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この小説は、この小説だけで楽しめますが、私の「あの日あの時、彼女と」も一緒に読んでいただければさらに楽しめると思います。
あの日あの時、彼と
「もうやだな、この大学。」
私は頑張って入った大学に嫌気が差していた。頑張って、とはいったものの高校では馬鹿だったから、そんなに頭のいい大学でもないのだけれど。
その大学はあまりに程度が低いものだった。F欄F欄としばしばきいたことがあったが、私がいわゆるF欄の大学に入るとは考えてもみなかった。
「あー、高校でもっと勉強してればなー。」
両親に無理をいって高い予備校に通わせてもらい、それなりの勉強はしたつもりだったが、理系の科目、特に数学がとびっきりできず、文系の大学に進学した。
私の両親は大学進学を望んでいなかった。
両親はいずれも高卒でそのまま働き、給料は平均よりいささか低いものの、充実した生活を送っていた。そんな両親はどちらも周りの意見に耳を傾けず、いわばかたくなな性格だったので、高いお金を払ってまで娘を大学に通わせたくなかったのだろう。
そんなこんなで文系の、しかも都内の大学に通い始めた私は、早速後悔した。
「きみ可愛いね。これからどう?」
「ねえ、あそこにいいとこあるだけど、寄ってかない?」
彼らの考えは見え見えだった。つまりは私とヤりたいのだ。
確かに私はかわいい。
パッチリした大きな瞳に二重の瞼。すーっと通った鼻。桜を連想させる美しい唇。雪のように白い肌。サラサラとした黒髪ボブ。おまけに巨乳。
自己肯定感が高いのには目を瞑るとして、幼い頃からそう言われて育ってきた。何度も男子に告白されて容赦なく振ってきた。大学でもそれなりにモテるとは思っていたものの、こんなにぐいぐいくるなんて驚きを隠せなかった。
さらに、授業も楽しくなかった。やる気のない授業。授業中にも関わらず騒ぐ陽キャ。ヤることしか考えていない猿。全身キラキラのデリヘル嬢のような女。動物園にでも来たのかと錯覚してしまうところだった。
国語の点数が良かったから、文学部にきたが、実際勉強してみると、国語が好きではないのに気づいてしまった。
もう既に大学に入学してしまっているのに。
大学に行かなくなり、暇を持て余している間、アレルギー反応を引き起こす数学に手を出してみた。全くわからない。でもちょっとワクワクした。きっと国語が楽しくなかったから相対的に楽しく思えてしまったのだと思う。
このままこの大学にいても何も変わらない。だったら心機一転、別の大学に入ってしまえ!
大学にうんざりし、やけくそになっていた私は、早速行動に移すことにした。
まずは両親に話そう。
「大学辞めて別の大学に行きたい。」
私は両親に誠心誠意自分の思いを伝えた。
「ふざけるな!せっかく高い学費をだして入れてやったのに。」
「でもやりたいことが見つかったの。だからお願い。」
「おれは認めない。もう二十歳だろ。自分で学費を払いなさい。」
「えっ。やっぱり学費だめ?」
「だめだ。もう成人であるお前が決めたんだろ。自分でやれ。仕送りももうしない。」
「わかった。」
やると決めたんだ。がんばる。
でも他にも問題はある。
一つは衣食住をどうするか。もう一つは数学の勉強だ。幸い国語と英語は勉強しなくても得意なので放置。
衣食住は大学で会った彼氏に頼ろう。数学は……。
衣食住は了承してくれた。かわいい私なんだから当然。
数学どうしよ。思い浮かぶのは彼しかいなかった。
彼は予備校での友人だった。
彼は数学が気持ち悪いほどに得意だったし、当時は気心が知れる関係だった。当時は。
でももう繋がりはなくなっていた。段々と疎遠になり、今では繋がりは皆無だった。そんな私のとんでもないお願いをきいてくれるだろうか?
いや私はかわいいから快諾してくれるはず!
自己肯定感が高すぎるのは短所だったと思っていた私は、そのことに関してちょっと前向きになれた。
そうして私は彼と連絡をとり、ある喫茶店に呼び出すことに成功したのだ。
7月末。都内某所の喫茶店。
やや雨の振っていた日だった。雨は嫌いだ。髪がボサボサになるし、憂鬱な気分になる。
間接照明で薄暗くてセンスのある店内。ピアノが奏でる落ち着いたBGMが心地よい。私はこんな感じの雰囲気のお店が好きだ。タバコの臭いが漂っているのがネックだけど、しょうがない。
彼は一分の狂いもなく店にやってきた。コーヒーを頼み、彼は私に問いかけた。
「久しぶり。あえて嬉しいよ。ところで突然どうしたの?」
私は気持ちを落ち着かせ、ゆっくりと口を開いた。
「数学を教えてください。お願いします。」
そして私はここまでの話を語ったのだ。
彼は驚いたような顔はみせず、徐にタバコ火を付け、机を眺めた。そして潜考したようだった。
しばらくたち彼は告げた。
今にも心臓が口から出そうなほどバクバクしていた。
「わかった。」
よかった!
さすがかわいい私!
しかし数学の不安はまだまだ消えていない。
「センター試験解いてみよう。今の実力を知りたい。」
「うん、わかった。」
実はこのことを決意してから一度だけ解いた。当然だけど全然解けなかった。点数は言いたくない。
結果、彼は百九十五点。私は三十点。
さすが彼だった。高校を卒業してしばらく経っているのに驚きだ。
彼はどこまで数学を知っているのだろう。想像もつかなかった。
「数学だけはだめなんだよね。自分だけじゃどうすることもできない。」
「なにから手をつければいいんだろ。」
今後の生活と彼の数学との隔たりに憂鬱になりながら、私は伝えた。
彼はなにやら難しいことを言っていたが、教えてもらった勉強法ができないことは明白だった。
「ムリ。」
私が高校生だったときの口癖だった。彼と話をしていたからか、昔の口癖がでてしまった。
「ムリムリ。」
おもわず子供のように笑ってしまった。
私を覚えていてくれたんだ。彼に数学を頼んでよかった。嬉しく心地よい気持ちの中で、私は口を開く。
「変わってないね。安心したよ。見捨てられたらどうしようと思ってたよ。」
彼は笑みを浮かべ、何やら考えながら私に聞いた。
「ところでこのこと誰かに話してるの?。他にも頼れる人いたんじゃない?」
「話してないよ。家族とはちょっとしたことで縁が切れちゃって頼れない。仕送りもなくなったから今は彼氏の家に泊まらせてもらってる。」
個人的な事情を含んでいるので深くは言及しないでおく。彼にただでさえ負担をかけるのに、さらに無駄な負担をかけるわけにいかない。
彼がまた話す。
「彼氏は今回のお願いを知ってるの?」
「知らない。束縛が強くて言えないよ。」
嫉妬深い彼氏にバレたらまずいなと思いながら彼に話した。
「今後の生活はどうするか考えてる?」
「うーん。バイトしながら彼氏に頼ろうかと思ってる。できれば一人暮らししたいけどね。」
「そう。数学を教えるだけだから深くは踏み込まないよ。」
「そうしてもらえると助かる。」
近い未来の不安に苛まれ、閉口した。
「数学の勉強どうする?」
「自分じゃどうすることもできないから、さっき教えてくれたやつやってみるよ。」
先の勉強法は彼が数学を学ぶ際に参考にしたものだそうだ。さすが彼だなぁ。いろいろ考えていて勉強していたんだ。私はただ闇雲に勉強していただけだった。
「でも全然やり方もわからないし、そもそも数学を理解できないんだけど。」
「だから定期的に、かなり頻繁に会って教えて。」
「彼氏とは?」
「なんとか誤魔化すよ。」
誤魔化せるかは定かではないけども、そうしないと酷いことされる。家を追い出されたら行くところもなくなってしまう。
彼氏は大学で出会い、上京し周りの見えなかった私は、すぐに付き合ってしまった。付き合うべきではなかったと後悔することとなった。
彼氏はグループの中心的な存在で、彼氏に刃向かうとそのグルームからハブられる可能性が高かった。入学したてで友だちが少なかった私は、なくなく彼氏と一緒に居ざるをえなかったのである。一緒にいるのは甚だ不快だったが爪弾きにされる方が嫌だった。
彼が頼みを承諾してから、私はほぼ二日おきに彼と会い、勉強を教えてもらった。不得意な数学を勉強するのは骨が折れるものではあったが、だんだん楽しくなってきた。それは、彼と一緒にいたことが原因だったのだと思う。楽しかった高校時代を想起させ、幸せだった。
数学の成績も順調に伸び、一ヶ月とちょっとでなんと点数に反映されてきた。当然ながら彼には到底及ばないが。
ある日、私の多幸感あふれる生活は大きな音を立てるように崩壊した。