黄昏の浮島
予告です!
タイトルを次回より、「今日も異世界の片隅で、モフモフ達と和菓子を。〜断罪後、元悪役令嬢を待っていたのは甘くて優しいスローライフ〜」に変えてみようと思います。
投稿当初、タイトルが思いつかずあらすじをそのまま表題としてきましたが、物語の軌道がなんとなく見えてきたので変えようと思った次第です。混乱を避けるため、今回はこのまま、次回(おそらくは明日か明後日)投稿時に変えようと思います。
どうぞ、今後もよろしくお願いします!
「(ただいまぁ〜!緊張したぁ〜!!)」
「みやこさん、おかえりなさい」
転移魔法陣が消えて、大好きな場所の匂いに、私は深ぁーく深ぁーく脱力した。元々ゾンビだろ?気持ちの問題よ。
ごきげんよう皆さん、三日三晩泊まり込みだった和み庵なうです。
「神楽坂殿、お疲れさまだ」
「どうでしたか?」
「(バッチリ!王女さま大はしゃぎ!)」
意表も突けたし、第一印象は上々じゃないかしら。手土産って大事よね。心の中でサムズアップで結果報告したら、和月君と深月ちゃんもホッとして嬉しそう。
三日三晩の泊まり込みの理由は、王宮に献上する手土産の製作。
「みやこさま、お疲れでしょう…さぁ、お茶をどうぞ…」
「(きなことしぐれも、お母さんもありがとう)」
「ふん…」
「グル…」
『ジャンヌおかえり〜』
「メゥメゥ!」
「(シエル、もこちゃんただいま)」
もうね、本当に怒涛の勢いだったわよ。
氷をご馳走さま!ってしたら、何故か巨大な氷の塊が出来ちゃって。どうやら、って当たり前だけど、それで変に思われてナミルさんに召集命令が来たのね。
報せに来たのはレイさん。バレたけどどうする?って。
何やらナミルさんと二人、難しい顔しながらあれこれ打ち合わせてた具体的な内容までは、わからないけれど。口裏合わせてたのだと思うわ。王宮仕様のレイさん、あんな風なのね。
私は、もうね、そこらへんはお二人にお任せよ。そこまで面倒な展開にならなかったのは、きっと私の身の上事情を上手く捏造?してくれたのだと思うわ。有り難い。ご面倒おかけします。
だから、私が何に注力していたかって、しつこいようだけど手土産よ。
「《浮島》を選んだのは正解だったな。パウンドケーキじゃないのかって驚いてたぞ」
第一印象大事。初対面の挨拶の品を侮っちゃダメよ。印象ひとつで、その後の付き合いや関係の良し悪しがガラッと変わるんだから。
そして、手土産って言ったら、美味しい菓子折りでしょう?そしたら、和み庵の和菓子しかないじゃない。
前世でも、おじいちゃんとおばあちゃんの家を相続して引っ越した時、ご近所の挨拶回りに、やっぱり和み庵のものを持っていったわ。
あら、あなたもあそこの和菓子が好きなの?ウチもよ。どれが一番好き?なんて話題が広がって、すんなり受け入れられたもの。和み庵様々だわ。
「(二人もお疲れさま。ありがとうね、無茶ぶりに応えてくれて)」
「無茶ぶりというほどでもない。むしろ、良い経験をさせて貰った」
「はい、兄の言う通りです。こちらこそ、ありがとうございます、みやこさん」
四日後に王宮にって決まった時、真っ先に二人にお願いしたの。
遠慮はね、しないって決めてるわ。お互い様って良い言葉よね。
迷惑じゃないか、っていう思い込みでどうするか決めるんじゃなくて、腹を割って話して、それで決めれば良い。頼って、頼られて、出来ないことは出来ない、出来ないことは出来ないって言える関係って素敵だと思うわ。そういう友人関係が良いの。
「元々、和菓子は全般的にそういったアレルギー持ちの人にも対応できる菓子の類だが…洋菓子の代わり、代替品というのではなくて、本当に和菓子そのものを美味しいと思って、それで選んで頂けるものを作りたい。そういう、原点のようなものを改めて見た心地だ」
「今回のこと、忘れずに精進しようと思います。この世界で、和菓子職人としてどう生きていくのか、指針のひとつになりました」
あぁもう、本当に良い子達…誰が一番大変だったかって、実際に作る二人よ。こういうところが、どんな逆境や苦境でも糧に出来る強さなのね。
「《珊瑚真珠》と《酔芙蓉》は受けるだろう確信はあったが、スパイスを和菓子に練り込むたぁ、一体どうなることやらと思ったな」
「いや、多用はしないだけで、和菓子とスパイスは決して縁のないもの同士ではない。シナモンは肉桂、ジンジャーは生姜として馴染みがある。だから植物由来の他のスパイスも、使い方によっては和菓子に馴染むかもしれないと可能性は考えていたんだ」
和月君、さらっと言ってるけど、本当にこの三日間、大変な量の試作の山々だったのよ。私がアイデアを練りまくって、二人やナミルさん達みんなも補佐してくれて。
ナミルさんの言う通り、《珊瑚真珠》と《酔芙蓉》は直ぐに決定したわ。見た目も味も、ナミルさんとレイさんの反応でイケるって確信があった。
でも、あとひとつ。
二つより、四つより、三つっていう数はバランス的になんとなく落ち着くから、もうひとつ何かって思ったの。
それで、ふわん、と思い出したのが《浮島》。
白餡と、米粉と、卵で作る蒸し菓子。
これ、意外と置いていない和菓子屋さんが多いのだけど、和み庵にはしっかりあったわ。そうね、定番は抹茶鹿の子かしら。蒸しカステラなんて別名もあるけど、全然違うのよ。
「やっぱり、この世界は洋菓子が主なんですね」
「(そうみたい。バターや生クリームとかをたっぷり使ってこそ美味しい、っていう文化が成り立ってるんだろうね)」
王妃様の反応は尤もだと思うわ。私も初めて食べた時、なにこれパウンドケーキに餡子練りこんだの?って一瞬でも思ったくらい。
あのしっとり感、滑らかな舌触り、ふわふわな口当たり、どっしりとした濃厚な味わい。油脂も乳製品も一切入っていないのに、あの満足感は本当に凄い。発明した人グッジョブ。
なにより、《浮島》って名前の由来が素敵。
「(ふふ、いっぱい食べたねー)」
「三日三晩三食とも《浮島》だったな…こんなに菓子を食い尽くしたのは初めてだ」
「ナミル殿も楽しかったようで何よりだ」
あくまで和菓子として、それでいて如何にペルラ海国の風土に寄り添わせた味にするかが、最大の難関だったわ。
ほら、日本ではよく、和風なんちゃら、逆に、洋風の和菓子、ってそれこそたくさん、溢れてた。街中のカフェのメニューや、お土産屋さんとか。和菓子屋さんでも、洋菓子の材料を使って洋菓子に寄せたものを作ってたり。生チョコ大福とかね。
ううん、勘違いしないで、良し悪しを偉そうに言いたいわけじゃないの。
和月君も言ってたけど、美味しい食材があるなら、それを使って美味しいもの作りたくなるのが職人魂だと思う。和菓子、洋菓子、っていう枠組みを超えて、美味しいお菓子が生まれて、それで笑顔が増えるのは嬉しいことだわ。
でもね、少なくとも今回は、和菓子の伝統と在り方に忠実なものを献上したかった。それは、事情を聞いた二人も賛同してくれた。
アレルギーだから仕方なく別の食べられるものを、では寂しい。
消去法じゃなくて、私がそう思い続けてきたように、和み庵の和菓子だから食べたい、と思ってもらいたかった。
それに、洋菓子には洋菓子だからこその美味しさがあって、どんなに似せても本物ではないから。だったら、洋菓子風の和菓子ではなくて、最初から和菓子そのもので勝負した方が潔い。
「それにしてもジャンヌ、よくアレルギーの有無まで考えが回ったな。好き嫌いならともかく」
「(予習は大事ですから)」
特に礼儀や建前を重んじる日本社会で、伊達に社会人やってきてないわよ。まだよく知らない相手だから、では済まされない理不尽なことなんか、そこらじゅうに転がってたんだから。
「ちょっとちょっと、『水晶殿』の覚えめでたきってどういうことよ。聞いてないわよ?」
「(あ、レイさん、セレーネさん。さっきぶりです)」
「言ってなかったからな」
「あとで詳しく聞かせてもらうわよ」
王宮は落ち着いたのかしら?レイさんとセレーネさんも、ここに来るの板についてきたわね。
そうそう、精霊に伺った、なんて言ったけど、本当はレイさんから情報収集したのよ。元々、乳製品使うようなものを持っていくつもりはなかったとはいえ、話題のとっかかりになったからよかったわ。
なんでもレイさんがちょくちょく、離宮に来てることは内緒みたいなのよ。精霊に伺ったとでも言っとけって言われたのよね。お任せしたから言う通りにしておいたわ。
「(レイさん、王宮ではあんな感じなんですね)」
「そうよ?もー、肩凝るったらありゃしないわ。なんでナミルと喧嘩腰で冷え冷えした会話しなきゃなんないのよ」
「表向き、そう落ち着いてるんだから仕方ないだろう兄者」
「とりあえず、文を勝手に処分した連中はしばいとくから」
それにしても、王妃さま、凄く美人だったわ…こう、女帝みたいな風格があった。確か、王様も神獣の契約者で人外ってことだから…伴侶の王妃様も人外になってる、ってことなのかしら。あの美貌、見た目年齢おいくつで止まってるのか気になるわ。
でも、もっと気になるのは、ナミルさんを見る眼差し。なんか、とても驚いていて…傷ついたような目だったから。
「(王様、始終無言でしたけど、大丈夫なんですかね…)」
「あぁヘーキヘーキ。極端に無口な人なのよ。よっぽど不満とか何かない限り、いつもあんな感じ。ジャンヌのことも、ウチらに一任するってことで落ち着いてるから心配しないで頂戴な」
なら良いのだけど。びっくりするほど、何も言ってこなかったものね。
「ジャンヌこそ、普段と違ってご令嬢だったわねぇ」
「(うぅ…ボロ出ないか緊張しました…)」
そう、そうなのよ。
もうね、こっちに来てから、それでもって和み庵の和菓子食べてるから、気持ち的に完全に日本人に戻ってるのよ。これでも今世は侯爵令嬢やってきたから、なんとか思い出して取り繕ったのだけど…えぇ、もう絶対に令嬢に戻れる気がしないわ。戻る気もないけど。
「ねぇ、さっきの《浮島》まだある?ひと口しか食べてないのよ」
「はい、どうぞ」
渾身の作だから、思う存分味わって欲しい。
基本の生地に、どれだけスパイスを調合して、どう練り込むかが難関だったわ。やり過ぎると変な風味になるし、かといって少なすぎても物足りない。どの工程で混ぜるかも色々試したのよ。
最終的に、きな粉と白胡麻を混ぜ込むことで、白餡とスパイスを良い具合に調和させることに成功した。バラバラだったそれぞれの味わいが、きな粉と白胡麻のコクで馴染み合った感じかしら。
でも、これだけだと見た目が献上品としては地味だから、更にひと手間。今回は、なんと言っても第一印象勝負だから、これも色々考えたのよ。
「《黄昏の浮島》」
「(え?)」
「これの名前よ。まだ決めてないんでしょ?」
食べながら、レイさんがそんなことを言った。
生地を型に半分入れたところで、抹茶を一面に振るって、その上に伊予柑の砂糖漬けを散らして、残りの生地を入れて蒸す。
そしたら、生地が膨らむことで、切った時の断面で抹茶の深い緑が波打ってるようになるのね。その上に、細かく刻んだ伊予柑の半透明な橙色が遊んでるように見える。
違う色の生地とマーブル模様にしたり、二層にしたり、色々試して。
献上する張本人の私が最終決定すれば良いって言われて、随分悩んだわ。むしろそれで寝不足なくらい。だって、どれもこれも美味しいんだもの。正直、どれを出しても文句はなかったわ。
「これ、ナミルの離宮みたい。あの離宮、元々あそこにある小さい島の上に建ってるのよ。海草や珊瑚の遺骸が積み重なって出来た、まさに浮島。夕暮れに王宮から見下ろすと、海、こんな風に見えるのよ」
地平線の彼方に沈む夕日に、海原がきらきら輝いて。波打つ水面は、深い深い色に変わってゆく。
私がこれに決めたのは、確かに抹茶と伊予柑の層が海の波をよく表しているように見えたからなのだけど、レイさんはもっと豊かな情景を伝えてきた。
「母上が、毎日、王宮から見つめてる風景よ」
これは、私達が初めての共同作業で、ペルラの風土を想って寄り添わせた和菓子。
生粋の海の人がそう思うならと、私達もどこかしっくりきたので、新しい名前が決まりました。