どら焼きの食べ方
美味しいって、単に味の話だけじゃないと思うのです。
ブクマ、評価、ご感想、いつもありがとうございます!
「(金平糖っていうんだけど、海の星みたいで可愛いでしょ)」
「は、はぃ…コンペイトウ、甘くて、ころころしてて、美味しいです…」
残念ながら、どら焼きは売り切れ。でも、これがまたお茶請けにもってこいなのよね。ついつい手が伸びちゃう。眺めてるだけで癒されるって、和菓子ってなんて万能なのかしら。
人魚姫さん、もとい、セレーネさんは、とても遠慮がちにだけど、気に入ってくれたみたいでホッとした。
ううん、それにしても、人魚と金平糖って凄く似合うビジュアルね…今の彼女は人間の姿だけど。でも、耳はエルフの典型的なイメージみたいにちょっと尖ってる形だし、人間離れした可憐さと、貝殻や珊瑚を髪に自然と飾ってるから、やっぱり人魚なんだわ。
特に目を惹くのは、首元を飾ってるネックレス。
瞳と同じ桜貝色の、雫型の真珠。真ん中の一番大きいのから、左右に少しずつ小さな粒になってる。
「そうか、お前、兄者が探していた恩人だな?」
「(え?)」
彼女が落ち着いたところで、ナミルさんが納得したようにそう言った。私はもちろん意味がわからなかったけど、セレーネさんは縮こまっちゃったわ。目を伏せて、なんだか泣きそう…。
「そのネックレスのトップ。幼い頃からずっと、兄者は持ち主を探していた。陰謀によって、まだ当時は魔力強しと言えど子供だ、嵐の海に突き落とされたのを救ってくれた、名も顔もロクにわからない、ハスキーボイスの君」
そうなの。セレーネさん、こんなに可憐で可愛くて、女子でも守ってあげたくなるようなゆるふわ系なのに、声がすっごいイケメンで格好いいハスキーボイスなの。さっきはいきなりドアップになってそれどころじゃなかったけど、何かしらこのギャップ。ギャップ萌えってこのことだわ。
「ごめんなさぃ、こんな声で…幻滅、しましたよね…」
「(なんで?)」
「だって、こんな声…人魚らしくない、です。お姉さま達みたいな、美しい声こそ、人魚の誇りで…だから、海の聖歌に加わることが出来ない、私は悪い子なんです…」
海の聖歌は、人魚姫だけが歌うことの出来る聖なるもので、月夜の晩、人魚の歌声が聞こえると幸運に巡り会えるっていうジンクスがあるとかないとか。きなこ達の受け売りです。
「どんなに発声練習しても、上手く歌えなくて…いつも、ひとりで、海岸で練習していたんです。海岸にあまり近づくなって言われてましたが、そこなら、誰も見ていないから…」
そうしたら、やっぱりというか、人に見つかって捕まりそうになったから、人間の姿になって逃げたそう。その逃げてる途中で、偶然、レイさんに会って匿われたと、セレーネさんはポツリポツリと話した。
「『アナタは可愛いわ。その声なんて、とびっきり良いモノ持ってるじゃないの。もっと自信持ちなさい。可愛くないっていうのは、自分を卑下することよ』って…そんなこと、言ってくれた人は、初めてで…」
あぁ、なんだ。
私の心の声は、しぐれがズバッと代弁してくれた。
「なんだ、あの男女のこと好きなのか」
「(しぐれ、言い方)」
「…っでも、わたし…っ」
セレーネさんの目から、ぽろぽろと涙が溢れてゆく。…え、これどうするの。ぽろぽろコロコロ、床に転がってってるんだけど…?こらシエル、もこちゃん、興味津々にツンツンころころするのやめなさい。めっ。
「まさか、あの時助けた女の子が、彼で、お姉さま達みたいに綺麗で、それなのにあんなに格好いい男の方で、国王になる方で、可愛い可愛いって、妹みたいな感じだと思ってたのに、お嫁さんになって欲しいって…っわっわたしっ…!」
ひっくひっく、としゃくりあげてるセレーネさんを、きなこが心配そうに見つめてる。そういえば、ディアマント家から逃げて難破船から脱出した後、人魚に助けられたとかなんとか言ってたわね。
ぽろぽろぽろ、ころころころ。
あぁ、そっか。きっと、色んな感情が溢れすぎて、混乱しちゃってるんだわ。
「確かに幼い兄者は、見た目は完全に女の子だったな」
「(ネックレスのトップは、どうして持ってたんです?)」
「助けられて、波打ち際まで運ばれた直後、人の気配がして恩人が慌てて離れようとしたのを、意識朦朧としながら待ってくれと手を伸ばした時に掴んで、ちぎってしまったらしい。ハスキーボイスだったから、兄者は相手をてっきり男だと思っていたみたいだが」
なんでも、この雫型の真珠の持ち主に礼をしたい、結婚したいと当初は公言していたみたいで、案の定、自分のものだと名乗り出てくる人が多数出現。けど、特殊な金具がついた真珠に見合うチェーンを持っている人はいなくて、みんな嘘ばっかりだったと。
「だが、こうして再び巡り合って、不自然にトップ部分が空いているそのネックレスを見つけて、あの時の恩人がこの娘だとわかったんだろう」
なんだか、シンデレラのガラスの靴の話みたい。
「(ナミルさん、今から和み庵に行きたいです。セレーネさんも一緒に)」
「あそこに?またどうしてだ」
「(…勘?)」
人魚姫の御伽噺、あんまり好きじゃないの。多分、私はそれくらいしか考えてなかった。
「みやこさん、いらっしゃい」
「(ごめんね急に)」
「神楽坂殿なら構わない。ちょうど、どら焼きも全て焼き上げたところだ」
さて、和み庵なうです。
「ここ、は…」
「(さっきの金平糖とか、和菓子っていうお菓子を作ってるお店なの。さっきの二人が職人さん。私、ここが好きなんだけど、セレーネさんはどう?)」
「…空気が、ほわほわしてて…不思議な気持ち、です……」
厨房だけじゃなくて、客間も、廊下も、お店の空間全体が、ほっこりほこほこ、じんわり沁みるような甘い温かさに包まれている。
私ね、前世で、どうしたって心が寂しくなったり、荒んじゃったり、本当にどうしようもない時、いつもここの甘い温かさを思い出してた。そうすると、落ち着いたの。それってきっと私だけじゃなかったはずよ。
「神楽坂殿」
「(ありがとう。この子にあげて良い?)」
「もちろんだ」
焼きたてのどら焼き。
差し出されて、戸惑う彼女には悪いけど、私は偉そうに何か説明する権利もないし、慰められる言葉も持ってないのよ。
「(ここの和菓子ね、大好きなんだ。セレーネさんにも、食べて欲しい)」
焼きたての、ふわふわ柔らかい、ホッカホカ。それが何かわからなくても、不思議と、思わず手を伸ばしたくなるものなのよね。
セレーネさんも、戸惑いながら、手を伸ばして両手に持って。じっと見つめてから、はむ、と食べてくれた。
「………」
綺麗な目が瞬いて、喉が動いて、ほぅ、と小さく溜息が溢れた。
はむ、とまたひと口。また、ひと口。
私達は、そんな彼女をを静かに見ていた。
そうして、半分くらい食べた時、まだもぐもぐしながら、ぽろぽろコロコロ、また泣き出した。
「…おぃしい……」
もう、それ以上は食べようとしなかった。
「おいし、ぃ……っレイさまと、食べたぃ…っ」
和月君と深月ちゃんは、事情を何も話してないのに、空気を読んで黙って見ていてくれる。
「なぁ、人魚の娘、お節介かもしれんが言わせてもらうぞ。その菓子を、共に食べたいと願ってくれるなら、なんでも良い、兄者にもう一度会ってやってくれないか」
諭すような声音で、ナミルさんはセレーネさんに語りかけた。
「結婚の申し出を受けるのでも断るのでも、選ぶのはお前の意思だ。人魚には人魚の世界があり理がある。俺はどうしろとは言わん。だが、頼む。お前は戸惑って混乱して離れたんだろうが、心開いた者に何も言われず離れられるのは、ちとキツい」
部屋中、足元が彼女の甘い涙で埋め尽くされた頃、ナミルさんが一度姿を消して、すぐにまた戻ってきた。転移魔法陣の中には、ナミルさんと、もう一人。
「セレーネ!」
はい、本日二度目の超絶美人ですね。でもねレイさん、その美貌で切羽詰まって迫ると怖いなんてものじゃないのよ?落ち着いて。
そんな私の心の声が聞こえたわけではないと思うけど、すぐにセレーネさんに近づいて手を伸ばしたものの、寸前で思いとどまったのか、彼女と奇妙な間隔を空けて、伸ばした手をぐっと握り込んだ。
「セレーネ…」
「………」
俯くセレーネさんを見つめる瞳は、やっぱり寂しそうで、どうしてもこういうのは好きにはなれない。
《トゥルル…》
今日も今日とてふわふわパタパタしている天糖蟲が、彼女と彼の間をふんわり、粉砂糖を舞い散らせて飛んでいった。
「………っこ、れ…っ!」
あまりの緊張からか、ハスキーボイスは少し引き攣っていた。セレーネさんは半分食べかけのどら焼きを、震える手でレイさんに差し出す。
「あなたと、食べ、たくて、わたし…わたし、だから、あの…」
頑張れ!
私が手に汗を握って声援をかけるより、レイさんが動く方が一瞬早かった。彼女の細い両手首を片手で纏めて掴むと、そのまま食べかけのどら焼きにかぶりついた。
「うん、美味しい」
萌えシチュ頂きましたありがとうございます!
きなことしぐれがドン引きして、和月君と深月ちゃんは素直に目をまぁるくしてる。やだ可愛い。
「アタシもこのどら焼き、好きよ」
「それは冥利に尽きる」
和月君と深月ちゃんにウィンクして、顔を真っ赤に染めたまま固まってるセレーネさんに、レイさんはとびっきり甘い笑顔を向けた。
「ごめんセレーネ、混乱させて追い詰めたね。君と話したいことが、たくさんあるんだ」
「〜〜〜〜〜〜〜…っ」
なにこれ凄いキュンキュンする。リアル三次元で少女漫画展開なんてレアだわ…。
じゃあね、お礼は改めて今度、と言ってセレーネさんと姿を消して、たぶん王宮とやらに行ったんだろうけど…とりあえずナミルさんに確認することにした。
「(セレーネさんの意思次第、なんて言ってましたけど、会わせたら確実にレイさんから逃げられないのわかってましたよね?)」
「さぁて」
これ絶対に確信犯だわ。やだナミルさんったら悪い笑顔。
「力が強いことが、必ずしも幸せとは限らん。これでも、兄者には幸せになって欲しいからな」
「(でも、人魚の世界があるとかなんとか言ってたじゃないですか。そこらへんは?)」
「人魚としては、ペルラの国王が人魚の庇護者である方が都合が良い。ある意味、政略結婚はそれに叶ってるのさ。だが、人間を警戒しているから自ら嫁入りしたいとはなかなか思えない。彼女が実際に他の人魚達に疎まれてるのかどうかはわからんが、言い方は悪いが、あの娘の存在は双方にとって都合が良いだろう」
「(詳しいですね)」
「俺を誰だと思ってる?」
海のご主人さまでした。
後日、やることやったような甘ったるい雰囲気の二人からおめでたいご報告を頂き、ナミルさんが言った通りの結果になった。和月君と深月ちゃんに紅白饅頭でも作って貰おうかしら?
結論。和み庵の焼きたてどら焼きは最強です。