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巡り会えた縁だから

和菓子を通した人情物語風になって参りました。そろそろ和菓子以外の癒し展開も描きたいですね。


ブクマ、評価、ご感想、ありがとうございます♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪

「《夜桜》だ」

「まぁ…夜空に浮かぶ満月と、桜ですわ…」

「和菓子というのは、面白いな。ケーキやクッキーとは趣向が全く異なる。風景までひとつの中に表現してしまうのか」


 ナミルさんがしきりに感心している。よし、これで和菓子愛好家の同志を増やせたわ。その調子でもっとハマってしまえ。


 数日後、私は再びお呼ばれして和み庵にいた。本日も夜です。


 餡子をくるりとまぁるく巻いているのは、淡い黄色の練り切り。表面には流水紋が刻まれて、銀箔が散らされている。

 横から見ると、餡子の中には、薄桃色の小さな桜が二つ。断面から見えるようになっている。


「…どうだろうか」


 改めて話がしたい、としぐれ経由で言伝を貰った。これは、また同じように事前にイメージを伝えてあったもの。


「(うん、美味しいよ)」


 一卵性なのよね。特に、ホッと和らいだ目元とかよく似てる。

 二人は学業のかたわら、和み庵を継ぐつもりでご両親に師事したり、他のお店にも通ったりして修行していたそう。なんと驚きの十九歳。それでこのクオリティって、まさに天職ね。


「では、改めて。先日は、此方から会ってくれと依頼したにも関わらず、中途半端になってしまって申し訳なかった」


 ううん、思ってたけど、本当に律儀な子達。こっちはロクに動けない反応出来ない植物人間なのに。


「結局、例の手記は何だったんだ?」

「…両親のものだった」


 聞き辛いことを尋ねる役回りを、ナミルさんが買ってくれた。

 返ってきた答えは、半ば予想していたもの。


「あの時も、竜巻だった。俺と深月は店の中にいて、両親は店の前にいた。それが理由なのかはわからないが…どうやら、タイムラグが生じたらしい。手記を見るに、およそ百年前の此方に飛ばされていたようでな」

「(………)」

「酷い大怪我を負って、幸い、面倒を見てくれる人達に恵まれたようだが…何にせよ、もう、…」


 きなこの耳と尻尾が、へたり、と力なく垂れているのがヴェールの隙間から見えた。


「先日の繰り返しになりますが、父と母は、本当に、和菓子のことばかりで…身体が動きさえすれば、この世界で和菓子職人になっていたと思います。今、この世界に和菓子の存在が知られていないということは、…おそらく、叶わなかったのか、と」

「じいさまとばあさまと、創って作り続けてきた想いの丈が、ここに綴られている」


 静かに、和月君は息をついた。

 そして、正座のまま、腿に置いていた手の片方を畳について、私を真っ直ぐに見て言った。


「神楽坂殿、改めて、頼みたい。失くしてしまった記憶を取り戻す力を、お貸し願えないだろうか」


 深月ちゃんも、指三つ折りに、私を真っ直ぐ見つめてくる。


「俺達は、守られた命だ」

「祖父母に守られた両親に、慈しまれて産まれました。そして、神楽坂さんのような人に愛しまれたこの店で、育ちました」

「確かに、ゼロから新しい和菓子を創れる自信はある。伝統とは創造。だが、俺達の原点は、この店だ。この根っこを空虚にしたままでは、これから創るものに生命などないに等しい」

「父と母の末がわかって、私達は、この世界でこれから生きる覚悟を…覚悟出来るよう、精進することに、決めました。ずっと先のことはわかりません。でも、少なくとも今は、このお店で、と」

「勝手は承知の上。貴女が愛したこの店を、どうか俺達に教えていただけないだろうか」


 あぁ、つむじも、そっくりなのね。

 きなこが寄り添うように、腕にしなだれてくる。しぐれも、ナミルさんも、静かに待っている。


「(あのね、これ、私が覚えてる味と、違うの)」


 そう言うと、ばっと頭を上げて、二人の瞳は傷ついたように悲しみが混ざった。

 あぁ違うのよ、ごめんね誤解させるような言い方しか出来なくて。今すぐに一発大逆転するから許してちょうだい。


「(私が覚えてるこれは、《夜桜》じゃなくて、《双子桜》なの)」

「双子…?」

「どういう、ことですか…?」


 あの日、私はこれ以上ないくらい、心身共にへとへとに疲れきっていた。

 保健所の仕事に就いて、もう三十路で、それなりの中堅クラスになっても、どうしたって心は荒んで擦り切れる。あそこは一種の中間管理職だ。愛玩動物で溢れる平和な社会の表と、裏の。

 月も見えない暗い夜道を歩いていたはずが、気づいたら、和み庵の中にいた。《雪うさぎ》を食べた時と同じ、隅っこ。

 奥から出てきたおじいさんとおばあさんが、お食べ、と差し出してくれた。

 今から思えば、大事な試作品だったろうに、見るに見かねてお裾分けしてくれたのね。息子と嫁には内緒だよ、って。


「(これ、どこの断面を切っても、二つの桜は千歳飴みたいに同じでしょう?)」

「あぁ…」


 出産祝いとかに、桜って、本当はあまり良くないのかもしれないのよね。散る、をイメージさせるから。

 でも桜は、日本の象徴でもあって、武士のような気高い不屈の精神性も連想させる特別な花。


 だからきっと、おじいさんとおばあさんは、桜を千歳飴のようにすることで、そこにありったけの願いを込めたのだと思う。


 私は、教えられたわけではない。

 でも、昨日、改めて会いたいって言伝貰った時に、ふっと頭に浮かんだの。それで、不思議と、直感的に悟った感じ。あぁ、《双子桜》の意味は、これなのかもって。


「(ごめんなさい、隠し味が何かまで、私にはわからない)」


 でも、それで良いのじゃないかしら。


 だって、《幻の双子桜》はきっと、おじいさんとおばあさんだけの、息子さんとお嫁さんと産まれてくる赤ちゃんのためだけに創ったものだわ。


「(ごめんね、私、二人に巡り会えて、嬉しいの)」


 そして、また和み庵の和菓子を味わえて、嬉しい。

 それが和月君と深月ちゃんにとって、喜ばしくない背景の結果だとしても、どうしたって嬉しいのよ、私。


「(私、全部思い出すから。和み庵の、生きてた間のは全部コンプリートしたのよ?それで、今度だって、絶対コンプリートするの。だからきっと作ってね。今までのも、これから二人が新しく生み出すのも、私全部、食べるから)」


 みんなと一緒に。


 筋金入りの食い意地を、ありったけ。

 和月君と深月ちゃんが泣きそうな顔になって慌てたけど、でも、晴れやかな夜のお月さまみたいに笑ってくれた。


「よろしく頼む」

「よろしくお願いします」


 私はこの世界で初めての、お友達を見つけました。

え?きなこ達?家族だよ?

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