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ハインリヒとフィートの想うこと

「で、これは私の弟に対しての分よ」

 

 その言葉に、少し呆けていた私の意識は戻される。

 それはそうだ。クロックの魂を汚してしまったのだから怒るに決まっている。そんな当たり前のことに気付いた時には右の拳で顔を殴られていた。私は後ろに倒れこんでしまう。


「一回止めましょうか」

 

 私の醜態を見かねてかアリスが止めに入る。


「私がクイーンの中にいたこと、いつから気づいていたの?」

 

 フィートはアリスの顔を見ながら、真顔で聞く。


「クロックに初めて会った時に、クイーンの中に何か思念のようなものがあるというのは感じていました。あなたがいると思ったのは、ハインリヒが表に出て来てからですね。人間の霊体の波長が分かりましたから、クイーンの中は思念ではなく人がいると分かりました。それで中にいたのは、事故的な何かですかそれとも?」


「自分の意志でよ。この子、あのままだと自殺してしまうと思ったから心配で……」


「あなたの事を不意に思い出さないようにしたのも、首に剃刀を当てるとあなたの最期を思い出すようにしたのもあなたですね?」


「ええ、だけどそれは失敗だったわ。この子、自分の心が壊れてしまったと思うようになってしまったの。それでどうにか別の方法を考えなくちゃ、と思っていたら、この子があなたに私を重ねたの。その時は驚いたけど、それで、あなたに協力してもらおうと思ったわ」


「と言うと?」


「カフェでこの子吐いたでしょ。その時からあなたのことをこの子が見ていて、私の事を思い出しそうになったら邪魔しないようにしていたの」


「そうだったのですね」


「わかったならそこをどいてちょうだい。ハインリヒに、まだ言わなくちゃいけないことが残っているの」

 

 フィートは真顔でこちらを見降ろしてくる。アリスは珍しく、困った顔をしていた。


「アリスさんすいません。どいてください」


 そう言って私は立ち上がり、フィートの前に歩いて行く。


 アリスは来世はフィートと一緒に生き抜けと言った。しかしもうそれは無理だろう。ならせめて謝る事だけはさしてもらいたかった。


「フィート。すまなか――」

「ありがとう」

 

 私の言葉を遮ると同時にお礼を言われた。


「この国も、そしてクロックも守ってくれてありがとう」

 

 そして私は、フィートに抱き着かれて何度もお礼を言われた。


「フィートさん」

 

 アリスに名前を呼ばれ、フィートは私から離れる。


「何かしら?天使さん」


 フィートは気恥ずかしくなったのか顔を真っ赤にしてそっぽを向いている。よほど気恥ずかしかったのかアリスを茶化している。


「気づきましたか」


 アリスは意外にも驚いている。


「あそこまで強大な力を使えるのなんて、そこの人間を半分辞めたハインリヒか天使クラスのものだけでしょ」

 

 強大な力とは私とクロックを引きはがしたことだろう。確かに自分で言うのもなんだが、クロックに憑りついた私を引きはがすことができるのは神様ぐらいだと思っていた。


 そもそも、クロックに私が憑りついたのは事故みたいなものだ。


 去年の収穫祭の時、私の魂が封印されていた剣がこの都市に貸し出された。そして中央の広場に飾られた。それをクロックとフィートが見に来ていた時に、私の魂が目覚めクロックの身体に吸い寄せられた。


 最初私は、何とか離れようと頑張ったがいくら試しても無理だった。

 私で無理なら神様にしか無理だと自惚れていた。

 ただ、だからこれは神様がくれた償いの世だと思ったのだ。


「まぁ、話を戻します。それであなたたちの処遇なのですが……」


 アリスはどうしたものかと言った表情で、フィートと私を交互に見てくる。


「私の魂も汚れてしまったのかしら?」


「いえ、それは大丈夫です。そうではなく大変言いづらいのですが……」


「どんな処分でも受けます」


 私とフィートは同時にそう言っていた。


「では……。フィートさんは、クロックが一人前になるまで現世でいても大丈夫です」


「あら、大丈夫なの」

 

 フィートは意外そうにしている。


「本来、すぐに魂の循環に戻ってもらわなくてはいけないのですが、今回は事情が事情ですし、許可がおりました」


 アリスは途中から私の方を見てフィートに伝える。


「それで、一人前って誰が決めるの?」


「私です。それと良いことばかりではなく、制限もあります。あなたは今と同じようにクイーンの中でクロックの事を見守ってください」


「つまり、クイーン越しからなら外の世界の事が見えるってこと?」


「ええ。そして霊体としてクイーンから出るのは魂の循環地へ行くときです」


アリスはフィートから目線を切り、私にその目線を私に向ける。


「そしてハインリヒ。あなたは、フィートとは逆に、私が呼ぶまではナイトの中で外の情報を得られない状態で過ごしてください。そして私がクロックのピンチなったら呼びますので彼を救うために霊体となって外に出てください。つまり、あなたたちが会えるのは今世では今が最後です」


 アリスは悲しそうな顔をする。


「クロックがそろそろ目覚める時間ですね。私も一回寝ます。私が、起きるまでに二人とも駒の中に入っていてください。それではおやすみなさい」

 

 アリスはそんなことを言いながら家の外に出る。これは時間をくれると言うことだろう。


―――。

 

 私とフィートは互いに見つめあっている。


「フィート。前世では言えなかったことなのですが……」


 少しの沈黙の後、私からフィートに話しかける。


「何かしら?」


 フィートは、顔を赤らめて首をかしげる。何を言われるか分かっているのだろう。


「私は、あなたの事を愛していました」

「私もあなたの事を愛しています」

 

 私の言葉が終わると同時に、フィートがそう言う。やはり分かっていたようだ。


「これで最後ですね」

 

 私はフィートを抱き寄せる。フィートの顔が胸にあたる。彼女も私の背中に腕を回してきた。


「私はあなたの事を見ることはできるから、まだましかしらね」


 彼女の顔は隠れて見えないが、きっと真っ赤だろう。


「それでは、来世でもよろしくお願いします」


 記憶が残ってはいないだろう。それでも、アリスは来世を一緒に生き抜けと言った。それは、来世でも一緒の場所に産まれられるということだと思う。それはありがたいことだ。


「はい、こちらこそ」


 フィートが顔を上げる。真っ赤だったがとてもにこやかな顔だった。


「キスは来世にとっておきましょうか」


 今世は贖罪の世なのだ。こうして仲直りもでき、想いも伝えられたのだ。これ以上望むのは違うと思った。それに、今世は、フィートはクロックの姉として生を受けたのだ。この世はクロックの為のものだ。私は一歩引いておきたい。


「そうね……。そうしましょうか」


 フィートも同じことを思ったのか、クロックのほうを一瞬見て、そう言った。


「ちょっと待ってね」


 フィートはクロックのほうへ向かう。そして――。


「おやすみなさい」


 彼女はクロックのおでこにキスをしてこちらに戻ってきた。


「行きましょうか」

「ええ」


 そして私たちは、クロックと玄関のドアのほうに一礼した後、互いの駒に入って行った。

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