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例えば、こんな朝

悪夢を食べるって、よくよく考えたらなんて健気なんだろう、と思ったわけです。


ブクマ、評価、ご感想、いつもありがとうございます(*´꒳`*)

「すまない。元老院も、国王陛下も、説得出来なかった」


 暗くて寒い牢屋。足元には業火の海原。

 …違う。これは、ディアマント家が、私が、苦しめて悲しませた人達の、怨念。


「ジャンヌ」

「ユースレス、さま…」


 檻の、業火の向こうで、いつも励ましてくれた神父さまが、いつもの優しい眼差しで私を見ている。


「ジャンヌ、愛しているよ」


「ダイヤモンドの乙女。私だけだ。私だけが、貴女を愛している。どうか、我々のために、罪を被って燃えておくれ。ジャンヌ、愛している。いつまでもー」


 動けない。動かない。

 私の脚は、もう。


 罪人は業火に焼かれて、灰になる。


「ジャンヌ、愛し『メゥ』」


 …。


 …?


「ジャ『メゥメゥ』」


 …え?神父さまって、こんな可愛い話し方、する方だった…?むしろ、微笑んだ顔は綺麗すぎて、ちょっと怖いくらいなのに…。

 それに、業火の音が、もぐもぐ、むしゃむしゃ、って聞こえるのだけどー


 ージャンヌー


 業火の海原が、深い澄んだ碧に変わった。


 ーおいでー


 とぷん、と沈んだ。


 ーおよめさまー、あそぼーー

 ーくすくす、およめさまったら、いけない子ー

 ーそんなのより、あたしたちとあそびましょう?ー


 ふよふよ。もこもこ。

 私、この子達のこと、知ってるわ。


 あぁ、これは、海ね。


 ゆら、と碧い水が私をどこかへ運ぶ。


 ー神楽坂殿ー

 ーみやこさんー


 そうだ、約束。

 ううん、次は何を食べたいかしら。あぁ、ちょっと暑かったから、今度は夏の名物が良いわ。


 あら?なんで私、暑かったのかしら?海は、こんなに気持ちいいのに。


 ージャンヌ〜、シエルともあそんで〜ー

 ーグルル…ー


 苺大福と桜餅、美味しかった?今度は一緒に和み庵、行こうね。


 ーおい、バカなこと考えてないで、アンタは呑気に和菓子でも食ってれば良いんだー

 ーみやこさま…きなこは、いつでも、みやこさまのおそばにおります…ー


 あのね、脚が治ったら、二人と色んなところにお出かけ、したいのよ。どんなところが良いかしら?ううん、どこでも良いの。二人と、皆んなと一緒なら。


 なんでかしら。ここ、とても安心する。

 抱きしめられて、頭を撫でられてるみたいだわ。


 良いのかしら?

 私、こんなに良い気持ちで、良いのかな?


 だって…そうよ、だって、私はー


『メゥ!』


 私は、…あら?なんだったかしら?

 それにしても今、ぱくん、って良い音したわね。


 ー下を向くな。前と上だけ見てろー


 でも、海は見下ろして良いのよね?覚えてるわ、自慢の海だって。


 あぁ、なんだかとっても、眠たい。


 ー眠れー

 ーおやすみ、良い夢をー




「そうか、お前、喰った悪夢を上手く処理出来ないんだな?」


 苦悶の表情が消え、安らかな眠りに入った彼女のそばで、もこもこと全身を黒く染めて涙を流す魔獣に問う。


「だから、なかなか白には戻れない。お前は魔獣として不完全で、天の奴らが至高とする白ではない、薄汚れた者。さしずめ落第者の烙印でも押されたか」


 図星を突かれても憤らないのは、こいつ自身が己をそうと思っているからだろう。


 天の世界は、秩序というものを何より重んじる傾向がある。そこにわざわざケチをつけるわけではないが、グリフォンの親子がここにいるのも、その弊害によるものだ。


「バクにとって、悪夢はただの餌だ。食べて消化すりゃ、それで終わる。だがお前は、喰った悪夢をなかなか消化出来ず、だから夢の内容や持ち主の感情を覚えているし、それに感化される」


 ゆえに、染まったまま。

 出来ないのか、しないのか、それはわからないが、なかなかに生きづらそうだ。


「だが、お前は、喰うんだな」


 別に、悪夢だけがこいつらの餌ではない。エネルギー源なら他にもある。


「この娘の悪夢は、壮絶だったろう。なら、途中で喰うのをやめて良かったはずだ。食べかけでやめりゃ良かった。それなのに、お前は全部、喰ったんだな」

「メゥ…」

「あぁ、お陰で、彼女は悪夢を忘れて目覚めるだろう。俺はな、確かに夢に介入しようと思えば、出来る。だが、俺ほど魔力が強くて、しかも蛇眼持ちが、何度もそんなことをすれば彼女の魂に傷がついてしまうんだ」


 寄り添う獣人の少女はもちろんのこと、いかなフェンリルでも、物理的に彼女を悪夢から引き離すことは難しい。

 間接的に、日々、心の傷を時間をかけて癒すしかない。残念だが、そこに即効性はない。


「俺から言わせりゃ、お前は、誰かの心に寄り添える、良く出来た魔獣だぞ」


 もこもこと、黒く波打っていた毛並みが、ぴくりと反応した。


「お前は確かに、バクとしては不完全かもしれん。だが少なくとも、今宵の彼女は悪夢から救われた」


 実のところ、攫ってきてから毎晩、ジャンヌは悪夢に苛まれている。

 このバクが落ちてきたのは、ひょっとすると本当に、然るべくして起こったことなのなのかもしれないな。


「最初にも言ったが、お前の好きにすれば良い。海ってのはな、懐が深いんだぞ?」





 穏やかなさざ波の音と、モフモフ、もっこりとした心地いい感触に目が醒める。


「メゥ」


 とろとろと、瞼を開けると、きなこの綺麗な翡翠色の瞳と、もこちゃんのつぶらな瞳が真っ先に見えて、とても幸せな気分になった。


「みやこさま、おはようございます…何か、食べられますか…?」

「その前に水分補給だろうが」


 どうだろう、食べられるかしら?

 わからないけれど、目覚めて一番に、美味しい和菓子を思い浮かべられる朝って、なんて贅沢なのかしらね。


「(海と、羊の和菓子が良い…)」

「描いてやるが、菓子ばかりじゃなくてちゃんと食べられるようになれよ?」


 また、頭ぽんされた。お陰でお母さんグリフォンに沈んだわ。あぁ、まだちょっと、眠い。


「メゥメゥ」

『あのね〜、シエル、仲良くなったよ〜』


 ウチの子たちがこんなに可愛い、幸せな朝です。

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