手土産と第一印象は大切です
今回は第三者視点。次回、元に戻って続きながら補足もしますので、色々とツッコミは待ってて下さい!とりあえずレイは王宮仕様です!
いつもブクマ、評価、ご感想ありがとうございます♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪
ペルラ海国の王宮は、遥かなる海原を遠く見渡せる高みに鎮座している。
白亜の神殿と呼ぶに相応しい。魔法石パールを象徴するかのような様相は、至る部分に貝殻の真珠層を螺鈿細工に施しているからだ。
他国の使者や賓客を招く謁見の間には水が引かれ、さながら砂漠のオアシスをそのまま移してきたかのような清涼さを演出している。ーほどなくして、中央に転移魔法陣が浮かび上がり、一人の青年が現れた。
「お呼びに預かり、『黄昏の宮』より参上致した」
ナミル・マルガリートゥム。
現王の第二王子にして、『蛇眼』を受け継ぎし離宮の主人。
「百十九年ぶりですね、ナミル」
左右に控える多くの臣下が、畏怖、嫌悪、忌避の眼差しを向ける中、背後に人工的な滝が流れ落ちる玉座にて、現王の隣に座る王妃が抑揚のない声音で話しかけた。
「相変わらずお美しくていらっしゃる、母上」
「世辞は結構です。それより、ご自分の弟や妹が産まれたというのに、一度も顔を出さぬとは何事です。姫など、先月に七つの誕生日を迎えましたよ」
「それはそれは、お祝い申し上げる。なにぶん、こちらには文のひとつも寄越されなかったもので、ご挨拶が遅れて申し訳ない」
臣下の一部が気まずそうな雰囲気を隠しきれず、謁見の間に流れる空気は更に悪くなった。
それらを一蹴するように、第一王子にして次期国王のレオパルドが臣下総勢に下がるよう言い渡す。
それに多くが動揺し、反論を試みようとしたが、国王は何も言わない。それはつまり、国王の命令も同然だ。足元に侍っている二匹の神獣の威厳にも気圧された。
やがて謁見の間は、国王と王妃、第一王子レオパルドとその正妃、第三王子、第一王女と青年だけが残され、がらんと静かになった。
「よろしいので?」
「よい、うるさくてかなわぬ。それより、陛下の神獣たる獅子王が、先日の巨大な氷山の出現に伴い『聖天魔法』にごく近しい力だと言った。その人物について説明せよ」
兄王子、レオパルドの言葉にひとつ頷くと、青年はごく簡潔に話す。
「彼女はかのシュムックの地の者。かの地が長年に渡り、我らエーデルシュタインの覇権を狙っていることは重々承知と思うが、その陰謀に利用されたと思われる。保護と監視を兼ねて、我が離宮に留め置いている次第」
「報告を怠った理由は?」
「なにを今更。私が保護したモノについて、一切の関与を望まず、全て内密に処理せよとお達しされたのは王宮の都合による。それに、彼女が真実、どのような人間であり、いかなる魔力を有する者か、見極める必要があったと言えばご納得頂けるか?」
「では、その結果は?」
「魔力については、現在はほぼ魔力ナシの状態ゆえに要経過観察。しかしながら明らかなのは、彼女は精霊に愛された乙女であり、かの『水晶殿』の覚えめでたき稀有な人間であるということ」
「『水晶殿』だと…?」
レオパルドの素直な驚愕の表情に、青年はくつりと笑って見せる。
「左様。彼女は夢にてかの場所へ渡り、既に懇意な様子。その証拠に、精霊王と聖巫女の御名を知っている。魔力の件を差し置いても、彼女に無体を働けば、彼女を慕う聖獣や霊獣、精霊が黙っていないということをお心に留められよ」
そうして青年がひとつ瞬くと、その傍に魔法陣が浮かび上がった。
『お初にお目にかかります。このような格好であること、どうぞご容赦下さいませ』
「彼女は後遺症で、身体はほぼ植物人間になっている。顔を見せよとの要望はお控え願いたい」
たしかに、ここに臣下総勢がいたらうるさかっただろう。
薄桃色の翼を持つ奇妙なグリフォンに、寝そべるようにもたれかかっている。
脳裏に直接響く声を聞かねば何と判別し辛い。ヴェールを被り、足の先まで花嫁衣装のようなものに覆われている。全身くまなく見せられないとは、一体、後遺症とはどれほど酷いのか。
しかしながら、その声は落ち着きのある澄んだ質のもので、口調には気品が漂う。この場しのぎの演技ではない、生まれてより培われたであろうことがわかる。言われずとも、どこぞの由緒正しき令嬢であることは明白であった。
傍らには、ハッとするほど美しく可憐な獣人の娘と、顔面の傷が目を惹く雄々しい霊獣フェンリルが控えている。周りに淡く粉々として見える、ふわふわとした光は間違いなく海の精霊のものだ。
『ご子息、ナミル様には先だってよりお世話になっておりますれば。遅ればせながら、こちらをどうぞ、お納め下さい』
獣人の娘が、しずしずと前に進み出て、掲げる。
その両手には、ペルラでも他国でも見たことのない、菱形の大きな皿が一枚。銀箔が美しく塗り込められた漆黒は、重厚感がありながらも決して地味ではなく、魅入られる。
そしてその上には、甘い香りのものが数種。
「これは…菓子?」
『はい。私の友人が作っている、和菓子という品でございます』
香りで菓子とわかったが、そうでなければ精巧な飾り物と勘違いしていた。それほどまでに見事な見目の菓子に、しかし、王妃は顔を僅かに顰めた。目を逸らすように扇子を広げる。
ところが、続けられた説明に、扇子は再び閉じられる。
『七つになられた王女様にも、お口に出来るものをと、友人と考えた品です』
「は?今、なんと」
『精霊達に伺いましたところ、王女様は牛乳などの乳製品を食された折に、ご体調が優れぬご様子。こちらは全て、乳製品を使わずに作られております』
「まさか、そのようなことが」
「リリー、あれ、食べられるの?」
信じられない、と語る表情の王妃の横で、王女が母のドレスの裾を引く。
『飴やシャーベットだけでなく、乳製品を使わなくても美味しいお菓子はあるのです』
「かわいい。きれい。おかあさま、リリー、あれたべたい」
「…お待ちなさい。わたくしが判断します」
王妃自ら毒味とは非常識なことであるが、例えここに臣下がいたとしても自ら口にしただろうと思わせる、静かながらもそんな気迫があった。
「どれが、どのようなものなのです」
『はい、ご説明します。王妃様の手前にある、透明な半球のものが《珊瑚真珠》、その右にあるものが《酔芙蓉》と申します』
「珊瑚やローゼルを模した置物ではなくて?」
『和菓子にございます』
許可を得て玉座まであがり、傅いた獣人の娘の皿から、これも添えられていたフォークのようなものを王妃は取り上げた。先ず《酔芙蓉》なるものを切る。目を輝かせて手を伸ばそうとする王女を制しながら、ひと口、含んだ。
「母上、いかがですか」
レオパルドの問いに、王妃は即座に何と答えられなかった。
まるで、ペルラの国花、ローゼルを食べているようだった。
もちろん、実際にローゼルを食べたことはないし、食べたとしてもこんな味ではないことくらいわかる。
だが、雲はマシュマロの味と民草の子供達が美味しい想像をするのと同じく、美しいローゼルを食べたらこんな味では、と、そんな甘く芳しい夢を実現したかのような味わい。まさしく、夢心地。
しかし、かろうじて本来の目的を思い出し、真剣に味を吟味する。
確かにこれは、娘がお腹を壊したり酷い湿疹症状が出る乳の類は入っていない。
『《珊瑚真珠》は、寒天やゼラチンのように見えますが、葛という全く別の食材を使っています。王女様専用に、通常より小さく作られています』
大人なら、はしたなく大きく口を開けずとも食べられるサイズ。三つあるうちのひとつが、そのつもりはなかったが、つるんと気持ちよく口の中に滑り込んだ。
涼やかな潮の香り。
透明な甘さが、すぅと身体に沁み渡る。
残る二つを見つめ、王妃は次に、無意識に玉座の下に立っている青年を見つめた。訝しむ眼差しを返されて、我に返り目を逸らす。
海は、こんなにも美しかっただろうか。
「これは?」
『最後は《浮島》という和菓子です』
半ば誤魔化すように、三つ目の菓子の説明を求めた。
「ケーキではないのですか」
『バターや生クリームをたっぷり練りこんだケーキに見えますが、違うのです。是非、食べてみてください』
切り分けたパウンドケーキに見えるそれも、珍妙な名であった。
「おかあさま、リリー、食べられる?リリー、食べたい」
七つになる王女リリアーヌは、皆と揃って、同じように美味な菓子を食べることがかなわない。
どうもおかしいと気づくのは早かったが、原因を特定するのに時間がかかった。病気というわけではなく、王族の中ではあまり知られていない症状であったためだ。
しかしどうやら、民草の間では、いわゆるアレルギーという症状や発作として知られているらしい。乳製品だけでなく、卵や小麦粉といった別の食材でも反応が出る場合もあるという。
お抱えのシェフや御用達のパティシエらの作る、バターや生クリームなどをふんだんに使ったケーキやパイ、クッキー、どれもこれも王女は食べられない。アイスクリームなどもってのほか。
食べたいと泣いてねだられて、少しだけと思って食べさせれば、その後がもっと酷いことになる。ドロップや果汁を凍らせただけのシャーベットなどが精々。
女の子らしく、美味しい菓子に目を輝かせて、幸せに笑うことが出来ない。
「これ、は」
『いかがですか?』
「そなた、これはまこと、バターも生クリームも使っていないと申すか」
『はい。しっとりどっしり感じられるのは、白いんげんという豆をお砂糖で煮詰めて、滑らかに練った餡子と米粉のお陰です。コクを出しているのは、丁寧に挽いたきな粉と白胡麻でしょう。ペルラの風土に合わせて、シナモン、ジンジャーなどのスパイスを練りこんでおります』
「この果肉は?」
『伊予柑という柑橘類のピールです。二層仕立てで、波のように見えませんか?』
なんとも楽しそうに話す。
「母上、私も試食しましょう。セレーネもおいで」
「は、はぃ」
レオパルドも妻を呼んで味を吟味する。
口当たりは生クリームをたっぷり仕込んだようにしっとりと滑らかで、けれど、重いかと思えばすっきりと胃の腑に収まる。
パサついた感覚もなく、さらりとした口溶け。それでいて、上等なスポンジ生地のようにふっくらしている。
チャイティーのような風味だ。だが、味は全くの未知のもの。けれど、どこか馴染み深く感じる。スパイスを効かせた、というより、馴染ませた、とでも言おうか。
ほんのりミルクティー色の生地の断面には、鮮やかな緑が波のように描かれていて、柑橘のピールが海原の水面に煌めく夕暮れの光のようだ。食感と味と色みの良いアクセントになっている。
「リリアーヌ、お食べ」
「ほんとぉ!?」
随分と歳の離れた兄の手から、《浮島》を嬉しそうに受け取って、頬張る。
ぱぁあ、と、蕾がほころぶようだった。
「おいしい!おかあさま、おとうさま、このケーキおいしい!」
「《浮島》だよ」
「うきしまー!ふわふわー!」
「ナミル、《浮島》とはどのような意味だ?」
「《浮島》とはー……いかん、忘れた」
『ちょ、ナミルさん、予習したじゃないですか。膨らんで割れた表面の感じが、水面に浮かぶ島みたいに見えるからでしょう』
「あぁ、そうだったな、すまん。いやなに、ガラにもなく多少緊張していたようだ」
『もう。レオパルド様、《浮島》とは』
「よい。聞こえた」
『ありがとうございます。はぁ、王女さま可愛すぎ…』
大はしゃぎする王女の、幸せそうな笑顔を見ることをあれほど望んでいたというのに、王妃の目は玉座の下に縫いとめられたらように動かない。
「だが、《浮島》はアレンジが割と自由自在だから、これに相応しい名を考えようと言っていただろう?だから、あれこれ考えていたらうっかりな」
『名前をつけたがるなんて、本当にナミルさん和菓子にハマってきましたよね。狙ってましたけど』
「はは、なんだそれは。まぁ、お前を見てると和菓子は面白いが」
『私は関係なくありません?』
「大アリだ」
お互いに姿形は変わっていない。
だが、百十九年ぶりに会う息子の、見たこともない屈託のない笑顔に、王妃は雷に打たれたかのような衝撃を受けていた。それを、レオパルドは黙って見守っていた。