だから今はまだ、このままで
ナミル視点。最初はシリアスですが、最後はやっぱりほのぼの。
いつもブクマ、評価、ご感想、感謝です!╰(*´︶`*)╯食欲の秋ですね!
「こんなはずでは…!」
呪うようなそんな台詞を、もう何度吐いたことだろう。
しかし、どんなに悔しがろうとも、天は無慈悲にも何の導きもなく、答えも一切ない。教会の大聖堂に祀っている銅像の聖女マリアは、冷たく彼らを見下ろすばかりだ。
「わざわざディアマント家を滅亡までさせたというのに…これでは、一体なんのために…!」
「軍事力を強化するどころではない。おぉ、神よ、なぜ…」
「エーデルシュタインの栄華を、今度こそ我らのものにするのではなかったか…!?」
あの日から、天の加護は失われた。
日照りが長く続いたかと思えば、酷い嵐により洪水に呑まれ、作物は育たず、水源は徐々に枯渇してゆく。原因不明の疫病が人々や家畜を襲い、エーデルシュタインとの格差は益々広がるばかりだ。
あの日ーそれは、ディアマント本家の一人娘の少女を火刑台に上げ、敵国の王子に奪われた日だ。
その昔、地上の人間の罪が天の怒りに触れた時、一人の乙女が全ての罪を背負い、自ら業火に焼かれながら天に慈悲を乞うた。その祈りは届き、彼女の焼けた跡には神々しい輝きの宝玉ダイヤモンドが生まれた。「天の宝玉」は地上に恵みをもたらした。ーこのシュムックの地に伝わる聖書の一節である。
その後、彼女の血筋に連なる少女が聖女の刻印を持って生まれるようになった。それがディアマント家の起源だ。ディアマント家は聖女を生む特別な家系として栄えた。
ダイヤモンドがあれば、エーデルシュタインに拮抗出来る。
彼女は天に愛された聖女だ。胸元の刻印が何よりの証拠。しかし、ディアマント家はそのことを隠し続けた。彼女にも教えなかった。ずっとずっと箱庭の中に閉じ込めて。
教会がそのことを知ったのは偶然で、王室に密告。エーデルシュタイン攻略に頭を悩ませていたところに、またとない吉報となった。
彼女は純粋で、純潔で、清らかで、心優しい、まさに聖書に描かれたダイヤモンドの乙女であった。
罪を背負い、涙ながら懺悔し燃えてゆく様は美しく、そうして焼けた後には魔法石に匹敵するダイヤモンドを得られるはずだった。
「神父!この失態、どう償ってくれる…!?」
皆が呪詛を吐き続ける中、ただ一人、異様なまでに静かな神父の瞳には、狂愛にも似た恍惚な光がひっそりと宿っている。
「えぇ、この手に、取り戻さねばなりません。私の、私だけの、愛するジャンヌ…」
ーそんな彼らの姿を、遥か海の向こうの水面から冷笑する。
「…ふん。ざまぁないな」
ひと振り、空を撫でると、水面は元の美しい紺碧に戻った。
「そうして地団駄踏んでる分には、見逃してやる。だが、俺の海を侵して手を出してきたその時は、今度は海の怒りを買うだろう」
ぷかり、と海の精霊達が顔を出す。
《およめさま、どこにもいかないー?》
《ずっとここに、いてくれるー?》
《じゃおー、およめさま、まもってくれるー?》
「案ずるな。少なくとも、奴らの手には渡らせんさ」
《でもそいつら、きっとこっちに来るわよ?》
《どうするの?およめさま、何も、知らないんでしょう?》
「知らないままの方が、幸せなこともあるだろう」
《くすくす、まぁ良いわ》
《ふふふ、そうね、およめさまが悲しくならないなら、それが良いわ》
「その時になったら、どうせお前達こそ完膚なきまでに叩きのめすつもりだろうが」
《ふふふ》
見た目は彼女が大層可愛がるほど、確かに愛らしい姿をしているが、海獣の卵だろうと小さな精霊だろうと、束になって怒れば海は荒れ狂う。
さて、そろそろ起きる頃だろうと離宮の本殿へ戻る途中、そういえば今日は献上品が届く日だったなと思い出した。案の定、陸地に向いた祭殿の元には、既に数々の品々が転送魔法で届けられていた。
その中に、今日は少し興味を惹かれる品があった。送り主を確認すると、それだけ手に持ち、今度こそ本殿に足を向ける。
「(…あ、おはようございます、ナミルさん)」
「おはよう。よく眠れたみたいだな」
「メゥメゥ!」
直接的にはバクが悪夢を食べているお陰だろう。ただ、食べすぎるなと再三注意を重ねている。悪夢の処理が上手く出来ない以上、食べ過ぎはバクの命を脅かす。
それでも、と心から献身しようとしたのを叱ったのは、ついこの間のことだ。既に彼女にとって、このバクは失いたくない家族のようなもの。失えば、今度こそ悪夢以上の悲しみに彼女は苛まれる。それでは本末転倒だ。言い聞かせて、力づくで納得させた。
「さぁ、みやこさま…スープを、お召し上がり下さい…」
「その後は薬を飲んで貰うぞ」
「(うぅ…それ、すっごい苦いやつ…)」
『ジャンヌ、がんばって〜』
「グルル…」
あとは、まぁ、こいつらに任せておけば良いだろう。あの和菓子屋の双子との約束も、彼女の心に良い影響を与えている。
最初は右手。曲げ伸ばしから、物をつまむリハビリを少しずつやっている。顔も、焼け爛れた肌が、少しはマシになっているようだ。見た目は相変わらず、死んだ魚のようではあるが。
見えないが、内臓も少しずつ回復してきている。菓子だけじゃ治るものも治らん。魚と野菜、スパイスを煮込んだペルラの郷土食の上澄みなら、固形物ではないが栄養もあるだろうと食べさせている。
「(ナミルさん、このスープ、美味しいです。可愛いイラストレーターなだけじゃなくて、料理男子なんですね)」
「その表現はなんとかならんのか…いや、普段から料理なんぞしてこなかったからな、テキトーだぞ?」
心は相変わらずなようで何よりだ。
「それより、献上品の中に珍しいものがあったぞ。ジュパン領の、月詠神社の巫からだ」
「(え?神社?献上品?って??)」
「陸の奴らから、定期的に届けられる。海の守り神への、要するにご機嫌取りだろ」
「(しぐれ、ご機嫌取りって…)」
「間違ってないさ。先代も俺も、別に要求したわけじゃないんだがな。まぁ、機嫌を損ねて祟られたら敵わんとでも思ってるのか、こうした方が自己満足で安心するらしいから受け取ってる。殆ど孤児院とかに横流ししてるけどな」
だが、これはどうも彼女に良さそうだと珍しく本当に受け取ることにした。ひとまず見せると、半ば予想通り、彼女は歓喜の声を上げた。
「(ほっ干し柿…!)」
「お、当たりか?」
「(干し芋と焼き栗まで…!し、しかもその壺の匂い、もしかして水飴じゃ…!?)」
添え書きがある。俺はジンジャを知らないが、そこの巫が夢見と占いで、この離宮にジュパン領の先祖の故郷に縁のある乙女が現れたことを知ったらしい。なるほど、ジュパン領の先祖は異世界人というわけか。
とにかくそんなわけで、これが良かろうとこれまた占った結果に従って送ってきたのが、ホシガキやらなんやらというわけだ。
「まぁ、干し柿…みやこさまも、秋になると、軒先で作っておりましたわ…懐かしゅうございます…」
「(そうそう、おばあちゃんの見様見真似でね。最初なんてダメダメだったけど、ちょっとずつコツ掴んで…出来上がるの待ってる時の、ワクワクと焦ったさが楽しくて!)」
「これは、果物、か?生のような、違うような、微妙な感じだな?」
「(生では渋くて食べられない柿を、じっくり干すとすっごい美味しくなるんです!これ、和菓子のご先祖さまなんですよ!ねっとり濃厚で、柔らかくて、じんわりした甘さで、上手に干せるととろんとなって、でもちょっと失敗して固くなってもそれがまた美味しくて!!)」
「どうどう」
「(軒先に、いっぱい干してるのを縁側で日向ぼっこしながら眺めてると、秋だなぁって嬉しくなるんです!手間暇かかるけど、時間も味なんですよ!干し芋もそうなんです!ナミルさん是非食べて下さい!みんなも一緒に食べよ!)」
寝起きだというのに予想以上のご機嫌だな…少し引いたのは内緒だぞ?まぁ、悪い気はしない。心が元気なことは何よりだ。見ていて聞いていて、飽きないしな。
「(水飴も凄いんですよ!全部、和み庵の受け売りですけど!)」
「受け売りなのか」
「(餅は餅屋です!おじいさんもおばあさんも、息子さんもお嫁さんも、本当に良くしてくれて…それで、お話ししながら自然と色々教えてくれました)」
「だから和菓子レポーターになってるのか」
「(お米を麦芽っていうもので発酵させると、琥珀色のとろとろの飴になるんですって。最初は昔の人が偶然で作っちゃったみたいなんです。お砂糖とはまた違うんですよ。昔、こっそり見つからないように食べるのが好きで…でも、とろっとろだから舐めるのちょっとコツがいるんですよね。零さないように必死でした。手も口もベタベタになっちゃって、結局見つかったりして。懐かしいなぁ…あ、割り箸なんてあります?)」
こう、くるくるって棒に巻きつけながらちょっとずつ舐めるのが面白いんですよ!というから、ワリバシとやらはわからんが、適当なものを見繕う。
「これは…なかなか、難しいな?フェンリルは慣れてるな?」
「このバカが良い歳した大人になっても、ガキみたいに一人で笑って格闘してるのを見てたら感染っただけだ」
「つまり、やっぱり見ていた、と」
「うるさい!」
「くるくる、と…こう、でしたわね…空気を含んで、舌触りがふわっとなりますわ…」
「(そうでしょ、美味しいよね!あ、シエルとお母さんも、もこちゃんにもあげてね)」
「かしこまりましたわ…」
曰く、どれもこれも、和菓子が和菓子としてわざわざ職人が作って店で売るようになる以前の、素朴な郷土食らしい。甘いものは貴重だからと、神々に捧げる供物にもなっていたそうだ。
なるほど、こうやって食べる誰かが幸せに笑えるものだからこそ、神に捧げるに相応しく、なんなら神もその方が嬉しいかもしれないな。ただのご機嫌取りよほど価値がありそうだ。
「(焼き栗も、よくやったなぁ)」
「…俺は忘れてないぞ。焚き火の中に入れるタイミングを間違えて、熱い栗が弾けて火傷する羽目になった」
「(ごめんごめん。あれ凄い同時多発テロだったねぇ…でも美味しかったなぁ。焚き火ダメって法律?出来ちゃって何が悲しかったかって、焼き栗とか焼き芋できなくなったことだよ)」
「そういえば…みやこさまは、栗きんとんや、芋巾着も、お好きでは…?」
「(好き!大好き!秋は!太るもの!)」
「ぶふぁ…!」
「(わ、ナミルさんがまた噴いた…どこにあるんですか?ツボ)」
彼女の故郷なんぞ見たこともないのに、なんでこうも簡単に光景が想像出来るんだろうな。あぁ、彼女が思い出してイメージしなくても、手に取るようにわかる。
「なら、次は栗と芋のやつでも二人に所望するか?いいぞ、いくらでも太れ」
「(それ、女子には禁句って知ってます?)」
「知らんなぁ」
面識はないが、ジュパン領、なかなか良いものを届けてくれたじゃないか。先代の時からこの離宮はあの領地と縁続きではあっても、俺個人としては特に意識していなかったが…彼女がもっと良くなったら、本人も気になっていることだ、連れて行ってやるのもやぶさかではない。
「(栗きんとん、渋皮煮、栗最中、栗饅頭、栗しぐれ、芋巾着、芋羊羹、芋きんつば、大学芋、芋餡大福…)」
知っている情報や真実を伝えず目隠しして守ることは、ズルいかもしれないが、そんなに悪いことだろうか。
答えなんぞそれこそわからんが、どうでも良いと思ってしまうのは、可愛いものと和菓子に目がない彼女のせいでもあるんだぞ?その時がきたら、その時だ。
「(あっ、それ、糀ですよ!甘酒!)」
「なんだなんだ今度は。この硬い米の粒か?」
「みやこさま、きなこに、お任せ下さいませ…」
だから今は、このままで良いだろう?