雪うさぎ
え?こういうの食べたいって私の願望ですが何か?
現実にはあり得なくても、こういう和菓子が食べたい!って皆さんはありますでしょうか。
丸い黒漆器の小さな木皿に、雪うさぎがちょこんと一羽。
「ほぉ…これが、雪うさぎというやつか?」
「雪うさぎは、元々、雪で兎を模して作ったものですわ…」
その愛らしさをたっぷり見つめること数分。きなこが黒文字で優しく、ひと口…よりも、小さく切って、掬い上げる。
それにしても、しっとり、逆の手も添えて私にアーンする仕草、もう本当にハーレムみたいよね…なんて艶やかなのかしら。こんなゾンビお世話させるには勿体ない子だわ…むしろ私がアーンしてあげたい。
「さぁ、みやこさま、どうぞ…」
ふわ、と、白い練り切りが綿飴のように舌を擽った。まるで、ふわふわな綿雪や牡丹雪を食べたみたい。
そして、一瞬だけ遅れて、しゃりり、と繊細な氷の結晶のような舌触り。これも直ぐに、さらりと溶けてゆく。
中に包まれているのは、滑らかな餡子。
でも、これもただの餡子じゃない。噛んだ瞬間はふわっとしてて、噛み締めると、もちっと求肥みたいで、でも、とろっと蕩ける。それ全部、瞬間で味わうの。雲に包まれてるみたいに、不思議な心地…。
ほら、伸びるアイスクリームって、あるじゃない?ちょっとあれと似てる。
でも、アイスじゃなくて、ちゃんと餡子なのよ。一体どうやってるのかしら…軽く神業だと思う。ふわとろで、もちとろ。お餅と餡子を熱々のとろっとろにして練ったらこうなるのかしら?でも、ひんやり冷えててこれなのよ。もう、意味わからないくらい…
「(おいしぃ…)」
あぁ、「和み庵」の、雪うさぎだ。
うんと幼い頃、祖父母に初めて食べさせてもらった時、凄くびっくりしたのよね。
「(きなこも食べて)」
「はい、有り難く…」
「(しぐれも。シエルとお母さんも、食べられる?ナミルさんも、食べて下さい。ほんっと美味しいですから!)」
「ッチ、仕方ないな…」
ちなみに、ナミルさんのイラストは全部、私が貰っています!
もう用済みと捨てようとした時、私、絶叫したもの。それも聞こえちゃったみたいでドン引きされたけど、ドン引きしたいのはこっちだわ。なんだってそんな可愛いほっこりイラスト捨てるの?正気?
手だけでも回復したら全部ファイリングして、眺めてほっこりするんだから。大好きなイラストレーターさんの直筆イラストなんて、前世でも絶対に手に入らないレアものなのよ?
「それより、双子がお前に会いたいと言っていたが、どうする」
「(え?)」
「先代に伝えられたモノを思い出せなくて困っている、覚えている人がいるなら、会わせてくれと懇願された」
「(それは…)」
それは、正直、というか勿論、私も彼らのことが気になってるから会ってみたいと思う。思うの、だけど…。
「(はわっ)」
「下を見るなと言っただろう。身体が気になるなら、これで隠れるぞ?」
ナミルさんに頭からすっぽり被せられたのは、ヴェールみたいなもの。確か、これも海の子達に貰ったのよね…ゾンビも、これでいくらかマシかしら?
ここにいる皆んなは、もう今更って感じだけど、他の人の前にこの姿で出るのは…うん、私もこれでも乙女だもの、気になってしまう。でも、これなら…。
「(会って、みようかな)」
いつもいつも、私を癒してくれた和菓子たち。
この味は、間違いなく「和み庵」だ。でも、双子に心当たりはない。前世で私が会っていたのは、おじいさんおばあさんと、跡継ぎの息子さんとそのお嫁さんだった。
気になっていることは、いっぱいある。訊きたいし、せっかくまたこの味に巡り会えたのだから、出来れば仲良くなりたい。
「わかった」
「お供、いたしますわ…」
『わ〜。ジャンヌ、花嫁さんみたい〜』
ううん、それにしても、よ。
三人が雪うさぎ、黒文字で突きながらちょっとずつ食べてるの、凄いほっこりする。見てください皆さん、ウチの人達がこんなに可愛いです。
「いいのか?あと俺達が食っちまって」
まぁ現実問題、そこまで食べられるほどジャンヌの身体は回復していないんだがな。
グリフォンの親子にわちゃわちゃモフモフと戯れられている彼女と、いくらか欠けてしまった雪うさぎを眺める。
「良いのです…特に、これは、みやこさまはお一人で食すのは、お寂しくなってしまうと思うので…」
「うん?どういうことだ?」
獣人の少女が、遠慮がちながらも雪うさぎをひと口食べ、そっと瞼を伏せた。
「これは、みやこさまのお母様とお父様がお亡くなりになって、おばあ様とおじい様が買ってくれた、一品なのだそうです…お孫様への、せめてものお慰めだったのでしょう…けれど、そのお二人も早々に亡くなってしまわれて…これは、とても可愛らしく、美味しゅうございますが、一人で食べるのは、寂しゅうございます…」
だから、俺達が美味いと笑いながら食べてしまった方が良いのだという。
なんでも、冬、例の和菓子屋に立ち寄っても、美味しそうと言いつつ絶対に買うことはなかったらしい。家で、雪うさぎの美味しさを物言わぬ二匹に嬉々として語りながら、食べているのは他の菓子だったそうだ。
「無意識、と思います…先ほどの、涙も…」
「ッチ…」
「良いのです…今世こそ、暖かい家族や家庭に、巡り会えることが出来るのなら…」
「まぁ、もれなく毎日、可愛らしい和菓子を食べるんだろうな」
簡単に想像出来る。そしてこいつらは、自分もそこにいる気満々なんだろうことも想像余裕だった。
想像だけで笑えるのだから、さぞかし愉快な家になるだろう。豚野郎どもに火あぶりにされかけたんだ、それくらいの見返りがなけりゃ嘘だろう。
雪うさぎは、口の中で雪のように儚くほどけて、少しでも彼女の糧になるだろう。
あぁ、悪くないな。