春告鳥
抹茶好きな人はこの指とまれ!
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「どうぞ、食べてみてください」
木目を刻んだ黒灰色の、菱形の陶磁器に、鶯が一羽。
和月君と深月ちゃんが、少し緊張気味に私の反応を待っている。
「まさにイメージ通りだな。…いや、少し手を加えてあるか?この、細かく散らされている粉はなんだ」
「うぐいす粉です。青大豆を挽いたものを、茶漉しで。こうして全体にほんのり振るうと、菓子と器に一体感が出ます」
「なるほどな」
「この、きらきらしたものは、なんでしょう…」
「それは氷餅だ。春の木漏れ日を表現した」
「まぁ…」
「もちろん、お買い上げ頂く時はこのままお出ししますが、今日は少し添えてみたんです」
さぁ、みやこさま…。と、きなこがいつも通り、しっとりと口元に運んでくる。
ううん、新しく出会った人達の前でこれは、なかなか、かなり恥ずかしいわ…。ヴェールの中だから、まだマシだけど。
「(いただきます)」
口を閉じる寸前、ふわっと香ったのは、抹茶。
そうなのよ、これは、まずこの瞬間がとっても至福なの。
うすーく、伸ばされた薄緑色の外郎生地は、程よい歯切れで、でもしっかりもっちり。これを一体、どうやってころんと可愛らしい鶯の形にしているのかしらね…本当、神業。
散らされた氷餅の欠片が歯を擽ると、抹茶の風味と相まって、まさに淡い春先の木漏れ日が目に浮かぶ。
中の餡子は、雪解けのように滑らか。
敢えて餡子は白餡じゃなくて小豆にすることで、薄緑色の外郎生地に透けて、春の渋い羽を表現しているのね。華やかな色合いではないけれど、そこが良いのよ。それに、今回工夫してくれた氷餅が、そっと華を添えているから見た目にも大満足。
そして、餡子の中には、とろりとした梅の蜜煮。
爽やかな甘酸っぱさが、舌を飽きさせない。餡子と滑らかに絡まって、抹茶のほろ苦さと蕩け合う。
「(和み庵の《春告鳥》だぁ…)」
前世では抹茶スイーツが流行ってたけど、私はこれが一番。
ほぅ、と感嘆の溜息を漏らすと、二人はホッと目尻を緩ませて顔を見合わせた。
「(記憶障害だなんて、信じられない…)」
これは今夜会うのに、事前にひとつ作って食べて貰いたいと言伝を貰って、じゃあと伝えていたもの。
冬の名物《雪うさぎ》ときたら、次は春の名物《春告鳥》が真っ先に浮かんだわ。そうしたら食べたくて食べたくて、凄く楽しみにしていた。
「私達にも、よくわからないんです。頂いたイメージを見たら、あぁこれだ、って味も技法も思い出せて…でも、私達だけじゃ、どうしても、思い出せなくて」
「ここの味を知っているジャンヌが賞賛するほどだ、再現できる腕前は確かなんだろうな。つまり、身体は覚えている。色や形、味覚を司るのは脳だ、次元を超えたことで一時的に故障が起きているのかもしれん」
「(上生菓子だけ、っていうのは…?)」
「複雑で高度な技術の結晶だからかもな。あるいは、修行で会得してからまだそう時間が経っていない、言うなれば二人の脳にとって歴史の浅いものだからか…」
「(でも、上生菓子の存在は覚えてるのよね…?)」
「あぁ。例えば何かを見て、こういうっぽいのがあったような、と琴線に引っかかりはするんだが、具体的なイメージを思い出そうとしても、ピントが合ってくれない」
「(うーん…)」
それは、きっともどかしいわよね…。
「せっかくですから、皆さんも是非、食べてみてください」
とにかく。
こんな美味しいもの、私一人でなんて勿体ない!深月ちゃんが淹れてくれたお茶で、夜のほっこりタイムです。
「まぁ、美味しゅうございますわ…」
「冥利に尽きる。しかし、これで納得がいった」
「(え?)」
「フェンリル殿、縁もゆかりもない俺達に手を貸してくださる理由は、彼女ゆえなのだろう?」
ふい、とそっぽを向いたしぐれに、和月君は朗らかに苦笑した。
「不本意に此方に来てから、既にひと悶着あった。異世界人が現れると感知されるのかどうかわからないが、三ヶ国の魔法騎士を名乗る者達に誰何され、連行されそうになってな」
「だろうな。ここで菓子なんぞ作っていられる状況に、俺も疑問に思っていたところだ」
「そこで、フェンリル殿が現れた。霊獣という存在なのだそうだな。そこも与り知らぬところだが、彼の加護があると解釈したらしく、一応解放された。こうして小康状態を保てているのは、全面的に彼のお陰だと思っている」
それでも疑問だった、と和月君は言った。
「大神家の先祖はとある山村で、狼信仰に手厚かったと聞いている。それゆえの縁か、と思ったが、それにしたって霊獣が何の対価もなしに庇護を施すとは思えなくてな。理由を聞いても彼は、菓子を寄越せ、としか言わない…だが、神楽坂殿のため、というなら納得だ」
「ほぉ、その若さで随分と肝の据わった考え方をする」
「どうだろうな。今のところ、此方で信頼できるものは圧倒的に少ない。慎重にもなる」
「そこの竹林を抜けて下った先に、日本の里山によく似た土地があるんです。異世界トリップではなく、タイムスリップと思ったほどで。そこの方々も、とてもよくしてくれているんです」
じゃあ、しぐれが昼間とかにどこかへ行っているのって、ここを守るためだったのかしら…。
目だけ動かすと、ふいと更にそっぽを向いてしまった。耳が赤い。なにこれ可愛い。
「ナミル殿、あなたは異世界人について何かご存知だろうか。例えば、元の世界への帰り方など」
「いや…すまないが、俺も多くは知らない。異世界人の存在はここ数百年で認識されるようになってきてはいるが、帰還出来たとして、それを証明する術も考え難い」
「そうか…出来れば、直前まで一緒にいた両親の安否を知りたいんだが」
その時、裏手の方から、ちりん、と鈴が鳴った。
「他に来客予定は」
「ないな」
「何かあれば呼べ。出る」
「恩に着る」
しぐれに軽く受け答えて、和月君が出て行った。…うん、湯気がほこほこしてるもの、居留守は無理よね。
深月ちゃんも固い表情になって、私も自然と耳を済ませる。…揉めている、わけではなさそうだけど、大丈夫かしら。
「申し訳ない、急だが、ここに通して良いだろうか」
「(え?えっと、それなら私達、お暇した方が…)」
「良い。連れて来い」
「(え)」
「すまない」
え、と思っていると、きなこがそっと耳打ちしてきた。この子の吐息、ヴェール越しでもこしょばいわ…。
「きっと、この方がよろしゅうございますわ…誰かがいた方が、相手は、下手を打てませんもの…お二人も、ご安心召されます…」
ナミルさんも同じ考えのよう。
そんなわけで、私はヴェールとふかふかお布団の中で大人しくしていることにした。
「夜分にすまない。大通りを通りかかったら、灯りがついているのが見えたものでな。物は試しにと、訪ねてみた」
和月君によって通されたのは、なんというか、抹茶みたいな人だった。
「構わない。むしろ頃合いが良かった」
「ふむ、そのようだな」
「それで、見せたいものとは何だろうか、エムロード大公国魔法騎士団第二部隊長殿」
長い。
…ううん、たぶん、わざとね。和月君がいかに慎重に見極めようとしているのかが、よく伝わってくる。
魔法騎士さんは、いかにもな感じで剣を持っていて、緑色の服装もそれっぽい。
でも、威圧的な感じはしなくて、むしろどこかおっとりした印象。しかも凄い美人。
…でも、ちょっとミステリアスな感じね。油断したら、転がされそう。こっちが警戒しているのをわかってて、それを楽しんでるような気さえする。勝手な偏見だけども。
銀がかった緑色の、緩く癖のある髪。瞳は、モスグリーンというの?渋い抹茶色。この世界ってカラフルよね…。
あら、この人なんだか、《春告鳥》に似てる…?
「これなんだが」
「…本?」
「いや、手記に近いな。俺は、読書が趣味でな。古書も嗜む。それで以前、偶々見つけて、興味深く感じて手に入れたものがこれだ」
「それが、俺達に関係があるとでも?」
「俺も、今ここに来るまで、物は試しという程度だった。だが、そこにある菓子を見るに、どうも大いに関係がありそうな気がするな」
「…?」
そう言うと、抹茶の人はその本をぱらりとめくった。目当てのページを見つけたようで、そこを開いたまま、和月君と深月ちゃんの前に差し出す。
「関係があるかどうかは、君達が判断すれば良い。これは、およそ百年前のものだ」
二人の時が止まった。
私達も絶句する。
見開きのそこには、《雪うさぎ》と《春告鳥》の覚え書きが載っていた。
あくまでこの物語の主役は元悪役令嬢の彼女とモフモフ達なので、さらっと行きますね〜。