必殺介護人、一名追加
ブクマ、ご感想、ありがとうございます╰(*´︶`*)╯
さぁ、癒されて明日も仕事頑張りましょう。
「アンタ、バカじゃないのか」
私の事情を聞いた彼の第一声は、はい、予想通りでございました。
「悪役令嬢?火あぶり?それはどこのジャンヌだ?お前はドMの気でもあったのか?」
お聞きの通り、けちょんけちょんのボロクソです。仁王立ちになっている彼は、いわゆる、激おこというやつです。その目、瞳孔がかっ開いてない…?こう、くわっと。
「その頭は飾りか?自分のスペックをよく考えて行動しろ。こっちの身が持たない。なんで前世以上に酷くなってるんだこの行き遅れは…」
「驚いた、まさかコイツとも知り合いか」
「(知り合い、というか…)」
「フェンリルは気難しいんだ。そもそも、滅多に人間とは関わろうとしない。心配なんてもってのほかなんだがな…」
「心配ではない…!」
「(フェンリル…)」
「これでも、霊獣の一種なのです…。今は人の姿をしておりますが、わたくしのような獣人とは違い、本来の姿は巨大な狼のようなもので…ただ、その凶暴な姿から、怪物と言われる方が多いかもしれませんが…」
巨大な、狼…?
ううん、わからない。狼なんて、前世でも見たことなかったもの。犬のご先祖さまっていうウンチクだけは知っているけど…。
「(え、っと…しぐれ?その左目、今度はどうしたの…?)」
「アンタは他人を気にするよりまず自分を気にしろ!」
「(あっはい)」
「やっぱり心配してるじゃないか」
「仕方ないですわ…しぐれは、前世でもツンデレでしたから…」
彼ーしぐれも前世繋がりだとわかったのは、潰れてしまっている左目の裂傷を見たからだ。
しぐれは、祖父母が亡くなって、相続などの手続きが終わって漸く引っ越した時には、もう庭に住み着いていた野良犬だった。
そりゃぁ、威嚇するわよね。祖父母の孫でも、彼にとっては余所者。自分の方が先にいたのだから。
祖父母は、別に彼を飼っていたわけではなかったみたいだった。野鳥や昆虫と同じような感じだったのかもしれない。
出来るだけ、彼のテリトリーを無闇に荒らさないようにした。同居人というより、隣人同士、みたいな。申し訳ないけど、私もあの家を手放すつもりはなかったから。
しぐれの左目は潰れていた。
事故なのか、手術傷なのか、故意的な傷なのか…。
その裂傷が、しぐれ饅頭みたいで、そのうち無意識に名前を決めていた。時々、うっかり口に出したら、なに勝手に呼んでんだコノヤロウ、みたいに睨まれてしまったけど。
はい、そうなんです、私は和菓子をこよなく愛しているのです。
だって、なんだかほっこりしない…?それで、モフ可愛いコにほっこりする名前つけたら、もっと最高だもの。名付けにその人の趣味がよく表れるって、よく言ったものね。
「(ツン…?)」
「なんだそれは」
ナミルさんが首を傾げる。私も傾げる。痛んで顔が引き攣った。しぐれが更に青筋を立てた。ピキ、って。
「石になれ」
「(はい…?)」
「悪役令嬢演じる度胸があるんだろう。だったら物言わぬ動かぬ石にだってなれるだろう。簡単だろう。アンタは何もするな動くなやろうとするな今から石になる。いいか」
「(え、あの、なん)」
「返事」
「(あっはい)」
あのぅ、ナミルさん、そこで爆笑こらえてないで、ギラギラ戦闘モードの彼をどうにかしていただけませんか…?
「みやこさまが、縁側でわたくしとお昼寝をしている時など、よく、こっそり近づいてきて、隣で寝ておりましたもの…」
「そんなことはしていない」
「していましたわ、わたくし、しっかり見てましたもの…みやこさまは、ご自分の財産と引き換えに、あの家を取り潰さぬよう尽力して下さったり、本当にもう、あの頃から無茶ばかり…見ていて、放って置けませんもの……」
どうやら、私は彼に完全に嫌われていたわけではなかったよう。
でも、それに喜ぶ暇なんて与えて貰えなかった。
ただ今、強制エステを受けています。一体どういうことなのかしら…。
「ナミルのやつが聖水と聖油を持ってこいと言うから、何かと思えば…おい、きなこ、塗り方がなっていない」
「あなたに言われたくないですわ…みやこさまのことは、わたくしのほうがよく、存じておりますもの…」
きなことしぐれ、二人に同時に、全身に良い匂いのする香油を塗りたくられている。それはもう、絶妙な力加減で。
火傷に油、というのは、おばあちゃんの知恵袋みたいなものなのだろうけれど…。
あの、ね?二人とも、とりあえず存在自体が私にとって癒しなんだから、わざわざ競い合ってテクニシャンにならなくて良いのよ…?高級サロンでも、エステシャンを二人もつけられるって、なかなかないと思うのよ。
『ジャンヌ、眠い〜?寝ちゃう〜?寝ちゃって、良いよ〜。シエルも一緒に、お昼寝〜』
そしてこの、サウンドヒーリングとモフモフアイマスクよ…?寝ない方が、おかしくない…?
もう、裸見られてるとか、どうでも良いわ……。特に両脚の感覚なんて全くないけど、私の全方位を包むモフ可愛い癒しオーラが、傷口からガンガン入ってきてるもの。
「みやこさま、何か、食べたいものは、ございますか…?」
美味しいきな粉餅と、しぐれ饅頭かしら。
うとうと夢の中に引きずり込まれながら、私はこの世界で初めて、美味しい何かを食べたいと思った。
和菓子食べたい。