Page 08:「哀歌」
虹空一行は、大きな音のした現場へ向かった。そこには……車に轢かれて無惨な姿となった娘撫がいた。
虹空は、恐る恐る剣に視線を移した。……剣は膝から崩れ落ちて、頭を抱えていた。
「……そんな…………そんな」
剣は、手に顔を覆い、ひたすらボソボソと呟いていた。よく見ると、涙が滴っているようだ。
一行は、より重い空気に包まれた。ヌークも死神も虹空も、ただ黙っているしか術がなかった。
「......僕のせいだ......僕のせいだ......」
剣はただ、泣いていた。妹の死に、涙した。
「......あれは、もう……不可抗力だろ……」
虹空がなんとなくボソっとつぶやいたが、何を言ったところで、剣の状態が変わることはないし、一人の命が消えてしまった事実が変わることはない。
一行は、娘撫の遺体と共に、心的外傷により生気が9割失われた状態にある剣を運び、多田家に戻ってきた。
死神は、一先ず剣の個室に向かい、剣をベッドの上に座らせた。相変わらず、剣は俯いたままだ。
「・・・・・・調子は・・・・どうだ?」
死神はなけなしの言葉を剣にかけた。しかし、たったそれだけで剣余計な事を言ったがためにかえって剣を傷つけてしまうことも考えられる今は、こうして数少なく無難な言葉をかけることでしかできなかったのである。剣は、依然として沈黙を貫いたままだ。
「・・・・・・とりあえず虹空たちの様子見てくっからよ。・・・・しばらく休んでな。」
死神は剣の部屋を後にし、虹空たちの居る場所を探した。
しばらく探していると、キッチンに虹空たちの姿を発見した。さらに近づくと、娘撫の遺体が台所の上に置かれていた。・・・・まるで、これから調理される食材のように。
「お、おい虹空、その子を一体どうするつもりなんだ・・・・?」
死神は恐る恐る虹空に問いかけた。それに対しての虹空の回答は、実に明快だった。
「これから調理します。」
「・・・・ は?」
死神は空いた口が塞がらなかった。この状況で、発せられることはないだろう言葉が虹空の口から放たれたのだから。
「・・・・調理するっつったな。・・・・何を調理するつもりなんだ?」
「そりゃ見たらわかるでしょ。これから娘撫ちゃんの遺体を調理する。そして、それを使ったね、す~ンばらしィ料理を作ります。」
「・・・・はぁ!?」
死神は、虹空の神経を疑った。同じ種族の肉を食べるだなんて、死神界や疫病神界ですらも御法度・・・・いや、死神界では死罪に値する。そのようなことを何も思わずに実行に移そうとする虹空を理解できなかった。
「おめェ・・・・そんなことやっていいとでも思ってんのかよ!?」
「そりゃあ本来はダメに決まってるさ。でも今回は例外なの。おわかり?」
「・・・・わからねェ。全くわからねェ。」
「・・・・見た感じ、わかりたくもないって顔してるけど・・・・まぁ別にわからなくてもいいよ。予想外の奇想天外エレクトリカル・パレードだもん。すぐ理解しろって方が無理ある。」
虹空は、一度ナイフを水洗し、布巾でナイフを丁寧に拭き始めた。虹空の眼が徐々に鋭さを増してゆく。その姿に、ヌークは恐れをなし、すぐさま死神の背後に隠れた。
そして、虹空は娘撫の脚にナイフの刃物部分を当てた。
「・・・・心配すんなって。悪いようにはしねェよ。・・・・でも、これはオレ達だけの秘密だぜ?」
そう言い放った後、虹空はナイフを振り降ろしたのだった。
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部屋に戻されてから67分31秒経ち、剣は一先ず正気を戻していた。しかし、妹:娘撫の死への哀しみ、その責任に対する不安と恐怖が和らぐことはなかった。
「これから・・・・どうなるんだろう。」、そのような意味合いの台詞を北陸もしくはガンボジアあたりの訛りを含んだイントネーションで、小3の時に某友人宅へ訪れた際にその友人母が海老がプリントされたTシャツを着ていたのを思い出し、やけに海老のデザインがリアルで気持ちが悪かったなぁという回想を込めるように心の中で呟こうとしたその時である。
「こーんこんこんっ!こんこんこん!あヤベっ、手じゃなくて口でノックしてもうた(笑)」
人が悲哀に暮れている時によくもまぁ狙おうとしてだだスベりしてるネタを披露しようと思ったなコンにゃろうと剣が感じた束の間、扉は勢いよく開かれたのだった。
扉を開けた主は、上野君の知り合いの三輪君だった。
「よーっすナイト!元気そうじゃないね!まぁ見りゃわかっか(大爆笑)」
「・・・・なんだよ三輪。挑発してんだったら、キレるぞ・・・・。」
「まぁーまぁーまぁー!別にぼかぁナイトを煽りにキタわけちゃうんすよ。居間で虹空さんが作った料理パーティ開いてっからよ!ナイトも来いよ!」
「・・・・パーティに出たい気分じゃないんだ。(ていうかこんな時にパーティ開くだなんてマジで信じられんねぇ・・・・)」
さすがの三輪君も困惑してきたその時である。
「いや、むしろ今だからこそパーティに出るべきなんじゃないか?」
「あ・・・・神谷先輩。・・・・こんばんは。」
神谷は、剣がかつて所属していたテニス部の2個上の先輩にあたる。神谷はテニスに関してはそこまで上手くはなかったが、後輩の面倒見はよかった。だが、後輩からの評判は最低であり、事実として、剣がテニス部を辞めた理由の3割は神谷にある。
「おいおいおい、学校外だからって、センパイにそんなぶてぶてしい態度を取るのはよろしくないぞ?もっとシャキッと!ハッキリと!」
場違いな人物の登場が連続し、剣もさすがに堪忍袋の緒が切れそうになったその時である。
「ハハッ、僕もナイトくんにパーティに来てほしいなァ!」
何だか聞いたことある声。そして奥から何処かで見たことのあるシルエット・・・・そう、彼こそが、皆のリーダー:ミツキーマウスだ。
彼の登場と共に、彼のテーマソングが流れてくる。・・・・どこから流してんだ?
「ハハッ、僕ミツキー!今日はナイトくんに元気を出して欲しいから、光の魔法をかけておいたよ!」
「ヤベぇよ!ミツキーマウスが来るとかまじサプライズぱねぇって!!ナイトん家いま夢と魔法の王国状態じゃねえか!!!」
「ミツキーマウスさん以外にもスペシャルなゲストを呼んだんだ。ここはゲストの方たちへの感謝も込めて、パーティに出るべきなんじゃいか?」
全員はっ倒してやろうかと剣は思ったが、拒否をすればする程、喧しい連中が集ってくる状況を何とかして止めたかった。
なので、ついに気が折れた剣は、彼らの要求をのみ、自室からパーティ会場であるリビングへと向かった。