笑わせたいのは誰かしら?
笑えない日も笑いたくない日もあったけれど、意外とちょっとしたことで呆気なく笑える時が来たりしました(経験談)。
いつもブクマ、評価、ご感想、ありがとうございます╰(*´︶`*)╯
「では、その王女さまは、皆さんと一緒に心から美味しいと思えるお菓子を、食べられたのですね」
「はい。もうすっかり、気に入ってくれちゃって」
森の図書館なう。
最近は読書もしてるから、時間が過ぎるのが早い。これで現実では、一晩寝てるっていう換算になるらしいのよね。なにその時差。
「ーと、いうわけで、百十九年かけてやっと言いたいこと言って本心曝け出したですけど、特に王妃さまの反動が凄くてですね」
私が、あんなことあった、こんなことあった、ってお喋りして二人が聞き役なのも恒例。さっそく話しちゃった。え?プライバシー?そんなものあると思って?
王さまから提示された滞在時間のタイムリミットは三時間。くそぅ、短すぎよ。
「仲直りが、出来たのですね」
「出来たというか、現在進行形で王妃さまがガンガン攻めてるっていうか。息子二人は劣勢です」
「母というものは、強いですよね…」
あら、凄く実感のこもった感想。彼女のお母さんって、どんな人だったのかしら。でも、こんな可愛い人に育てたんだから、きっと母の鑑よね。勝手に信じるわ。
そうそう、あの日以来、何かと王妃さまはナミルさんを呼び出したり、むしろ離宮に来たりしてるのよね。鬱々としてた何かが、完全に吹き飛んだって感じかしら。
ダシ?もちろん私に決まってるじゃない。こんな都合のいいポジションないもの。
王女さまが和菓子を気に入ってくれて、だからまた手土産持参で遊びに来いって、まず私にお呼びがかかって。ナミルさんが留守だろうがなんだろうがお構いなし。そうすれば、何にしたってナミルさん、私の保護者として来なくちゃならないでしょう?
あるいは、レイさん引き連れて、息子二人に対する愚痴やら不満やら、長年の切実な思いの丈を延々と暴露してゆく。うん、基本的にテレパシー効果ないと私ったら人形同然だもの、吐き出しやすいのだわ。部外者だし。張本人達が顔を引き攣らせてそこにいようがなんだろうが、これもお構いなし。
「なんかもう、王妃さまが可愛くしか見えなくなってきましたよね」
「…損な立ち位置かと思えば、随分と楽しそうだな」
「むしろ美味しいポジションですよね」
えぇ、思いっきり楽しませてもらってますが何か?主に、たじたじになってる息子二人の反応を。
「前世でも今世でも、私はロクに親との触れ合いなんてなかったんで、見てて楽しいですよ」
「羨ましい、ではなくか」
「うーん、そういうのも、なくはないんですけど。でも、なんていうか、モフモフふわふわ甘やかされてるせいですかね?なんか思考がシリアスにならないっていうか」
実際、見てるの楽しいし面白いものね。いいぞ王妃さまもっとやれ!って応援してるわ。
「ジャンヌさんは、凄いですね」
「え?」
「とても自然に、誰かを笑顔にしています」
「ただの食い意地張った和菓子厨のアラサーですって」
隠しようもなく、中身はそんなものよ。フォンテーヌさん買い被りすぎ。まぁ、ゾンビよりはマシかしらね?
「誰かの心に寄り添う和菓子を作れる二人こそ、凄いですよ」
「ジャンヌさんのお陰で、私も大好きになりました」
「じゃあ今日もとっておきを」
ぽぽぽん、ぽん。
《きゃー!今日もおいしそうよ!》
「《浮島》シリーズです!」
「浮島…?」
「王女さまや王妃さまに食べてもらったのは、これですね。ペルラの王宮から、夕暮れにあの離宮を見ると、海がこんな風に見えるみたいで。《黄昏の浮島》って命名したんです」
「黄昏…」
「偶然だったんですけどね」
いつかナミルさんも言っていたけど、ひとつの中に、風景や情景まで表現しちゃう和菓子って、魅力的のひと言じゃ足らない。
「他の《浮島》も、ペルラの海を表現してるんです。朝焼けのだったり、今は夏っぽいので昼間の海原のだったり。ーとある人から頼まれて、私なりに考えて和月君と深月ちゃんに作ってもらいました」
「とある人…?」
「さ、先ずは食べましょう!」
《浮島》は、本当にアレンジ自由自在なのよ。だから、大変だったけど、考えるのが楽しくて。
和月君と深月ちゃんも、記憶障害のリハビリや今後の勉強になるって喜んで作ってくれたわ。この世界で和菓子職人として生きていくなら、この世界の景色を表現出来るようになりたいって。
私が見た風景や心に残った光景を、こんな和菓子に出来ないかしら?ってイメージして。
それをナミルさんがイラストにして。それを元に、二人が作ってみる。
味の吟味は、きなこやしぐれ達。この世界でお客さんって言ったら、きっと人間だけじゃないものね。
和菓子厨にとって、こんなに楽しくて贅沢な時間ってないわ。
「スフレチーズケーキみたいな食感…でも、全然、違うんですね」
「この中ではどれがお好みですか?」
「ま、迷います、一番なんて…でも、この《月夜の浮島》は、クリュシェの、雪が降った月夜と似てて、とても…惹かれます」
これは私もお気に入り。
《浮島》はベースになる餡によって風味も色合いも変わるのだけど、これは《蛇の揺り籠》や《黒餡大福》に使ったものと同じ、上等な黒豆の餡を使ってるの。
最初の頃、夜中に目が覚めて初めてスキューバダイビングした日に見た、夜の海の風景が元になってるわ。放り投げられて、色々な意味で印象的だったわね。
真夜中を表現するのに、黒ってしたけど、食欲が失せるような黒じゃない。
これはね、なんと炭です。でも風味はしっかり黒豆餡。
香りづけに、ほんの少しの山椒と柚子。静かな夜の潮風のイメージね。
昔は炭を食べるって不思議なことじゃなかったみたいなのよね。それはもう、和月君と深月ちゃんが、色んな黒の材料で試行錯誤してくれたわ。黒餡大福と同じ材料にすると、ちょっと濁った黒になっちゃったりしてボツにしたり。
それで出来上がった生地に、琥珀色に染めた透明な錦玉を散りばめて、練りこんで蒸す。するとあら不思議、海原に煌めく月光よ。
でも、ふむむ…なるほど、確かに雪国にも見える。こうやって、名前に囚われすぎないで自由に想像できるのも醍醐味よね。
「そういえば、この館の周りは普通に今も誰かが住んでるんですか?そこにぽんと亜空間?」
「…平たく言えば、二重構造にしている。現世で、この館は文書殿として解放され、自由に出入り出来る。彼女が、大切な書物を独り占めしたくないと望んだ。…今、こうして見えている『水晶殿』としては、誰も触れられぬ。世界樹も俺達の姿も見えぬ」
「わぁ」
「…無理に理解しなくて良い」
「あはは、ちょっと難しかったです」
秋になって、冬になって、春になったら、きっと違う海の風景が見える。
ーその時には、私は他にも、どれだけの風景を見ることが出来ているかしら。
「フォンテーヌさん。さっきの話ですけど」
「え?」
「私、本当に、そんな人間じゃないんです。…結局、誰のことも、笑顔になんか出来なかった成れの果てが、私なんですよ」
最近は、不思議と…いっそ不自然なくらい、悪夢を見ない。
でも、覚えてる。忘れられるはずがない。
「笑って欲しかったのに」
私が苦しめた人達。悲しませた誰か。
救うんだって必死になって、結局、何も出来ずに最後まで憎悪しか抱かせられなかった、罪。
みんなで一緒に食べようって、例えばそんなことを言うことは、もう叶わない。
「甘やかされて優しくされて、守られて。そんなぬるま湯に浸かりながら、私は…どうすれば良いのか、全然、わからなひゅっ」
…。
……。
………。
…………舌は、噛んでないわよ…?
《やだー、ジャンヌのほっぺモチモチー》
《大福みたーい》
《葛餅みたーい》
《白玉みたーい》
大福と葛餅と白玉のモチモチは、同じじゃないと思うのだけど。…って、そうじゃない。
…えっと、私、なんで森のコ達にほっぺみょーん、されてるのかしら…?
《ダメよー、ぶっさいくな顔しちゃー》
《幸せ、逃げちゃうわよー?》
《ほーらほら、にこーってお口の端っこあげなきゃねー?》
「メゥメゥ!」
《ほらねー?》
きゃらきゃら、みょんみょんと遊ばれてる私の顔、無事かしら。
「『誰かを笑顔にしたいなら、まず自分が笑いなさい』」
「ふぁぇ?」
やだなにこの間抜けな声。《おもしろいこえ〜》って、君達のせいよ…?
「母の、受け売りです。ー母は、芯のある、とても強い女性でした。でも、過去に後悔したことがありました。私が迷いに満ちている時に、言ってくれたんです」
少し目を伏せて。懐かしそうに、切なそうに、彼女は言葉をひとつひとつ、噛み締めながら。
「『自分なんか、という言い訳を捨てなさい。守られることを覚えなさい。支えられることを知りなさい。そうして初めて、誰かを守って支えることを覚えることができるのよ』ってージャンヌさん、今、あるいはこれから、笑って欲しい誰かはいますか?」
彼女は、大切に心にしまっておいただろう言葉を、私にくれた。
「一千年以上経っても、まだ、母のようにはなれないのですけど」
「無理だろう」
「う…」
《一刀両断!》
《王さま辛辣ぅ!》
《でもラブラブぅ!》
「未熟者ですみません…」
「もう諦めた。アンタはそのままで良い」
「ソ、ソードさんは、遠慮がなくなりましたよね…」
「…アンタに遠慮してどうする」
《やだー、王さまったら、またわっかりにくい愛情表現〜》
《巫女がなかなか甘えてこないから、大変ね〜》
《あ、ジャンヌったら笑っちゃってるー》
《笑っちゃうわよねー?こーんな万年バカップルみてたらねー?》
やっとほっぺが離されて、かと思えば、唇がひくひく痙攣しちゃってる。…あ、だめだわ、ラブラブぅ!にふいた。お二人とも可愛すぎ。野次馬多すぎ。
「ジャンヌさん、笑いすぎです…」
「っふ、ふふ…っ」
「メーゥ!メーゥ!」
やめてもこちゃん、便乗してもっこもっこ跳ねないで、今は箸が転がっただけでダメなの。ただでさえ腹筋ないのよ。
とりあえず、最終的に咳き込んで背中をさすられるまで、滲む涙を拭うことができませんでしたとさ。