令月堂 和み庵
お饅頭を蒸してる匂いとか暖かい湯気って、本当になんとも言えず和みませんか?
それにしても、本格的に和菓子の話になってきたぞ…。
ブクマ、評価、ご感想、ありがとうございます╰(*´︶`*)╯
約束の時間は夜だった。目立たないように、って。
転移魔法陣が消えると、目の前の風景も様変わりしていた。本当にここは、魔法のある世界なのね…ちなみに私は、ナミルさんにお姫様抱っこされている。実態はこんなゾンビで申し訳ないわ。
「ここら一帯は、サフィール王国、リュビ国、エムロード大公国の三ヶ国を跨ぐ関所でな。この路地は昔、ちょっとした宿街だったんだが、見ての通り今は寂れちまってるわけだ」
例えるなら、古き良き京都の裏路地。
…と、いうか、そのままじゃないかしら?これ。
良い年季を感じる石畳がちょっと似てるのかと思ったけれど、周りもよく見てみると凄い既視感よ…?だってそこに、柳とか竹藪あるし、手入れはされていないけど、路地の両端に細い堀があって水が流れてる音がする。
うん、こういうの修学旅行で見たわ。…まさか、ここ作ったの、日本人…?トリップ者…?ううん…??
「おい、ぐずぐずするな」
私が一人勝手に悶々としている間に、しぐれが先導したのは路地の一番奥。
…あぁ、懐かしい……。
ほこほこと温かい湯気と、ほんのり甘い匂い。淡い灯り。
和菓子屋さんって、和菓子そのものだけじゃなくて、こういう佇まいが本当に癒されるのよ…激務で帰りが遅くなったり、仕事でどうしても心が荒んでしまった夜、もうお店は閉まってても、仕込みか何かでほっこりふわふわ漂ってくる雰囲気に、一体どれだけ救われたかしら…。
「ほぉ、これが例の店か」
「わたくしも、懐かしゅうございます…」
暖簾には、見間違えようもない、記憶よりも少し古くなった「令月堂 和み庵」の文字。
そうよね、きなこもよく一緒に来たものね。特におばあさんが、凄く可愛がってくれたわよね。
私達はしぐれについて、表から暗い竹藪のある裏へ回った。
「連れてきた」
取り付けてある鈴を鳴らすこともせずに、言いながら手慣れたように、しぐれは戸を開けた。
もわん、と上品な甘い匂いがもっと広がる。きなこの小さな鼻がひくひく動いた。なにそれ可愛い。あぁもう、ヴェールが邪魔だわ。
「フェンリル殿か。待っていた」
聞こえてきたのは、とても落ち着きのある、若い男の子の声。
「深月、手を止められるか。お客人だ」
「んー」
続いて、とても深みのある、若い女の子の声。
「フェンリルさん、こんばんは。そちらの方々も、どうぞ」
ヴェールの中からだと、薄らぼんやりとしかわからないのが残念…でもきっと、その格好は和菓子職人さんの着物ね。少し生成り色の白が見えるわ。
案内されたのは、厨房を抜けて、いわゆる客室のお座敷になっている部屋だった。
…そこに、こんもりと、座布団と布団の、山。
「こんなもので良かっただろうか。これがありったけなんだが」
「十分だ」
用意させてすみません。
「さて、お初にお目にかかる。ここの仮店主をしている、大神和月だ。こっちは妹の深月」
「はじめまして」
「そちらは何とお呼びすれば良いか?」
武士みたいな佇まいに話し方ね…見たところ、いってまだ二十歳くらいだけど、本当に?妹さんの方も、大和撫子って感じだけど、薙刀でも持ってたら似合いそう…。そこに和弓二張、あるし。
「俺は今回の主役じゃないが…ペルラ海国で沖の守衛を務めている。ナミルで良い。お前達が畏るような相手ではないぞ」
「なら、ナミル殿と」
「お前達が会いたいと言っていたのは、こっちだ。あとは付添人と思えば良い」
向かい合っている二人が改めて私を見たのがわかる。…のだけど、どうすれば?
「いつも通りで良い」
「(え?)」
「一時的に、テレパシーが通じるようにしてやる。そっちの二人もそのつもりで、驚くなよ?」
ナミルさんがそう言うので、私はおそるおそる、そっと呼びかけてみた。
「(あー、あー…マイクテスト、マイクテスト。聞こえますか?)」
そして一瞬後、真正面と左右から思いっきり噴き出された。
…えぇ、バカみたいなことした自覚はありますけど、何か?でも学校の校内放送でやってたんだもの。
「いや、すまない、懐かしくて、つい」
「こいつのバカはいつものことだ…」
「みやこさま、やっぱり、可愛いですわ…」
「流石にテレパシーは初めて体験するが…放送委員のご経験がおありか?」
「(まぁ…)」
「この単語が通じるということは、確かに同じ日本人か…雪うさぎの方、お名前をお聞きしたい」
え、私、この双子の中でそんな呼び方になってるの?可愛すぎて、なんだか恥ずかしいわね…。
「(神楽坂みやこ、でした)」
「神楽坂…あぁ、なるほど。なら、じいさま達が言ってた雪うさぎの子が、貴女か」
え、日本名言ったのに、なんで訂正されないの?
「でした、と言ったな。すると、貴女は転生者か」
「(はい)」
「あぁ、俺たちに畏る必要はない。差し支えなければ、前世での終末は何年だっただろうか。西暦でも和暦でも」
「和暦の方が信憑性、あるんじゃないか」
それは思った。なのでしぐれの言う通り、和暦で答える。ついでに何月何日だったかも。
「なら、俺たちはまだ産まれていないな…」
「和月、今の、おじいちゃんとおばあちゃんの命日と…」
「確かめる。更に踏み込むようで申し訳ない。貴女の死因は、竜巻では?」
ドンピシャすぎた。
きなこが反射的にか、きゅぅ、と腕にしがみついてくる。なのにこっちは萌え死にそうになってる罰当たりでごめんね。
「じいさまとばあさまも、同じくだった…と、父と母から聞いている。二人は両親を庇って、家の下敷きになって亡くなった。その時の母のお腹に、俺達がいた」
「(そう…おじいさんと、おばあさんも)」
「その後、両親は店をなんとか立て直した。辛いことや悲しいことがあっても、ウチの和菓子で少しでも誰かの心を休ませられるようにと、いつもそればかり考えていた。『きなこ色の猫を連れた、神楽坂さんちのお孫さん』のことも、よく聞いた」
「(私、と、きなこ…?)」
「ご両親が亡くなられた際、祖父母殿に連れられて、店の隅で雪うさぎを食べて目をまんまるにしていたそうだな。それで、大人になってからもウチを一等愛しんでくれて、誰よりも幸せそうに買って帰ってくれたと。…楽しみにしていた足音が途絶えて、両親は寂しそうにしていた。だが、貴女のような方を想えばこそ、生き残った自分達は作り続けなければならないと」
そんな風に、思われていたの…。
「ありがとう。ウチのことを、昔も今も、愛しんでくれて。真っ先に、これだけはお伝えしたかった」
いつか、和み庵を主役にした物語も書きたい…というか、書くつもりです。いつになるかわからないですが。今、書きたい風景が次々浮かび上がっていて大変です。圧倒的に時間が、足りない…!仕事ェ…