人魚姫の噂
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ところで皆さんは、温泉に浸かりながら食べるなら、どんな和菓子が良いでしょうか?
ナミルさんのお兄さんはオネェさんでしたまる。
「あー、お腹いっぱい。アタシ、そんな甘党じゃないし、むしろ辛党なんだけど、これは良いわねぇ。特にこの《珊瑚真珠》、見た目だけじゃなくて味も食感も一流ね。くすぶってるのが勿体ないわ」
そう名乗ってきたから、レイさんでいいわよね。
ナミルさんが登場して身元がハッキリしても、きなことしぐれはまだ警戒してる。だって、ほら、尻尾の毛がちょっと逆立ってふわふわ揺れてるもの。動けないゾンビな私のためよね。でも、その尻尾も可愛いとか思っちゃう罰当たりでごめんね。
ただ、私の中ではレイさんの株は急上昇中よ。だって、和月君と深月ちゃんの和菓子、好きになってくれたんだもの。え?単純?なにをおっしゃい、ちゃんとした基準だわ。文句を言う前に食べてみなさいよ。
「はぁ…二人とも、俺に免じて収めてくれ。それで兄者、用はなんだ?」
仕事のせいかレイさんのせいか…たぶん、半々ね。
疲れたようにまた溜息をついたナミルさんに、ぎこちない右手でそそっと箱を押し出すと「ありがとな…」と受け取ってくれた。疲れた時には甘いものよね。
「この子みたいに声が出ない女の子、ナミル拾ってない?」
「…心当たりはないが、いずれにしろ、それだけじゃ特徴が曖昧すぎやしないか?」
「身長はこの子くらいで、華奢で、真珠みたいに綺麗な肌で、頬は熟れた瑞々しい桃みたいで、触ったらこの葛饅頭みたいにぷるんぷるんでもっちもちで、湯上りは《羊雲》みたいにふわふわの素肌で銀髪もふわふわで、瞳は優しい珊瑚色で透き通ってて、そうそうちょっと尖った耳を触ると目を潤ませて可愛い」
「要約」
「たぶん人魚」
…あら、きなことしぐれがドン引きしてる。さっきまでのあからさまな威嚇はどこへ行ったのかしら。
ううん…私は、何も事情とか知らないしわからないけど、レイさんって。
「(その子のこと、好きなんですね)」
「アハ、やっぱりわかっちゃう?」
「むしろ何故わからないと思った…」
ナミルさん、そんなに溜息ついてると幸せ、逃げちゃうわよ?
「…兄者、仮にその娘が見つかったとして、どうするつもりなんだ」
「お嫁さんにする」
わ、こんな格好いい人が、お嫁さん、だって。なにこれキュン…レイさん可愛い…。でもナミルさんはとうとう、頭を両手で抱えちゃったわ。
…うん、私もね?そこまでバカじゃないわよ?彼が何を懸念しているのかくらい、流石にわかるわ。
「ここで、兄者を馬鹿者と罵れたらいっそ楽なんだが…どうせ、何もかも計算づくの勝算のある勝負なんだろう?」
「うん」
「だが誤算は、その娘が逃げ出したことだ」
「…逃げ出したとか断言しないで頂戴」
「十中八九そうだろうが。はぁ…」
私が口出し出来る話じゃないわね。元々、するつもりないけど。
それにしても、人魚かぁ…やっぱり、そういうファンタジーも現実としてこの世界にはあるのね。人魚姫の物語は…あまり、好きにはなれなかったわね。すると、魔女なんかどこかにもいるのかしら?
「その娘とどういう経緯で知り合って湯上りの肌まで知り合う仲になったのか、俺は知らんし、兄者の色恋に口出しするつもりはないけどな。人魚には人魚の世界があって、理があって、何よりその娘自身ワケありなんだろう?王宮の人間は黙らせられても、その娘を攻略するのは容易くないぞ」
「ナミルに言われると、重いなぁ」
さびしそうな苦笑。
これも、好きじゃない。
「とりあえず、今日はそろそろ帰るわ。じゃあね、ジャンヌ。またお茶会しましょ」
「(はい、また)」
あっという間に現れて、あっという間に帰って行った。
「王族、それも次期国王が人魚と婚姻だと…?異例にもほどがあるだろう、気でも狂ったか」
「あれで兄者は正気だし、本気だ。だから頭が痛いんだが…人魚か。惚れちまったか…」
レイさんのフィルターもかかってるのだろうけど、つらつら挙げられた特徴から想像するに、とんでもない美少女なのかしら…中身まで可愛い系の。
「(…難しいんですか?)」
「理屈と理論だけで言えば、人魚との婚姻に問題はない。人魚は海竜の次に高位な海の精霊だ。王族の血筋に精霊の血が混ざるなど今じゃ珍しくもないし、人魚と手を取り合うことはペルラの安寧につながる。…あくまで双方の同意の元で、が前提だがな。兄者は神獣を従えているから、おいそれと王宮その他諸々は反論は出来まいよ」
「(神獣…)」
「神獣を従えられる人間は、そう多くありませんの…それこそ、神に選ばれし者、と言われるくらいで…」
人魚姫の物語は、悲恋の物語だ。姫は、最後には海の泡となって消えてしまう。
「…ジャンヌ?」
「(あ、はい)」
「すまん、兄者はあんな感じで言葉も態度も直球なんだ。しかも突然現れて、おおかた、フェンリルもいなして近づいてきたんだろう。嫌な気分に」
「(いえ、それはないです。まぁ、びっくりしすぎてそれどころじゃなかったっていうのもありますけど)」
庇うわけじゃなくて、私はレイさんみたいな人柄はむしろ好感を持てる。
包み隠さずハッキリスッパリ言ってくれた方が、隠して遠回しされるより気持ちいいわ。そりゃ、少しは刺さるかもしれないけど。
レイさんに限ってはあくまで尾を引きずらない感じだったもの。屍って言われて、ですよね、って感じ。ああいうさっぱりしたの、なかなか良いと思うの。
「なら良いんだが…あれで、外面は完璧でな。本性知ってるのは王族で俺くらいなんだ。いや、まぁ、男の方も間違いなく本性ではあるんだが」
「(それはそれで見てみたいような…私は全然、大丈夫ですよ?むしろ、気が合うかなって感じだったので。ただ、人魚まだ見たこと、ないなぁと)」
「彼女たちは、滅多に人前に出てこないからな。昔、人魚の涙が世にも珍しい宝玉になるという根拠のない伝承が流行って、人魚狩りなんぞが行われたらしい。真偽はわからんが、海竜よりむしろ警戒心は強いぞ」
「(人魚の、涙…)」
ーダイヤモンドの乙女よ…ー
その時、私の心臓がドクリと鳴って、頭の奥がズキリと痛んだ…気がした。
「メゥメゥ!」
「(…もこちゃん?)」
ううん…?一瞬で、妙にスッキリとした気分。白昼夢かしら?何か、思い出しかけた気がするのだけど…変なの。
…あら?もこちゃん、さっきより少し、もこもこ大きくなってる?黒さも増してるような…可愛いからなんでもいいわね。
「(黒糖饅頭、気に入った?)」
「メゥ〜」
『シエル、シャリシャリ、好き〜』
もこもこ毛を揺らしながら、シエルと一緒にパクパク食べてる。…うぅ、なにこの可愛い生き物。可愛い成分しかないわ…。
思わず指先でそっと撫でると、食べながらモフモフ器用に甘えてきた。くぅ、いっそ殺して…。
お饅頭は一度にたくさん蒸せるからか、今日は箱二つのうち、一箱にぎっしり詰められてるの。あぁ、見てるだけで幸せ…。前世では最大で六つ入りの箱までしか買ったことなかったのよ。なんて贅沢なの…いいのかしら、バチ当たらない?
「またお茶しに来て欲しいって言ってたぞ。ひとつ、試しに新作も考えてるらしい」
「(行く…!)」
「なら、またリクエストも描くか?そろそろ色鉛筆が短いな、買うか…」
色鉛筆を物色するナミルさん、だと…?なにそれ可愛い。なら、次は何を描いてもらおうかしら。
「お前は何でも可愛いに転じるな…」
「(え?)」
「いや。あぁ、そういや、帰りにくすねてきたんだった」
「(?)」
「海の奴らが、乙女心をわかってないだのなんだのしつこくてな…違うと言ってるのにあいつらは、ったく…」
あら、また疲れた顔してるわ。今日はナミルさん、お疲れ様なのね。甘いもの食べてよく寝てください。
頭ポンされたついでに耳元に刺し込まれたのは、ハイビスカスに良く似た花だった。ペルラ海国の国花で、ローゼルというのですって。
「お風呂に浮かべると、お肌に良いのです…お加減がよくなりましたら、わたくし、お世話いたしますわ…」
「(ほ、ほどほどにね…?)」
気合い、入ってるなぁ…まるで私こそが王族みたい。
あぁ、でも、温泉に浸かりながら和菓子っていうの、憧れだったわ…。もし温泉で食べるなら、そうね、上生菓子よりも、素朴なものかしら?ううん、どちらも捨て難くて困るわ…。
和月君と深月ちゃんのところには、さっそく明日行くことになった。新作…一体、どんなものかしら?
楽しみすぎて眠れなかったらどうしよう、なんて思ったけど、可愛い皆んなにほっこり癒されて、私はいつの間にか気持ち良く眠ってしまった。
海のファンタジーと言ったらこの子かなと。