指先の愛情
思い込みや自己暗示って怖いですよね。
ブクマ、評価、ご感想、いつもありがとうございます╰(*´︶`*)╯
「覚えておくと良い。蛇の、一度懐に入れたモノへの愛執は、地獄よりも深い」
「好きにして良いとは言ったが、あんまり度は過ぎるなよ?『水晶殿』に出入りすることは、本来、神獣ですらそうそう有り得ないだ」
「メゥ…」
「あぁ、わかってる、お前も無意識だったんだろう。理解して注意してくれれば、それで良い。…よし、素直なのは良いことだ」
王さまの声が、やがてナミルさんの声に変わった。ううん、何時かしら。
「遅い」
「(え)」
「みやこさま…あんまり、お留守にしないで下さいませ…きなこは、さびしゅうございます…」
また怒られて泣かれてしまったわ…えぇ、でも、留守ってどういうことなの?私、ここで寝てたのに。
「生身であそこには入れん。つまり、お前は霊体であの場所に飛んでるんだ」
「(…幽体離脱?)」
「あそこを気に入ったのかもしれないが、やり過ぎると戻ってこられなくなるぞ。そこは、まぁ、あの二人も注意してるんだろうが」
「(ごめんなさい、気をつけます…)」
確かに気に入ったし、あの二人ともっとお喋りしたいけど、ここに戻ってこられなるのは嫌だわ。夢だからコントロールなんてよくわからないけど、気をつけよう…。
不可抗力とはいえ、怒らせて泣かせてしまった。しぐれときなこにも謝っておく。
「まぁ、良いこともあったがな」
「(?)」
「霊体でも生身にまで影響するとは、つくづくあの癒しの神域の力は凄まじいってことだ。右手、見てみろ」
右手?
「(………ぇ)」
何気なく動かした。
ー動い、た。
「メゥ!」
するりと解けた包帯の下から、まっさらな素肌とちゃんと形になっている五本指が、出てきた。
「まだ感覚は鈍いだろうけどな」
「なぜ右手だけなんだ」
「そう言ってやるな。あの二人も、あの亜空間も、特定個人のためのものじゃない。この世界全体のために存在してる。それが巡り巡って個々に帰結するが、誰かを贔屓するのはご法度だ。あの二人にとって、これがギリギリ最大の譲歩だろう。…それに、最終的にはジャンヌの心がどうにかならん限り、快癒は無理だしな。本人が心から元気になりたいと思わないとー」
ナミルさんとしぐれが何か話しているけど、それどころじゃない。
「あぁ、みやこさま…よぅ、ございましたわ…」
これ、本当に、私の手…なのかしら。
確かに、火傷の程度は一番マシな部分だったけど…なんだか信じられない心地で、右手をまじまじと見つめていると、ふわり、ときなこが両手でそっと包み込んできた。
うぶ毛を掠めてる程度の、本当に微かな感覚。でも、きなこの想いやぬくもりが、伝わってくるみたい。
「みやこさま、ゆっくりでよろしゅうございます…指を、少しずつ、動かしてみて下さいませ……」
「(う、うん…)」
…あ、あら?さっき、無意識だった時と違って、意識したら、動かせない…。
「メゥ…」
「焦るな。動かさなきゃ、じゃなくて、動かしたいと思え。その指先で、まず何がしたい?」
ナミルさんがフォローしてくる。
何がしたい…?えっと、治ったら、何がしたいんだったかしら…。
『ジャンヌの手だ〜。シエル、ジャンヌにいいこいいこされるの、だ〜いすき〜』
シエルが羽ばたいて、肩に乗ってきた。
その羽ばたきで、ふわり、と良い匂いのするきなこの髪が揺れて、頰を擽った。
「(きなこ、おいで)」
前世で、きなこは後ろ脚一本がなかった。でも私は、なんでもかんでもしてあげてたわけじゃない。
呼んで、嬉しそうに歩いてきて擦り寄ってくるのを待ってた。迎えに行ってだっこすることはあっても、いつでもどこでもだっこ、じゃなかった。この子は雨の中、ちゃんと立ってたもの。独りぼっちは頂けないけど、過保護って何か違う気がして。
「(き、きなこ…泣いてるの…?)」
「…っ……、っ…」
ほんの少し、動いた指先がふんわり髪の毛に絡まってるだけで、モフモフなでなでしてるのとは違うけど。でも、感覚鈍くても、これだけ心地いい。すっごい、ゆるっふわだわ。
きなこは前世の時のように、肩口に顔を埋めてふわふわモフモフ甘えてる…のだけど、なんだかしっとり、濡れてる感触がするのは気のせいかしら…?
それとね、いつも思ってるのだけど、きなこって割と際どいのよね…だってこの子、ボンキュッボンな良い体型してるのよ。胸、胸が、めちゃくちゃ当たってるの。むにょん、って。肌感覚なくてもビジュアル的にヤバい…肌感覚なくて良かった…この子の谷間ガン見した人ちょっと出てきなさい。
「ふむ、感動の場面のはずなんだが、やはり何かいけないものを見ている気分になってくるなこれは」
『百合の花〜?』
黙って。
「(しぐれ、おいで)」
「…は?」
渾身の、は?を頂きました。
でも、ここで諦めると思ったら大間違いよ。前世は遠慮が先だったけど、ずっとずっとこうやって呼んでみたかったんだから。
「そら、おいで、だとよ」
「なんで俺まで…」
「嫌なのか?ん?」
「……ぶっ殺す…!」
『いけないんだ〜、素直じゃないの、いけないんだ〜。ジャンヌ〜、シエルもシエルも〜』
「グルル…」
『おかーさんも〜』
うん、待っててね、順番よ。
「(しぐれ、おいで)」
「………………………………………………………………ッチ!」
長かったわね。でも、根比べは私の勝ちよ!
しぐれは舌打ちすると、床をズカズカ鳴らして、どっかり、きなこの逆隣に座ってきた。好きにしろ、とばかりに。ふふ、腹を括ると潔いところも、男らしい。それ以上に可愛いのだけど。
「(私が縁側で昼寝してる時に、一緒に寝てたって本当?)」
「…そんな事実はない」
毛先が緋色の、漆黒の髪は凄いサラサラで艶々。もっと固いかなって思ってたわ。でも、髪の毛まで男らしく、芯がしっかりしてるみたい。暑い時に、この涼やかなサラツヤヘアーに思いっきり頬ずりしたら気持ち良さそう…やだ、私ったら変態。
「(耳も良い…?)」
「ばっ…!」
「おいおい、勘弁してやれ。同性ならともかく、異性が耳を触るっていうのは、人間で言うところの一線を超え」
「それ以上言うなこの蛇野郎!!」
「みやこさま…きなこは、どこでも触られとうございます…」
…あら、空気が一気にRっぽいわ。世間知らずでごめんね。
「(………)」
「…うん?」
ちょっと指先で触っただけなのに、シエルもお母さんグリフォンももこちゃんも、嬉しそう。たったこれだけで嬉しいななんて、欲がない子達ね…ちょっと心配になるわ。お母さんは今更なんだけどね。いつもふっかふかのベッドしてくれてありがとう。
「…おいおい、まさか俺もか?」
「(…だめ、ですか?)」
「いやいや、別に俺は良いだろう?こいつらのように愛でる要素なんかどこにも」
「(ひよこの、うぶ毛…)」
「観念しろナミル、お前だけ逃げられると思うなよ」
「複雑ですが…みやこさまが、望んでいらっしゃるなら…」
「いやいやお前らな、もう少し粘って反論するとかないのか?ほぼ人外とはいえ、俺は男だぞ?男。もう少し小姑らしくだな」
なによ、何がしたい、って聞いたのはそっちじゃない。
「(ナミルさん…)」
「………〜〜〜〜〜っわかったよ!」
よし勝った!
心の中で勝利のガッツポーズをした私は、しぐれと入れ替わりに隣に座った彼の髪の毛に、そぉっと指先を伸ばした。
「(ふわふわ…ひよこ…)」
「……なぁ、もう良いだろう?なかなか恥ずかしいんだが…」
潮風にふわふわ揺れる淡い金色を、心ゆくまで堪能しました。
珍しく和菓子が出なかった…