カスタネットへようこそ!
この作品は、そのうち書こうと思っているSF、「カスタネットへようこそ!」のパイロット版のような体裁です。
別の場所でのSF系のSSから来てくれてる人が多いようなので、手元にあったプロットを元に、短編に仕立ててみました。
といっても作中にはSF要素はあまりありません、背景に匂わせる程度です。タイトルだけはSSのほうにもチラっと出ていたり……。
『カスタネットへようこそ!』
まるで凪の海のように、青々とした田圃が広がっている。
そよ風に揺れる青い稲が光にきらめき、二台の車がやっとすれ違えるほどの土の道が、東から西へ真っすぐに伸びている。
道の端には木製の電柱があり、電線がずっとリレーされている。
あの黒くてたわんだ紐が、世界の隅々にまでつながっているという想像にはロマンが感じられた。私の家からブラジルに電話をかけることもできるし、フランスの天気を尋ねることもできる。
こんな田舎にもパソコンはある。あの線でネットに接続すれば、世界中のあらゆるニュースが手に入るし、掲示板サイトで議論を戦わせることもできる。あの線が、こんな田舎にも文明を運んでくれる。
おじいちゃんにそう言ったら怒られた。お前はエサを投げてもらうだけの池の鯉かと。あの線は、こちらの情報を世界に発信するためにあるのだと。この田舎は、世界中のどんな場所とも対等なのだと。
多分そんな意味のことを言われたと思うのだが、その時のおじいちゃんは頭をぐるんぐるんと回すほどに酔っていたので、どの程度真剣に言われたことなのかよく分からない。
あぜ道の彼方から、白いトラクターがすぱんすぱんと音を立てながらやってきた。屋根の上で寝転んでいた私は、それを見て急いで起き上がり、窓から家に入って急いで一階へ駆け下りる。
「おじいちゃん! お客さんだよ!!」
そう怒鳴りながら玄関のほうへ、やはりカウンターに誰もいない。おじいちゃんは多分二階のオーディオ・ルームだろう。しょうがないので私がカウンターに立ち。壁にかけてあったエプロンをつける。
引き戸が開く。三件隣の山さんだ、三件隣といっても歩いたら30分ぐらいかかるけど。
山さんは60を過ぎて仕事は息子さんに任せるようになったらしい、今や悠々自適の毎日で、すっかりうちの常連になった一人だ。
「いらっしゃいませ、『カスタネット』へようこそ」
「やあ水穂ちゃん、また来たよ」
「いつもありがとね。コースはどうします? 標準と3時間パック、5時間パックがありますけど」
「標準で。個室空いてる?」
私は背後のボードを見る。住宅地図のように区分けされた家の見取り図に、お客を示す赤いマグネットが2つ、清掃中を示す青いマグネットは……今はない。
「空いてますよ。じゃあお座席2-Aになります。こちらのプレートを閉店時にお返しください」
「ありがとう」
「あとでお飲み物お持ちしますね、お茶がいいですか? コーヒーと紅茶もありますけど」
「あ、コーヒーがいいな」
山さんはそのまま二階に上がっていく。本当はうちのドリンクメニューは30以上あるが、お母さんが用意しまくってるオシャレな飲み物はなかなか出ない。
私はお母さんがいないかどうか呼びかけたが、返事はなかった。たぶん買物に出たのだろう。次にお父さんを呼んだらそこらへんのフスマを開けて出て来そうな気もしたが、昨日久々に電話で話したばかりだし、あまり子供っぽい悪ふざけはやめておくことにした。
台所へ行き、コーヒーを入れる。さすがに豆を挽くところからはじめるわけに行かないが、お母さんが街の専門店から手に入れてくる良質のドリップコーヒーだそうだ。
そうこうしていると、また家の外に車の止まる気配がした。ちょっと慌ただしくなりそうだ。私は三つ編みになった髪の毛を服の後ろ襟の中に納め、内心気合を入れる。
ここは水田の海に浮かぶ。情報の船、文化の浮き島。
ネットカフェ『カスタネット』は、いつものようにほどほどに忙しかった。
※
『カスタネット、雑誌を選ぶ』
二時間に一本のバスに乗って、その後一時間に一本の電車に乗って、私は町にまで出てきた。お客さんにお出しする用にと、お茶やティーバッグ、戸棚にいっぱいのお菓子、それに湯のみやコーヒーカップなんかの買出しである。そして街の本屋に寄って、女性週刊誌を山ほど買った。さらに少年漫画誌、シニア誌に各種専門誌も忘れずに買う。両手に紙袋を2つずつ、背中のリュックを食材と雑誌で一杯にして、私はひとり移動図書館のような姿で帰路についた。
「カスタネット」は、玄関を抜けると正方形の開けた空間になっており、片隅には40インチの薄型テレビがある。亀山モデルだ、なんて贅沢な。
この部屋は周囲をぐるりとソファーが囲んでおり、まるで病院の待合室みたいなレイアウトになっている。その中心には3つの本棚が川の字になって並び、さらにテレビと反対側の隅に雑誌用のラックがあった。上中下段に5冊ずつ、計15冊を収納できるラックだ。
この雑誌ラックに何を並べるかで、そのとき私とお母さんとおじいちゃんは一週間ぐらい争っていた。そりゃあもう虎とライオンとペンギンを一緒のオリに入れたときのように。かわいいペンギンは私。
お店とは隔離されている私たちの居住スペース、その居間にて、私は街で買ってきた雑誌類を座卓に広げる。8人掛けの巨大な座卓は、その上で前転が二回できてしまうほどの大きさだ。いや別にやってはないけど。ここ最近は。
私は声高に主張し、お母さんが間髪いれずに追撃する。
「non・noもJJもananも、全然違う雑誌なんだよ! 全種類買わないと駄目だってば! それに、nicolaは絶対入れないと!」
「水穂の言う通りよ。それに、25ansとクロワッサンは絶対に外せません」
私たちはガッチリと連携を組む。互いに言葉は交わさないものの「お母さん、協力するからティーンズ誌は3種類ね」「ええ、よくってよ」というアイコンタクトを投げ合っていた。
だがおじいちゃんも負けていなかった。「潮」「文藝春秋」「週刊新潮」「サピオ」「サライ」の5冊は絶対に必要だと譲らず、さらに少年ジャンプ、サンデー・マガジン・チャンピオンの四大少年誌。アフタヌーン、ジャンプSQ、ウルトラジャンプ、ビジネスジャンプにヤングアニマルに。
ここまで並べたところで私は座卓を叩きながら怒鳴った。
「そんなにいっぱい必要ないよ! 15種類しか置けないんだよ。マンガなんかジャンプがあれば十分じゃない!」
馬鹿を言え、と、おじいちゃんは厳として言う。
これでも少ないぐらいだ。漫画誌にはどれも個性がある。どれかを選ぶことなどできねえ。おじいちゃんは腕を組み、目を閉じて首を振りながら言った。これ以上年貢を取られるわけにはいかねえ、一揆しかねえべ、とでも言い出しそうな貫禄だ。
とはいえ、おじいちゃんが挙げた雑誌を全部買ってたら、それだけで15種類という枠なんてすぐに埋まってしまう。私たちは議論の内容を多面的なものに発展させた。読者層はどうか、販売部数は、週刊か月刊か、大きさはどうか、値段は、発売日は何曜日か。
おやつも食べずに昼寝もせずに、時計の短針がきっちり180度回転した。私たちもタフだが、おじいちゃんも実に頑固だ。
妥協案として、最初は三人で5冊ずつ選ぶ。そして雑誌ラックに目安箱のようなものを置き、置いて欲しい雑誌、なくても構わない雑誌を集計する。そして人気のない漫画は順次リストラされていく、ということになった。マイナスポイントの多い雑誌からボッシュートされます。
そして仁義なきサバイバルレースから一週間。まずおじいちゃん推薦のシニア誌が最下位となりリストラされた、代わりに男性向けのヤング誌が入った。
次もおじいちゃんが選んだミドル誌がドロップアウトし、女性向けヤングアダルト誌が加入。
三度目もやはりというか何というか、おじいちゃん推薦の評論雑誌が打ち切られて、おじいちゃんが推薦した中で残ったのは文藝春秋と週刊新潮だけになった。
それから数日、次にリストラされたのはお母さん推薦の25ansだった。いい雑誌だとは思うのだが、やはり田舎で農作業あがりのおばちゃん達に需要があるかと言うと厳しいものがある。
そして25ansが脱落し、代わりに少年漫画誌が入ることになった。
この段階でお母さんがぶち切れた。
なんでやねん。
「やっぱり投票で雑誌を決めるなんてナンセンスだわ! たとえ利用者が少なくても、このカスタネットは公共の文化施設としての責務も担わなくてはならないのよ! 低俗な雑誌ばかり並べるのはよくないと思います!」
投票で決めようって言ったのお母さんだったのだが…。ものすごい手の平返しっぷりである。
「25ansは世界で認められたインターナショナル・ラグジュアリ・マガジンなのよ! 今を生きる女性にとってはまさに必携の書なの! 今は人気がなくとも、置いておけばいつか手に取ってくれます。この村がいつか有閑マダムの集う閑静な避暑地になったとき、そこに住む我々の知的水準が問われることになるんですよ!」
三年前にバスが半分になったこの村が、そんな劇的に発展するだろうか…。だいたいここは盆地で、夏は地獄の暑さなのに。
「ふわっはっは」
と、ずっと黙っていたおじいちゃんがいきなり笑い出す。
「どうやら瑛子さんには譲れない一線があったようじゃのう、じゃが、その前にワシの推薦した雑誌は3つも落選しておる。瑛子さんがいくら執心しておっても、だからといって25ansだけ特別扱いするというのは理が通らんのう」
お母さんはぎりっと唇を噛んで鋭い目つきになり、二人の背後に虎とライオンが浮かび上がる。
私はおずおずと手をあげる。
「あ……あのさ、おじいちゃん、この際、ラックをひとつ増やすってのはどうかな?」
「んん~~?」
おじいちゃんは、含みをたっぷり持たせて鷹揚にうなずく。
「しかしのう、ただ単純に種類を増やせば良いというものでもあるまい。それこそワシの置きたい雑誌だけで40や50は軽くあるからのう。やはりここはユーザーのニーズをドラスティクにマーケティングしていかんとのう」
「…どうしろと言うんですか? お義父さん」
にやり、とおじいちゃんは銀歯を光らせて笑った。
「バイキング計画の決行を要求する」
※
月曜日の夕方。40分かけて学校から帰ってきた私は、玄関先に仁王立ちで立つおじいちゃんを発見する。玄関の戸は開け放たれており、カウンターにはお母さんがいた。ごく普通の民家の玄関にカウンターがあるというのは、慣れないと何だか妙な風景だ。
「おじいちゃん、何してるの?」
「船を待っておる」
私は10秒ほど考え込む。たぶん郵便を待ってるということだろう。私的にして詩的な表現だ。
私は背後を振り返った。地平線の彼方に夕日が落ちようとしている。私は180度反転した体を、もう一度180度回す。右足でピボットを踏む。
「何か注文してたの?」
「そうとも、路のやつに手配させた、そろそろ来る頃じゃ」
来たのは30分後だった。
空の一角から、空気が震えるような風切りの音が聞こえる。それは六文銭のように6つのプロペラを備えた、ヘリコプターと飛行機の中間のような機械だ。大きさは風呂敷ぐらい。腹に小包を抱え、カスタネットの上空にピタリと静止し、その小包をさっと落として即座に飛び去る。直後にドシンと音がして小包が着地する。
火星に探査機を落としたバイキング計画、その名を借りたにしては雑な落とし方だが、機械としてはその時のロケットより何倍も優れた物らしい。後で聞いたが。お父さんが何かのコネで手に入れたものだそうだ。簡単な命令だけで自分で荷物を購入し、自力でこの『カスタネット』を見つけて荷物を届けるドローンらしい。人間のものぐさっぷりの加速がひどい。
すると、飛行機の消えた道の果てから、小さなミニバンがやってきた。その後ろには軽トラが、さらに自転車が何台か。
「? いっぱい来てるね、もしかしてお客さんかな」
「水穂、忙しくなるぞ、受付は瑛子さんに任せてお茶の準備をせい。ワシは個室の掃除をしておく」
「はーい」
急にどうしたというのだろう? おじいちゃんが受け取った小包に関係があるのだろうか。
「カスタネット」は夕方の5時にオープンし、夜中の0時に閉店する。一日7時間営業という健全なお店だ。個室が二階に二つ、一階には間仕切りのついた半個室が3つ、そして待合室のような形の、読書のみのコーナーが10人分。
その全てがすぐに埋まった。しかも玄関先に行列までできている。
彼らの目的は少年ジャンプだった。そう、月曜日発売のジャンプだ。
「見たか、集客力バツグンじゃぞ」
おじいちゃんは自慢げにそう言う。確かにこの店が満席になるなんて開店以来かもしれない。よく分からないが、ここでは「水曜」に発売されるジャンプを、「月曜」に読めるというのはものすごいことらしい。ドローンで街から直送してもらうという贅沢な手段で、たった二冊だけ届けられるジャンプ。これを目当てに30人近くのお客さんが詰め掛けたのだ。30人ってこの村の人口の何割だろう。入りきれずにまだ玄関で待ってる人もいる。
二つに増えた雑誌ラックもよく利用されているようだ。ただ25ansが読まれているかと言えば全然そんなこともないのだが、まあ、あるだけでラック全体が引き締まるし、あまり気にしないようにしよう。
「受け入れのキャパシティを増やすための改装と、駐車場の整備費がこれだけ……。飲み物もロスが多いし、やっぱり雑誌30誌の購入費はかなりの負担……。こんなにお客さんが来てるのに、黒字が思ったより伸びないわ……」
お母さんは何やら嘆いている。こうなったのも半分くらいはお母さんのせいなのだし、もっと結果をポジティブに受け入れて欲しいものだ。
それにしても、ジャンプが発売日に読めるのがそんなにありがたいこととは知らなかった。農作業帰りのオジサンたちも、物心ついたばかりのような少年も。目を輝かせて読んでいる。
「男って馬鹿なんだねえ」
私がそう呟くと、お母さんは。酸いも甘いも知り尽くしたような達観した表情で、
「いいのよ、漫画読んでりゃ静かなんだから」
と言った。
そして、ため息を一つ。
「路さんも、街まで来たのなら顔を見せればいいのに……」
路というのは私のお父さんだが、いつも世界中を飛び回ってて、ときどきよく分からない荷物を送ってきたり、変な人たちを連れてきたり、この村に変な仕掛けを隠してたりする人だ。
その形容はというと、
変人、悪魔、天才、
救世主、怠け者、弁論家、
災害級、写真家、道楽者、
頑迷固陋、政府の犬、究極の凡人、
使いっ走り、ハッタリ野郎、理解不能の人、
と人によってバラバラで、まったく安定しない。
お父さんのせいで私は太陽系より大きい宇宙人だとか、人智を超えたゲームだとかの事件に何度も巻き込まれているが、それはまた別のお話――。
何だかんだで、うちの家族は全員只者じゃないような気がする、そんな月曜の夜であった。




