お祝い、酒、死
クロックが目を開けると自分の家のボロボロの天井が目に入ってきた。
「あれ、エバンスさんの所に行ってからの記憶がない」
クロックは自身からのお酒の匂いと、右の手の甲に擦り傷があることからエバンスさんの所で飲んで酒に酔いながら帰って来たのだなと思った。記憶が無くなるまで飲んでしまって先生に迷惑をかけたであろう。幸いにも時間もまだ早いので、先にエバンスさんの所に行って昨日の事を聞こうと思った。その時だった。
「クロック殿はいらっしゃるか」
ドアをドンドンと激しく、声は朝方にしては大きな声で呼ばれた。
クロックはなんだろうなと思いながら少し待ってくださいと返事をし、手で適当に髪をすいてからドアを開ける。
「すみません。お酒臭くて……え」
クロックは驚いた。ドアの前には軽武装をした大柄の男性二人と神官の女性一人がいた。
「騎士隊二名とアリア神殿の神官一名だ」
「えっと、何かあったのですか?」
これはこの近くで殺人事件でもあったなとクロックは思った。しかし以前された殺人事件の聞き込み調査では、騎士隊も一人だけだったので疑問に思った。
「魔術医師エバンス氏が昨日夜六時から十三時の間に殺された」
「え」
クロックは騎士隊の言葉が呑み込めなかった。
「クロック殿を疑っているわけではないのだが……。昨日あなたが彼の病院ではなく、併設された家の方へ入って行くのを目撃されているので詳しい事情を聴きたいのだが……て、おい大丈夫か」
隊員のその言葉と同時にクロックは吐いてしまった。昨日食べたのであろう食べた覚えのない肉や野菜などを……。
クロックの事情聴取は一時間程度で終わった。
エバンスは首をおそらく一発で断ち切られていた。切られた太刀筋から鋭利なもので切られているはずだが魔法の残滓が無いのでおそらくは、ただの刃物でのとのことだった。
魔法には、大きく分けて三つの種類がある。
一つは、自身の身体に魔力を溜め、身体能力を上げる強化魔法。もう一つは、大気中や自身に流れている魔力や気を媒介にして発動する発現魔法。最後の一つが、形式ばった手順を取り、精霊や悪魔などに協力してもらう契約魔法の三種類だ。
クロックは基本的に発現魔法と一部の強化魔法しか使えない。強化魔法は、自身の身体が華奢なこともあり一瞬なら身体も耐えられるが、あまり強力な魔法を使うと耐えられず筋肉などの繊維がズタズタになる。契約魔法も使えない。
なので華奢な体のクロックには到底無理な犯行で、魔法の線も冒険者の宿に登録されたクロックが使える魔法記録などでは無理との判断だった。そのうえ強化の魔法もエバンスの首を落すほどのものを使うとクロックの身体では耐えられないそうなのでその線も無くなった。
「簡単な自白魔法をかけさせてもらうが大丈夫か?」
一応、低ランクの自白魔法ならクロックでも耐えられる。しかし、吐いた直後と言うのもあり騎士はクロックの体調を心配しているのだろう。
「大丈夫です。ぜひしてください」
クロックは、自分の容疑を晴らしたいので、喜んで協力する。
「では、私が魔法を掛けさせてもらいます」
そう言って、二人の騎士の後ろに控えていた女神官が出てきた。
「お願いします」
クロックは前髪を手で押さえて、額を出す。
「あっ、やりかた知ってるんですね。ご協力ありがとうございます。それでは」
神官はクロックの額に指を当てて魔法を行使する。
「女神アリア様。この者の無実を明かすため、あなたのお力の一部をお借りします」
前向上を神官が唱えると、彼女の指がほのかに赤く光る。
神官が使った魔法は、一応、契約魔法に属する。一応と言うのは、本来契約魔法と言うのは術者の近くに契約対象がいる場合に使用できる。しかし妖精や悪魔と違い、神やそれに近い力を持つとされるものと契約する場合は、近くに対象がいなくても使用することができる。このため、神を信じていない者たちからは、発現魔法と変わらない扱いを受けている。
「あなたは、エバンス氏殺害に関して何か知っていますか?」
「いいえ」
即答だった。クロック自身なにも身に覚えがない。
低ランクの自白魔法の為、魔法の効果が無かった可能性もある。そのため容疑者からは外さず、今後の行動には神官の人が遠くから監視していることを告げられた。
「それなら自分も捜査に加えてください」
クロックはそう言って自分も協力することを申し出たが断られた。なので一度彼の家へ訪れて外から中の様子を伺おうとしたが覗けないように魔法で防壁が張ってあるとのことだった。こうなったら一度アリスとシオンに断りを入れてから自分ひとりで聞き込みをして廻ろうと思い宿に向かっていた。
「あら、まだ十三時になっていないわよ」
クロックが宿のドアを開いてすぐの事だった。ドアの近くの机でアリスとシオンが昼食をとりつつ話をしていたようだ。
「ごめん。ちょっと急ぎの用事ができたから今日はこれで帰らせてくれないか」
「クロックさん? 何があったのですか?」
アリスが気まずそうな、強張った表情でクロックを見ている。
「すみません。ちょっと……」
アリスの表情を見て、自分がとても人に見せられない顔をしていたのだろうと思い、できるだけ笑顔を心掛けて話そうとクロックは意識した。それでも言いづらいことには変わらない。
「外に出ましょうか」
シオンがアリスに席を立つよう促す。昼食もあらかた食べ終わっていたようだ。
「え、ええそうですね」
アリスはクロックの方をじっと見ていたためシオンの言葉にすぐには反応できなかったので少しぎこちない返事になっていた。
「で、なにがありましたの?」
宿前にあるベンチにクロックを真ん中にして三人は座る。
「お世話になっていたお医者さんが昨日殺された」
クロックの言葉に左の方から、えっ、と言った言葉が聞こえてくる。
「何か知ってるのですか?」
「いえ、すみません。続けてください」
アリスはクロックに目線を合わせず胸を見て続きを促す。いつもは目を見て話すのに、今は胸を観て話す彼女を少し疑問を思いながらも、お互いの距離が近いからかなとそれを無視して話を続ける。
「……確かエバンスとかいう医師でしたわね」
少し間を開けてシオンが確認する。
「知っているの?」
「申し訳ないわ。あなたとパーティを組む前に、少しあなたの素行調査させてもらってたの」
申し訳なさそうな顔でシオンがクロックに謝る。
「どこまで知ってるの?」
「さわり部分だけですわ。これは踏み込んではいけないと思いましたの」
「それなら謝らなくていいよ」
多分嘘だろうなとクロックは思った。しかし彼女の顔を見るに本当に申し訳なく思っているのは間違いなさそうなので、何も言わないでおいた。
「それで今日は聞き込み調査したいからこれで……」
「そうですわね。わたくしたちは都市から正式な依頼として出されたら引き受けましょうか」
「そうですね。それで話は変わるのですが魔界の門の依頼はどうされるのですか?」
「今回はちょっと遠慮し――」
「もし有力な証拠が聞き出せたらそちらを優先しなさい。けれど何もなければこちらを優先しなさい」
クロックの言葉をシオンが遮る。それにクロックは腹を立てた。
「なんで」
「あなたの今後の為よ、冒険者を続けるのならね……。もしその医師……。あなたの大切な人の為を思うのなら自分を高めることに情熱を注いだほうが良いと私は思うわ」
クロックはシオンの顔が少しさびしそうな顔をしたのを感じとった。彼女にも何か触れられたくないものがあるのかもしれないと思い少し怒り気味だった感情も収まった。
「まぁ。成人したあなたが決めることよ。移動の事もあるから期限前日までは待ってあげるわ」
「ありがとう」
クロックはそのまま彼女たちの方を振り返らず走り去って行った。
「で、わたくしたちはどういたしましょうか」
「私はやることができましたので」
「それならわたくしは帰りましょうか。お父様に今回の依頼の件を説得しなくてはいけませんので」
二人も互いに別れた。




