どら焼きと人魚姫
和っていう文字が好きです。
ブクマ、評価、ご感想、ありがとうございます!ホカホカと温かい気持ちになって、今日一日を終えるお手伝いが出来れば嬉しいです╰(*´︶`*)╯
「ねぇ、ジャンヌって何歳なの?」
「(十七歳です)」
「わっかいわねぇ。花のお年頃じゃない。今はこんな有様だけど、アナタ、絶対に美人だわ。髪色だってそれ、焼けちゃったからじゃなくて、元々プラチナブロンドなんでしょ?」」
ごきげんよう皆さん、なんだかんだと、私がここに来てからふた月くらい経ったようです。ナミルさんのお兄さん、レイさんとのお茶会も恒例になりつつあります。和み庵の和菓子を気に入ってくれたようで大変嬉しいです。
ううん、そうなのよね、今の私、これでも花も恥じらう十七歳なのだけど…前世の三十路までの記憶があるから、あんまり十代の女子っていう意識がないというか…例えば和月君と深月ちゃんだけど、なんかもう同世代っていうより、温かく見守りたい老婆心の方が強いのよ。もちろんお友達なのだけどね?
「(気にしたことなかったですけど、お二人は、おいくつなんですか?)」
「あ、それ聞いちゃう?」
「(え?)」
「ま、先に聞いたのはコッチだけど。見た目年齢は、ナミルはアタシの四つ下だから二十六ね」
「(…えぇと、つまり……?)」
「アタシ達、もう百年は生きてんの。ナミルは蛇眼持ちで、アタシは白虎と契約しちゃってるから立派な人外よ。ちなみに現国王も神獣との契約者だから大分長いけど、そろそろご隠居かなって感じで、アタシに次期国王の白羽の矢が立ってんのよ」
つくづく、とんでもない人に拾われたのね私…知ったからって、どうってわけじゃないのだけど、感覚が日本人なんだもの…やっぱりこの世界は難しいわ。
「そういえば、ジャンヌってナミルのこと、怖がってないわね?」
「(はぁ…えっと、怖がるとは?)」
「蛇眼持ちっていうのは、大抵は畏れられるものよ。蛇って、あんまり良いイメージじゃないし」
「(そうなんですか?)」
そのナミルさんは本日も王宮へ出掛けている。
ううん…鈴カステラで、ひよこ饅頭で、可愛いイラストレーターさんで、料理男子。ナミルさんのイメージってそんな感じだし、こっちの常識なんて知らないから、怖がろうにも怖がれないわよね。
そもそも、恩人だもの。人外ですって言われても、驚きはしたけど、それだけよね。いつもお世話になってます。
「終わりましたわ…」
「(きなこ、ありがとう)」
「あんなにお美しい御髪でしたのに…きなこは口惜しゅうございます…もっと早く、助けを呼べていたら…」
今日はきなこに散髪して貰ったのよ。焼けて焦げてチリチリになってるところを、切り落として整えて貰って、少し頭が軽くなったわ。これでゾンビも少しはマシかしら?
丁寧にブラッシングされて、さっそく寝そう…右手がもう少し復活したら、私もブラッシングしてあげるからね。むしろさせてね。ブラッシングの代わりに、ありがとうって指先で撫でたらゴロゴロ甘えてきた。今日もウチの子がこんなに可愛い。
「花園ねぇ。これでジャンヌが元の美人だったら本格的に危険なビジュアルだわ」
『百合の花〜?』
「ぶふっ」
なんとでも。
「貴様、邪魔だ」
「(しぐれ、おかえり。和月君と深月ちゃんの周り、なんともない?)」
「あぁ」
「いいじゃない、白虎だって大人しくしてるんだし。アンタだってジャンヌがここにいるから居座ってるんであって、むしろ身内のアタシからすればそっちが部外者よ?」
「貴様のために持ってきたんじゃない」
「(ちょ、喧嘩…)」
「ちょっとした、挨拶代りですわ…お気になさらず…しぐれは、おそらく、白虎と相性があまり良くないのですわ…」
ま、まぁ、確かにしぐれってば、前世の時から他者への警戒心うんと強いものね…誰かに従うとか飼われるとか有り得ないというか。
なのにこんなゾンビのお世話してくれるなんて、本当になんて優しいのかしらね。見た目だけじゃなくて心もイケメン。ぶっきらぼうとのギャップ萌え。あぁやっぱり今日もウチの子が可愛い尊い。
「…ッチ!」
「アッハハハハハハ!フェンリルも形無しねぇ、ジャンヌのそういうトコ好きよ」
よくわからないけど、喧嘩は終わったのかしら?耳を赤く染めたまま、ぐいぐい箱を押し付けてくるから右手を動かしたけど、やっぱりまだ物は持てないわね…。
シエルともこちゃんが手伝ってくれて、お待ちかね、お茶会のメイン!
「わざわざ焼き立てを持ってきたんだからさっさと食え」
「(焼きたて!?やった!)」
「アラ、今日はなぁに?焼きもの?」
「まぁ、美味しそうなどら焼きですわ…さぁ、みやこさま…」
どら焼きは和み庵でも一年中通して定番だけど、焼き立てにありつくには時の運だったのよ。嬉しい…!
ほら、たぶん、普通は冷めてしっとりしたのをお店に出すものでしょう?それこそ、屋台でどら焼き専門でもなければ。
でもね、和み庵では、出来立てをそのまま出すの。だから、その時間に運良くお店に行けばホッカホカのが食べられるのよ。
前世はSNSが台頭してたけど、和み庵ではそういうのやってなかったし、出来上がりの時間は毎日不規則だったから、本当に運。それが、ありつけた時の至福を倍増させるのよね。
もちろん、その時はその場で立ち食いよ!近所の人達と一緒にガッツポーズして、皆んなで笑いながらホッカホカのを食べたわ…やだ、想像しただけで唾が。
「…?みやこさま?」
小さく千切って口元に持ってきてくれたのを、全神経を右の指先に集中させて、摘んだ。…よし!
「(きなこ、あーん)」
ほら、キョトンとしてないで早く早く…!落ちちゃう!
そんな心の声が伝わったのか、きなこがハッとしてパクッと顔を寄せてくれた。あぁ、本当は私が口の中に入れてあげたかった…!でもギャンかわ…。やっと念願の、あーん、が出来たわ…!
「みやこさま…きなこは、幸せでございます…」
焼き立てホカホカのうちに、次よ次。え?誰かって決まってるじゃない。
「(しぐれ、あーん)」
「俺はいい」
「(あーん)」
「だから」
「(あーん)」
冷める!!
「……………………………………………………………………ッチ!!」
よし勝った!!
レイさんが大爆笑して悶絶してるけど、知ったこっちゃないわ。わぁ、犬歯可愛い…。
「(シエルともこちゃんもおいで。お母さんはくちばしこっちに)」
「だからアンタは自分が先に食べろ冷めるだろ!」
今度は私があーんされてしまったわ。あーん、っていうより、鼻を摘まれて強制的にだけど。でも、小さく千切ってくれてるのよね、なんていい子。
「メゥメゥ〜」
『おかーさん、これ、おいしーね〜』
「グルグル…」
あぁ、これよこれ。ホッカホカのどら焼き。
皮はふっくらしてて、でもきめ細かいから頬張ってもむせない。綺麗な黄金色と優しい茶色。
普通の薄力粉じゃなくて、日本に昔からある地粉で、だから凄く味わい深いの。その味わいを殺さないように、ふっくら膨らませられるようにおじいさんとおばあさんが研究したのですって。
二枚の皮の厚さと餡子の量も絶妙だわ。
小豆はね、この練りすぎてないところが良い。ホクホクの小豆の粒に、程よくお砂糖が染み渡ってて、焼き芋みたいなほっくりとした甘さ。ねっとりした餡子もあるけど、和み庵のどら焼きがこれが良いの。
家庭的な親しみがあって、でも、ちゃんと洗練された職人さんの技の結晶。そうじゃなければ、皆んなで今か今かとお店に詰めかけないわ。
「パンケーキに似てると思ったけど、全然違うのね」
「(全然違いますよ!)」
パンケーキに餡子も美味しいと思うわよ?丸いから似てるわよね。ホットケーキミックスで、家で作ってみるのも楽しいかもしれない。
でもね、一度、和み庵のを食べてみなさい。これがどら焼きなんだ!ってきっとわかる。
それにね、美味しいだけじゃないわ。
今日は吉だね、きっと良いことがあるわね、ってホクホク笑って近所の人達と食べながらお喋りして、通りすがりの子供たちに良いなーって言われて千切って分けてあげたり、赤ちゃん連れのママさんがいたら赤ちゃんにちょっとだけ千切ってあげたりして。
そうやってたら、自分が食べるのは半分くらいになるけど、でも、丸々ひとつ分以上の満腹になるわ。
和み庵のどら焼きは、そうやって皆んなで一緒に、分け合って食べたくなるのよ。そういうどら焼きなの。
「(レイさん、どら焼きどうですか?…レイさん?)」
ふと気づくと、レイさんが食べかけのどら焼きを、じっと見つめていた。
「……セレーネと…」
「(…?)」
「あの子と、食べたいな…」
寂しそうな笑顔だった。
「ほぉ、これは確か、最初の頃にもあったやつか?」
「(ナミルさん帰ってくるの遅いです。冷めちゃいました)」
「そりゃ悪かったな。…その指はなんだ?」
「(あーん、です)」
「口を開けろナミル」
お仕事帰りのナミルさんは頰を少し引きつらせたけど、早く!落ちる!って念じたらパクッとやってくれたので、ひとまず満足した。次は絶対に焼き立てを食べて貰うんだから!
「また兄者が来たのか」
「(探している娘さん、まだ見つかってないんですか?)」
「そうらしい」
「(人魚なら…海?)」
あら?でも、なんだか一緒に暮らしてたみたいな言い方だったし、海でなくても大丈夫だったり?脚…尻尾?は自由自在に人間になれるのかしら?魔法の世界だからって、なんでもありとは思えないけど…。
《およめさまー》
え?
《およめさまー》
《およめさまー、きてー》
《ないてるから、きてー》
気づいたら海の中に瞬間移動してた。
「(…どうしたの?)」
《きてー》
《ないてるのー》
こっちこっち、と先導する方向に意識したら、やっぱりゆらりと海水が動いて運んでくれた。陸地の人や漁船にうっかり見つかると面倒だから、っていつも夜だから、昼間の海は新鮮だわ…。相変わらず神秘的。
《かえってきたけど、ないてるのー》
《およめさま、ぼくたちにやるみたいに、いいこいいこしてあげてー》
古代遺跡のような海底岩と大きな海草の陰に、誰かがいた。
水にゆらゆら揺れてる銀髪が、びっくりするほど綺麗。…なのだけど、こっちにぷくぷく浮かんでくる小さな泡は、水泡じゃなくて、涙?
「(甘い…)」
うっかり口の中に入った。えっと、涙がしょっぱいんじゃなくて、甘いって何かしら?
「ぁっ…」
こっちに気づいた。
慌てて身を隠して逃げようとするのに、反射的に待ってと言いそうになるのが人間よね。私もゾンビだけど一応人間だもの。でもゾンビだもの。
「(痛っ)」
うっかり自分から手を動かして、急だったものだから火傷が引き攣ったわ。イタタタ…。
「だっ大丈夫ですか!?」
…心臓が大丈夫じゃないわ。あのね?きなこに匹敵するほど超絶可愛い顔面を、予告なしにドアップされたら鼻血ものよ?綺麗な海を汚したくなかったら遠慮してね?
「ひどい、一体誰がこんなことを…待ってて下さい、今、治癒魔法を…」
「(うん、落ち着こう?)」
「き、効かない…どうして…わ、わたしが悪い子だから…?」
「今のジャンヌは魔力が殆どないから、魔法は効かんぞ」
顔や身体に労わるように触れてきて、絶望、という表情になった女の子の脚は、瞳と同じ桜貝色の尾っぽだった。
「あ、あなた様は…」
「畏まらなくて良い。それより、お前ら、いきなり彼女を引っ張り込むな」
《ごめんなさいー》
《でも、ないてたからー》
《およめさまー》
「はぁ、ったく…」
ナミルさんが現れて我に返ったのか、また隠れようとした。それを、なんとか手を伸ばして、指先を摘んで引き留めた。
「(美味しいお菓子と、お茶があるんだけど)」
「ぇ…?」
「(食べに、来ませんか?)」
チラリと目があったナミルさんとは、たぶん大体同じ予想をしていたけど、私はとりあえずお茶に誘うことにしました。