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紫陽花の君へ

 


 ごきげんよう皆さん。三日ぶりの王宮です。

 普通こんなゾンビが近所の友人宅に遊びに来るみたいに、しょっちゅう出入り出来るような場所ではないと思うのだけど。王妃さま御自らバカ息子二人について積年の想いと愚痴を延々語る捌け口に私を呼びつけて、私がそれにノリノリな時点でお察し下さいませ。


『オアシスだ〜』

「メゥメゥ!」


 はぁ、今日もウチの子達が宇宙一可愛い…。

 内装のオアシス仕様は相変わらず綺麗で、シエルともこちゃんが大はしゃぎ。なんだかんだと、王宮来る時はいつもお留守番だったものね。ごめんね。でもこんなことなら最初から連れてくれば良かったわ。なにこのマイナスイオン。


「ヤッホー、お待たせ」


 扉が開いてレイさんがやってきた。そして、その後ろに待ちかねた彼。


「(ルカ)」


 気をつけてる時点で自然体ではないけど、出来るだけさり気なく呼べば、少しぎこちないけど微笑んで名前を呼び返してくれた。


「表向きの名目は捕虜ってことになってるわ。あんだけ騒いじゃったからね、そうじゃないと周りがうるさいし納得しないから。実質的にはアタシの弟子ってトコかしら」


 オネェさんで人外で神獣付きで人魚がお嫁さんの次期国王の弟子って。


「(大丈夫?設定盛りすぎでパンクしてない?)」

「正直に言うと、ちょっと」

「(シエルかもこちゃんモフモフする?癒されるよ)」


 これオススメ。前世の受験戦争の時に私も欲しかったわ。

 苦笑してるけど嫌悪感はないみたい。一体レイさんとどんなこと話したのかしら。


「(シエルー。もこちゃーん)」

『は〜い』

「メゥ〜?」


 呼んだだけで私がやって欲しいことやってくれるなんて、本当になんてよく出来た子達なの。見て、ぷよぷよみたいにモフモフもこもこされてる彼。


「(似合うね)」

「…ジャンヌの感性って面白いよね」


 ありがとう?

 ナミルさんとかにもしょっちゅう似たようなこと言われてるけど、俄然褒め言葉として受け取っておくわよ。


「…これ、お菓子?」

「(うん。作ってもらったの)」


 今日は改めて話を整理するために来たのだけど、その前にいつもの一服ね。和月君と深月ちゃん様々。こんなゾンビの足向けて寝たら雷が落ちるわ。


「(紫陽花っていう花を意匠にしたお菓子なの。ほら、これ)」


 和み庵の裏庭にも咲き始めたみたいで、ひと枝どうぞって添えてくれたんだよね。実物あるとわかりやすいし、有り難い。


「変わってるね、ひと枝にこんなに花びらが密集してるなんて」

「(残念不正解!)」

「え?」


 そうそう、私も初めて知った時びっくりしたわよ。花びらみたいに見えるの、実は違うのよね。それは萼で、本当の花弁は真ん中のちっちゃいのとか詐欺!


「ほぉ、花弁より萼の方が大きいのか」

「(面白いですよね。色も変化するから、七変化とか八仙花とか言われてて)」

「それは紫ね」

「(もっと赤っぽかったり、青っぽかったり、桃色や白もありますよ)」


 ナミルさんもレイさんも興味津々。ペルラにはないのね。紫陽花園とか見たらもっと驚くと思うわ。


 というわけで、本日は和み庵の《紫陽花》です。


「…本当にお菓子だったんだ。あんまり綺麗だから硝子細工かなって」

「(わかる)」


 ひと口食べて目を丸くした彼に禿同。


 上生菓子として定番と言えば定番だけど、透明な錦玉を綺麗に切って綺麗に飾り付けるって、一体どれだけ修練積んだら出来るのかしらね。

 だって、ただ貼り付けるだけじゃないのよ。紫陽花にしなきゃいけないのよ。わかる?白餡に錦玉って他の意匠でもやるから、ただ色を変えるだけなんて素人は思いそうだけど違うのよね。

 和み庵のは、錦玉をただ一色に染めるのじゃなくて、濃淡使い分けてるのが絶妙。少し水色と緑色の錦玉も混ざってる。雫と葉っぱかしら。この瑞々しさは、そうね、私なんかは雨上がりのたっぷり雫を纏った風景に見える。


「スッとするのはミント?」

「(ううん、山葵っていう薬味なの)」


 聞いて驚け、山葵です!

 中身はこれも定番の白餡なのだけど、食べると不思議な清涼感。

 でもツンとはしないし勿論辛くもない。でも、さっぱり透き通った風味の秘訣は山葵。意外?でも八ツ橋とか切山椒とか薬味系使ってる和菓子って結構あるから変じゃないわ。

 これがまた白餡の甘さを引き立ててるのよ。料理でも薬味はあくまで脇役だけど、でもなかったら物足りないでしょう?あれと同じね。良い仕事してるわ!


 紫陽花が咲く時期ってジメジメしてて、それでなんとなく、気分が落ち込んだりすることあるでしょう?ちょっと下を向いちゃうの。私もそうだった。仕事帰りとか休み明けとかね。溜息なんか吐いちゃって。

 でも下を向いたら、紫陽花が咲いてるのね。ちっちゃいカタツムリやアマガエルもいたりして。それで、雨が上がると、爽快な空が広がってる。あぁ、もうすぐ夏なんだなって、紫陽花を見るとそんな風景を思い出す。

 薬味ってそもそも、邪気払いや活気づけの意味もあるんだって。雨と一緒に鬱々としてしまったら、コレを食べて元気をお出し、って。雨は良いモノも運んできてくれるんだよって、おじいさんもおばあさんもそう言って。


「きなこは幸せでございます……」

「(あれきなこ泣いてる!?)」


 もしかして山葵泌みた!?って違うよね、和月君と深月ちゃんがそんな失敗するはずないもんね…え?雨の日?あ、あぁそっか、前世できなこ拾ったのも雨の日だったもんね、あれは梅雨って言うかゲリラ豪雨だったけど。本当なんであんなところでひとりぼっちでいたの?見つけた私マジでグッジョブ。


「前世……?」


 おっと。


「(…うん。この子達とは、前世からの縁なんだ。この和菓子も)」


 少し迷ったけど、開き直った私は要点を掻い摘んで話した。実はあっちにいた頃から記憶そのものはあったということも。


「(いきなりごめんね。荒唐無稽な話だから、信じられないと思うけど)」

「信じる」

「(え?)」


 彼はすぐにバツの悪そうな顔をしたけど、それでも私を真っ直ぐ見て。


「…ごめん。信じる、なんて、今の僕が言えたことじゃないね。咄嗟だった…でも、信じ難い話でも、ジャンヌにとって本当のことならそうなんだろうって、思うことを許してくれるなら……」

「(ルカ…)」

「それに、そういうことなら納得も出来る。その二人に関しては、だけど…僕に向けた殺意といい、そんなに昔からの縁続きなら、入る余地もないくらい仲が深いのも頷けるよ」


 そう言って、切なそうに笑うから。


「(ルカだったよ)」

「?」

「(私が前世を思い出したきっかけは、ルカだったよ。雨と一緒に来てくれた)」


 私は箱庭にいた。

 どうしてそこにいるのか、出られないのかわからないまま。雨の日は庭を歩くこともできなくて、私はただただぼんやりしていた。

 とても久しぶりに誰かに会った。雨に濡れた男の子。木の上から突然やってきた。

 そのうち雲が切れて、雨上がりのきらきらした世界の中で、紫水晶の瞳が濡れたように綺麗だった。


「(宝石みたいににも見えるでしょう?この《紫陽花》、ルカみたいだなって。この子、あのお菓子みたいって思ったの。それで少しずつ、思い出したの。凄い食い意地でしょ?ルカと食べたかったから、作ってもらったの)」


 外の世界の色んなことをことを話してくれた。初めての友達。言葉を忘れそうなくらいだった日々が変わった。花が咲いて、綺麗と言えば、綺麗だねと応えもらえるのが嬉しかった。


「(ルカにはルカの思惑があったと思うけど。この世界で、私の最初の幸運はルカだよ)」


 それを壊してしまったのは自分だけれど。


「…………………ジャンヌって、バカだよね」

「(ふぁっ?)」

「いや、もうなんか、ほんと、さぁ」


 はぁぁ…と、ふっかぁーい溜息をついて、立てた膝に顔を伏せているから全然表情がわからない。それで何故かそのまま、心なし早口で話し始める。


「前は君に話すつもりなかったんだけど、僕は旧王家の末裔で、この紫の目が証拠なんだ。この人達曰く古代魔法に通じる魔力を持ってるみたいで、これから鍛えて貰うってことで一応話がついてる。ーーシュムックの、今の王家も教会も腐りすぎててもうダメだ。だから、僕が正統な政権を奪い返して革命を起こす。そうすれば、このペルラにとっても、エーデルシュタインにとっても有益だからって、要するに出世払い。何より、ジャンヌ、君に僕が出来ることの最大限だと思ったから」


 そしてそのままスクッと立ち上がるなり、あっという間に出て行ってしまって私はポカーンとするしかなかった。


「(ルカにバカって言われた…)」

「…俺も、今のはジャンヌが悪いと思うぞ」

「…みやこさま、罪作りな方ですわ……」

「…前世からの筋金入りのバカだ」

「(なんで!?)」

「ぶふっ…ちょっと、言うトコそこなのジャンヌ?愛すべきおバカねぇまったく。あぁもう今は一人で出歩くなって言ってんのに…ちょっとアタシ行ってくるわね」


 あ、あの、みんなにけちょんけちょんにされてるんですが、なんで?ていうか彼、たぶんそれじっくり話そうって言ってた部分よね、さらっと終っちゃってますけど??


「まァでも、要点はきっちり押さえてたわよ?とりあえずそういうことだから、彼の身の振る舞いはアタシがちゃんと保障するし、ジャンヌは一旦ドーンと落ち着きなさいな。あの子に会いたいって言うならいつでも会わせてあげるし」

「(はい…)」


 謝り合戦なんて、いつまでも続けていても意味はないから。だから、美味しいねって、ただ笑い合えたらって思ったのだけど、…失敗だったかしら。


「メゥメゥ!」

『シエル、失敗、違うと思う〜』

「(え?)」

『だってお耳もお顔も、真っ赤っか〜、で、お目めもちょっと赤くて、泣いてたけど、嬉しそうだった〜』


 …あぁ、そうだった。

 楽しい時や嬉しい時は、少し赤っぽくて。疲れてる時や気分が落ち込んでいる時は、少し青っぽい。

 そんな風に変化する紫の瞳を見るのが、とても大好きだった。


「(そっか)」

『うん、シエル見たよ〜』

「メゥ!」


 ねぇルカ。紫陽花の君。

 あなたにまた会えて、私は本当に嬉しいの。少しは伝わっているかしら?


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