厳島神社なう
「(なう)」
「なうってなんだ」
あら心の呟きが漏れちゃったわ。
いやでも、ねぇ?
「神楽坂殿の気持ちはわかる。たまげたな」
「これは…凄いですね」
目の前にはドーンと大きな朱色の鳥居。奥にはなみなみと澄んだ水が一面に広がってて、その中に御殿が建てられてる。
「(正直写真でしか本物見たことないけど、ここ本当に異世界…?)」
「俺と深月はじいさまとばあさまに連れられて一度見たことがある。が、ここまで再現性高いと疑うな」
「なんだなんだ、ニホンに同じようなのがあったのか?」
「(そうなんですよ。うわぁ…って、ここからどうすれば良いんですかね?」
ナミルさんなら転移魔法で御殿の中に行けそう…と、言いたいところだけど「そのつもりだったんだが、独特の結界を感じたから遠慮した」らしく今ココ状態。神社ってあれだよね、大して信心深くなくても鳥居潜らないと祟られる気がするもんね。手順って大事。
「(あ、小舟)」
皆んな驚いたり眺めたり顔を見合わせていると、奥からスススと小舟が滑らかに私達のところまでやってきた。…無人だけどホラーじゃないと信じるわよ。
「(ゾンビが入って良いのかなぁ)」
「みやこさまは、ゾンビなどではありませんわ……」
「あっちから呼んだんだろう。ウジウジするな」
ウジウジっていうか、おったまげてるだけなんだけどね。ありがとうきなこ、しぐれ。今日も相変わらず良い子。
「(あ、鯉)」
「珍しい花も浮かんでるな」
「(蓮じゃないですか?)」
「別名、水芙蓉だな」
「(さすが和月君)」
「あの鳥はなんだ?」
「(なんで鶴!?)」
「凄い光景ですわ……」
「ほぉ、随分と優雅に飛ぶ。しかも親子か」
鳥居を潜ると明らかに空気が違った。散々人外人外って自称してて超次元なことに慣れっこだろうに、ナミルさん興味津々。キョロキョロ見回してるの小学生の子供みたいで可愛いわ。それか生まれたてのひよこね。ひよこ。ひよこ饅頭だし……あら、一気に渋面になったけどどうしたのかしら。
「よぅ来たの」
夢中になっていた私達がハッと顔を上げると、小舟は御殿に到着していた。階段の上にいるのは…はい、どう見てもここの主人です。
その人は私達を見下ろして、口元を袖で隠しながら猫のように目を細めた。
「ふむ、なかなかの取り合わせじゃが、よいよい。どれ、もてなしてやろう」
…ついて来いということかしら?
「(ふおぉぉぉ……)」
案内されたのは、平安時代の絵巻に描かれているような、やんごとなきお姫様が住むような奥座敷。神々しすぎて変な声が出たわ……。但し御簾は堂々と開けられていて、一段上がったそこに座ったその人は十二単衣じゃなくて巫女装束。
「我はこの月詠神社の巫、アスカじゃ。想定していたより数は多いが、まぁよい。どれ、まずはそこな二人から名を聞こうか」
年齢不詳すぎる。喋り方も独特だし、レイさんや王妃さまとはまた違うオーラだわ。それこそ日本独特の、あやし、っていう表現がぴったりな感じの。人間じゃありませんとか言われてもぶっちゃけ驚かない。
ここはサフィール王国のジュパン領。私達の元に手紙…招待状っぽいものが届いたのは数日前のことだ。
要約すると「遊びに来い」っていうことだけど、知人でも友人でもないのに、ねぇ?どういうこと?って思ってたら和月君と深月ちゃんのところにも似たような手紙が届いていた。
前に干し柿や水飴を届けてくれた人。神社とかぶっちゃけ気になるワードのオンパレードで興味はあった。だからまぁ、来いと言うなら行くかと。和月君と深月ちゃんとしては、いつも領地の人達にお世話になってるお礼のつもりらしく、とにかく一緒に来たわけです。
「お初にお目にかかる。俺は大神和月、こちらは妹の深月だ」
「大神深月と申します」
「ジュパン領の方々には日々世話になっている。ご挨拶が遅れて申し訳ない。領主とはまた別の立場であらせられるようだが、この領地の要であると聞く。こちらは心ばかりの品だが、納めていただけると有り難い」
見て、二人のこの違和感のなさ。堂々っぷり。そりゃ大和男児と大和撫子だもんね。しかも礼装代わりに今日は袴姿だし。なにこれ凛々しい。惚れるわ。それに比べて海組(命名)のこの浮きまくりったらないわね。
「ふむ、これが噂のワガシというものか」
「ご所望の通り、月と蓮を意匠にしたものを拵えた」
そうそう、二人の手紙にはどうやら、予めご要望が書かれてあったみたいなのね。ジュパン領がどれくらい広いのかわからないけど、もうかなり有名になってるのかしら。
「おぬしがナミルか。邪王の話はかねがね聞いてはおったが、こうして見るとなんじゃ、蛇と言うよりひよこがヤンチャして日に焼けたようじゃの」
「っぶふぉッぷ…っ、ゲホゲホっけほッ…!」
「みやこさま、お気を確かに……」
「おお、息災か?」
息災じゃないです。
きなこに背中を摩られながら、気になって頑張って首を動かして見ると案の定、すっごい嫌そうな顔してるわこの人。
「…言うに事欠いて随分なことだ」
「褒め言葉ぞ?十五でやさぐれて人間をやめて母子仲を百十九年も拗らせ気まぐれに訳アリどもを拾っている引き篭りというから、どのような捻くれたツラをしておるのかと思うておったのよ」
「どこまで知っているんだ……」
よきかなよきかな、ところころ笑っている彼女は完全に遊んでるわね。ちょっと気が合いそう、なんて思ったことがバレたら拗ねられるかしら。
「そんなおぬしの、最大の拾いモノはソレのようじゃが」
あ、ここで私に振られるんですね。
「(干し柿や水飴、ご馳走さまでした。美味しかったです。えっと、ジャンヌと言います。今日は招待して頂いてありがとうございます)」
「よいよい。して、みやこと言うのは?」
「(簡単に言うと前世の名前ですね)」
「ふむ」
お茶が運ばれてきた。…あらこのお茶もしかして。
「(緑桜茶?)」
「ここの銘茶じゃ。なんじゃ、知っておるのか?)」
「(ふ)」
もご。
「(すみません…)」
「気を付けろよ?」
すかさず口を塞いできたナミルさんに感謝感謝。危ない、フォンテーヌさんって言いそうだった。なんでもトップシークレットらしくて、あの二人の名前は秘密なんだって。でもナミルさんよくわかったわね、タイミングばっちり。
「(えっと、水晶殿の聖巫女さんと精霊王さんに夢の中でご馳走になったんです)」
「聞けば聞くほど珍妙じゃのぉ、おぬし。聖巫女は息災か?我は個人的に顔見知りというわけではないが、かの者は元々、ここの領主の娘。我らとしては一層思い入れがあるのよ」
「話の腰を折るようで申し訳ないが、神楽坂殿、水晶殿や聖巫女というのはなんだ?」
和月君と深月ちゃんはまだ知らないのね。闇の大精霊さんやイェシルさんが教えてるかと思ったんだけど。あぁでも、流石にこの情報知ってるのは私くらいかしら。
「(彼女も前世が日本人なんだって。でね、実は夢の中で私がイメージすると和菓子出てきてくれるの。それでお二人にも食べて貰ってるんだ)」
「そうだったんですか。この世界の要で、世界樹まで…なんだか畏れ多いですけど」
「(本人達は結構気さくだよ?私の想念だから厳密には食べてるのとは違うみたいだけど、喜んでくれて、それで益々自慢しちゃって)」
特に彼女、食べてる姿がほんっとうに可愛い。和月君と深月ちゃんに見せてあげたいわ。
「おぬしらも日本人と言うたな。面白い縁じゃの、このジュパン領は異世界人が最初に開拓した土地で有名なんじゃが、その始祖が日本人じゃと聞いておる。ほれ」
ぽん、と空中に巻物が出てきた。それをクルクルと広げて見せられたそこには、なんと日本語。始祖の人の話や起源のことが書かれていた。
「(…武士だったっぽいね。いつの時代の人だろ、有名だったりするかな)」
「日本人名は書いてませんね…意図的に隠したんでしょうか」
「俺はやはり読めんな…」
「(拗ねないでくださいよ。音読してあげましょうか?)」
「あくまで当時のこの世界基準らしいが、相当な手練れだったようだな。ここには王国最強の自衛集団がいるらしいが、話に聞く限り特徴が新選組っぽかった。剣もカタナと言っていた」
「(えぇ…まさか日本丸ごと転移してきたの?)」
違うとわかってるけどツッコんじゃうわ。
「かの聖巫女がここに生まれた時には、既に歴史は四百年を超えておる。始祖をはじめ、これまで度々、その日本とやらに縁のある者達がこことも縁を持って何かと影響を与えていった。この神社もその名残じゃ。おぬしらに巡り合ったのも、月の導きじゃろう」
なんでも巫さん…アスカさんの曽祖母さんも、ひょんなことで日本からこの世界に来た人らしい。それこそ霊力の高い巫女さんだったんだとか。
アスカさん自身はもちろん、日本のことは知らない。幼い頃、生前の曽祖母さんから日本の話を聞いたりして、どんな世界なのだろうと興味を持っていたんだって。
「曽祖母はまこと、不思議な力を持っておっての。それは魔力とは別のモノじゃ。生憎と我にそこまでの能力はないが、物言わぬモノ達に宿った心の声とやらが聞こえたり、随分と老いた身でも神々しい空気を持っておった。当時の領主とも懇意での、政治や領地経営とは別に、領民の心の支えとしての役割を引き受けてここの巫を務めておったのじゃ」
その慣しが今も続いていて、この月詠神社はジュパン領のシンボル的存在なのだって。
「(とりあえず、食べませんか?)」
「おお、そうじゃの。ふむ、どれどれ」
やっぱり風味が逃げないうちに早く食べた方が良いもの。というか私が早く食べたい。ゾンビのくせに食い意地張りすぎ?言ってなさい。