座敷わらしのスイカ割り
皆さま、お久しぶりです。こちら、とても長いこと更新停滞しておりまして大変失礼致しました。これからまた数日おきに更新していく予定ですので、よろしくお願いします。
座敷わらしは、とてもとても困っていた。
この家の双子の兄妹も、とても困ったように、そしてとても心配そうに客間を見ている。そこには、兄妹の大切な友人であり、座敷わらしにとっても大切な人達が、とてもとても暗い顔で座っていた。
どうしたのだろう。座敷わらしにはわからない。
悲しいのは悲しい
苦しいのは苦しい
いつも楽しそうに笑っている人達が、笑っていないのはとても悲しい。
どうしよう
どうしよう
座敷わらしは一生懸命考えた。
鞠つきをして見せようか。ずっと昔から見守ってきたこの家の子供達は、そうすると笑ってくれた。お手玉にしようか。三つなら出来る。たぶん。お人形を探してこようか。あぁでもあの高い棚には手が届かない。綺麗なおはじき?ビー玉?ベロベロバー?
あぁ、そうだ
和菓子
思いついて、けれど座敷わらしは落ち込んだ。
自分は作れない。
厨房も、今はちょうど何も作っていない。
どうしよう
どうしよう
笑って欲しいのに
いつものお礼もしたいのに
どうしよう
どうしよう
《トゥルル…》
おや?
天糖虫が、裏庭の片隅で集まっていた。
冷たい水を張った桶に、まぁるいスイカ。
座敷わらしは思い出す。
風鈴の音。蝉の声。真っ青な空に太陽。木陰。
縁側で赤くて甘い甘いスイカを頬張りながら、大人も子供もみんな、笑っていた。
座敷わらしは目を輝かせて喜んだ。
そうだ、このスイカを持って行こう。
兄妹も、きっとそのつもりだっただろうから。
立派なスイカは大きくて、ちょっと大変だったけれど、座敷わらしはうんしょうんしょと運んだ。
さぁどうしよう。上手に切れるだろうか。あぁでも、自分は包丁も上手く持てないかもしれない。だってこんなに大きいもの。
《トゥルル…》
おや?
座敷わらしが次に見つけたのは、ちょうど良い大きさの棒だった。座敷わらしは目を輝かせて喜んだ。
そうだ、スイカ割りしよう。
実は羨ましかったのだ。見守ってる子供達が楽しそうにやっているのが。ワクワクしながら、座敷わらしは両手でしっかり棒を持って、上げて下ろした。
ぽこん
…あら?
どうやら、一度叩いただけではダメらしい。そうだ、子供達も何度も頑張って叩いていた。それなら、と座敷わらしも袖を巻くって気合を入れた。
ぽこん
ぽこん
ぽこん
ふぅ、どうやらこのスイカは手強い。大きいから。でもその分、食べるところがいっぱいあって、きっと甘くて美味しいだろう。今日は自分が頑張るのだ。
ぽこん
ぽこん
ぽこん
ぽこん
ぽこん
…おかしい。少しは割れても良いのに、ヒビが入らない。
叩く場所がダメなんだろうか?…っは!記憶違いをしているだけで、もしかして横からなのだろうか?それとも飛び跳ねる?それとも突く?
「(…………っふ、)」
あぁこれもダメだ。割れてくれない。このスイカはどうやら意地悪らしい。
いつもなら落ち込む座敷わらしだが、今日だけは頑張った。大切な人達のため。ここで諦めるわけにはいかないのだ!
えい!
ぽこん
えいえい!
ぽこんぽこん
ースイカさん、割れて下さい…!ー
ぽこん
「ぶふぁ…!!」
座敷わらしはびっくりして振り返った。
なんと、戸口のところに彼らがいた。それも様子がおかしい。お腹を抑えたり口を抑えたり目を抑えたり、とにかく小刻みに震えている。
あぁどうしよう、自分が遅かったせいで身体の具合がおかしくなってしまったのだ。
座敷わらしが棒を放り投げて駆け寄った。オロオロ、ぴょんぴょん跳ねる。
「(っちょ、ナミルさ、なにしてんですか、バレちゃったじゃないですか我慢してたのに…っ)」
「さ、最初に噴いたのは、ジャンヌだろう、が…っ」
「(だ、だって、だって…っ可愛いはジャスティス……!!)」
「いやですわ、みやこさま…英語の遣い方、お見事で感動してしまいます…」
「ッチ!アホの間違いだろ…」
「マズいぞ深月、ウチの守り神様がスイカ割りをしている」
「(和月君は真顔でトドメ刺しに来ないでぇ……っ)」
「すみません、みやこさん。古風な兄の辞書には『萌える』という単語がなくて…」
お、おや?
座敷わらしはきょとんと首を傾げた。身体の具合が悪いとばかり思っていたのに、笑っている?
「おい」
ひょい、と持ち上げられた。名前を食べて貰って願いを叶えて貰った、恩人の彼だ。
「一体何をしようとしていたんだ」
ぶっきらぼうで、怖い顔の、とても優しいオオカミ様。
「は?スイカを食べて貰いたかった?昔から皆んな笑って食べるから?だからスイカ割り?この棒でか?無理に決まってるだろう、そんな軽い竹の棒じゃヒビも入らない」
『………!』
「おい今気づいたみたいな顔するな」
座敷わらしはとてもとても落ち込んだ。やっぱり、自分なんか大したことは出来ないのだ。幸運を呼ぶと言われているのに。
「(私達を、笑わせようとしてくれたの?)」
そっと髪を撫でられて、座敷わらしはハッと顔を上げた。
その指先は、前は包帯でぐるぐる巻きにされていた。とても痛々しくて、見ていると悲しくて、早く治りますようにと自分は祈ることしかできなかったけれど。
怖いほどの強い力のある、でもやっぱり優しい人だとわかっている海の人に、自分と同じように抱え上げられている彼女。ヴェール越しで、表情は見えないけれど、笑っているのがわかった。
「(ありがとう。嬉しいよ)」
よくわからないけれど、笑ってもらうことが出来たようだった。座敷わらしはとてもとても喜んで、笑った。
「アラなに、流石に今日は鬱状態かと思ったら美味しそうなもの頬張っちゃって」
「(ついさっきからです)」
宣言通り、後から合流してきたレイさんにもスイカを勧める。
もちろん座敷わらしちゃんも一緒に食べてるわよ、なんたって一番の功労者。あ、スイカは結局、和月君が普通に包丁で切ってくれました。私には食べやすいように一口サイズ。
「(かくかくしかじかで。なんか、ぽこぽこ音がするなぁって見てみたら、私達のためにスイカ割りしようとしてくれたみたいなんですよね。それで重い空気一旦吹っ飛んだっていうか…あ、そもそもレイさん見えてます?)」
「一応見えてるわよ?当初だったらわからないけど、こっち来てこの世界の空気も取り込んでるからかしらね?ナミルも見えてるんでしょ?」
「そうだな、初めの頃は薄らぼんやり気配を感じ取れる程度だったが」
スイカなんていつぶりかしらね。
ジュパン領で早生のものが採れたからって、いつものように物々交換で頂いたみたいなの。スイカ割りかぁ…目隠ししてナミルさんとしぐれにやって欲しいわね。え?私?もちろん囃し立て役ですが何か?ひゅーひゅー。
「神楽坂殿、話をするなら、俺達は席を外すが」
「(あ、うん。というか、その前に私達が帰るよ。ごめんね、無意識にここに来たいって、二人の顔見たいって私が言ったから来ちゃったんだけど)」
「ーいや、それで良い」
「(え?)」
そうそう、王宮からの転移先をここにして貰ったの、私の我儘なのよ。本当、甘えちゃってるなぁ…でも、良いって何が?
「俺としては、二人にも状況を把握しておいて貰いたい。守り神も含めると三人だが」
「…ちょっとナミル、まさかこのコ達に話すの?いくら親しいからって…巻き込むわよ?」
「そういうことなら、話して貰いたい」
腰を浮かしかけた和月君が座り直した。深月ちゃんも。
「俺達に聞かれたくないというなら外す。だが、俺達のことを慮ってという意味なら、出来れば話し…いや、巻き込んで貰いたい」
「ちょ…潔いわねぇ」
「みやこさんは、私達にとって特別なんです。非科学的な感覚ですけど、こうして巡り合えたことには意味があると思っています。ナミルさんは…おそらく、色々なことを考えた上で、みやこさんにとって最良の選択肢になるように動くと思います。それが、私達を巻き込むということなら、喜んで」
「その答えを期待しての提案でも?」
「もちろんだ。…とはいえ、神楽坂殿の意思が優先だが」
えぇ……。
「(そもそも、私がまだよくわかってないんですけどナミルさん…)」
恨めし気になるのもしょうがないでしょう?
だって、ずっと気になっていた幼馴染みに会って、そしたら、知らなかった陰謀の全容聞かされて、聖女って言われて、それで、教会が…味方だと思ってた教会が、黒幕だ、って。
「ーよし、わかった」
「(へっ?)」
あら?意識飛んでた?
「(か、和月君?深月ちゃん?和弓持ってどうしたの…?)」
「ちょっと海の向こうに」
「(行くの!?なんで!?)」
「はい、ちょっと行ってきますね、みやこさん。大丈夫です、私も兄も今まで一度も的を外したことないので、みやこさん傷つけた人達なんかコテンパンに」
「(しなくて良いよ!?)」
「あぁそうだ、矢の本数には限りがあるから、効率的にいきたい。神楽坂殿、覚えてる限り人相書きを」
「(へい二人とも!言葉の!キャッチボォール!!)」
二人とも目がお据わりでござる!怖い…!!
「(ふふふふふ二人とも落ち着いて!?座って!?ほらスイカ!!ちょ、ナミルさんもきなこもしぐれも、見てないで止めて!?)」
「いや、この二人ならイケる気がしてな」
「イケますわ……」
「闇の大聖霊の加護つきだ。イケる」
「(イケないって言ってんでしょ!!?)」
良心は座敷わらしちゃんだけだよ!ほら一生懸命止めようとしてる!可愛い!!
「(ゼェハァ……もう、いつの間に粗筋説明したんですか…)」
「ナミルが覚悟あるなら良いかって思ったんだけど、やっぱりジャンヌは巻き込みたくない?」
「(巻き込みたくないというか……)」
声出してないのに、心の叫びでも喉って渇くのね。すんごい疲れたわ…。
「(そもそも、巻き込むとか、そんな規模が大きい話だと思ってなかったというか…)」
確かに、ナミルさんは敵国の王子ポジションで、侯爵令嬢拉致して、でも拉致された私は断罪された悪女で、むしろいなくなって清々するわけで、だからこそ、実質的に『ジャンヌ・ディアマント』は消えたんだって考えていたのに。
「ジャンヌ、ひとつ確認するわよ?アナタ今、自分のこと『ジャンヌ・ディアマント』だって思ってる?」
「(?)」
「現実的にジャンヌはこうやって生きながらえてるわけだけど、今の聞く限り、ジャンヌは『ジャンヌ・ディアマント』の物語はもう終わったっていう感覚だった?あのルカって子に会って話を聞いて、まさか物語が続いていたなんて思ってなかったから戸惑ってる、みたいに聞こえたんだけど」
レイさんに聞かれて、考える。
どうなんだろう。はっきりと、そういうことを考えていたわけじゃない、けど。
「(…よく、わからない、です。ただ、戸惑ってる、っていうのは、確かにそうかも…?)」
時間が経って、しかも前世からの縁にこんなに出会った。
だから、自分の中で同化していた前世の私、みたいな部分がハッキリと輪郭を持って、そこに感覚が引っ張られてる気はする。ていうか、確実に引っ張られてるわよね、主に和菓子厨とか可愛い厨とか諸々。
火あぶりか拉致か。死んだか生きてるか。結果が違っただけで、『ジャンヌ・ディアマント』は断罪された。そう思っていた。だから、ルカの話を聞いて混乱してる、っていうのは間違いじゃない。
「意識が変わり始めてるなら、勝算はあるな…」
「(え?)」
「いや」
ナミルさんはひらりと手を振ると、頭ぽんしてきた。…するタイミングだったかしら?
「聖女については、もっと詳細の情報を集めてから改めて話そう。まぁそこが肝なんだが、とにかく共通認識しておくべきことは、あちらさんが今後なにか動いてくる可能性が大いにあるっていうことだな」
「まぁでも、海にはナミルがいる限り、でもってアタシや海の精霊達がいて尚且つこっちには魔法があるんだから、戦争にすらならないだろうけどね。むしろアッチのが分が悪すぎるわ」
「それでも、万が一も否めんから、巻き込むという言い方をしたんだ。彼女の精神的な支柱としてな」
えぇはい、今日もだけど思いっきり甘えてますもんね。ゾンビで被介護者だから今更でしかないんだけど。
「守り神も頼むぞ」
『!』
小動物みたいにスイカを両手で持って食べていた座敷わらしちゃんが、ぴょこんと反応した。
そして、スイカのカケラを口元につけながら、にっこり笑って小さく胸を叩いた瞬間、私以外全員後ろを向いた。
『…?』
しぐれ、頑張ってツンツンしてないでデレて良いのよ!
和菓子ではないですが、水菓子という響きも好きです。