったし、懐いて好きでいてくれてると思ってたわよ?でも、こうやって、改めて言葉で伝えられると、ぐっとくるものがあると思わない…?見て、ウチの子が世界で一番可愛い。


「そんなことをする暇があるなら、アンタは治療に専念しろ、ったく…」

「しぐれ、嫉妬は、見苦しいですわ…」

「誰が嫉妬だ、誰が!」


 しぐれがどこからか帰ってきた。と言っても、別にここが家というわけではないようなのだけど…。そういえば、ナミルさんとはどういう関係なのだろう…?

 この口が動けたら、彼ともいっぱい、お喋りしたいなぁ…。して、くれたら良いな。


「(おかえり、しぐれ)」


 ううん、今日も相変わらず格好良いよね。潰れてしまっている目のことを思うと複雑だけど、隻眼がなんだか男前って感じ。もし黒い眼帯でもつけたら…うん、絶対似合う。モテる。やっぱりウチの子可愛い尊い。萌える。


「………ッチ…!」

「(ふぁ!?)」


 あれ、なんで、舌打ち!?どうしたのしぐれ、音、凄く大きかったけど…あ、もしかして私、舐め回すように見ちゃってたかしら…?それとも、デレッデレに緩みまくってる心の中を悟られた…?どっちでも気持ち悪いよね。自重、は…出来る自信は、ないなぁ…。


「もういい、これでも食って黙ってろ!」


 そう言いながら、しぐれは私の目の前に、どんと何かを置いた。

 平べったい箱…甘い、匂い?それに、箱を彩ってる模様って、なんだか千代紙っぽいような…。


「(わ、ぁ…!)」


 しぐれがパカっと箱を開ける。

 なんと、和菓子だった。


「きな粉餅はなかった。わらび餅で我慢しろ」

「(っこ、こここここここれっ…!?)…っつ…」

「だから動くなと言っただろうが!」


 思わず飛び起きそうになって、でも身体は僅かに動いただけ。それでも火傷が引き攣った。だけど、そんなこと気にしてる場合じゃ、ない…!


 ほんわかほっこり、しぐれ饅頭。

 ぷるっぷるの、きな粉わらび餅。

 しっとり半透明な、羊羹。

 ふっくら優しい、どら焼き。


 どれもこれも、昔から大好きなもの。


「あの双子、絶対に日本の転生者か転移者だ。そもそも、水や材料仕入れてるジュパン領地が日本人が起源みたいだしな」


 しぐれが気になる言葉のオンパレードしてるけど、私はここに来て初めて、彼らのモフモフ快感を一瞬でも忘れた。すぐに思い出したけれど。


『わがし〜?シエル、わかんないけど、ジャンヌ、元気になって嬉しい〜』

「さぁ、みやこさま、お口を…きな粉がたっぷりかかった、わらび餅でございます…みやこさまは、これがとても、お好きだったでしょう…?」

「こっちの方が足が早い。饅頭から食え」


 私の口は、ひとつしか、ないのよ二人とも…?しかも今は、ロクに口、開けないし…あぁ、思いっきりかぶりつきたい…!


 前世で、行きつけの和菓子屋さんがあった。

 雑誌に載ったりするような有名なお店ではなかったけど、祖父母が気に入っていて、私も大好きだった。細々と作ってた、ころんと可愛い、ほっこりする上生菓子は月一のご褒美。和菓子職人さんって、人を癒す天才よね。

 お行儀悪いとは思っても、お餅やあんこが口の中いっぱいに詰まってる感覚が幸せで、多忙の仕事の帰りに買って帰って、こっそり頬張ってたっけ。あ、違う、きなことしぐれには見られてたわ。


「なんだなんだ?なんの宴会だ?」

「(和菓子です!ナミルさんも、是非!食べて下さい!)」

「おぉ?えらく元気だな?」


 お仕事帰りのナミルさんに、ずずいと勧めた。どこも動けないから、せめて気持ちだけでも精一杯。

 不思議そうに眺めて、ひと口食べて、やっぱり不思議そうにもぐもぐしていたナミルさんだけど、「悪くないな」と笑ってくれてホッとした。




「あぁ、みやこさま、おいたわしい……」


 フェンリルが持って帰ってきた菓子を、実際にはひとつ分の量も食べてはいないが、食べて満たされたのか眠った彼女の顔の火傷に、獣人の少女が涙ぐみながらそっと触れた。

 フェンリルはと言えば、相変わらず不機嫌だ。形が残っているのが奇跡的なほどの両脚を、睨むようにしている。その瞳に宿るのは、彼女にこんな目に遭わせた連中への殺意だ。


「おいナミル、こいつのことは」

「言うわけないだろう。俺も、面倒ごとは御免だ」

「ならいい」


 “喜怒哀楽を忘れた、屍のようなあわれな娘”

 もし世間が今の彼女を見たならば、そう言うだろう。


 彼女自身、どこまで自覚があるのかわからないが、見るも無残な身体以上に、虚ろな瞳はいっそゾンビよりも酷い有様だ。当然だ、身体を燃やされるという想像を絶する体験をしたのだから。


 ところが、一方で不思議と、彼女の心は非常に感情豊かに溢れている。


 どうしたことか、俺たちはそんな彼女の豊かな心の声が聞こえる。

 おそらく、誰でも聞こえるわけではない。俺の場合は、一応これでも人間だが、『蛇眼』によりほぼ人外に足を突っ込んでるからだろうが…。

 彼女は、心で会話出来ることには早々に気づいて順応しているが、会話しようと思っていない他の心の声も全部、こちらにダダ漏れなことには気づいていないに違いない。

 それをわかっていて、俺達は彼女にそのことを知らせるつもりはなかった。言ったところでどうしようもない。ならば、下手に教えない方が得策だ。自分の思っていること全てが筒抜けだと知って、狼狽えない者はいないだろう。余計な負担はかけない方がいい。少なくとも、今は。


 “屍のような娘”ではあるが、心まであの炎で燃やされたわけではないらしい彼女を、だから不思議と、あわれだとは思わない。悪役令嬢を引き受けるとんだバカだとは思うが。


 前世の縁があるにしても、フェンリルにまで好かれたり、子供の方はともかく母親のグリフォンにも最初から気に入られたり…なかなかどうして、この娘は見所のある素質を持っているように思えてならない。


 だが、この娘の存在を、外の連中に教えるつもりは毛頭ない。特に王宮には。


 俺がこの娘を拾ったのは、グリフォン自ら助けを乞うてきたというのもあるがー理不尽なこの世界に傷ついているフェンリル達と、同じように見えたからというのもある。

 これは、あわれみではない。

 ただ、届くならばこの手を伸ばしてみたって良いだろうと、割と昔からなんとなく、思ってきただけだ。


「お前たち、勘違いするなよ。この娘は素質があるというだけで、『聖女』ではない。本人がそうと自覚し、名乗らない限りは違う。周りが勝手に騒ぎ立てて、一度のみならず、二度までも傷つくのを見たくはないだろう?」


 そう、ただ静かな海を守りたい。

 考えていることは、それだけだ。

私は今日は、ほっこりほこほこ酒饅頭を食べたいです。

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