ハーレム?いいえ、介護です
お気付きの方もいるかもしれませんが、現在執筆中の別の作品と世界観がリンクしています。
きなこは、仕事帰りに見つけた仔猫だった。
あの日は土砂降りで、ロクに前も見えない、そんな豪雨だった。踏切の音ですら掻き消されるような。それなのに、あのか細い声はどうして聞こえたのだろう。
うっかり傘を忘れて、濡れ鼠。仔猫も濡れ鼠。お互い見つめ合っていたら、バッシャァと車に飛沫をかけられて、もっと濡れた。
たぶん、特に何も考えてはいなかった。
しゃがんで、両手を差し伸べた。そこで漸く、その子の右の後ろ脚がないことに気づいた。一生懸命、近づいてくるのを待った。
後から調べて、どうやらきなこは血統持ちの種類だとわかった。買うのであればそれなりに高価だ。けれど、行方不明の届けは出ていなかった。こちらから情報を出しても、ひとつも音沙汰なかった。
おそらく、捨てられてしまったのだろう。
血統持ちでも、元の飼い主は、欠陥品はお気に召さなかったのかもしれない。
私の仕事場は保健所だった。
だから、愛玩動物で溢れて平和な社会の裏側を、毎日のように見ていた。悲しいことに、だから、予想はついた。
一緒にお風呂に入って、毛並みを整えてやると、高級な和菓子に使われるきな粉のように上品な色のコだった。
毎日なでなで、モフモフして癒された。きなこも、寝ている私の顔をよく、ふわふわモフモフしてきた。助けた、という意識はなかった。結局、死ぬまで結婚しなかった私にとって、きなこは可愛いパートナーだった。
「こいつは、難破船から脱出して必死に泳いでいたのを見つけたんだが、こんな偶然もあるものか。よほど、お前達の縁は強いらしい」
まさかの真実にはナミルさんも驚いたらしく、感心している。
「みやこさま、こちらも、美味しゅうございますよ…」
そして私は、更にダメ人間になっていた。もう、心の声が聞こえてるらしいことへのツッコミは放棄してしまっている。
「(きなこ、あの、ここまでしなくても…)」
「ダメでございます。みやこさまは、決して、動かれませんよう…お口を、お開けください…」
そう言って、きなこは果物をもう一粒、私の口元に持ってくる。お母さんグリフォンに寄りかかっている私の隣に、しっとりとはべりながら。あの、これ、なんのハーレムかしら…?
「ふむ、何かいけないものを見ている気分になってくるなこれは」
『ハーレム〜。ジャンヌ、王さま?女王さま?百合の花?』
シエル、どこでそんな概念、覚えたの…?
果物は美味しいし、今の私には消化に優しい食べ物なんだろうけれど、まだ朝方なのにもう夜みたいな致せり尽せりに目眩がしてしまう…。
前世の人生は呆気なかった。日本各地で異常気象が多発していて、街中に現れた竜巻に巻き込まれて終わった。
私は亡くなった祖父母の一軒家に、管理人も兼ねて住んでいた。小さな庭には、きなこと、迷い込んできたインコや、片目のない犬や、耳が半分かけたウサギや、ちょっとワケありな子達が気ままに住み着いていたり遊びに来たりしていた。
もう三十も過ぎて、お節介な周りに急かされても、仕事をがんばりながらきなこ達に癒されるささやかな日々。ー避難しなければ、と思った時には、もう遅くて。
きなこは、あの時、何も出来ずに私を死なせてしまったことを、ずっと後悔していたと涙ながらに語った。
竜巻相手に、誰でも無理でしょう?
でも、きなこは、自分を全力で抱え込んだまま私が死んだことが、今でもトラウマなのだと言う。
そんなことを言われて、この状況、拒否なんて出来る…?はい、無理です。
「どうせ、今は何も出来やしないんだ。大人しく侍られてろ」
介護と言われた方がまだマシです。
エーデルシュタインは桃源郷のようなものだとばかり思っていた私にとって、見るもの知ること全てがまるで御伽噺のようで、まだ実感がない。
「(魔法石…前世で、宝石だったのが、そうなってるの?)」
「そのようにお考え頂いた方が、まずは親しみやすいかと…。この国は、真珠…パールを魔法石として、栄えております。他には、サファイアのサフィール王国、ルビーのリュビ国、エメラルドのエムロード大公国など…」
ナミルさんの離宮は、どちらかと言うと海に浮かぶ大神殿といった感じ。うんと昔は、竜宮城だと思った中心の建物だけだったよう。
私は、波打ち際できなこに色々とこの世界のことを教えて貰っていた。お母さんグリフォンに乗せてもらって外まで来て、今もモフモフ、潮風があまり当たらないようにしてくれている。
「そして、全ての魔法石の源泉が、遥か深い森と谷に覆われたクリュシェ国にある『水晶』なのです…。太古の精霊王の地と呼ばれていて、一千年ほど前より、守り人がいると…」
「(守り人?)」
「『水晶』は、いわばこの世界の要というべき秘宝。何者にも侵されぬよう、絶対的な守護者がいなければ、世界は崩壊してしまいます…。わたくし達は、彼らのことを『精霊王の申し子』『ことほぎの巫女』などと呼ばせていただいているのです…」
たしかに、そんな大事なものを悪用なんかされたら、とんでもないことが起こりそう…。
きなこ曰く、その守り人さんが守り続けて、自然の潜在的な力が元に戻った。だから、グリフォンみたいな精獣をはじめ、私が空想動物だと思っていた生き物達の存在も復活したのだという。
「わたくしのような獣人は、人間に最も近いものです…。あとは、上位になるにつれて、魔獣、精獣、聖獣、霊獣、精霊、大精霊、と…。ただ、そのカテゴリーは曖昧な部分もありますので、みやこさまもそのうち、感覚で理解できるようになるかと…」
『シエルは、精獣〜。おかーさん、聖獣〜。ジャンヌは、聖女〜』
「シエル、そのお話は、あとでと…」
『はーい』
「みやこさま、薔薇水をどうぞ…」
あのね、とりあえず、包帯グルグル巻きのゾンビみたいな女に、絶世の美少女と世にも貴重な精獣やら聖獣やらが侍ってるのってビジュアル的にどうなの?って思うのよ。ハーレムの夢が崩れ落ちないかしら。
「アンタ…」
ほら見てごらんなさい、ぐわっしゃん、って何か崩れ落ちた音がしたでしょう?
「行き遅れのお人好しが、何故ここに」
「…せめて、みやこさまとお呼びして」
新たに現れたケモ耳の青年は、また前世の縁があるようです…?