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アーランディアの魔導付与師  作者: 鋼矢
魔導付与師と全身甲冑の話
9/68

9 鎧を脱がそう

 《迷宮》に潜って魔獣を狩って換金する。

 文章にすれば一行で済む単純な一日を幾度か繰り返す。

 イツキと同居生活を始めたわけだが特に特筆すべきことはなし。

 強いて言うのならば風呂以外の時間は四六時中鎧姿で未だに素顔を拝めていないことと、予想通り色々残念な性格をしていたことくらいか。

 なので特に根拠もなく同じような日々がしばらくは続くものだと思っていたのだが、変化とは唐突に訪れるものである。


 ――それは探索者ギルドの休憩室にて、ミリィと一緒にお茶を呑んでいる時の出来事だった。


「……むっ?」


「ん? どうかしたのか?」


 もぐもぐとお茶菓子を口に運んでいたイツキが唐突に戸惑ったような声をあげ、同時に上がっていた腕がダラリと垂れた。

 全身から力が抜けた様子はまるで人形のようだ。

 いや、中から聞こえる「んっ! ……んんっ!?」というくぐもった声からするに、体を動かそうとはしているようだが。


「おい、イツキ。どうかしたのか?」


「いや、その……なんと言ったらいいものか……」


 酷く歯切れの悪い口調でイツキが応じた。

 ああ、嫌な予感がする……毎度のことで慣れてきたのが少し悲しい。


「……動けんのだ」 


「……へ? いきなり何を言ってるのよ?」


「いや、その……本当に動けんのだ。理由は私にも全く分からないのだが……」


「……」


 ミリィから問いかけるような視線を向けられた。

 まぁ、魔導具関係なら俺の専門である。

 イツキに近づき全身甲冑(名称:ダイナゴン)を調べてみる。

 ふむ、相変わらず惚れ惚れするような見事な出来栄え……って、うん? これはひょっとして……。


「ああ、なるほどな。これはたぶん付与効果が切れたんだろうな」


「付与効果が切れる……ど、どういうことだ?」


 調べた結果を告げるとイツキが焦ったような声をあげた。

 

「へー、付与効果ってことはこの甲冑って魔導具だったのね。……けど付与効果って切れたりするものなの?」


「そりゃそうだろ。どんな魔導具でも永遠に効果を保ち続けるってのには無理があるからな」


 戸惑うイツキをよそにミリィに魔導具について説明する。

 まあ、効果を保つ時間に関しては魔導付与師(マギス)の腕と使われた素材次第なのだが。


「わ、私の『ダイナゴン』はカンナギ家に代々伝わる品なんだぞ!?」


「むしろ代々伝わってる品だからこそって言うべきだろうな。何百年も前に創られた品だからこそ、付与効果が切れるのも当然なわけだ」


「そ、そんな……」


 絶望とも言っていい悲嘆な声を漏らすイツキ。

 いや、声はくぐもっているし鬼面で顔も見えないんだけどそこは雰囲気で。


「それは困ったわね……切れた付与効果って元に戻したり出来るわけ?」


「ああ、それなら可能なはずだ。ちゃんとした魔導付与師(マギス)が整備すればの話だけど」


「そ、それは本当かっ!?」


 イツキが華やいだ声をあげたが、生憎と無条件というわけではない。

 腕の良い魔導付与師(マギス)は俺がいるから良いとして(自画自賛)、問題は触媒に使う素材のほうだ。


「ただし効果を付与するためには触媒となる素材がいるからな。結構金がかかるぞ?」


「……ここでもお金か?」


「お金だ」


 世は無常である。


「それで具体的にどれくらいかかるわけ?」


「んー、そうだなー」


 コンコンッと軽く『ダイナゴン』を叩いて、原料となった素材の詳細について調べる。


「ひょっとしてこれって〈神甲纏亀(ゴデスタートル)〉の甲羅か? 凄いな……」


「〈神甲纏亀(ゴデスタートル)〉?」


「とんでもなく希少な魔獣の一体だ。その甲羅は恐ろしく頑強で、重量も相当だって聞くな」


「ああ、だから付与効果が切れて動けなくなってるのね」


「うん、普通は甲冑として使えるような素材じゃないからな。それを甲冑として使うために『筋力強化』や『重量軽減』の効果が付与されてたんだろうな」


「そ、それで結局いくらくらいで元に戻るんだ……?」


 そうだなー。

 これだけの代物となると触媒として使う素材も相応の物じゃないと無理だろうし……。


「これくらいかな?」


「……ガハッ!?」


「……これほんと?」


 俺が示したお値段に、イツキが力尽きミリィも驚いて目をパチクリさせた。

 これでも気を遣って加減したほうなんだがな。


「これは今すぐにはどうしようもないわね。……とりあえず甲冑を脱がせれば動けるようにはなるわよね?」


「そうだな、『ダイナゴン』のほうは『旅の鞄』に入れてしまえば重量は無視できるしな」


「……ハっ!? ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 簡単な解決策についてミリィと話して合っているとイツキが息を吹き返した。

 何故だが激しく抗議の声をあげてくる。


「よ、鎧を脱がすのは勘弁してくれないか? その、出来れば他の解決方法を……」


「そんなこと言われてもな。……このままギルドで置物にでもなってるか?」


「あら、良い提案ね。面白そうだわ」


 茜色の瞳を細めて嗜虐的な笑みを浮かべながらイツキをじっと見つめるミリィ。

 こういう時に実に良い表情(かお)をする幼馴染である。

 ……なにやら背筋がゾクゾクしてくるな。


「くぅ……! うぅ……わかった……仕方がないな。……よろしく頼む」


「よしっ、なら早速だけど脱がせるとしようか」


 ……なんか言葉だけ聞くと犯罪者っぽいな。

 あとミリィが少し残念そうにしているのが怖い。

 本当に置物にする気だったのか、お前は。


 そんなこんなで剥ぎ取り開始。

 まずは足回りを守る脛当てなどを脱がします。

 ――ほっそりとした細い足首と引き締まった太ももが現れた。


 次に腕を守る小手などを脱がします。

 ――処女雪のような白く滑らかな肌と形の良い指先が現れた。


 ……体を守る胴を外します。

 ――程よく育った形の良い双丘が姿を現した。


 ……よ、兜を脱がせて鬼面を外します。

 ――腰まで届きそうな真っ直ぐな黒髪、少しだけ吊り上がった闇色の澄んだ瞳、人目を惹きつける優美な顔立ちが露わになった。

 年の頃は二十歳にも届かぬくらいで、俺達とほとんど同世代だろう。


「イツキ……女の子だったの?」


「……女で悪いか」


 素顔を露わにしたイツキは拗ねたようにそっぽを向いてしまった。


「別に悪くないけど……何で顔を隠したりしてたんだ? せっかくの美人さんなのに……」


「……なあっ!? は、破廉恥なことを言うなっ!!」


 照れているのか頬をほんのりと赤くしたイツキに怒鳴られてしまった。

 客観的に見て十分美人だと思うんだけどな。

 というか褒めただけで何故怒られるのだろうか。


「はいはい、そこ。ナチュラルに口説いてんじゃないわよ。それより話を進めなさい」


「別にそんなつもりはないんだけどなー」


「……く、口説っ……!?」


 何か警戒されたのか距離を取られてしまった……理不尽な。

 というかミリィは驚いていないな。

 たぶん初めから知っていたんだろうけど……探索者登録の時かな?


「そうだな……とりあえず店に戻ろう。『ダイナゴン』はさっき言った通り『旅の鞄』に入れて持っていくとして……明日からは代わりになりそうな防具を適当に見繕おう」


「まっ、その辺が妥当でしょうね」


「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 店に戻るって……この格好でか!?」


 言われてみれば甲冑を脱がせたイツキは薄い肌着のみ、というなかなか目のやり場に困る格好をしていた。

 肌着のラインからはバランスの良いスタイルがハッキリとわかり、赤く染まった肌が合わさり実に煽情的だ。

 大変眼福な光景です。どうもありがとうございます。


「……衛兵に突き出されたくなかったら後ろ向いてなさい」


「了解です! マム!」


 チャキリッと頭に魔束放筒(カノン)を突き付けられ、両手を上げて後ろを向いた。

 うん、命って大事だよな。


「はぁ……何か着れるものを持ってくるから少し待ってなさい」


「す、すまない、ミリィ……」


 ミリィが休憩室を出ていくと、自然とイツキと二人っきりになった。

 せっかくの機会なので気になった事を訊いておくことにする。


「……それでどうして仮面まで被って素顔を隠してたんだ? ……話したくない事なら別に話さなくていいけど」


「うっ、それはその……」


 背後から口籠(くちご)もった声が聞こえる。

 やはり何か事情があるのだろうか?


「素顔だと、その……は、恥ずかしくて……」


 それだけかよ、おい。なめてんのか。


「そ、それに女だと探索者として侮られるんじゃないかと思ったのだ……」


「ああ、なるほど。それはあるかもな」


 別に女性が能力的に劣るとは思わないが、腕力だったり体力だったりと探索者の仕事は男性向けだ。

 割と不衛生な環境だったりもするしな。人数比もやはり男性のほうが多かったりする。


「待たせたわね。着替え持ってきたから、これ着なさいな」


「あ、ありがとう。助かったぞミリィ」


 背後からゴソゴソと想像力を刺激する音。

 怖いから振り返ったりはしないけどな。


「お待たせ、もういいわよ」


「うぅ、落ち着かない。……変ではないか?」


 許可をもらって振り向くと、発言通りイツキが落ち着きなさげな様子で立っていた。

 男物のズボンに白いシャツ。すらりとした細身に良く似合っている。

 あの鬼面の鎧武者姿は平気なのに、こちらの服だと恥ずかしいというのは俺にはよくわからない感性だ。


「全く変じゃないと思うぞ。良く似合っている……けどどうして男物の服なんだ?」


「……あたしの服だと体型が合いそうにないのよ」


 ……ああ、うん。それもそうだね。背丈もそうだけど胸とかね。

 これはどう考えても藪蛇なのでスルーしておく。


「それじゃあ、さっさと店に戻るとするか」


 とりあえず問題は解決したので、俺たちはギルドを後にするのだった。

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