疲れたら甘いものでひと休みしましょう
生姜を効かせた飴湯が好きです。
いつもブクマ、評価、ご感想、ありがとうございます♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪
「魔力というのは一種のエネルギー体のことだ。そして、魔力がある、というのは、そのエネルギーを貯めて保有しておく器がある状態のことを指す」
皆さんごきげんよう。本日はお勉強のお時間です。講師はナミル先生です。
「逆に、魔力ナシ、というのは、その器が壊れているか故障して機能不全になっているかのどちらかだ。元々その器が存在しないという例は、少なくとも過去にない。大小の差はあれ、生まれながらに誰もが必ず持っていると考えて良い」
「(じゃあ、私の場合もそのどっちかってことなんですね)」
「おそらくは、そうだ。まぁ、この例えも人々が研究を重ねて漸く判明した仕組みだ。これから先、また新たなことがわかるかもしれんし、通説が覆る可能性もある。ただ、俺の感覚としても概ね間違っていないだろうと思っているが」
「(その器を直せば、元に戻るんですか?)」
今の私は、『魔力ナシ』と呼ばれる状態らしい。つまり、その貯蓄タンクがすっからかん。でも、イコール生命力ではないのね。だったらとっくに三途の川渡っちゃってるはずだもの。
「破損や故障の原因にもよるな。例えば、難病にかかった影響で機能不全になった場合だが、今は治療法がある程度確立されているから良いようなものの、昔は器を直す前に病魔に生命力がごっそり削られて死に至るケースが殆どだったらしい」
「(うーん…)」
「イコール生命力ではないが、魔力は生命力や免疫力を底支えしているからな。それで、お前の場合だが…強制的にぶっ壊されたと見える」
「(わかるんですか?私、そもそも魔力とかあんまり自覚なかったから…)」
「俺くらいになれば、他人の魔力についてもある程度わかる」
思い返しても、やっぱり全然わからない。捕まって、裁判にかけられて、それからあっという間だったものね…。
振り返っていると、ポンと頭に手を置かれた。
「安心しろ。お前の場合は直る。単純に壊されただけで、何か妙な術がかかっているわけでもなさそうだ。身体と同じ、時間さえかければ自然治癒で元に戻るだろう。実感はないかもしれんが、魔法を扱えるには程遠いが、魔力も少しずつ溜まり始めてるぞ」
魔力があれば、魔法や魔術が使えるらしい。それもおいおい教えてやろう、と言われたけど、ううん、ピンとこないわ。それこそファンタジー小説や漫画で読んだことはあるけど、ああいうのが現実にあるって、ねぇ?
「(魔力があれば、誰でも魔法とか使えるんですか?)」
「良い質問だ」
曰く、魔力があるだけでは宝の持ち腐れで、コントロールや使い方をきちんと理解しなければならないらしい。そのために魔法学園なるものがあるそう。わぁ、なんかそれっぽいわ。
「そもそも、最終的には大精霊の加護がなければ魔法を成立させることはできない。だから精霊術も同時に学ぶ必要があるな」
「(大精霊?)」
「魔法には主に六つの属性があってな。光、闇、水、火、風、地にそれぞれを司る大精霊がいる。尤も、大精霊そのものを従えられるのは精霊王くらいだ。普通はその配下にいる精霊達を使役するという具合になる」
精霊は自然界に存在して、本来は森羅万象の営みの一部なのだそう。
精霊…えぇと、八百万のカミサマみたいな感じかしら?じゃあ、こう、神社でお参りするみたいに、力を貸して下さいーってお願いすれば良い?お賽銭とかお供え物って必要かしら?手を合わせて、なむなむーって。…あ、それはお寺の方だったわ。
「(あのー、ナミルさん?)」
「いや、いい、可愛いから許す」
よくわからないけど、また背を向けて笑いを堪えてるわ。ツボ、浅くない?きなことしぐれはどうしたのかしら。尻尾モフモフぱたぱたさせてるけど、講義中になんか良いことあったの?良かったね。あぁ可愛い。
「まぁ、念じるというのはあながち間違いじゃないさ。どれ、見せてやろう」
確かに見たほうが早いかもしれない。
ナミルさんが右の手のひらを上に向けたので、そこをじっと見つめた。
「《天の雷より生まれし赤きともしび 来たりて我が息吹に応えよ》」
彼が厳かに朗々と告げると、暖色の煌めきが見えたかと思えばボゥっと炎の塊が手のひらに顕現した。おぉ、と思わず心の中で拍手する。
「今のが詠唱というものだ。最も初歩的で基本的なものだな。言葉は一番わかりやすい、魔法を形にするためのツールだ。上級者になるほど、詠唱は短くてもよくなるし、最終的にはイメージだけで自在に操れるようになる。中には独自詠唱を創ってしまう者もいるな」
詠唱にも種類があって、法則や決まり事があるらしい。勉強は苦手ではないけど、それ、覚えられるのかしらね…。ナミルさん、スパルタじゃなければ良いなぁ。
「(そういえば、和月君と深月ちゃんはそこらへん、どうしてるんですかね?)」
私は有り難いことに致せ尽くせり生活だけど、二人はちゃんと自立して生活してる。でも、こっちにあっちのような電気もガスもないようだし、今更だけど気になる。
「闇の大精霊が直接教えたようだぞ」
「(闇の?)」
「あの店は月に縁があるだろう」
「(あぁ、令月堂)」
「それに、日本人は元々、月への信仰心が潜在的に備わっている。闇の大精霊は月の女神でもある」
「(そうなんだ…なら良かった)」
「おいおい、大精霊直々のご指導とは、つくづく素質のある双子だな。どうりで息をするように馴染んでると思ったら」
しぐれが説明してくれて、ナミルさんが呆れたように苦笑した。とりあえず、二人に不自由がないとわかってホッとしたわ。
「お呼びかしら?」
「こんにちは」
「(あ、レイさん、セレーネさん)」
時間になったみたい。勉強はひと休みね。
実は今日は、和月君と深月ちゃんからこの二人にって預かってて、だから待ってたのよ。
「(あのね、セレーネさんの涙を使って作ったみたいなの)」
「わたしの…?」
「(この間、迷惑をかけちゃったからって、セレーネさんは好きに使って良いって言ったでしょう?でも、これはセレーネさんがレイさんを想った結晶だから、二人にまず捧げるべきだって)」
ほんと、そういうところが大和男児と大和撫子らしいわよね。惚れちゃうわ…逆にモテすぎないか心配なくらい。
説明すると、案の定というか、彼女はぽっぽと頰を染めて、レイさんはわかりやすくデレデレしてる。きなことしぐれはやっぱりドン引きしてるけど、良いのじゃないかしら。王宮ではキリッとしてると思うもの。たぶん。
「そういや兄者、声が出ない子と言ってたのは何だったんだ?」
「あぁあれ?だってセレーネ、相変わらず自分の声気にしてるから、もしナミルが拾ってたら声出ないフリするんじゃないかと思って。実際、アタシが匿ってから暫くそんな感じだったし」
「なるほどな」
「で、なになに?今度はあの双子ちゃん何作ったの?」
人魚の涙は宝玉、というのは、例えとしてはあながち間違いではなかったみたいなのよね。
厳密には宝玉じゃなくて、万能霊薬の素になるらしいの。うっかり口に含んで甘いと思ったのも、錯覚じゃなかったみたい。
「説明されたのをそのまま言うぞ。右から順に、この壺が溶かしただけの純粋なもの、次が更に煮詰めて蜜液にしたもの、飴状に練ったものだ」
「こちらの、とても美しい細工は、なんでしょう…?」
「飴細工だ」
三つの壺をしぐれが説明して、セレーネさんがほぅと感嘆の息を漏らしたのは薄水色と薄桜色の小さな飴細工。まるで高級な装飾具だわ。
「うっそ、これ、硝子とか銀細工じゃないの?食べられるの?」
「飴だから食べられるんじゃないか」
「やっだもったいない!これ、セレーネじゃないの」
「わ、わたし、こんなに綺麗で可愛くは…」
「そーんなこと言ってるのは、どのお口かしら…?ここで黙らせて欲しい?ふっかいやつで」
「〜〜〜〜…!」
イチャイチャは程よくスルーしましょう。
それにしても、飴細工まで出来るなんて、あの二人どれだけハイスペックなの?人魚姫と海の波と真珠を表してるのよね、これ。あぁほんと、食べるのもったいないけど食べないのももったいない…この葛藤が和菓子なのよね。きらきらふわふわかかってるのは、天糖蟲の粉砂糖かしら?
「ふむ…最初の溶かしただけのものは、やはりポーションと言って差し支えないな。次は水飴に近いか?」
「(虹色…すごい…)」
「ちょっとジャンヌ、眺めて感心してるだけじゃなくて食べなさいよ」
「(良いんですか?)」
「ダメなんて言うほど、アタシ狭い懐じゃないわよ?」
「さぁ、みやこさま…」
一応これでも遠慮してたのよ。まぁ、食い意地はってる人間がそんなことしたってワザとらしいかしらね?
めでたく許可が出たので、食べるというか、飲ませてもらって舐めさせてもらった。んん、勉強でフル回転させた脳みそに染み渡るわ…勉強に休憩は必要ね。努力は必要だけど、頑張りすぎは良くないもの。
おばあちゃんが昔、飲ませてくれた飴湯に似てるかしら?さらりとスッキリしてて、くどくない甘さが良い。あの時は、そう、夏休みの宿題を頑張ってた。おばあちゃんとおじいちゃんを困らせないようにって、遊ばないで我武者羅にやってたら、休むことも大事よって。
それにしても、決して悲しいだけじゃない恋する涙とはいえ、誰かの涙を甘くて美味しいって思うのはちょっと複雑ね…今回は結果オーライになったから良いけど。
「ねぇ、この飴細工、食べないでアタシの部屋に飾って良い?」
「兄者の好きにしたら良いんじゃないか?」
そうそう、最後はやっぱりハッピーエンドじゃないと。
都合が良い?上等よ。和み庵の和菓子も、何より、おじいさんとおばあさんと息子さんとお嫁さんと、二人の腕前と心にはそういう力があるに決まってる。
あぁ、幸せな気分になったら、眠くなってきたわ…。
「メゥメゥ」
『ジャンヌ、寝ちゃった〜?』
一緒に寝ようとするバクとグリフォンの子供を微笑ましく眺めていたら、「ねぇ」と少し神妙な声で兄者に話しかけられた。
「人魚の涙の力は本物よ。なのにジャンヌ、どうして効果出ないの?」
事情を全て知らない兄者に、察しろというのは無理な話だな。人魚の娘も疑問に思いながら、彼女を心配そうに見つめている。
そうだ、普通なら、この場で即刻、効果が出るはずだ。全快とまでいかずとも、少なくとも上半身は治癒するだろう。だが、現実はそんなに生易しいものではない。
「ほぼ魔力ナシだからな。器が破壊されている状態でいくら薬を流し込んでも、流れ出るだけさ」
「それはアタシもわかるよ。でも、それでも何かしら、少しは効果が出るはずだわ。なのに、ここまで皆無って…」
兄者もジャンヌを気にかけてくれている。だからこそ、期待したのだろうが。
「彼女は、潜在意識で自分を呪ってるからな。この状態は、ある意味で彼女自身が望んでいることだ」
「…なにソレ。ねぇ、結論だけで良いから聞かせて。ジャンヌは悪いことでもしたの?」
「悪事に加担したことは否めない。例えそれが、敢えてそう演じて国を救ってくれと王室から依頼されたものだとしても」
「納得いかない」
「そうだな」
ころん、と何かが転がった。
兄者の隣に座っていた人魚の娘が立ち上がって、獣人の娘が侍っているそばに歩み寄る。そうして、気持ちよく眠って少し開いている口に、今しがたの涙を飴玉のようにそっと入れた。
変化は、一切なにもなかった。
「セレーネ…」
「お前が気に病むことではないさ」
しゅん、とわかりやすく落ち込んで見せた。まったく、どいつもこいつも健気なことだ。
「ナミル」
「うん?」
転移魔法陣の中から、いやに真剣な顔を向けられる。
「アタシ、ナミルがいろんな尻拭いみたいな立場にいるの、ずっと気に入らなかったわ。正直、今でもそう思ってる。ナミルは優しいから、どうしたって放っておけないし、拾っちゃうじゃない」
「別に優しかないさ」
「でも、ジャンヌが来て、今は少し、ナミルはここにいて良かったのかもって思ってるわ。だって今のナミル、笑ってるから」
言うだけ言って、さっさと帰って行った。
「…優しかないさ」
優しいというのは、こいつらのようなのを言うものだ。
俺のは、ただ、死ぬまでの暇潰しみたいなもの。少なくとも、当初は確かに、そう思っていたんだからな。
「笑ってる、か」
鏡なんぞ特に見たこともなかったが、少しばかり、自分の顔が気になった。