蛇の揺り籠と天糖蟲
手を合わせて、いただきます。
ブクマ、評価、ご感想、いつもありがとうございます♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪さて、和菓子を食べて明日も頑張りましょう!
「みやこさん、いらっしゃい」
和み庵に行くと、ふわふわしたのが沢山パタパタしていた。
え?意味がわからないですって?いいえ、私は見たまんま言ってるわ。
「(み、深月ちゃん…)」
「はい、可愛いですよね。蚕の成虫みたいなんですけど…少し前から、お店のそばに出てきて、いつの間にかこんなになってるんです」
《トゥルル…》って、なにその鳴き声、グゥかわ。
ソレはお店の外だけでなく、中までいた。むしろ中の方が多かった。
「(あ)」
深月ちゃんにいつもの客間に通されて、いつもの布団の山に下ろしてもらう。
抹茶の人がいた。
「やぁ、君達か」
「(…時間、早かった?)」
「神楽坂殿、待っていた。…この人は、あまり気にしないでくれ」
あら?なんだか和月君も、お疲れ様な顔ね。レイさんに振り回された後のナミルさんみたい。
「あぁ、まだ名乗っていなかったか。俺はイェシル・ルテ・ルスキニア。細かいことは省くが、エムロードで魔法騎士を嗜んでいる。まぁ、よろしく頼もうか」
抹茶の人の正式名称は舌を噛みそうだった。
なんでも、ふらりと神出鬼没に訪れてはこうやってお茶を飲んで世間話をして、他に何をするでもなくまたふらりと帰っていくらしい。
見回りだ、と言われて仕舞えば二人も下手に追い返すこともできず、まだ開店していないからどうせ余ってしまう和菓子を出しているよう。
「ミツキ、茶のおかわりが欲しい」
「妹はアンタのメイドじゃない」
「カヅキでも良いぞ。ここの茶と菓子は旨いからな」
「つまみ出してやろうか」
「…どうせこの場しのぎで終わる。わざわざフェンリル殿の手を煩わせることもない」
「俺のことは気にするな。そこの菓子を食べたら帰るさ」
「アンタが言うな」
…あぁ、うん、確かにマイペースな雰囲気ね。真面目に反応していたら疲れるやつだわ。
なんだかんだ和月君は招き入れてるし、一応悪い人ではなさそうだから、二人に実害がないなら私は良いのだけど。ナミルさんが同情の眼差しで和月君を見てるわよ。
「それより、こりゃ天蟲じゃないか。よくもまぁこんなに…君達のいた世界では、カイコと言ったのか?」
「(天蟲?)」
和月君と深月ちゃんの頭や肩に、懐くようにとまってる。
見た目は蝶と蛾の中間みたいで、蛍くらい小さくて、六本の脚にも胴体にも頭部にも羽にも、ふわふわのうぶ毛が生えてる。
ねぇこれ、虫が嫌いな女の子でも黄色い声あげちゃうわきっと。こんなにたくさん飛んでても、気持ち悪さがない。むしろ可愛さ充満で吐きそうよ…。
「昆虫に似た精霊蟲だ。霊獣や神獣と同等くらいの珍宝で、だから天の虫と呼ばれてる」
「更に言えば、ここにいるのは天糖蟲だな。パティシエの世界では、天糖蟲に愛された者は例外なく良い菓子職人になって、出世すると言われている」
「…詳しいな」
「なに、大したほどではない」
のんびりお茶を啜りながら、イェシルさんはのんびりと話した。
…どうでも良いけど、西洋風な騎士服のまま、畳で正座で湯呑みでお茶って違和感しかなさそうなのに、この人びっくりするほど馴染んでるわ…抹茶だからかしら?
「異世界から突然放り出されて、両親も亡く、身を立てなければならない。菓子、ときたらパティシエだ。俺は菓子に詳しくないのでな、参考までに調べてみたら、天糖蟲のことを知った。まぁ、俺がお節介を焼かずとも、こうして二人は確かに素質があることだ。焦らず、のんびりやれば良い」
良いこと言ってるけど、イェシルさん、唇の端っこに餡子の粒ついてます。それでもイケメンはイケメンだからズルいわよね…ちなみに黒糖饅頭は翌日でも美味しい。彼なりに、二人を心配して激励してるのかしら。
「こちらが《酔芙蓉》です」
「これも有名な上生菓子だが、ウチでは中の餡子に花びらの蜜漬けを仕込む」
お待ちかねの、本日のリクエストです皆さん。
「まぁ、ローゼルとそっくりの、お花ですわ…」
「ローゼルというのは、神楽坂殿の髪にある花のことか。芙蓉と似ているな…ハイビスカスか?」
「(ペルラの国花なんだって。そういえば、芙蓉の花ってハイビスカスと似てるよね)」
「植物学的に、同属なのだろう。なるほど、ペルラは亜熱帯性のお国柄か」
「みやこさんは、もしかしてそれを見て、こちらを?」
「(うん。食べて良い?)」
「もちろんだ」
《酔芙蓉》は元々、朝は白色なのに夕方になると酔ったように赤く染まる芙蓉のお花のことらしいのね。
花びらは、紅色と淡黄色の二種類の練り切りのグラデーション。ひとつひとつ、少しずつ表情が違うの。そういうの良いわよね。和み庵のは、六分咲きくらいかしら?しかも、なんと八重の花。薔薇より難しいんじゃないかしら。
そしてなんといっても、中に包まれてる白餡に仕込んである花びらの蜜漬けが、もう素晴らしいのよ。こういうささやかなひと工夫が、和み庵なのよね。
葛粉で緩くとろみがついてて、花びらの食感も味わえる。でも、違和感があるわけじゃないの。花びらが元々少し、甘酸っぱくて、とても繊細で薄いから、口の中で餡子と溶け合うわ。
実はこれ、子供は食べちゃダメなの。大人のお菓子なのよ。なんて魅惑的な響きなのかしら…。
なぜかというと、蜜漬けに果実酒をたっぷり入れてるから。敢えてアルコールは飛ばしてないんだって。あれよ、西洋菓子で言えばチョコレートボンボンみたいな感じ。
最初はおじいさんの遊び心で、それを商品化したんだっておばあさんが呆れながら笑ってたわね。
「神楽坂殿、もしやお酒は弱いか?血色が良くなっているが」
「(顔だけね。…あ、あれ、きなこ?)」
「きなこさんも、弱いみたいですね」
「ほぉ、こいつは良いな。兄者が好きそうだ」
あらら、きなこったらいつの間にか私の肩を枕にしちゃって。美味しいものね、食べちゃうよね。
「(そうだ。お茶っ葉もありがとう。美味しい緑茶だね)」
「今のところ、材料も水も全て、竹林の先のジュパン領という里から頂いていてな。茶葉もそこのものだ。対価に作ったものを差し上げることで、今のところ取り引きが成立している。暫くはこれで再修行するつもりだ」
「(二人は、パティシエ世界大会って知ってる?)」
そうそう、昨日、レイさんに聞いたんだったわ。言うだけ言ってみても良いわよね。
「菓子職人の大会ですか?」
「(この世界にもあるみたいなの。昨日、知り合った人に聞いて。直近は半年後らしいよ。もし気が向くなら、そういうのも目標ってアリかなって)」
「世界大会…なるほど。良い情報だ。神楽坂殿、礼を言う」
「なんだ、先を越されてしまったか」
イェシルさんが、懐から何か取り出してきた。
「これも、参考になるかと思ってな」
「チラシと…過去の、応募要項集?」
「チラシは今年のものだ。要項集は過去五年分だな。それぞれの結果と、上位ランクの選手名と店の情報もピックアップされているらしい」
「イェシルさん…ありがとうございます」
「なに、二人の旨い茶と菓子にありつきたい下心だ。気にするな」
深月ちゃんが頭を下げると、満足気に微笑んだ。
どうやらご用はコレだったみたい。では失礼しよう、とさらりと帰って行った。やっぱりちょっと掴み所のない、ミステリアスな人ね…。
「…気を取り直して。神楽坂殿、こちらが新作だ」
別のお皿で、コトリと差し出されたのは餅菓子だった。
「これは上生菓子ではなく、生菓子の部類になると思う。名前は、まだ決めていない。説明する前に、まずは食べてみて欲しい」
「(きなこ…は、寝ちゃってるから、しぐれ、ちょっとお皿、目の前に持ち上げてみてくれる?)」
まずはじっくり、目で楽しむことよ。これ基本。
形は、繭みたいにころんとしてる。外側の生地は、やっぱり餅生地みたいね。
六角形の、鱗のような網目が刻まれてて、端っこが薄っすらと水色にボカし染めてある。薄い餅生地のに透けてる黒は、餡子かしら?
「どれ、黒文字を入れてやろう」
ナミルさん、ナチュラルに黒文字って言うあたり、どんどん和菓子通になってるわ。よしその調子でもっとハマってしまえ。
「(わ、黒豆…!)」
「はい」
中に包まれていたのは餡子じゃなくて、ふっくら甘く炊かれた小粒の黒豆だった。
ほら、お正月のお節料理の定番。あの炊いてる匂いが苦手な人もいるみたいだけど、私は大好き。あぁ、おばあちゃんの黒豆、懐かしいわ…。こんなふっくらと炊くの、凄く難しいはずなのに、流石は二人ね。
黒文字を入れた断面は、本当に綺麗だった。
黒豆には、なんと金箔がまぶしてある。そして、寒天で出来た透明な錦玉が、黒豆と一緒に溢れ出てくるの。
黒豆の上品な黒と金箔の金が錦玉に透き通って、まるで宝石でも掘り当てたみたいだわ…。
餅生地はしっかりと弾力があって歯切れが良い。それでいて柔らか。敢えて薄い生地なのが良いわ。中の黒豆と錦玉とバラバラにならないで、全部繋いでくれる。お砂糖は何かしら。優しい甘さで、昔懐かしい味わい。これは、そうね、黒文字じゃなくて、手で食べる方が美味しいかも。
「(これ、お正月に絶対良い!)」
「そう言って頂けると有難い。実際、縁起を担ぐつもりで、ばあさまが考えたものらしいんだ」
「(おばあさんが?)」
「あぁ。少し、説明させて欲しい」
二人が居住まいを正したので、私も食べるのを一度止めた。
「これは、神楽坂殿の菓子なんだ」
「(私の…?)」
不思議な表現に、内心で首を傾げた。
「これも、父と母から聞いた話なんです。なんでも、神楽坂さんに最後に会った日の夜、おばあちゃんが夢に見たそうで…」
「山の女性は、特に昔は先見の能力を持つ巫女であることが多い。ばあさまも可能性はあったと俺は思っている」
「夢で見えたものは、透明な宝石が嵌められた指輪、それに、黒金色の鱗を持つ美しい蛇だったそうです。みやこさんが指輪を飲み込んで、そのみやこさんを、蛇が守っているように見えたらしいんです」
「日本で、蛇は守り神として有名だ。時に、指輪に心当たりはおありか」
「(指輪…)」
宝石に縁なんかなかったはずなのだけど…あれ?指輪?
「(…神棚の下の仏壇に、おばあちゃんとおじいちゃんの、結婚指輪…)」
「それを譲られる約束は」
「(いつか私に、大事な人が出来たら、みたいなことは、言ってたような…?)」
ううん、いかんせん、うんと昔のことだし、記憶が曖昧なのよね…。
「結婚指輪で、透明な石、ときたら、ダイヤモンドが定石だろうな。なるほど、合点した」
「おばあちゃん達は、本当に、みやこさんのことをお客様以上に想っていたんです。それで、夢を見て、吉か凶かわからないから、せめて和菓子で縁起を担ごうと考えたみたいで」
最後に会った日。
私も、覚えてる。何気ない日常が儚いものだなんて、欠片も気づかないで、手を振った。
「構想までは練ったが、実際に作る前に竜巻に巻き込まれて叶わなかった。両親は両親で、店の復興と子育てで手一杯で、漸く落ち着いたら再び、だ」
「私達、まだ記憶障害がありますけど、不思議と、伝えられていた構想だけは、覚えていたんです。夢の意味まではわからないですけど、みやこさんに、どうか食べて欲しくて」
「繭の形にしたのは、この天蟲を見て思いついた。俺たちは、神楽坂殿の事情を詳しくは知らない。だがどうか、繭のように優しく包まれて守られて、いつか、元気で綺麗になった姿を見たい」
神様のバカヤロウ。
なんでこんな健気で良い子達を、ご両親と離れ離れにして異世界に放り出したの。私は巡り会えて嬉しいけど、ちょっとあんまりじゃない。
「わからんなぁ。理不尽な目にあって、それでもこうも真っ直ぐ在れるものなのか。…褒め言葉だぞ?」
「(ほんとそれ、ほんとそれ…!)」
「…言っとくが、ジャンヌ、お前も入ってるからな」
「(うぅぅ〜…)」
「聞こえてないか」
心の中でどこにいるかわからない神様に罵詈雑言を吐いていたら、ふと、投げ出していた右手がくすぐったい。ぎこちなく、そろそろ、と右手を上げた。
「…寿命だな。もう、尽きるだろう」
他が元気にふわふわパタパタしている中で、私の右手にいる子は、ふるふると震えて、もう飛べないみたいだった。
蚕と違って長寿らしいけど、それでも、生き物だ。
「(…!)」
ナミルさんが静かに宣言して、まもなく。
《トゥルル…》と鳴いたかと思うと、手のひらで淡く発光した。
少しずつ形が崩れていって、そして、とても綺麗な繭になった。
「天蟲は、こうして死ぬ時に繭を作る。普通はこのまま放っておけば自然界に返って、また新たな天蟲として命が巡るんだが、天糖蟲の場合、死んだ直後の繭は希少糖だ。だから、希少糖を扱えるのは、天糖蟲に愛されたパティシエだけだ」
どうする、というように、ナミルさんは二人を見た。
沈黙。
やがて、和月君が神妙な顔で、「拝命」とひと言呟いて、私の右手から繭をそっと取り上げた。深月ちゃんと二人、ほんの少しだけ、繭を口に含む。
「…和三盆に、限りなく近いな」
「うん…」
「………よし。神楽坂殿」
まだ天糖蟲のくすぐったい感覚を覚えている右手から、二人に視線を移した。
「貴女の手の上で、命を終えることを選んだ天糖蟲の繭だ。貴女に捧げるべきだと思う。これを、最も純粋に味わえる菓子がある。作るから、預けて頂けないだろうか」
「(…うん、二人に、任せるよ)」
今から直ぐに作り始めたいみたいで、二人はさっそく厨房に入っていった。だから私達も、今夜はもう帰ることにした。
翌日、《蛇の揺り籠》と深月ちゃんが名付けた餅菓子と一緒に海の離宮に届けられたのは、桜の木型で作られたお干菓子だった。
一生懸命に生きた天糖蟲の命が、口の中で優しく甘く溶けて、その儚さに泣きながら、美味しくて笑った。
パティシエールじゃなくて、パティシエが正しいですね。修正しました!
あと皆さん、蚕の成虫の写真見てみて下さい。私は奇声を上げました。