本日も食い意地は健在です
作者はあまーいシロップが苦手なのです。
ブクマ、評価、ご感想、いつもありがとうございます♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪京都在住ですが、夏でなくても大人気な日本のおやつでございます。
真夜中に目が覚めた、と思ったら違うみたいだった。
「(…?)」
離宮の部屋。壁の一面だけはそっくり大きな窓になっていて、バルコニーに出られる。水平線の向こうに見えるお月さま。暗い海の水面がきらきらと揺蕩っている。
でも、ここは、違う。
見慣れた部屋だけど、違う。だって、いつもそばにいる皆んながいないもの。それに、私、一人で立ってるから、これは夢だ。
森の図書館で例の二人とお茶会して、いつもはそこで眠ったら現実で目が覚めるはず。二重で夢を見るなんて、一体どうしたのかしら?
ちなみに、元日本人なら!と思って早速食べてもらった《黄金の霊峰》、すごくすごーく、喜んでくれたわ。干し柿はソウルフードよね。
前世では干し柿も買う余裕はなくて、でも、一度だけ近所で廃棄されそうになっていた渋柿を使って素人知識で作ってみたことがあるのだって。
お店で売ってるのみたいには出来なかったんですけど、でも、甘くなって、大事に大事に食べたんです。って。懐かしそうに目を細めて、王さまと半分こで食べてた。彼女ほんと可愛い…あ、森の精霊達は、ひとつのどら焼きを皆んなでワイワイしながらパクパクして、気に入ってくれたみたい。
ーいつかここに来るだろう、異世界の娘よー
ふいに、脳裏に直接流れ込むようにして聞こえてきた声に、驚いて振り返った。
開けられた窓の外、バルコニーの椅子に座った青年が、紙に何かを綴っている。ナミルさんと似たような髪色と、同じ肌色と瞳と衣装。でも、見た目はもう少しだけ若い気がした。
ー夢を見た。遠いいつか、彼女と故郷を同じくする名も知らぬ君がここに来て、なんの因果か彼女のいるあの場所へ巡り会う夢をー
ー殆ど意地でここまで生きてきたが、俺もそろそろ、還る時が近くなりつつあるのがわかるー
ーだが、彼女は奴と、この先も永遠に近い時を過ごすだろうー
ー異世界の娘よ、もしこの文を君が見つけることがあるならば、叶えなくても良い、ただ、何かの縁だと思ってこの身勝手な願いを聞き届けてくれることを望むー
彼の手元には、私がいつも森の不思議な図書館で持っている、あの折り鶴があった。
「これは何本に見える?・・・これは?・・・この文字の羅列を読んでみろ・・・これは何色に見える?形は?・・・」
今度こそごきげんよう皆さん。夢が不思議なのはいつものことなので、今日も元気にいきましょう。はい、視力検査なうです。
「ふむ…なかなか手強いな」
「(ぼんやりとなら見えるんですけど…)」
「焦らんで良い。何も失明したわけじゃないんだ」
火刑台に使ってた薪と藁、なんか特殊なものでも使ってたのかしら…悪女を焼くんだもの、有り得るわよね…その成分とか粒子とかが、治癒を邪魔してるとか。声も全然、まだ出ないし。
「ゴホッゴホ…っ!」
「みやこさま…!」
「メゥメゥ〜!」
「焦るなと言われたばかりだろうがこのバカ」
そ、そうね、火傷すっごく引き攣って痛いわ…早く皆んなとお喋り、したいんだけどなぁ…。うぅ、喉がヒリヒリする…。
右手が治癒してきてて、だから少し調子に乗っちゃった。実際はまだまだ、包帯ぐるぐる巻きのゾンビのくせにね。咳は出るのにちょっと喉を鳴らすこともできない。
顔だって、ちょっとマシになってきたとはいえ、主に左側の火傷が酷くてガーゼと包帯よ。ついでに目も火の粉でも入ったのか、視力がご臨終。色の判別も難しいわ。
「(かき氷…)」
喉はヒリヒリするし、炎の熱さを思い出して冷たいものが欲しくなった。
「かき氷?」
「(うすーく氷を削ったのに、甘いシロップかけたおやつです。私はシロップじゃなくて、ぜんざいのが好きなんですけど)」
「氷菓子か、どれどれ…」
私が食べたいって思うと、いつも絶妙に描いてくれるのよね。ナミルさんも本当は日本人だったんじゃないかってくらい。
ほら、今だって氷の透明感とシャリシャリ感、凄い雰囲気のある可愛いイラストよ。もうお仕事、イラストレーターで良いんじゃないかしら。
アイスやソフトクリームも良いけど、ものによっては胃もたれしちゃうのよね。かき氷だって食べ過ぎはお腹冷やしちゃうけど、やっぱり私はこっち派よ。シャーベットなんてものもあるけど、こっちが良い。
「(果物乗っけたり、白玉だったり、色んな味のアレンジあるんですけど、巡り巡ってシンプルに落ち着くんですよ)」
「ぜんざいというのは、あれか?汁粉に似た。それを冷やしたのとは違うのか」
「(氷のシャリシャリが良いんです!全然違うものになりますよ!)」
「ほぉ」
お腹に入ったら混ざって同じじゃん、なんて言う人は大嫌いよ。じゃあ何かしら、そんな人は食べ物ぜーんぶ、ミキサーでガーッと混ぜて飲み干せば良いんだわ。そういうことよねぇ?
「確か、お二人に頂いた小豆煮が、まだあったはずですわ…」
そうでした!
和月君と深月ちゃん、ジュパン領から貰う食材で試行錯誤中なのよ。
小豆とか大納言とか、日本の食材と限りなく近いものが多いみたいだけど、やっぱり世界が違うから。つまり、産地が違うわけだから、色々試して和み庵の味にしたいわけよね。
それでこの間、日本の小豆よりひと回りくらい大きな粒の小豆を貰ったみたいで、たくさん煮たみたいなのね。
もし良ければ、って言われて飛びつかないはずないでしょう?まだお砂糖入れていないから、料理にも使えるしね。
そしたらなんと、ナミルさん、それを使って美味しいポタージュ作ってくれました!
小豆のポタージュ?って思うでしょ?私も思ったわ。発想がなかったもの。ナミルさんも、単なる思いつきのテキトーだぞ、なんて言ってたし。
でもでもこれが、とっても美味しかったのよ!
日本人感覚だと、小豆を洋風ってどうなるんだろうって感じだけど、全然違和感なかったわ。お肉の骨で濃ゆいダシを取って、そこにハーブやスパイスを投入して臭みを消して、牛乳と一緒に裏漉しした小豆煮を伸ばして塩で味付けしたのだって。見た目は小豆バーのアイスみたいな色なんだけど、良い意味で予想外のお味。さすが料理男子!
「(もうナミルさんお嫁さんに欲しい…)」
「は?」
おっと美味しい想像がうっかり口に出ちゃったわ。
「おぜんざい、お作りいたしましたわ…」
「ならあとは氷か」
いそいそと、きなこが作ってきてくれて、ナミルさんが上に向けた手のひらの空中に、きらきら何か集まってきたと思ったら氷の塊が出てきた。
「(どうやったんですか?)」
「氷は、要するに水属性の魔法の派生だからな。初級者なら初級者の詠唱があるから、あとは精霊との相性やら才能やら努力次第か」
つまり、詠唱もなく何気なく氷の塊を出せるナミルさんは超人ってことよね。知ってた。
『ひんやり〜。シエルも食べるの〜』
「メゥ〜」
「お前、削った状態に最初から出来るだろ」
「だがなぁ、どうも彼女としては、こう手ずから削るのがお楽しみっぽいイメージだからな」
ナミルさんわかってますね!
手が冷たいだろうに、わざわざシャリシャリ、ナイフで氷の塊をぜんざいを盛った器に削って入れてくれる。やだ、なんか病室で林檎剥いてるみたいに見えてきたわ。まぁ、私、間違いなく患者だものね。ナミルさん、林檎剥くのも絶対に上手いわ。くるくる丸ごと剥いてそう。やっぱりお嫁さん…いや、お母さんかしらこれ?
「(あ)」
「やめてくれ、うっかり指を切った」
何を?
本当にこの人、笑いのツボ浅いわよね…今は笑いを堪えてるというより、こう、微妙というか複雑そうな苦笑だけども、どうしたのかしら?とりあえず、笑ってないで止血した方が良いと思うの。深くはなさそうだけど、ほら、せっかくのかき氷が、ね?猿も木から落ちるっていうものね、気にしなくて良いと思うわ。
「ナミルさま、お貸しくださいませ…みやこさま、きなこだって、これくらい出来ますわ。お望みなら、林檎だって…」
きなこも上手そうよね。うさぎ林檎とか。なにそれ萌える。ケモ耳美少女がうさぎ林檎?なにそれ萌える。
「(はぁ、喉に沁み渡る…おいし…)」
「似たようなおやつなら、ペルラの家庭でも割と定番だった気がするな。それこそ果物やらドライフルーツやらジャムやら乗っけて、カラフルなもんだが」
うん、そういえば日本にもアレンジ版でそういうのあったような気がするわね。ぜんざいだって、豆のジャムって思えなくもないし、蜜豆と一緒に食べるのだってあった気がするし。そういうのも良いわね。ほら、皆んなでバラバラの食べて食べ合いっこって楽しくない?うん、やろうやろう。
「(さっきの、もう一回見てみたいです)」
「氷か?フェンリル、やって見せてやれ」
「…俺は水と相性が悪いと言っている」
「だが出来るだろう?なんだ、彼女の前で失敗するのが怖いのか?」
「……後で覚えてろ」
定番の挑発ですね。そしてそれに乗っかるしぐれ、かわゆい。なにかしらね、二人の掛け合い見てると中学生男子みたい。青春だわ…そこから恋に発展しても変わらず温かく見守らせてね。はぁ癒し。
「…悪い、鳥肌が立った」
「…奇遇だな、不本意極まりないが。バカの思考の先を読もうとするだけ無駄だ…」
あら?なんか部屋の温度が一気に下がったような…まだかき氷、ひと口しか食べてないのだけど。まだ体温調節も上手くいってないのね、この身体。それにしてもシエル、『わ〜、涼し〜!』って大はしゃぎしてるけど、かき氷、気に入ってくれたのかしら?
「《清き水よ結び給え 来たりて我が息吹に応えよ》」
たぶん、しぐれも本当は詠唱なしでも出来るんだろうけど、私がわかりやすいようにしてくれたのね。綺麗な氷の塊がまた現れた。
「(来たりて…っていうのが、もしかしてお決まり文句なんですか?)」
「そうだな。それこそ、精霊に力を貸してくれと依頼するから自然とそういう口上になる。だからそこさえ踏まえれば、別に違った言葉でも良いのさ。精霊が応えてくれるならな」
ふむふむ、やっぱり命令っていうより、頼むのね。そりゃそうよね。応えろ!なんて、人間お前何様よ?って感じだものね。私が精霊だったら、そんな人に力貸したくないわ。
ううん、それにしても、ぜんざいかき氷、やっぱり良いわ。
煮詰めて少し水分飛ばしてトロトロになったのに、削りたての氷の結晶が混ざり合って、このなんとも言えない舌触りよ。綺麗に削った氷って溶けにくいから、意外と水っぽくならないのよね。火照った身体に優しいおやつ。受験勉強とかで沸騰しちゃった脳みそにも良いわねきっと。
でも、よく考えると不思議な感じ。
だってこれ、最終的には同じ氷で過程が違うだけなんだろうけど、要するに水の精霊?が力を貸してくれて出来た氷なのよね。
それを食べてるって思うと、なんだか自分が凄く神秘的なものを食べてる気分だわ…こんなゾンビでロクにお返しも出来ないのに、ちょっと申し訳ない。そうね、だからせめて美味しく頂いて、心から感謝しよう。見えないけどどこかにいる精霊さんに。
「(清き水を結び給いて ご馳走頂き感謝します)」
なーんて、ね。しぐれが格好良く言ってたから、ちょっと真似してカッコつけてみちゃった。とりあえず、ご馳走さまでした!ってこと、で、……。
「(…っえ、えぇぇぇええええ!?)」
『わ〜、大きな氷だ〜』
「メゥメゥ!」
突然、ズン、と空気が揺れたと思って窓の外を見たら、海に巨大な氷の塊が出現していた。
…って、なに、なにごと!?どういうこと!?
「独自詠唱かよ…」
「みやこさま、素晴らしいですわ…」
「感心してる場合か阿呆が」
ナミルさんが顔に手を当てて、きなこがベタ誉めしてきて、しぐれが呆れたように大きなため息をついた。…えーっと、私、ですか?
「ありがとうって言われて、喜んだ精霊がうっかり張り切っちまったんだろう。…王宮に勘付かれて、面倒なことにならなけりゃ良いが」
ナミルさんの最後の呟きはよく聞き取れなかったけど、感謝の気持ちは伝わったってことで良いのかしら?
とりあえず、あんなに大きなの食べきれないから、水の精霊さん、一緒にぜんざいかき氷、食べませんか?
ー美味しいかき氷のお礼をしただけなのに、まさか王宮から呼び出されるなんて、普通思わないわよね?